帽子
<マユの母>とに京都で会った一週間後に結月薫から、電話があった。
「今晩行くわ。ええやろ?」
と。
聖はその朝、<京都市の古井戸で幼児の遺体発見>のニュースを見ていた。
(ミイラ化、性別不明)
記事に、20年前の、<芦川雪菜>失踪(誘拐)事件との関連性は書かれてはいなかった。
身元を捜査中、とだけ、書かれていた。
「セイ、タイにおる山本夫婦が死んだ。交通事故や。引き取った行方不明の娘、マユの遺体が別人の可能性が高いと、伝えた二日後に……」
自家用車で、夫婦二人で、運転操作を誤り、
山道のカーブを曲がりきれず、崖から転落した。
即死、と言う。
結月薫は23時に、オートバイで神流剥製工房に着た。
肉まんが4個入った箱と、シューマイ12個入りの箱、
肉団子、ちまき七個、
そして缶ビール数個を
応接テーブルに並べた。
「腹減ってるねん。レンジで温めて」
「やった。蓬莱じゃん」
いつものスーパーかコンビニの食料品よりは、御馳走だった。
「色々、調べられる前に、このタイミングで事故死?」
事故を装った自殺ではないかと、
聖は直感で、疑っていた。
自死する理由は分からないが。
「山本夫婦は他人の遺体を行方不明の娘マユとして引き取った。……それはマユとして育てていたユキナの遺体が発見された、からやろう。……山本の住んでいたマンション敷地内、古井戸、で幼児の古い遺体が見つかった。……マユの可能性が高い」
そこまで喋って、薫は、
肉まん他を食べ、缶ビールを美味そうに飲む。
シロにはポケットから出したチーズ鱈を与えている。
肉まん他の、タマネギが入っているのは与えられない。
それで、シロの食べ物も買ってきたらしい。
①山本マユは古井戸で死んでいた。
②山本夫婦は雪菜を誘拐し、マユとして育てた。
「ほぼ事実と推理できる、この2つの関連性を考えてみた。雪菜を誘拐したのは娘の死を隠蔽する為としか考えられない」
「誘拐という犯罪を、犯してまで、ってことは殺したのかな。事故死なら隠蔽しない」
「俺も、初めは、そう思った。夫婦のどちらかが突発的に娘を殺してしまい、途方にくれているときに、偶然、雪菜ちゃんが目の前に現れたのではないかと」
「井戸に死体を遺棄しようとしていたときに、偶然雪菜ちゃんが通り掛かったので、娘の替わりに、しようと考えたのか? でもさ、身代わりは無理がありすぎないか?」
「うん。ところが調べてみると、入れ替わりに気付く人物が、山本夫婦の周りに、あの時点では居なかったんや。山本の実家は東大阪市の相当な資産家。親族に聞くと、結婚に反対され、実家と縁を切られていたらしい。しかし実家の事情で、再び一族と認められる事になった。親戚の結婚式に、一家で招待された。……それが、娘のマユが幼稚園に入るタイミングやった」
親戚の結婚式は、
雪菜の誘拐事件後。
つまり、山本一族、親戚一同が、初めて見た<マユ>は、<雪菜>だったのだ。
山本の妻には、親類縁者が居ない。元々施設育ちの孤児だった。
人づきあいが苦手。親しい友人も居なかったという。
「縁を切られていた富裕層の親族に、結婚式に招待された。その直前に娘が死んだ。そういう事か。娘の事故死を山本は受け入れられなかった。何が何でも、招待された結婚式に、三人揃って出たかったんだ
」
「山本は、親族の結婚式に家族で主席している。その後、一族の経営するレストランの店長に収まり、後に役員にもなった。……タイでの事故死が、自殺であったとしたら、真実が発覚して、一族に迷惑が掛かるのを避ける為と、想像できる」
「命と引き替えに、自分たちが犯した罪を隠蔽したい事情が、あったのか。……一体、山本マユの両親は、どんな人物だったのかな」
「そろって口数の少ない、常に控えめで……どこか弱々しい感じの人たちやったと、証言もある」
誘拐という、大胆な事を、切羽詰まった成り行きで、しでかしてしまい、
罪悪感と発覚の恐怖に、常に怯えていたのかもしれない。
「娘の事故死を隠蔽する事情があった。……誘拐犯だけど、殺人犯ではなかったかも知れないんだな」
「山本夫婦の20年前の事情が判明した時点で、娘のマユは、事故死の可能性が高いと……俺は考え直したんや」
「大事なセレモニーが控えていたんだよな。我が子を殺す親も、滅多にいない……子供の事故死なんて受け入れがたい不幸だ。パニック状態の時に、偶然、雪菜ちゃんが現れた。無くなった娘のスペアに見えてしまった。スペアで娘の死を、無かった事に出来ると、思ったのかな」
「そう、俺も考え直した。……ところがや、」
薫の声が大きくなる。
「ところが、何? まだ何かあるのか」
「うん。……井戸から見つかった山本マユと見られる遺体に、不可解な点があったんや」
「やっぱ……、他殺だったのか?」
「いや、それは、分かる状態ではない。20年も低温ではあるが湿度の高い、虫がうじゃうじゃの、ところに、あったんやから」
「……だよな。じゃあ、なに?」
「遺体は、……『帽子』を被っていた」
「帽子?」
「A大附属幼稚園の帽子。事件当日、芦川雪菜は、幼稚園の制服姿を祖父母に見せに行った。制帽も被って。雪菜が家を出るとき被っていた制帽を、遺体で発見された山本マユが、被っていたんや」