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3/21

動けるデブは貴重ですか?(1)

「いらっしゃいませ!」

 ここ「鷹の目亭」で働かせてもらって早一ヶ月。

 私は一日もりもりと働いている。


「ミサト、配達がきたから裏から牛乳を持ってきてくれ!!」

「はい!」

 私は客が引いたテーブルから食器を片手にどんどん重ねて、厨房の水を張ってあるシンクに突っ込むと、裏庭に回る。

 私の腰まであるミルクタンク二つ。

「よ……いしょっ!」

 片手に一本ずつ持って厨房へ。


「持ってきましたよ。いつもの場所に置いておきますね」

「ああ! それからすまん、出前の注文が! 行ってきてくれるか?」

「アイアイサー!」

 私はウィルドさんから食事が入った籠を受け取ると、額に手を添えて「敬礼!」ポーズ。

「場所は東エリアにある図書館だ。注文者は館長のカスターさん。時間指定なんだ。A1時までに着くように頑張ってくれ」

「えー! あと十五分じゃないですか! もっと早く言って下さいよ!」

 ここから図書館まで徒歩で二十分。間に合うはずない。

「ほら、ミサトの相棒でちゃちゃっと!」

「もう、仕方ないですね!」

 へらへらと手を合わせるウィルドさんを睨む私。

 まあ、いつものことなので怒っているように見せてるだけだけど。


「帰ってきたら、特製まかない用意しておくから!」

「アイスカフェオレもつけて下さいね!」

「了解」と、ウィルドさんは笑顔で親指をたてる。

 仕事中は人使い荒いんだけど、それ以外は優しいおじさんだ。

 頑張れば頑張った以上の見返りをくれる。

 だから、私もちょっと無理してでも頑張ろう! なんて思う。


「目標到着時間十分! 行くわよ、ガーディアン!」

 私は愛チャリのガーディアンに乗るとペダルに足を乗せ、回転させる。

 のんびりモードでは駄目だわ! 快速モード!

 私は遅刻ぎりぎりで学校に飛び込んだ時を想像して、ペダルを踏む。

「うおおおおおおお!」

 唸り声を上げながら、一心不乱にペダルを踏む。

 

 あまり舗装のよくない(これでもこの世界の中では、素晴らしく交通整備はいいらしい)道を走るとゴトゴトと上下に揺れるけどなんのその。

 頑張れ私! 頑張れガーディアン! これが終わったらご飯だよ!




「ご苦労様。ウィルドさんによろしく言ってくれ」

「はい。ご利用ありがとうございます!」

 私はカスターさんに十人分の昼食を渡すと、元気よく腰を曲げて挨拶をする。

「週末に食べにいくとも伝えておくれ」

「はい! ではご来店お待ちしております!」

 

 出前が終わり役目を終えた私は、帰りはガタガタ道をのんびりと戻る。

 といっても、普通モードだけど。

 不思議なんだけど、これだけガタガタ揺れるのに出前のご飯は崩れたことがない。

 サンドイッチやスープ、また皿に綺麗に並べられたオードブルも、出来上がりの時と変わらない形を保っているのだ。


(これはあれかな? 異世界にきた異能の一つなんだろうか?)

 ならチャリを漕ぐ私の身体も、ガタガタ揺れない補正も欲しい……




 お店に戻ったらウィルドさん特製まかないが待っていて、道が悪くてガタガタ揺れたままの私の身体は一瞬に元に戻る。

 

 今日は、樽漬けした魚をほぐしたものと野菜をあえて味付けしたものをはさんだサンドイッチと、ベーコン・ほうれん草のミニキッシュにマッシュポテト。それとカフェ・オレ。

「ふわー美味しそう~! いただきまーす!」

 手を合わせて今日の生きる糧に感謝してからいただきます。


 まず、ほぐした魚と野菜のサンドイッチをパクリ。

「ふぅ~ん! オリーブオイルと香味料の中に樽漬けされ、酸味がばっちりきいている青魚に刻んだ葉物とタマネギを混ぜ、パンに付けたマヨネーズ系の甘みのマッチングがたーまりません!」

 至福です! 一汗掻いたあとのご飯はおいしーです!


「あっはっは! ミサトが食べると何でも美味そうに見えるな!」

 食べにきたおじさんたちが笑いながら「俺もミサトが食べてるやつ!」とウィルドさんに注文する。

「うまそうじゃないです。本当に美味しいんです!」

 食べながら反論。

 ウィルドさんはパンを切りながら「よせやい」とぼそり。照れてる。


「しかし、ミサトが働き者で良かったな。お前一人で店と宿屋経営してるから、いつか倒れやしないかと心配してたんだ」

 と客のおじさん。

 そうなんだ。

 確かに宿泊用の二階の部屋は四つしかないし、一階の食堂はカウンター五席とテーブル二つ。数えても最大十三人くらいしか入れないけれど、繁盛していて客がとぎれたことなんてない。

 閉店まで満員御礼で、すごい時なんて外に簡易テーブルを設置して立ち飲み席まで作る。


「一人たって、せまい店だ。それに俺の体力は底なしだって言ってるじゃねーか」

「ばっか! いつまでも若い気でいやがって!」

 常連客の気安さか、ちょっと口げんかに発展して、「まあまあ」と止める私。


「――そこへ住み込みで働くとか言う女の子が現れた、っていうからよ。安心したんだ。倒れて店ぇ閉められたら楽しみの一つがなくなっちまうからさ」

「えへ! じゃあ私、この店の救世主ですね!」

 うん、国は救えないけど店は救えそうだ。


「そうそう! 正直ミサトを見たときは不安だったけどな~」

「ああ……」

「うんうん」とここにいる客が全員、納得とばかり頷く。

 ウィルドさんまで頷いてますが……?

「……えっ? どうしてですか?」

「いや、だってさ……」

「なあ……」

 皆、私を見て苦笑してる。

 

 この視線、元の世界でも経験あるな……


「横に長いから動けないと思ってました?」

 ずばり! という指摘に皆、気まずそうに視線を逸らす。


「ふ……ふふふふふ」

 私、不敵の笑み。


「い、いやぁ、だけど、なあ?」

「ああ! ミサト。その辺の若い子より動くし!」

「動きも機敏だし、力もあるしすげーな! って」

 

 皆が必死に私にゴマする姿勢のなか、ウィルドさんが、

「本当に助かってるよ。仕事覚えも早いし、ミサトのおかげで目新しいメニューも増えたし。ありがとな」

 といい笑顔を向けてくれる。

 

 ――ウィルドさん、いい人だ……本当にいい人だ。

 

 彼の笑顔がまるで仏のようだ。

 拝んでいいですか?



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