葛藤自慢
2019 6 10
ああ、ついに、とうとうやってしまった……ゲームが完成するまではやるまいと思ってたが、先日、ついにゲームを遊んでしまった。いや、別に強い決意してたわけでもないんだからやっちゃいけない、ってほどでもなかったんだが、その甘さが命取り。
そのあとはもうダダ滑りのごとく延々遊びまくった。厳格な親から開放されて遊びまくり、そのまま悪行の道に入った2世超人と同じである。そうなるのは目に見えてた。自分の不真面目な性格からして、ちょっと息抜きすればそのまま終了モードに入るのは自分自身、よく分かってた。
結局その日からしばらくゲーム制作に手を付けてない。正直言うともうこのままやめてしまいたい。
まあ、1年計画くらい立ててじっくり腰を据えて作る、ってのはありかもしれないが、RPGでもない掌編ノベルでそれをやるのもいかがなものか。大体、その間小説執筆も止まってしまうぞ。気分転換に小説ちょっと書いてみる、ってのもあるかもしれないが、そんな軽いテンションで書けるほどの筆力はない。頑張ってゲーム作るしかないんである。
ゲーム作るって、自分的には短期決戦なのである。これは2作目を途中でやめた経験から学習した。勢いのあるうちに作りきらないと途中で嫌んなっちゃう。小説みたいにじっくり腰を据えて、なんてことができない。これは多分シナリオが先にできてしまってるからだろう。その後の作業が煩雑なもんだからテンション下がる。できた気分になってるゲームができてなくて嫌になる。
結果、フリゲーなんだから、誰も待っていないんだから、締め切りなんてないんだから、などという自分に甘い言い訳を並び立てるようになる。これは素人作品の弱点であろう。仕事でないならガムシャラに突き進む必要なんてない。なんとなれば完成しなくってもいい。どんな天才だってテンション上がらなきゃどうにもなるまい。
こんな時は思考を切り替えてみる。自分がユーザーならどう思うか? エロゲーメーカーなんかでも制作はおしなべて苦労してたっぽい。ま、当然である。「今回のゲームはチームの気分も乗ってたので楽に、簡単にリリースできました」なんてコメント見たことない。もしあったとしたらプレイしたいとはあまり思わない。
やっぱり作品てのは苦しみ抜いて試行錯誤してシッテンバットーの悪あがきでもいいからチャレンジして、どうにか世に出たものの方が魅力的なんである。制作者が産みの苦しみ味わってないと、どうにも軽い印象がある。楽しんで作るってのも大事と思うけど、楽して作るってのとはまた違う気がする。
だからユーザーとしては制作サイドには努力を一方的に求めてしまう。才能の一滴まで絞り尽くした作品をユーザーに届けてほしいと勝手に願ってしまう。才能ある人なら当然の義務だとも思う。苦しみ抜いたからこそいいものができるってこともあるだろう。
が、フリゲーだとそこまでは言えない。タダなんだから、仕事でもないんだから、そこまで根を詰めなくてもいいよ、本人的に甘い作りでもどうにか完成させて発表してほしいと思う。ユーザーとしては楽しませていただくばかりである。納得できないのは作ってる本人だけかもしれない。
だったら大いに息抜きして欲しい。鼻歌交じりでもいいから軽い気持ちで制作して完成まで持っていければ御の字である。べつに産みの苦しみまで味わうことない。売上げなんて出さなくてもいいんだから。
ユーザーの自分はゲームで遊びながらでもいいよ、ってエールを送りたい。
よし、しばらくは遊ぼう。




