私もチェンジ?
――ダーク聖女?
「何ですか? それ……?」
いや、何となく名称で分かるけれど、ここははっきりさせておきたい。
「『闇落ち聖女』ってやつだ……」
ウィルドさんの絞り出したような声音が胸に苦しい。
「そ、それって……いったい、どうしたら……?」
変貌した澪ちゃんから視線を逸らせない。
それだけショックだし、それだけ圧迫感を感じて身体を動かせないからだ。
妖しいまでの美しさは恐怖で、私の身体も心も縮こませている。
澪ちゃんが私を赤い目でジッと見つめ、そうしてゆっくりと右手を上げ指先を向けてきた。
「――あぶねぇ!」
ウィルドさんが咄嗟に反応し、私を抱き寄せ横に飛ぶ。
澪ちゃんの爪が鋭利な刃のように伸びて、私達がいた場所に刺さった。
すぐに床から爪が外れ――集中的に何度も狙ってくる。
それを素早く回避するウィルドさん。
凄い――けど、重たくてごめん! と思いながら私は必死にウィルドさんにしがみついた。
「――!? ガーディアンは!?」
そうだ、ガーディアン!
第一撃を避ける際に、ガーディアンとは離れてしまった。
「あいつは無事だ! ほら!」
ガーディアン、宙に飛んで天井に貼り付いてました……おびえてるワンコに見えなくも……ない。
「ガーディアン! 澪ちゃんを助けて!」
こんなの澪ちゃんじゃない。きっと誰かに操られてるんだ!
(……あれ?)
もしかしたら、と思い至る。
ここにくる前にウィルドさんが言っていた、今回の「国の危機」の正体。
「ウィルドさん! 澪ちゃん、『瘴気』に取り憑かれてませんか?」
「えっ?」
「ステータス、視れるんでしょう? お願いします!」
「い、いや、ちょっとこう立て込んでいたら視れる暇ねぇって!」
現在、澪ちゃんの長爪攻撃を必死に避けている最中でした。
――それにしてもウィルドさん凄いです。
五本の攻撃を見事避けてます。
ただのおじさんじゃない、とますます確信しながら周囲を見渡すと、ようやくアントンさん達がやってきた。
「ウィルドさん! ミサト! 大丈夫ですか!?」
ジョンさん、キアラさん、目の前で宙に浮いている女性に唖然と口を開いている。
「……これがこの国を『滅ぼす者』?」
キアラさんが杖を前に出し、呪文を唱える。
一気に火が燃え上がり、激しい音を立てて火柱が立った。
「燃えよ!」
「だ、駄目!この子が澪ちゃんなの!」
「えっ?」とキアラさんが驚くものの手遅れだ。
火柱は真っ直ぐに澪ちゃんに向かって轟音を鳴らし走っていく。
「澪ちゃん!」
あっという間に澪ちゃんの身体は炎に包まれる。
「やったー! ざまあないぜ!」
自分の手柄のように勝利の声をあげる男がいる。
例の勇者ミナトだ。
攻撃されて気づかなかったけれど、食堂の端っこに避難していたらしい。
王と王太子、そして白魔法使いと仲間がいた。
「てめぇが倒したわけじゃねぇだろうが! この○ソ勇者が!」
おっさんズの一人が、勇者ミナトを怒鳴りつけながら頭に拳骨を入れていた。
勇者ミナトはオッサンの打撃にダメージを受けて、悶絶している。
――それより
炎の攻撃を受けた澪ちゃんは、髪を振り乱しながら宙で暴れている。
「澪ちゃん! ウィルドさん、どうしたらいいんですか? どうしたら澪ちゃんを正気に戻せますか?」
「ちょっと待ってろよ。今ステータスを……」
炎の痛みで攻撃が止んでいる今がチャンスと、ウィルドさんは澪ちゃんのステータスを視る。
「『ダーク聖女』LV50。国のやり方に絶望し瘴気に取り込まれダーク聖女になる。全ての闇属性の攻撃ができる。弱点は回復、改心攻撃。普通の攻撃は魔法も加えて通常の五分の一しか効かない……」
「――じゃあ、さっきの魔法攻撃、ほとんど効いてないってこと……っ」
「うわあああああああっ!」
アントンさん達が闇に包まれる。
いつの間にか澪ちゃんは復活していた。
「そこのロクデナシ隊! 白魔法使いがいるだろう!? 何でも良い、ミオに回復攻撃を!『瘴気』をミオから切り離せば自分を取り戻せる可能性がある!」
ウィルドさんが叫ぶ。
「で、でも……私、実際に使ったことないよ~!」
「今までなにやっていたんだ! 良いから、やってみろ!」
泣きべそをかきながら、必死に手をかざし澪ちゃんにむかって回復魔法を唱える。
けれど――不発だった。
「こ、怖い……怖くて呪文が……無理! 無理無理無理!!」
とうとうギャン泣きしてうずくまってしまった。しっかり愛人の王さまの膝に。
「役立たず……」とどうにか闇属性攻撃から逃れたキアラさんが、めっちゃ凍った眼差しで見下ろしてます。
同性同士の方が言い方きついよね……
「ガーディアン! 来て!」
私はガーディアンを呼ぶと飛び乗る。
「回復魔法でギリギリまで攻撃してみます!」
澪ちゃんが力つきる一歩前まで回復魔法をかけて、それから『瘴気』から澪ちゃんを切り離す!
「ガーディアン! 行くよ! なるべく澪ちゃんに近づいて!」
私の指示に同意するようにベルを鳴らすと、一気に浮上する。
(澪ちゃん……)
綺麗なストレートな黒髪がうねって、幾つもの束になって宙をうねっている。
顔はもう、澪ちゃんの顔じゃない。
力を使えば使うほど能面のようになっていって、今は蛇みたいに鼻もないし口まで裂けている。
(澪ちゃん、ごめんね……あのとき手を握っていれば……)
後悔にまた涙が出そうになる。
――絶対に澪ちゃんを「国を滅ぼすモンスター」になんかさせない!
ガーディアンが澪ちゃんの長い髪と爪の攻撃を避けながら、彼女の回りを迂回するように飛ぶ。
「回復魔法!」
私は澪ちゃんの背中に魔法をかける。
それから横に回り、また回復魔法。今度は真正面と、近づく度に何度も回復魔法をかける。
炎の魔法よりもずっと効いているみたいだ。
宙に浮いている澪ちゃんが、身体を捻りながら叫び声を上げている。
断末魔の叫びで「まさか澪ちゃん死んじゃう?」と不安になるほどに激しい叫びだ。
「おい! デブス! あとはこの俺様に任せろ!」
勇者ミナトが余計な一言付きで私に言ってきた。
「その空飛ぶチャリ、俺に渡せ! 俺が使ってやる!」
でっかい剣を背負い、「おらおら」と手招きしている。
「あんたに使える子じゃないよ!」
ガン無視している私の代わりにキアラさんが言ってくれた。
「勇者は俺だぞ! 俺が使うべきだろう!」
まだ勇者気分らしいけど、役にたってないじゃん。
「その大剣をまともに使えるのか!? 使えるようになってから勇者を名乗れよ!」
おっさんがミナトをどついたようだ。
ミナトはおっさんのどつきのせいか、それとも背中に背負った剣が重たいのか、よたついて尻餅をついてしまっていた。
私は下のやりとりに気をとられている場合じゃない。
ガーディアンに攻撃を避けることをまかせて、必死に澪ちゃんに回復魔法を仕掛ける。
「澪ちゃん! 目を覚まして! 私だよ! 実里だよ」
澪ちゃんと向かい合う。
澪ちゃん、動きが止まった。
首を傾げ不思議そうに私を見ているように思える。
何も映らない瞳だけど、私が見えていると思いたい。
けれど――横から巨大化した手が振り落とされる。
ブオン!
と大きく風を切る音がする。
高速で振り落とされる手に、私とガーディアンは動けなかった。
「ミサト!」
叩かれる――その瞬間、ガーディアンが動く。
でも、その動き方がおかしい――
まるで私の身体を守るように覆い被さってきた。
(ううん……違う!)
私の身体に纏うように密着してる。
「……えっ?」
「はい……?」
ウィルドさんも。
おっさんズも。
勇者軍団も。
王様と王太子も。
ここにいる兵士達も。
唖然と口を開けて私を見ている。
――いや、一番驚いてるのは当の本人である私なんですけど。
単身で宙に浮いてる。
そして――鎧を着てる。
この鎧、どっから来た?
「……ちょっ、ちょっと待って……?」
恐る恐る、鎧に触れる。
背中からリーン、とベルの音!
「あ、あんた! ガ、ガーディアン!? ガーディアンか!?」
ガーディアンが鎧化した?
しかも私にピッタリだよ!
「レベルアップだ……治癒師からチェンジした」
ウィルドさんが私のステータスを視たらしく、めっちゃ驚いてます。
信じられない、という顔をしていますが……私、一体なににチェンジしたんでしょうか?
まあ、「聖母」ではないな――とは思う。
「ウィルドさん、私! 何に?」
「『聖勇者』だ……!!」
はあああああああああああっ?