ダーク聖女、誕生
「かいもーん!」
朗々とした声音が城門前に響く。
アントンさんの声だ。
相手が誰かと分かった守りの兵達。そう易々と開けるはずもない。
「元勇者パーティの方々だが、自ら城から出て行った。すなわち『勇者と行動をともにできない――それは離脱』を意味する! 国を救う意志のない者達を、受け入れることなどできないとの仰せ! 引き下がられよ!」
「国を救う気がないのは、城の中でうだうだと怠惰な生活を送っている勇者とその仲間だと思え! 修行もさぼり、あまつさえ民の血税を遊技に使い贅沢三昧の勇者とその仲間! そしてそれを咎めもせず、便乗する王や王太子と国を救うために、こうして自ら力を蓄えてきた俺達のどちらが国のためなのか――考えろ!」
アントンさん、声がでかい!
そして言い分がかっこいい!
(ふぉおお! ヒーローの言葉だ! これぞヒーローの言葉!)
兵士達が顔を見合わせ、ざわついている。
城の内部の様子を知っている者達は、アントンさんの意見が正しいと分かっているはずだ。
でも――下っ端の者が自ら動いて門を開けるとは思えない。
そうこうしているうちに、ボスともいえる勇者――ミナトが顔を出してきた。
「お前らの力なんて借りなくたって大丈夫なんだよ! 国を襲うモンスターは『瘴気』『もしくは瘴気にとらわれた動物か人間』だ。こっちには『白魔法使い』だっているし、『賢者』だっている『聖女』もいるんだ。槍や弓使いなんていらねーよ! 出てけ出てけ! ――あっ、そこの魔女なら俺の側に置いてやっても良いぜ?」
あはははははははは! と何がおかしいのか、一緒に出てきた白魔法使いの女と護衛らしい騎士達と一緒に笑ってる。
それを一瞥して、私達は、
「行動開始するぞ」
と所定位置に急ぐ。
ここで話し合う余地があれば、戦うという選択を回避するつもりだった。
けれど――開門はされず、城壁の見晴らし台の上で笑いながら馬鹿にしているだけの勇者達を見て、
「話し合いは無理」
と無言で頷いた。
「……あのクソッタレが……好き放題にさせときやがって」
とウィルドさんが憎々しげに呟いている。
(クソッタレって……誰のこと?)
「ウィルドさん、お城の中に知り合いがいるんですか?」
荷台に乗っているウィルドさんに尋ねる。
「ああ、俺の兄がいるんだ」
「――えっ? 初耳!」
あまりに驚いて、ガーディアンを止めてしまう。
ガーディアン勇み足でどうどう。
「あまり交流してないからな。俺は城下街で飲食店兼宿屋の経営だし、兄は…………まあ、お偉いさんだ。住む世界が違っちまってる」
「そうだったんですか」
「だからさ、勇者を諭すことができない兄をついでにボコりにいくってわけよ!」
なるほどねぇ。
まあ、ちょっとウィルドさんがしょってる馬鹿でかい包丁も気になるけど。それで本気で切りかかるわけゃじゃないよね~?
だって、背中に背負うほど大きいんだよ? 一応カバーつけてるけど、スパッと切れそうなほど輝いてたよ?
刃渡り一メートルくらいあるんじゃないかな?
「じゃあ、頑張ってお兄さんにも会いましょうね!」
まあ、脅しでしょ! 包丁に関して深く掘り下げない方がいいと直感が働きました。
「おう! 頼むぜ!ミサト、ガーディアン!」
ガーディアンがリーン! とベルを鳴らす。
「ガーディアン、シー、シー! ばれたら鳴らしていいから」
と私はガーディアンに人差し指をたて、教えた。
「では、力づくで開けるぞ!」
アントンさんの言葉が辺りに響いた。
――交渉決裂。
同時、キアラさんの攻撃魔法が城門を破壊する。
油断していたのか、魔法防御もしていない板の城門はあっけなく木っ端微塵にになった。
うわぁ、派手。
「行くぞ! ミサト!」
「はい!ガーディアン、空に向かってGO-!」
荷台に乗っているウィルドさんの掛け声で、ガーディアンに指示を出す。
アントンさん達は「囮」故の正面突破だけど、実力は城内で遊んでいる勇者達より高い。
けれど――城の騎士達や魔法使い達と比べたらどうだろう? という心配があった。
『もしいても、うまく回避するさ。ミナト達に会ってボコるまで負けていられないからな』
とアントンさん。
ウィルドさんが言うには、『みんなレベル40時で一次能力解放を会得しているから、そう易々負けはしねえよ』と。
異世界から召喚された人達の方が神懸かり的な強さを会得する、という話を信じるしかない。
「ミサト、ミオが軟禁されていた棟はどこだ?」
ウィルドさんに聞かれ、ハッとする。
そうだった。私は私の任務「澪ちゃん救出」を実行しないと。
集中だ!
「あそこです」
と指さす。
「東棟か。移動されていると思うが念を入れて確認に行こう」
「はい!」
私はガーディアンのハンドルを左に傾け、方向を変えて東棟へ。
三角屋根の棟が全部で四つある。
とりあえず東棟の、澪ちゃんが出てきた窓を覗くけど、人の気配がなかった。
「やっぱ、移動されてるみたいです」
「一通り見て回って、それから中へ侵入しよう。親父達は下から上へ向かって制圧するから、俺達は上からだ」
とウィルドさん。
「分かりました」
私は四つの全部の棟の最上階を確認する。
「最上階にはいないみたい」
どこの棟にもいない。
「可能性が高いのは君主が住む居住エリアだな。そこにいなければ王や王太子締め上げて吐かせるしかねぇ」
「本当に吐かないように聞いてくださいね?」
ちょっと怖い。やりすぎて相手の胃の内容物全部出しそうな雰囲気だよ、ウィルドさん。
背中越しにブルッっとくる気配に、私は冷や汗を掻く。
「とりあえず、どこかの棟から侵入するしかないな」
「そうですね」
上から虱潰しに部屋を探すしかないかな――城の広さを目視してゲンナリする私だったが、最後に確認した棟の屋根裏部屋に侵入した私達はあまりの静けさに首を傾げる。
「シッ」とウィルドさんが口に人差し指をあて、静かにするよう私に促してきて、私も頷きながらガーディアンのベルを手で塞ぐ。
ウィルドさんは腰に下げていた短めの包丁(といっても30センチはある)を手に持ち替え、扉ち近づきゆっくりと開けた。
兵士達が飛びかかってくる? ――と思ったけれど、開けた先も誰もいなかった。
それでもウィルドさんは警戒を解かず、緊迫した顔で包丁を両手で持ち素早く部屋の外へ出る。
けれど外も誰もいなかったらしく、
「ミサト、出てきていいぜ」
と呼んだ。
私は「おいで」とガーディアンと一緒に部屋から出る。
螺旋状の階段が目の前に広がる。
けれど、人の気配なんてないどころか、ネズミ一匹いないような静けさだ。
「とりあえず、降りるか」
とウィルドさんと、途中にある部屋を確認しながら下へ降りていく。
「静かですね……」
「皆、正門である城門に集まってしまったのか。裏からも仲間が襲撃してるからな。手が回らないのかもしれないが……それにしたってこんなに人がいないとは……」
訝しげているウィルドの後ろをついていく。
「……あ、声がようやく」
遠くから声が聞こえる。
私は声のする方向へ耳を傾けた。
「ああ、やっぱり居住エリアだな」
警戒を解かず、下まで降りていったけれど、その騒がしさに私もウィルドさんも気色を悪くする。
一言で言えば「阿鼻叫喚」的な騒ぎに、私もウィルドさんもガーディアンも進める足を速くした。
「普通じゃねーぞ、この騒ぎ」
「アントンさん達、暴れすぎてるとか? もしかしたらおじさん達かも」
と可能性を口にするけれど、そんな声音じゃない。
――恐ろしい何かが無差別に襲っている、そんな予感を感じざるえない恐怖の混じった大勢の声だ。
渡り廊下を通り、居住区へ向かうとやっぱりそこが発生元みたいだ。
私達は知らず駆けだしていた。
「ウィルド! やばいぞ!」
おっさんズの一人が飛び出してくる。
それから私を見て、ギョッとした後哀しそうな顔をする。
嫌な予感に私の胸の鼓動が速くなった。
「ミサトはここで待ってろ!」
「でも私も行きます! 澪ちゃんがいるんでしょう?」
言葉を詰まらせるおっさんを見て、やっぱり澪ちゃんがあの扉の向こうにいるのは間違いないようだ。
「ここで待たせても結果は同じだ。――行くぞ、ミサト!でも、念のためにガーディアンに乗っておけ」
「はい!」
ウィルドさんの判断に頷き、私はガーディアンのサドルに座る。
「ガーディアン、ミサトを守るんだぞ」
リーン、とガーディアンが返事をする。
「行くぜ!」
「ガーディアン、GO-!」
私達は扉の向こうの喧噪の正体を確かめに乗り込んだ。
――そこは大食堂らしかった。
けれど、テーブルや椅子は倒され、破壊され、テーブルクロスは破かれ、踏まれて酷い有様だ。
そこに兵士やローブを着込んだ魔法使いらしき人。騎士達が無造作に転がっている。
血まで流している人もいて、私は「ひっ」と声を上げた。
――でも
それより私が衝撃を受けたのは――
部屋の中央に浮かぶ、少女の姿だった。
長い黒髪が風もないのに蛇のように揺らぎ、顔色も土気色。
口は邪悪そのものに耳まで裂けて。
瞳は妖しい血の色で、獲物を求めているよう輝いている。
――でもこの顔、制服――私、知ってる……
「……嘘。嘘でしょ……?」
澪ちゃん……?
「やばいぞ、ミサト……」
ウィルドさんが呟く。
「ミオが『ダーク聖女』にチェンジした……」