嘘はつけない
聖は、答えられない。
マユと工房で会っていたと、言えないではないか。
<死者>なんだから。
普通は理解出来ない。
嘘か妄想と思うだろう。
誰にも言えない。
薫には特に。
刑事に<幽霊>と親しかったなんて、聞いた方も困るだろう。
(何、言ってる?)
とぼけて、シラを切ろうか?
いや、ソレは無理。
薫に、嘘はつけない。
隠し事は出来ても、問われて嘘は答えられない。
長い沈黙。
シロが心配げに顔を舐めに来る。
「セイは、『誘拐犯に育てられたと知らなかったと思う』、と言った。それで確信した。……俺の読みは当たってると」
俺は知らなかったと思うよ、と、キッパリ言いすぎた。
本人と接触が無い限り、分かりようが無いことなのに。
「他にも、知り合いと、とれる反応もあった。……何で、隠しているのか考えた。俺がここでマユちゃんの幽霊を見たこと、遺骨が近くで見つかった事……繋げて推理した」
「………」
聖は言葉が出ない。
黙って続きを聞くしか無い。
「可能性として……、生前マユちゃんは、此処へ来ていた」
「成る程……」
思わず呟く。
「俺がマユちゃんの幽霊を見たと、話したとき、無反応やった」
行方不明者リストを見せても知らないふりをした。
「あの時点で、死んでいるのを知っていた。……なんらかのトラブルで殺害に至り、遺体を山中に隠蔽した可能性がある」
(う、わ、俺がマユを殺したって?……そうなるのか)
自分の立場を冷静に考える。
マユの死因は分かっていない。
死体発見場所の近くに住んでいる<知り合いの男>は充分怪しい。
と、今更ながらに気がついた。
このまま薫に連行されるの?
不安な眼差しを刑事に向ける。
薫の目つきは柔らかい。
「可能性はあるが、セイに限って、絶対無い。では、どういう理由があって知り合いだと隠している?……考えられるのは1つしか無い。セイは『マユちゃんの幽霊』と知り合いやったんや」
「うん」
思わず正直に頷いた。
殺人犯にされるくらいなら、<幻覚症状>で病院に連れて行かれた方がマシ。
「セイ、俺は此処でマユちゃんの幽霊を見た。当時は幻覚、白日夢と解釈したが、この目で見たのは間違い無い。ベージュのコート着てた。凡人の俺にみえたんや、霊能者のセイがみえないワケが無い。みえるどころか、話ができても不思議で無い。……当たりか?」
「……うん。まあ、当たってる、かな」
「じゃあ、教えて。マユちゃんの事、知りたい」
セイはビール缶を開けて、一気に飲んだ。
薫に<大きな隠し事>があるのは重荷だった。
ありのままに話そうと、心を決めた。
初めて来たのは4月。
ベージュのダウンコートを着ていた。
<双子老婆殺人事件>の犯人が隣に住んでいると言っていた。
<人殺しは見れば分かる剥製屋>と紹介するブログを見たと。
すでに死者だった。
道に迷い、山で亡くなっていた。
遺体が無くなれば<マユの幽霊>に会えなくなると考え、当局に届けなかった。
それから、事件が起これば現れて推理に夢中になっていた。
薫の事も、見ていたし、知っていた。
「本当に?……マユちゃん、俺のこと、知ってたん? ……メッチャ、嬉しい」
薫は、ソコに一番反応する。
すごい惚れ込みようだと、感心する。
「遺体が無くなってから、会ってないけどね」
「墓に入って成仏したんかな。くそっ、そうと知っていたら……」
続きは口には出さないが、遺体をそのままにしておけば良かったと、
後悔しているらしい。
「どんな風に暮らしていたのかは、知りたい。……隣に住んでいた殺人犯に聞けば少しはわかるかもと、思った」
その男との面会は、薫が手配中の筈だった。
「あ、あいつな。拒否しよった。会いたくないって」
「そうなんだ。……残念だけど、しかたないな」
「それがな、会いたくは無いが、ペットの鳥は、剥製屋に譲りたいと、言ってる」
「へっ? そうなの?……アルビノのヨウム、俺にくれるの」
嬉しい。
希少な鳥、だけで無く、マユと僅かでも関連のある<実体>が手に入る。
二度と会えないマユの思い出になるではないか。
「シロ、喜べ、家族が増えるよ」
「マユちゃんが俺を見つめてくれてたんや(見ていた、なんだけど)」
「嬉しい、な」
「ホンマ、嬉しい」
それぞれに幸せな気分で、酒盛りは続いた。