発見
神流 聖:29才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
「うわ、もう8時か。寝過ごしたんだ、俺」
聖は時計を見て、驚いた。
自営業で、早朝の来客も無い。
それでも毎朝6時前には、2階の寝室から出ている。
森の動物達と同じで、夜は明けると活性化するのだった。
夜中の2時に寝ても、必ず目覚める。
足りない睡眠は昼間適当に補充している。
だが、さすがに、
4時に寝たのでは、起きれはしない。
シロに顔を舐められて、やっと目覚めたようだった。
昨夜は、
4時までゲームしながらマユを待っていた。
会える予感がしたから。
事件も無い、最後に会ってから二週間しか過ぎていない。
それでも、きっと会えると思った。
予感で無く、ただの願望だったようだ。
「シロ、ごめん。すぐ朝ご飯するから」
でも、冷蔵庫には食材が無い。
腹が鳴るほど空腹だというのに。
同じよう飢えているのか、シロも冷蔵庫に首を突っ込んでいる。
「ドッグフードで我慢して」
非常時用ドックフードの缶を開ける。
美味そう。
だが、コレを食べたら、獣により近づいてしまう気がする。
コンビニ目指して車を走らせた。
愛車のロッキーで吊り橋を渡り、山道を登り……県道を少し走ると、
路肩にパトカーが停まっているのが見えた。
スピードを落とす。
近づくと、数台の警察車両、十人ほどの捜査官。
ソレらが視界に入ったとたん、視界が暗くなり、息苦しくしくなり……。
とてもハンドルを握っていられなくて、車を停めた。
マユの身体が、発見されたと、直感した。
二週間前、幼なじみで刑事の結月薫が、
あの場所に踏み入った。
薫は、職務上で知った行方不明のマユに、恋していた。
多少の霊感はあるようで、神流剥製工房で、マユの亡霊を見ていた。
偶然、あの場所を歩き、マユのダウンコートの切れ端を靴底にくっつけて、
工房に来た。
……あの時は、やり過ごしたと思いたかったが、
……すごく、嫌な予感がしたんだ。
「それで、どうなる?」
聖は、考える。
考えても……わからない。
「俺は何を、怯えているんだ?」
マユと初めて会ったのは3年前の春だ。
工房に訪れたとき、すでに死者だった。
マユの死骸を見つけたが、通報しなかった。
身体が消えれば、二度と会えないかも知れないと、
どうしてだか、そう思った。
あの時は確信した。
通報しなかったことが、実際どういう罪になろうとも
どうでもいいと、思う。
怯えているのはソレじゃ無い。
二度とマユに会えなくなるのが、怖いのだ。
(山本マユの遺体が見つかったのか?)
刑事の薫に聞くわけにもいかない。
死に関与していると、疑われる質問だ。
ニュースの情報を探す。
翌日になって
「奈良県東部の山中に白骨化した遺体」
小さく出ていた。
「釣りに来ていた警察官が発見」
と。
やはり、薫か。
コートの切れ端を捨てはしなかったのだ。
薫が探し出したのか?
身元が分かるのも時間の問題だ。
……全部持って行かれたら、もうマユはこないのかな。
……いや、大半は森の生き物が食べて、この森と一体化している。
同じ事を何度も思いながら、日が暮れると
マユの気配を捜した。
遺体が発見されて一ヶ月、過ぎた。
秋も深まり、夜はストーブが必要だった。
マユは来ない。
薫からの連絡は無い。
ニュースの報道も無い。
何も行動できないのが悔しい。
嫌な気分が頂点に達した頃、
秋田犬の仔が送られてきた。
「シロ、かわいいのが来たよ」
黒い毛と白い毛。
黒虎の生後三ヶ月くらい。
それでも柴犬の成犬より体重はある。
丸くて、可愛い。
ほぼ3等身。
鬱々とした気分が、少し和らぐ。
(犬の死骸の冷凍だけど)
早く綺麗にしてやりたい。
早速仕事に取りかかろうと、作業室に入る。
写真を撮り、
解体し、内臓を焼却炉で焼いていると……、
吊り橋をバイクが渡って来る。
結月薫だった。
「おう、久しぶり」
と、聖は言った。
そして、黙って作業を続けた。
<一ヶ月前に発見された白骨遺体>の話を、
こちらから切り出すべきか、迷った。
聞くのと、聞かないのと、どっちが不自然かと。
どっちにしても、薫の言葉を待った方がいい。
「セイ、山本マユちゃんじゃ、なかった」
薫は、とても大切な事を告げるように、
肩に手を置き、目を見て言った。
「え?」
聖は僅かに首を傾げた。
言われた言葉の意味が、わからない。
本当に予想外。
「マユちゃんや。行方不明の、かわいいマユちゃんや。……あの子のコートに違いないと思って……でも別人やった」
<へっ?>
聖は、叫びそうなくらい驚いた。
かろうじて動揺を抑え、手元の贓物をまとめて焼却炉に放り込んだ。
「コレで終わりだから。……カオル、どうした? 中でゆっくり聞かせろよ」
「おう」
薫の表情は見えない。
焼却炉に火を起こした時には夕焼け空だったのが、
墨のような雲が落ちて、あたりは急速に暗くなっている。