澪ちゃんを助けることができませんでした
「ミサト、ミサト……!しっかりしろ!」
(ウィルドさん……?)
必死に私の名前を呼ぶ声はウィルドさんだ。
私はその声に導かれるように瞼を開ける。
目の前にはウィルドさんが、そしていつもお店に来る常連客のおっさん
達。
「よかった、目が覚めたぞ」
ウィルドさんの声が安堵したものに変化した。
その優しい声が嬉しくて、私はまだ意識が朦朧としていたけど笑いかけた。
「万能薬持ってきたぞ。ちょっと苦いが我慢して飲め。もろに雷矢くらったからな」
常連客のおっさんの一人が、いそいそと小さな小瓶を渡してくれる。
ウィルドさんが私の背中をゆっくりと起こしてくれた。
や、優しい……。こんなことしてもらったこと初めてだよ……
「ゆっくりでいい。でも最後まで全部飲めよ。効果が薄れてしまうからな」
うん、と頷き私は小瓶に口を寄せ飲み込む。
「……にっっっっっがああああああああああい!!」
めっちゃ苦い!
うぇええええええ、「ちょっと」じゃないんですけど!は、吐きそうなんですが!
「良薬口に苦しってあるだろ?」
「ぅえ……っ、異世界にもことわざが……」
絶対に私の世界から誰かが広めたんだ、とちびちび口に含む。
途中で気を利かせたおっさん達が湯冷ましをもってきてくれて、どうにか飲み干す。
絶命するかと思うほどに苦い薬を飲んで、頭がクリアになった私は、今、自分がいる場所に愕然とする。
――いつも寝泊まりしている、ウィルドさんの宿じゃないの!?
「……私」
「だから一人で無茶するな、って言ったんだ。ガーディアンがいなかったら墜落死だったんだぞ?」
あの後ようやく追いついたウィルドさんは、私が澪ちゃんに手を差し伸べている場面に出くわしたそうだ。
その時に魔法使いが狙い通りの魔法の矢を繰り出し、そのうち一つが私に当たったんだという。
気を失った私はそのまま落ちていく。
それを救ってくれたのはガーディアン。
ウィルドさんは私を受け止めたガーディアンを、自分のいる林の木陰に呼び寄せた。
そのあと、私をおんぶしてガーディアンを漕いで急いでその場を離れたんだという。
「そうだったんですか……ウィルドさん、ありがとうございます」
「ガーディアンにも礼を言っておけよ。今でもとても心配して――ほら」
ウィルドさんが窓を指さすと、浮いているあの子がいた。
「ガーディアン……ありがとう。本当に私には勿体ないくらいいい子だよ、あんたは」
思わずホロリとしてしまう。
ホロリ、として涙腺が一気に決壊してしまった――
ボロボロと目から大粒の涙が止まらない。
後から後から溢れてくる。
ホッとしていたウィルドさん含むおじさん達はギョッとしたあと、オロオロとしだした。
「まだ痛むのかい?」
「これ万能薬じゃなかったのか? まがい物つかまされたんじゃないだろうな?」
「ミサト、どこが痛い?」
代わる代わる聞いてくる。
「違うんです」
私は目を擦りながら頭を振る。
「澪ちゃん、救出できなかったのが悔しくて……!」
澪ちゃんは私に助けを求めてくれた。
あんな高いところにいて、それでも恐れずに窓から身体を出して――私に腕を伸ばした。
きっと私を信頼してくれていた。
その信頼に、私は応えることができなかったんだ。
「……とにかく、今夜は休め」
ウィルドさんがそう促してくれるけど、私は拒否に首を振る。
「また行ってくる! 澪ちゃん待ってるもの!」
ベッドから出ようとする私を、ウィルドさんだけじゃなくておっさん達も止めて、寝かせようとして、大泣きしてしまった。
「だって、澪ちゃん待ってるもの! 私が来るの待ってるの! 早く行かなきゃ……行かせてよーーーーー!!」
「ミサト!」
「ぶっ……っん!?」
なんか温かくて弾力のあるものに顔が埋まった。
「?????」
これがウィルドさんの逞しい胸筋だということに気づくのに、数秒かかる。
だってこうしておっさんとはいえ、男の人に抱きしめられるのって初めてだし。
しかもこれはいわゆる「哀しみにくれて泣くヒロインを癒すために胸を貸すヒーロー」というシュチェではないでしょうか?
すごくいいシーンなのに……ちょっと……
「ウィルドさん……く、苦しい……胸に顔を押さえすぎ……」
後頭部を押さえつける手の力が強すぎです……
「あ、すまん」とウィルドさん、弱めてくれて息ができるように。
「ミサトは頑張ったよ。でもよ、ミオを救うために俺の力も頼ってくれないか? 俺はこの世界で生まれて育ってる。この世界のことを知っている。ミサトの力になれる。年の功だけミサトを助けることができる。――なっ?ミオを助けたいのは、俺だって同じだ。一人より二人、二人より三人だ。一人で頑張らなくていいんだ。――こうしてミサトを助けたい奴らがいるんだからよ」
回りでおっさん達が「うんうん」って頷いてる。
嬉しい。嬉しいよ。
ウィルドさんの気持ちが嬉しい。
おっさん達の気持ちが嬉しい。
この世界の人達もきっと、私の世界と同じように悪人も善人も混じって住んでいる。
私は良い人達に囲まれることができた。
運が良かった。
それだけはこの世界にトリップされてよかったこと。
ウィルドさんが私を「いいこいいこ」してくれる。
その手がとても気持ちがいい。
頬に触れるウィルドさんの胸の温かさと胸の鼓動が気持ちがいい。
(変なの……こういうことされるの初めてなのに)
――くつろげてしまう。
「落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございます」
ウィルドさんがゆっくり離れていく。
「万能薬を飲んでも身体は回復中だからな。朝まで寝ておけ。明日、ミオ救出の作戦をたてるぜ」
「はい!」
そうして私の背中をゆっくりとベッドにおろしていく。
「……ウィルドさんって、私にお兄さんがいたらこんな感じかなって思います」
「お、ぉお……そ、そうか? まあ『親戚のおじさん』と呼ばれるよりいいな」
としどろもどろに話す。
「――?」
なんか変なこと、言ったかな? 私。
ウィルドさん、ちょっと複雑そうな顔をしてる。
おじさんズは、ニヤニヤしてる。
「じゃあな、お休み。朝飯は期待しろよ」
「はーい、おやすみなさい」
おっさんズとウィルドさんは部屋から出ていって、私は落ち着いた心で澪ちゃんを思いながら目を閉じた。
◇◇◇◇◇
「実里ちゃん……実里ちゃん……」
私の目の前で雷矢を撃たれて落ちていった。
大丈夫だっただろうか?
ガーディアンが落ちていく実里ちゃんを追っていったけど、間に合っただろうか?
身を乗り出した澪は元彼氏の王太子に城の中へ引きずりこまれ、そこまで確認できなかったのだ。
今、澪のいる部屋は扉まで開かないように閉ざされ、軟禁状態である。
王太子は『なかなか聖の属性を持つ者が召喚されない。だからここにいて国を救ってくれ』という。
『国を救ったら……ミオにご褒美として王妃になってこの国にいてもらうから。私とずっと一緒に過ごせるんだ。これ以上の褒美はないよ?』
と揚々と喋っていた。
ミナトという勇者は、
『ミオだってさ、こうして持ち上げられて暮らした方がいい目みれるだろう? 城下街でセコセコ稼ぐよりずっといいぜ?』
なんて言いながら、ハーレムさながらに女をはべらせて締まりのなくなった顔で笑う。
ミナトの仲間も同じだ。
一人いる女性は国王の愛人になって、宝石を買い占めてるし。
他の男達は際限なく酒に食事に女に夢中になって、国の金を湯水のように浪費して。
――あれではニートより酷い。
しかも同じ召喚者の実里にまで攻撃するなんて――許せない。
こんな国、国である必要ない。
国を救えと勝手に呼んでおきながら、勇者の仲間としての召喚者に矢を向けるなんて。
だらしない役立たずの勇者パーティを大切にして、志ある召喚者を大事にしない国王や王太子。
「……こんな国……こんな召喚者……消えてしまえばいい……消えろ……消えろ……王も消えろ……役立たず……消えろ……王太子」
黒い感情が湧いて溢れ、止まらない。
気を紛らわす娯楽も、話し相手もいない空間の中、澪の「負」の感情は止まることなく成長し、育っていく。
「聖女」として召喚された澪だが、召喚前は普通の高校生だ。
ただ、他の人より少し正義感が強いだけの。
そんな普通の彼女は普通の年頃の感情を持っているのは当たり前で、蔑ろにされて道具扱いで周囲の自分勝手な言い分と行動に振り回されて病むのは、当然の結果で――
「キエ……ロ……スベテ……キエロ……」
『瘴気』を城内に呼び寄せるのに、そう時間はかからなかった……