勇者と元勇者は少女を助ける
「ガーディアン! 行くよ! 澪ちゃんを瘴気から離すからね!」
私は鎧となったガーディアンに呼びかける。
リン! といつもより凛々しい音を鳴らし、ガーディアンは私のジャンプに合わせて身体を高く、澪ちゃんより上へ飛ばしてくれた。
(切れないよね? これ切れないよね?)
私は剣を振り落とそうとして躊躇ってしまった。
だって、本当にこれは剣だ。切れる剣だ。
切って回復させるといっても――実際に人さえも切った経験のない私は怖い。
その迷いの中で起きた隙を相手は見逃さなかった。
「実里ちゃん……私を切るの?」
一瞬、澪ちゃんの顔に戻り私は動揺してしまい、ますます澪ちゃんに剣を下ろせなくなってしまった。
「――!?」
髪の毛が私の身体に巻き付いてくる。
ぐるぐる巻きにされて――
(あ、やばい! 海苔巻きじゃん)
なんて危機なのに余裕な思考回路な自分に「この馬鹿!」と突っ込みをいれてしまう。
「――突っ込んでる場合じゃない……! っきゃあああああああ!!」
澪ちゃんが私を空中で振り回し始めた。
「回る! 目が回る!」
回る視界にミナトが見えたけど、この隙に這いつくばって逃げている。
「ちょっと……! 剣を持ってるんだから助けてよ!」
叫んだけど、ミナトは、
「ふざけんな! 自分でなんとかしろよ!」
と返された。
(こんの~! へっぽこ勇者!)
なんて思っていたら――
ブン! と方向を変えられて、壁に叩きつけられた。
「――いっ!!」
衝撃にクラクラする。
またブン! と大きく弾みをつけられた――また壁にぶつけられる?
「ミサト!」皆が駆け寄ってくれるけど、長い爪や身体から溢れる瘴気で近寄れない。
(な、なんとかこの髪を切って逃げなきゃ……)
身体を揺らし隙間をつくり剣を振ろうとしても、少しでも隙間ができると澪ちゃんの髪がますます締め付けてくる。
「ミサトーーーー!!」
瘴気など目もくれず、大きな声を張り上げて突進してくる人がいた。
「……ウィルドさん?」
長い刃のような爪がウィルドさんを襲う。
ウィルドさんは素早いステップで避け、高く跳んだ。
高い――信じられない跳躍で、持っていた大きな包丁で髪をばっさり。
「うわっ!?」
落下する私を片手でしっかりと受け止め、着地!
ウィルドさん、凄すぎる……!
「かっこいい! ウィルドさん!」
「凄くね?」
「そこの勇者より勇者っぽいよ!」
わーっ! と歓声が上がる。
「さすがだ、ウィルフレッド! 元勇者の腕前は落ちておらん!」
ウィルドさんの兄の王様の言葉に私、ウィルドさんをガン見。
それは周囲の、おっさんズ以外の人達も同じだった。
「……『元勇者』?」
私はウィルドさんに向けて『状態開示』をする。
「ウィルド『宿屋兼飯屋の主人』で元『勇者ウィルフレッド』現国王の弟。現在裏家業『未来ある若者達を支援する会』の会長…………………………が好き」
ここまで視れたけど、この先はよく視れない。
(『…………………………が好き』って何だろう)
「――こら、全部視るんじゃねぇって」
どうやらウィルドさんが意識的に開示を拒絶しているみたい。
途中からよく視れなくなってる。
「拒絶できる方法があるなんて聞いてません」
はははは、と笑って誤魔化すウィルドさんだけど、耳が真っ赤になってる。
なにか恥ずかしい情報があって、それを隠していることが丸わかりだ。
そこは大人の事情だと思って、深く追及しないでいよう。
「でも『元勇者』ってこと黙ってたなんて酷いです。言ってくれればいいのに。王様と兄弟だってことも」
「いやぁ……もう十代の頃だからさ……恥ずかしいだろう? それに城での生活って性に合わなくて継承権放棄して出て行ってから、兄貴とそう付き合いなかったしな」
照れくさそうに話すウィルドさん。
あれ? と私。
「あの……もしかしたら『未来ある若者達を支援する会』のおじさん達も、もしかしたら……勇者パーティだった仲間?」
「ああ、そうだ」
あっさり認めてくれました。
「これからの勇者とそのメンバー達が萎縮しないようにと、正体がばれないようにしていたんだ。今回は召喚された勇者があまりに酷いんで、しゃしゃり出ちまったがな」
「――いえ! すっごく頼りになります! 一緒に戦ってください!」
私はウィルドさんの手を握った。
「ミナトとかいう勇者よりも、王様よりも、ずっとウィルドさんの方が頼りになります。つーか、一緒に戦ってくれたらすごく心強いです!」
そうだ、いきなり召喚されて城から追い出されて、路頭に迷っていた私に救いの手を差し伸べてくれて――それがこの国の為、『未来ある若者達を支援する会』の定義の元に助けたとしても良いじゃない。
私は、そんなウィルドさんを好きになったんだから!
ウィルドさんは、どうしてか顔が赤い。
ハッと気づく。
「すいません! 私、顔が近かった!」
と慌てて離れた。
女性慣れしていないのかな?
なんかシャイな感じで、いつものウィルドさんと違う。
「……い、いや……いいんだ。ミサトがそうしてくれと言うなら……おじさん、頑張っちゃうぜ!」
ウィルドさん、自分の顔をパン!と叩いて私を見る。
いつもの、堂々としたワイルドなおじさまに戻った。
「俺がしっかりと援護してやる! ミサト、怯まずに攻めるんだ!」
「はい!」
「ガーディアン、武装解除」
私はガーディアンに、いつものチャリに戻るように言う。
そうして、私が前に乗りウィルドさんが補助席に乗る。
「ガーディアン、運転お願いね」
リリン! と鳴る。
「任せて!」と言っているように聞こえて、フッと笑みを浮かべる私。
そのまま澪ちゃんを見上げた。
黒い瘴気を口から吐き出してる。
もう見上げるほど高い天井は真っ暗で輝いていたシャンデリアや、天使が舞っていた天井画は闇に隠れ見えなくなっていた。
その黒い気は腐敗を促すようで、ボロボロと上から天井の壁材がはがれ落ちてくる。
(一刻も早く、澪ちゃんから瘴気を引きはがさなくちゃ!)
ダーク聖女としての澪ちゃんは、確実にレベルが上がってきている。
「あまりのんびりやっていられんぞ、ミサト。レベルが上がれば上がるほど、ミオから瘴気を引き剥がすことが難しくなってくる」
「はい! 援護お願いします」
ガーディアン! と私が声を上げると、ミオちゃんに迫る。
「俺達も援護するぞ!」
アントンさんの号令で、澪ちゃんの攻撃が私達に集中しないよう髪や爪の攻撃、そして吐き出される瘴気に向け、物理攻撃や回復攻撃をしてくれる。
「澪ちゃん! 目を覚まして!」
私は一生懸命話しかけながら、澪ちゃんに回復魔法を行う。
後ろでウィルドさんが立ち上がり、剣を奮う。
つーか、凄いな。ウィルドさん。荷台に立って剣を奮うなんて。
やっぱり、ただのおっさんじゃなかったんだ。
「澪ちゃん! 国の危機が終わって元の世界へ帰ったら、一緒に遊ぼうね! って話したよね? 大学は同じところ受けよう! って話し合ったよね? 頑張って叶えようよ! ね? ――だから、瘴気に負けないで!」
私は澪ちゃんに訴えながら回復魔法をかける。
「……コ、ンナ国……滅ブ、ベキ……」
瘴気に取り込まれた澪ちゃんが、初めて応えた。
「澪ちゃん! 私の言ってること、分かる?」
「クダラヌ支配者……ガイル国……一度、滅ブベキ」
「確かに、どうしようもない王様と王太子様だと思うよ! 努力しないで遊んでばかりで、国の金を使ってる勇者達と一緒になって放蕩生活してるし! 全然、仕事していなさそうだし!」
下にいる王様と王太子様は何か言いたげなようだけど、おっさんズに睨まれて小さくなった。
「勇者もそのパーティ達も、驕っていていい気になって遊んでばかりでレベルも上がってないし、こうしているときも、剣も碌に振れないし」
今の状況で、さすがにお荷物だと理解したのか邪魔にならない場所に避難している勇者ミナトとそのパーティ達は、ショボンとしている。
「でも、今のままだと澪ちゃんはきっとこの国に住んでる人達にも害を与えてしまうよ! 澪ちゃんはそれでいいの?」
髪の毛が止まった。
「このまま瘴気に取り込まれて澪ちゃんの意識がなくなったら、きっと国に住む人達だけでなく、植物や動物達も滅ぼそうとするよ!? 澪ちゃんはそれでいいの?」
「……ソレハ」
「私は嫌だよ! 澪ちゃんがこのまま瘴気に取り込まれて澪ちゃんが消えちゃうの! 澪ちゃんがダーク聖女として生きていくのは嫌だよ!!」
だらん、と力なく澪ちゃんの腕が落ちる。
「ミサト! いまだ!」
ウィルドさんの掛け声に、私は澪ちゃんに向かって剣を投げた。
私の「治癒」と「聖」の力を籠めた剣を――
澪ちゃんは、傷ついたんだ。
勇者達の態度に。
王様の国を考えないで、勇者達ばかりに媚びを売る態度に。
そして王太子のいい加減な恋の仕方に。
傷ついた心を「治癒」して
「聖」の力で瘴気を滅する。
澪ちゃんのお腹に刺さった。
ギャァアアアアアアアアアアアアアアアア
地の底から這い上がってくるような叫び。
それはこの食堂ばかりでなく、城全体、いえ、国中にまで響きわたりそうな叫びで思わず耳を塞ぐほどだ。
「これは……?」
「今まで瘴気に取り込まれた奴らの断末魔だろう……」
ウィルドさんが教えてくれる。
断末魔の叫びのあと、その場には以前の澪ちゃんが宙に浮いていた。
がくん、と一揺れしたあと、落下。
私は慌ててガーディアンで澪ちゃんを追いかけて、ウィルドさんが受け止めてくれた。