澪ちゃんを救え!(1)
――それからまた十日経った。
澪ちゃんは図書館内にオープンする喫茶店の準備に追われて、私は相変わらず鷹の目亭で看板娘をやっている。
少し変化があったことと言えば――鷹の目亭の閉店が早くなった、ということ。
これは鷹の目亭だけじゃなくて、城下街にある夜遅くまで開いていた飲食店のほとんどがそうなってしまった。
というのも、この国を襲う危機が間近になってきてるという噂が、一気に広まったからだ。
「今回は瘴気らしいな」
ウィルドさんが人伝に聞いた噂を教えてくれた。
科学では証明できない魔法やらが発達してるこの世界では、私の世界では「ファンタジー」な生物や出来事が多々、発生する。
人だけでなく、植物や動物などを滅ぼすほどのモンスター。
生あるものを根絶やしにするものが、たびたび襲ってくるのだ。
そのうちの一つが『瘴気』
これは黒い靄のようなもので、それだけでも人を死に追いやることができるという、恐ろしい未確認物体らしい。
「物体? 空気の一部じゃなくて?」
私は首を傾げる。
「靄っぽいからそうとも言えるが、正体を確認できないから『未確認物体』と呼んでる。何せ、確認しようと近づけばあっという間に取り込まれて、おっちんじまうからな」
「えーっ! 毒ガスみたいなものですかね?」
「そうとも違う。邪念や黒い気持ちを持つ奴にとりついて、悪さをしたりもするんだ……。たぶん取り込まれて亡くなる奴は、そういった気持ちがなかったんだろう」
「……それって、ようするに物体がないから倒せないってことですよね?」
もしかしたら、魔王やドラゴンよりも大変な案件じゃないでしょうか?
「『瘴気』だって倒す方法はあるんだぜ。たとえば聖なる力を持つ『聖女』や『白魔道士』『聖剣士』とか、『光』『聖』の属性を持っていれば倒せる」
「へぇ~…………」
しばし沈黙。
「――聖女?」
「おう、聖女だな………………あっ」
ウィルドさんも気づいたのか「やばい」って顔をしている。
「澪ちゃん!?」
国を襲う正体がはっきりした今、必要としている属性を持つ澪ちゃんが国は必要。
今まで「去るもの追わず」の奴らが、血眼になって探している可能性が大! じゃないの!
「やっっっっっばぁあああああ! 澪ちゃん、迎えに行ってきます!」
「――ちょっ……! 待て! 俺も行くって……!」
後ろでウィルドさんが言ってるけど、気づいたからには一刻も早く澪ちゃんを保護しなくては!
私はガーディアンに乗り込むと、
「ガーディアン! 図書館に向かうよ!」
はいよ! とペダルを踏む。
リーン! と小気味よいベルの音が合図だ。
「待て! 俺も乗せろ!」
とウィルドさんが言ってるけど構わす発進。
「後からきてください!」と私。
だって、ウィルドさんを乗せると重そうで、スピードが落ちそうなんだもん……
「急行モードで行くよ! ガーディアン!」
ガーディアンは車輪を超回転させる。私の足も回る。
鬼神のごとくの速さで図書館へと向かった。
「澪ちゃん!」
ギュルルルルルン! とブレーキの音が響き、ガーディアンを止めると私は乗り捨て図書館内へ。
ガーディアンは大丈夫。あの子、一人で立てる子だから。
「澪ちゃん!」
私は喫茶店の場所へ急ぐ。
喫茶店は内装はすでに出来上がっている。
現在はオープンに向けての接客講習と、メニューを思案中だそうで、私達の世界にあるけど、この世界にはない食事を提供しようと模索中なんだそうだ。
日当たりの良い一角を改築し、そこを喫茶店スペースにするという。
私はまだオープンしていない喫茶店内へ飛び込んだ。
「――っ!?」
つい数日前に見に行ったときは、すでにテーブルや椅子が設置されていて、あとは開店日を待つばかりになっていた店内。
なのに――テーブルや椅子が倒れまくってるし、館長が呆然とした様子で立ち尽くしてる。
しかも頬を殴られてる!
「カスターさん! これ、一体……!?」
私はカスターさんの頬を、治癒の力で直しながら尋ねた。
癒しの力でカスターさんが正気に戻ったのか、弾けるように私の肩を掴む。
「ミ、ミサト……! ミオが、王国軍に連れて行かれた……!」
――遅かった。
◇◇◇◇◇
「嫌がるミオを無理矢理抑えつけて連れて行きおった……全く! あれでは犯罪者扱いではないか! ミオは召喚された聖女だぞ!」
カスターさんはプリプリしながら、倒された椅子やテーブルを起こす。
それに私と後からやってきたウィルドさんも手伝しながら、当時の詳しい話を聞いていた。
「ミオが城から出ていった以来『聖女』は召喚されなかったってことかもな。それで『聖』『光』の属性を持つ者を集めてるってことだ」
ウィルドさんの言ってることは間違いなさそうだ。
「どうしよう……」
助けに行った方がいい?
でも、私も澪ちゃんもこの国を救うために召喚された。
ここで瘴気を倒してくれれば、元の世界へ帰れるし正しいルートじゃないだろうか?
――でも
もやもやする。苛立つ。
やり方がおかしいのに、どうしていいのか分からず私は拳を握る。
「無理矢理連れて行かれるのは違うだろう?」
とウィルドさん。
「勝手に召喚されたばかりじゃなく、用がなければ追い出したり引き止めることもしないで放っといたり――挙げ句の果ては、必要になったからと話し合いも身勝手さも謝罪せずに、無理強い連れて行くのは許せん!」
「ウィルドさん」
そうだ、その通りだ。
ランダムだからって突然異世界に召喚されて――澪ちゃんは、自分の意思で城から出てきた。
大切な仲間だと思うなら引き止めるなりなんなりするものなのに、それすらもしなかった。
そのくせに今になって必要になったからと、嫌がるのを無理矢理連れて行くなんて酷い。
しかもだ――
(私なんて、あのファクターもどきに容姿だけで判断されて追い出されたし!)
あまりに身勝手すぎる! この国の王様も、勇者達も!
「私、今からお城に行ってきます! 許せない! あいつらと瘴気が戦う前に私がファクターもどきのいるパーティをこらしめてやる!」
めちゃくちゃむかついて、身体が熱い。
怒って頭がカァッとなったこと今まで生きてきてあったけど、燃えそうに身体が熱くなることは初めてだ。
「お、おい、ミサト!」
ウィルドさんが私の身体の異変に気づいたのか、軽く肩を叩いてきた。
「止めないで、ウィルドさん! 城を追い出された時の私とは違うんだから!」
払いのけるようにウィルドさんから離れると、私はガーディアンの元へ急ぐ。
「ガーディアン! 行くよ! 澪ちゃんを助けに!」
リーン! 承知したとベルが鳴る。
「特急モード! 解除!」
別にギアなんてついてないけど、うちの子は賢いので早く走れるよう勝手に変速してくれる。
「ガーディアン、GO!」
一気に加速してガーディアンは城へ向かう。
さすがに特急モード。頬が受ける風の勢いで揺れる。
でも、大丈夫!私の身体はガーディアンから離れることはない。
この辺りは異世界補正なのかもしれないガーディアンの機能だ。
「こら! 待てっつーの! お前一人じゃ無理だぞ!」
ウィルドさんのがなる声を後ろから聞きながら、私とガーディアンは城へ向かった。