帰還は突然に
間もなく澪ちゃんは目を覚ました。
その間――
王様と王太子様はウィルドさんとおっさんズ達に、めっちゃ説教されていた。
おっさんズは、ウィルドさんが勇者だったころのパーティメンバーだったということ。
どうりで手際がいいと思ったわ。
おっさんズ達が言うには、弟であるウィルド――ウィルフレッドさんと兄である国王様は性格が正反対。
おっとりで穏和な国王様と血気盛んで攻撃的、精力的なウィルフレッド。
国が平和なら、兄の方が統治するに相応しい。
自分は勇者に選ばれた時点で、国の裏方に回り、護り手に徹すると城から出て行ったとのこと。
今までそれでうまく行っていたが――段々、国の危機を救ってもらうのは異世界から召喚した人間の方が楽だし力があると、どんどん依存していったということ。
ウィルドさんも、もの申したそうだけど、重臣達の意見におされた国王は生来の優しさが優柔不断な日和見になっていて――ということらしい。
「しばらく俺も、その重臣達の会議に参加するからな。覚悟しておけ!」
とウィルドさん。
弟さん、強気ですね……もともと主導権が強いのはウィルドさんの方だったのかなぁ? と推測。
ミナト率いる勇者パーティは、アントンさん達に説教された。
最初ウダウダ言い返していたけれど、
「ミサトが『勇者』としてチェンジしたということは、ミナトは勇者として相応しくない、と判断された結果だろう! 役立たずと随分罵倒してくれたけど――それはどっちだ!」
とジャンさん。
「言わせてもらえば、あんた達がロクデナシなことばっかりやってるから、ミオが最悪なチェンジをしてしまったんだから、責任はあんた達にある」
キアラさんもきつい。
ぐうの音もいえず、黙りこくってしまった。
◇◇◇◇◇
「実里ちゃん……ごめんね。私、迷惑かけちゃった……」
万能薬を飲みながら、澪ちゃんに謝罪された。
自分のやってしまったことに澪ちゃんは明らかに悲嘆していて、うなだれている。
「大丈夫だって! 結局死者が出なかったんだし、それに国の危機もこれで終わったんだよ! 澪ちゃんもこうして無事だったんだし言うことないよ、万々歳だよ!」
「実里ちゃん……」
私と澪ちゃんは、どちらともなく手を握り合う。
「これで私達、元の世界へ戻れるんだね……」
「うん、向こうでも会おうね?」
「勿論だよ! アドレスと電話番号もしっかりメモって、肌身離さず持ってるよ」
ふふふ、と笑い合ったあと、澪ちゃんは首を傾げながら私に尋ねてきた。
「でも実里ちゃんは、本当にいいの? それで?」
「えっ? どうして?」
「だって……実里ちゃんはウィルドさ――!?」
それは突然だった。
私と澪ちゃんの身体が宙に浮き、高く上がっていく。
「えっ!? な、何? 何が起きたの?」
宙に浮いてるのは、私と澪ちゃんだけじゃなかった。
ガーディアンも
アントンさん達も
あの駄目勇者パーティ達も――同じように浮いている!
「あ、あれ!」
キアラさんが指をさした方向には、渦を巻くものが。
どんどん形を成していって、渦の中にぽっかりと穴が空いた。
「きゃあああああ!」
「うわあああああ!」
皆が一気にその穴に引き込まれる。
――なんと、城から出て行って所在不明だった他の転移者も、引き寄せられたらしい。
「これって、元の世界へ帰る時空の穴だよな!?」
「た、多分!」
「やっと帰れるのね!!」
皆それぞれ言うけれど――私は戸惑っていた。
(と、突然すぎるよ! 私まだ、ウィルドさんにお別れの挨拶してないのに!)
いつか帰るって分かっていたけれど、だからこそ、最後に「言おう!」と思っていた言葉があったのに。
「好きです」
と。
ここに残れない。
そこでもう、失恋は決定していた。
だから心残りのないようにせめて、この気持ちだけでも打ち明けようと思っていた。
――なのに、告白さえも許されないの?
ウィルドさんを見下ろす。
ウィルドさんは、おっさんズ達と呆然と見つめている。
(あれ……どうして呆然?)
その理由はすぐに分かった。
「なんか……詰まってない?」
とアントンさん。
そうだ。みんな一気に集められて、ギュウギュウに穴に押し込められた状態。ギッチギチだ。
『重量オーバー。重量オーバー』
というアナウンスと共に、警鐘が鳴る。
「――えっ?」
「重量オーバー?」
「まじかよ!」
そんな設定なの? エレベーター?
「おい、そこのデブス! てめえのせいだぞ! もっと痩せろよ! つーか、穴から出ろよ!」
またミナトが文句を言い出す。たく、口の減らない奴だよ。
「つーか! お前が呼び過ぎなんだ! アホ!」
「そーだよ! いい気になって偉そうに!」
私が口を開くより先に、代わる代わる皆がミナトを批判。
「そういうあんたが穴から出ればいいでしょ! 責任持ちなよ!」
「そうだそうだ!」
揃ってミナトさんを押し出そうとする。
「えっ? や、止めてくれよ……! 帰りたいんだよ、俺は……!」
皆に押しだされて、ミナトさんは半泣きになってしまった。
「私だってそうだよ!」
「俺だって!」
と、ギッシリ詰まってるなかで大喧嘩勃発。
――そんな中、だるまのように固まっていたところからひょい、と飛び出したのがいた。
下へ落下して、見事着地しウィルドさんの元へ。
「ガーディアン!?」
ガーディアンが自ら下へ降りて……!?
「ガーディアンは、俺が責任もって面倒見るから安心しろ、ミサト!」
ウィルドさんがそう言って、いつものように親指を立てる。
「ガ、ガーディアン……」
リーン! とガーディアンがベルを鳴らす。
『心配しないで!』とでも言うように。
もう! 最後までいい子なんだから!
一台分軽くなった。
――けれど、まだ警鐘は鳴り続ける。
「まだ重量オーバーなのか?」
「どうする?」
「ここで駄目でも、後から帰れるの?」
皆口々に言うけれど、打開策が思い浮かばない。
「…………」
――決めた。
「澪ちゃん。もし、私の家族に会うことがあったら私のことを伝えてね」
「――!?」
澪ちゃんは息をのみ、私を見つめる。
黒目がちの瞳が涙で揺らぐ。
「ま、待って! 実里ちゃん! 一緒に帰ろうねって。向こうに帰ってからも一緒に遊ぼうねって……言ったじゃない!」
「だけど、このままじゃ多分、全員帰れそうもなくなっちゃう……」
「なら、私も一緒に降りるよ!」
澪ちゃんの言葉に私は「駄目」と首を振った。
「澪ちゃんまでいなくなったら、お爺ちゃんとお婆ちゃん、立ち直れなくなっちゃうよ? 息子や娘だけじゃなくて孫まで失ってしまったって……哀しくてきっと今頃寝込んでいるかもしれないよ? 帰って安心させてあげて」
私の言葉に澪ちゃんは顔まで歪めた。
「私達、離れてても友達だよ!」
「……うん、ソウルメイトだよね」
ぎゅう、と互いの手を握る。
「じゃあね!」
私は詰まっている転移の穴から抜け出し、下へ落ちていった。
「ミサト!」
私をキャッチしてきれたのはウィルドさん。
「ご、ごめんなさい! 重たいのに……」
「こんなの重たいうちにはいらねーって! ……でも」
とウィルドさんは私を下ろしながら上を見上げる。
「いいのかい?」
と。
「うん。いいの……」
ようやく、警報みたいな音が止まったし。
皆が渦の中心飲み込まれていく。
「実里ちゃん! 実里ちゃんの家族に会うから! 時間がかかっても会ってちゃんと実里ちゃんのこと話すから!」
澪ちゃんが私に向かって、何度も大きく手を振る。
「うん! ありがとう! 澪ちゃん! 元気でね!」
私も手を振り続けた。
皆が見えなくなって、渦が消滅するまで――何度も。
◇◇◇◇◇
「すいません! ウィルドさん! またしばらくお世話になります!」
私はウィルドさんに向かって、深々と頭を下げる。
「今度こそお金を貯めて、部屋を借りますので! それまでよろしくお願いします!」
「……ミサトが良いなら、ずっと部屋を使っていいんだぞ? 本当に一人になってしまったんだから」
そうだ。私は自分のいた世界に戻ることはしなかった。
今度、いつ「国の危機」が訪れて召喚できる環境が整うのかわからない。
すぐかも知れないし、十年、二十年先かもしれない――
今、国の危機のために召喚された人達はもういない。
私しかいないんだ。
「そんなことないです! 一人じゃありません! だって――」
私はガーディアンに触れる。
「ガーディアンも一緒です」
リリリーン! とガーディアンも同意するようにベルを鳴らした。
そんな私とガーディアンを見て、ウィルドさんは優しげに微笑むと元気づけてくれるように言った。
「そうだな! ガーディアンもいることだし! じゃあ、この素敵なおじさんがまとめて面倒みてやろう!」
「はい! さすがです、ウィルドさん!」
「……一生、な」
「はい?」
何かボソッと言いませんでした?
「ウィルドさん、今なんて言ったんです? 聞こえませんでした」
「何でもねえよ」
「ええ~、絶対何か言った~! 気になる~!」
「いずれ教えてやるって――よし、ガーディアンは俺が漕いでやろう! ミサトは後ろに乗れ」
「あ、誤魔化した! ずるいです!」
「いいから、乗れって」
「でもガーディアンは私以外の人は前に乗せては……乗せてるね」
ウィルドさんがサドルに腰をかけても、ぜんぜん嫌がらない。
懐いちゃってるね~。
私はおとなしく荷台に腰をかける。
「じゃあ、帰るか!」
「はい!」
そうして私とガーディアンは、またウィルドさんにお世話になることが決まったのです。




