崩壊自慢
2019 6 12
どどすこすこすこエロちゅーにゅー(古……) とばかりにヤル気再装填&効率化のおかげで地道に制作を再開。今までのやり方から方向性を変え、1日に1枚でも2枚でもいい、なんなら1枚完成させなくても、一箇所でもいいから色を塗るというやり方にシフト。この積み重ねでゴールを目指すことにする。再び気分が乗ってくるまでは低空飛行で前進し、上昇気流を掴むのだ。
余った時間はゲーム遊んだりまったりしたり、とにかく心身のコンディション維持に専心。とか言えば聞こえはいいが、結局サボりながら作るというスタンスに大差なかったり。違うのは無理してゲームを我慢するか否か程度のもの。
大体、好きなもの無理して我慢して制作したってはかどるわけない。それなら遊んだって進行速度は大差なかろうという判断である。
が、気分が乗らないのはどうしようもない。なんかもう最近の立ち絵は落書きみたいになってる。いや、元々落書き程度の画力なんだから問題なしと自分に言いきかせる。これをゲームに組み込んだ時の違和感は想像するのも恐ろしいが、これも気付くのは描いてる本人くらいのもの、と自分に暗示をかける。
もういっそのことさらに手を抜いて、もとい省力化として下描きのまま乗っけてもいいんじゃない? なんて負のスパイラルな思考に陥ったり。アニメ、新世紀エヴァンゲリオンのオマージュっぽくて逆にすげえとか思われちゃったりして。(思われません)
これがバカゲーだったら壊れていく作画としてギャグにもできたのであろうが、真面目なストーリーではそんな見え透いた手抜きをするわけにもいくまい。やっぱり自分に真面目な作品は向かんわ。もう二度と作らぬ。
そういえばアニメ作品なんかでもよく作画崩壊がネタにされてたっけ。自分は残念ながらリアルタイムで見たことはないが、止め絵で見る限りは確かに手抜きには見える。が、自分が見たのはどうも画面全体がデフォルメされてて崩壊してるようにも見えなかった。これが動いてる映像だったら崩壊と気付くかどうかは微妙である。そもそもその程度の眼力しかない奴が描いてるんだから自分のゲームの作画が崩壊してない方がおかしい。
それはともかく、アニメ作品の作画崩壊に気付くってのは、それだけ熱心に見てたってことではないだろうか? あるいは録画して繰り返し見てるうちに気付いたとか。そっちの可能性の方が高い気がする。
崩壊側にしても時間がなかったとか自爆テロとかいろんな噂が取り沙汰されるが、そもそも監督やら作監やらがゴーサイン出してるってことは、それでOKって判断だったんではないだろうか? ホントに間に合わなかったら総集編って切り札もあるわけだし。アニメの制作現場の事情なんかよく知らないから分かんないけど。
もしこれが制作サイドの仕込んだ罠だったら我々はまんまとハマったとも言える。ハマった方もあえて崩壊と騒ぎ立てることによってネタとして作品の知名度は上がるわけで、ヘタすると初回生産版がちょっと売れたりして。制作サイドとユーザーが渾然一体となって行ったマーチャンダイジングではないのか? などと作画のクオリティにあまりこだわりのない自分などは思ってしまうのである。
そう考えれば作画崩壊とやらも巧妙な戦略という見方もできなくもない。クオリティの高い作画も魅力ではあるが、あまり高すぎると尻込みすることだってある。逆にちょっと手を抜いてる程度の作画の方が親しみが持てたりするんである。
そうか。では俺もこの手法を積極的に採用しよう。




