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メガネ色の恋

world:ハッピーエンド

stage:西暦2041年5月 鷹狩学園

personage:遠宮(とおみや)美音(みおと)

image-bgm:エクストラ・マジック・アワー(AKINO with bless4)





 遠宮(とおみや)美音(みおと)は同性愛者である。


 もっと正確に伝えるなら、遠宮美音は今現在、同級生であり親友の宮越(みやこし)(ゆう)に恋をしていた。


 遠宮美音は自身の初めての“ソレ”を自覚したとき、それほどショックを感じなかったことを記憶していた。

 当然、色恋とは様々な要因が絡み合う話であり一概に語れるものではないのだが、そこに至るまでの大雑把な理由は、美音本人にも察してしまうところが少なからずあったからだ。


 まずひとつが、美音の両親にまつわる特殊な事情で。

 それがあるからこそ、美音は『女性同士の恋愛感情』というものにそこまで嫌悪感というか、非常識感を所持していなかった。

 むしろ生物の可能性の一つとして事前に受け入れてさえいた。

 だからこそ、自分がその一部となることに意外性を感じこそすれ、特に心理的な足枷を感じることはなかった。


 もうひとつが、美音が眼鏡を掛けなければならなくなる由縁ともなった幼少期にまつわる特殊な事情で。

 結局のところは“美音の両親”が遠因ではあるのだが、ともかくその事件によって美音は男に――さらに言えば同年代の男子に対して、異常なまでの拒絶意識を感じていた。

 どころか、「あいつら本当に無能低能のバカばかりで同じ人類として恥としか思えないから今すぐ死ねばいいのに」と常日頃から考えてさえいた。

 だからこそ、自分の想い人が女性であったことに意外性を感じこそすれ、逆に男が対象ではなかったことに安堵すらした。


 ついでにひとつ挙げるなら、宮越優は普通に美少女だった。

 容姿が整っているのはまあ当然として、リスやハムスターを思わせる小動物系の童顔がたまらなく愛おしかった。

 小柄ながら肉付きが良く意外に胸も大きく、抱き心地は当然の権利のようにプニプニと柔らかくて、なんだかほんのり甘い系の良い匂いまでして一層愛おしかった。

 頭はとても悪く知能指数が『馬鹿』という単語では誤魔化しきれないほど劣悪なのに対して、なまじ演算能力と判断力が量子コンピュータ並だから尚更性質が悪かったが、でもそこがアホ可愛くて愛おしすぎた。

 だからこそ、自分が彼女の虜になってしまうことに意外性を感じこそすれ、それは生物として健全な生理的欲求の現れだと考えた。


 以上の事柄を客観的かつ総合的に加味した上で、美音は自分が宮越優に恋をしているという結論を、至極明瞭な論理的帰結だと受け入れていた。


 そして美音は、最後には自分に対して自分をこう定義した。


 「遠宮美音(わたし)同性愛者である(宮越優を愛している)」と。





 ◇ ◇ ◇





 私の優に対する第一印象は最悪だった。


 多忙でほとんど家に帰ることができない両親。

 もうすぐ小学生となる私のために彼女らが選んだ選択肢とは、当時から学園都市として名高かった“私立鷹狩学園”へ我が子を単身送り出すことだった。


 その選択肢はなんら間違いではないと、私は当時から理解していた。


 『街から一歩も出ることなくあらゆる学術活動が可能である』という謳い文句は、言い換えれば『一歩も学園から出ることなく生活することが可能』という意味でもあり。

 犯罪()()()ほぼ0%の学士の楽園。その結果論そのものが、子供の安全を願う親の信頼を勝ち取るにはあまりある値打ちと言えた。

 事実、私のように幼少時から親元を離れて単身学園に身を寄せる子供も、まあ多数派とは言えないが、ただの希少例だと断じてしまうほど少数派でもなかった。


 物心付いた頃から私は大人びた性格をしていたと思うし、それ以前にうちの両親は「過保護がすぎてカワイイ我が子に渾身の最強装備を持たせた上でそれでも魔王の城には否が応でも絶対に送り出してやる」系のアホだったので、まあこんな展開もありなのかなとか考えていた(ちなみに“渾身の最強装備”として母から叩き込まれた護身術は、現在もありがたく有効活用させてもらっている)。


 ……今にして考えれば、この措置は私の“眼鏡を掛けなければならなくなる由縁ともなった幼少期にまつわる特殊な事情”も思っての配慮だったのだろうが。


 とにかく。私は小学校へ入学するとともに学園寮で一人暮らしを始め、それなりの知識と友人を得ながら、気がつけば小学校を卒業していた。


 気の置けない女友達に、気も置きたくない男友達。

 そこそこ楽しい学園生活に、我ながらだらけ切った独身生活。

 忙しい仕事の合間を縫ってわざわざ遊びに来てくれる両親に、忙しい仕事の合間を縫ってわざわざ遊びに来てしまう教師陣。


 順風満帆と豪語してしまうほど完璧ではなかったが、たぶん平均的な小学生と比べてみれば、満ち足りたものではあったと思う。


 そして、中等部の入学式。

 私は教室で彼女に出遭った。





「みゅ~♪」


 あ、こいつは本物の阿呆だと、私は一目で直感した。


 ほとんどが繰り上がりで入学しており、新顔の方が珍しいはずのクラスルーム。

 校門で自分の新たな所属クラスを確認した私は、教室の扉を開けて早々、一際目を引くアーパー娘の姿を確認した。


 周囲よりだいぶ小柄な体型に、リスやハムスターを思わせる小動物系の丸顔。

 ショートボブに整えられたサラサラの髪に、全ての知性を台無しにする巨大で赤いリボン。

 右脳しか存在しないことを直感させる過剰なボディランゲージに、左脳の存在意義を疑うレベルで言語野と声帯が直結されたダイレクトスピーチ。

 彼女が一言声を発する度にリボンが大きく跳ね回り、彼女が大袈裟な笑い声を上げる度にリボンが異常なほど揺れ動く。


 ……ああ、これは、久々に大物が来たな。


 私は新品でブカブカな制服の襟元を直しながら、引き攣った笑顔で教室内の注目を独占しているアーパー娘の言動を眺めた。

 少なくとも小等部(他でいう小学校)内であんな珍生物は一切見たことがない。ということは、中学からこの学園にやって来た転入生なのだろうが。

 目の前の少女は、そんなアウェイ感など微塵も感じさせないムーブで、距離感に欠片も配慮しない絨毯爆撃のようなフレンドトークを敢行していた。


「おっはよ~♪ えへへ~、キミも初めての人だよね~? あたしは宮越優、人を憂うと書いてユー! 今日からどうぞよろしくね~?」

「お、おう。よろしく……」


 どちらかと言うとおまえが初めての人なんじゃい!とクラス全員でツッコミたかったが、グイグイと内面まで食い込んでくる優のテンションに、誰も正論を吐けずにいた。


「……うん」


 何から何まで自分が苦手とするタイプの人種であることは、もう考えるまでもなく明らかだった。

 触らぬ神に祟りなし。とりあえず、入学式後に行われるであろう自己紹介の時間において素性が判明するまで直接接触は控えよう。

 私はなんとも言えない表情で目を細めると、一人何度も頷きながらそう結論付けた。そして、眼鏡のズレを直すフリをしながら少女から目を逸らし、黒板に張り出されていた座席表へと目を向ける。


「げっ……」


 その中に自分の名前を見つけた瞬間、私の脳は一瞬機能を停止した。

 私の席は教室の中央ど真ん中……それは別にいい。問題なのは隣の席に書かれている名前だ。


 『宮越 優/みやこし ゆう(人間)』


 自分の名前の隣には、太文字の明朝体でハッキリとその名が刻まれていた。

 私の覚え違いでなければ、それは先ほどあの少女が声高に叫んだ己の名前に間違いなく。


「……神様、私のことが嫌いなのかな」


 元々無神論者だった私はこの日、もしも神とやらが目の前に現れたときは助走をつけて全力で殴ってやることを拳に誓った(付け加えるならこの日からカッキリ3年後にそれを実践した)。

 しかし、如何に神殺しを果たしたところで、まもなく始まるホームルームを席に座らずに回避することは不可能なわけで。

 私は腰に手を当て嘆息すると、黄昏るように座席表を見上げる。


「席替え、してもらおう」


 どれだけ思考を止めずに回転させたところで、先月まで小学生だった私にはせいぜいその程度の対応策しか思い浮かばなかった。

 目の悪さを主張して自分だけ教卓の前の席に移動させてもらうのが理想形だが、この際全員シャッフルしてしまってもかまわない。少なくとも、あのアーパー娘ともう一度相席する確率はかなり低くなるはずだ。


 そこまで結論をまとめると、私は覚悟を決めて自分の席を振り返った。

 そこでは件の少女が男子生徒の両手を取り、そのままキスをしてしまうのではないかと思ってしまうほど間近まで顔を近づけてニコニコしながら話しかけている。恥ずかしさより嬉しさが勝ったのか、男子はデレデレと情けない表情で口元を緩めていた。

 思わず舌打ちしたくなる衝動をこらえて、私は出来るだけ無表情無感情に自分の席へと歩みを進める。そして机に通学用の学生鞄を置いたところで、少女はとうとう私の存在に気づいてしまった。


 想定通り、少女は男子から離れると私に向かってテコテコと小走りで近づいてくる。


「えへへ~、おっはよ~! もしかしてお隣さんなのかな? スゴイね、なんだか運命を感じちゃうよね! あたしは宮越優、人を憂うと書いてユー! 今日から一年間、どうぞよろしく!」

「これはどうも初めまして、私は遠宮美音です。まあ、よろしくお願いします」


 私はつっけんどんにならないように気を付けつつ、でも出来るだけ棒読みであることが向こうにも伝わるように淡々と返答した。

 そんな私の反応に何か感じるものがあったのか(さすが右脳娘)、少女は笑みを忘れてキョトンとこちらの顔を見つめる。


「音ちゃん……? どうしたの、どこか具合でも悪いの?」

「べつにそういうわけじゃ、ありませんけど?」


 音ちゃん? ミオちゃんとかミーちゃんとか言われかけたことはあったけど、そんな略称は初めてだ。そもそも、私はあだ名で呼ばれるのがあまり好きじゃない人種なのである。

 っつーか、いくらなんでもあだ名付けるの早すぎるだろうがオイ。


 私は喉元まで上がってきた罵倒を飲み込みつつ、出来るだけ澆薄に少女から顔を逸らして椅子に座った。それだけで他のクラスメイトたちは色々なことを察してくれたようで、教室内の空気が僅かに冷たくなる。


 よし、初手の掴みはまずまずと言ったところか。

 こういうアーパー娘は直接拒絶したところで効果がない。それなら、こうしてクラスを巻き込んだ既成事実を積み重ね、「遠宮美音は宮越優のことが大っ嫌いだ」と外堀を埋めてしまえばいいのだ。

 なんだかやってることが三下の悪役っぽくて嫌な感じだが、これも平穏な中学生生活のための致し方のない犠牲だ。

 いくら感受性極振りの右脳生物とはいえ、クラスの安寧を考えれば不用意に私に絡むことも


「えへへへへ~♪」


 ちらりと盗み見しようとした私の眼前には、少女の顔がドアップで近づいていた。

 少なくとも今日一日は何があっても目を合わせないつもりだったというのに、その覚悟は瞬く間に消失して、私は思わず少女の方を向いて体を仰け反らせる。


「ひぇっ?! ……な、なによ?」

「あたしは、音ちゃんともっとも~っと仲良くしたいな~?」

「私にそんなつもりは……ってだから! 近い近いちかいっ!?」


 どう対処すればいいか考えているうちに、少女は私の机や椅子に手をかけて、圧し掛かるようにグイグイ上半身を近づけて来た。


 しまった椅子に座ったのは失敗だったこれでは逃げるどころか押し退けることすら――


「みゅっふっふ~。音ちゃん、だ~い好き♪」

「ちょっとタンマおねがいだからヒトの話を聞いておいこらもしかして――」

「チュ~!」


 少女は十分に仰け反りきった私の体を腕ごとギュっと抱き締めると、そのまま自分の唇と私の唇を力強く押し付けた。

 そしてすかさず、私の口の中にはあたり前のように彼女の舌が侵入して来る。


「んー?! んー!!」


 私は必死になって少女の体を引き剥がそうとしたが、まるで相撲取りにサバ折りでもされたかのようにビクともしない。どころか、その矮躯は空間に固着したように微動だにせず、結果として私は後ろに倒れることすら許されずに彼女に羽交い絞めにされ続けた。

 そうこうしているうちに彼女の舌が歯のガードを強引にこじ開け、大蛇のような動きで私の舌に絡んでくる。


「ンンンーッ!?」


 私は足をバタつかせて机や椅子を蹴飛ばしたが、それはただ腰が宙に浮くことになっただけで。彼女はなんら気に留めることなく、自分より体の大きな私を抱き抱える。

 むしろエビぞりで踏ん張るところがなくなった私は、より一層彼女の舌の動きに集中せざるを得なくなった。眼鏡も暴れた過程で大きくズレて、視界がノイズだらけとなり、眼前の彼女の表情すらろくに認識できない。


「……」


 その段階に至る頃には、私は酸欠と混乱でもう唸り声を上げることすらできなくなっていた。

 ただただどうしようもなく彼女の濃厚な口付けの洗礼を受け続け、「こいつって思ったより舌が長いんだなぁ」とか、ぼんやりと霞がかかった頭でどこか他人事に考える。


「……ぷはぁ♪」


 たっぷりと360秒は経過しただろうか。

 呼吸困難で意識が途切れる寸前に、少女はようやく私を開放した。完全に脱力しきった私の体をそっと床に下ろすと、自分の口の周りに垂れる二人分の唾液を手の平でコシコシと拭う。


「みゅっふ~。これで私達、もう大親友だね♪」

「「「 …… 」」」


 そのセリフに文句を言うだけの体力は私には残されておらず、周囲のクラスメイトも心の中でツッコミを入れるに留まった。





 ◇ ◇ ◇





 いやぁ、レイプから始まる恋ってあるもんだ。


 自分の机に頬杖を突きながら、何気なく昔のことを思い出していた遠宮美音はどこか遠い目でそんな感想を抱いた。

 そのまま、「あの頃は自分も若かったなぁ」などと年寄りの茶飲み話気分で己の回想を笑い流す。


 舞台は昼休みの一般教養学科二年一組。

 クラスの半数は外に食事に出かけ、残りの半分はクラスメイトや他クラスの学友と集まり、弁当を広げ始めていた。

 無論、美音も腹は減っている。むしろ今すぐにでも食べてしまいたい気持ちはあるのだが。


 美音はスカートのポケットからWINKを取り出して時計を表示する。

 休み時間が始まってから5分は経ったか。

 一般的な基準で考えるなら遅いということは決してないのだが、宮越優基準で考えるならこれは何か事件があったレベルで遅い。


「うわああぁぁーん! 音ちゃーん!」


 電話でも掛けた方がいいのだろうかと眼鏡を直していたところに、優の盛大な泣き声が飛び込んできた。

 教室の扉二枚を路傍の小石感覚で吹き飛ばした優は、美音の席の真ん前で急ブレーキをかけてその泣き顔を見せつける。


「どうしよう、スペシャルドッグが売り切れちゃってたよー!」

「……あんたねぇ」


 なんかクラスメイトの保志(ほし)(つかさ)が飛んで行った扉の下敷きになったように見えたのだが。

 まあ、“脳みそ筋肉(ドリフトスター)”なら死にはしないか。


 叱るべきか否か一寸躊躇してから、美音はとりあえず目の前の殺人事件から目を背けることに決めた。

 代わりにハンカチを取り出して、わんわんと泣き続ける優の鼻水を拭いてあげる。


「だからのん気にくっちゃべってないで早く行かないとダメだって言ったじゃない。ここの学食はガチで戦場なんだから」

「だって、だって~!」


 優は悔しそうに腕を振り回しながら全身で悲しみを表現した。

 美音は面倒くさそうに眉をしかめる。


「そんなにお腹が空いてるなら別なパンを買えば良かったでしょうが」

「ウィンナーサンドもなかったの! コロッケパンもカレーパンもイタリアンドッグもゴブリンミキサーも!」


 ゴブリンミキサーとはなんぞや?

 美音の隣に座っていた鳴無(おとなし)兄眞(あにま)が疑問符を浮かべたが、二人は気づかず会話を続行する。


「あーもー、だったら我慢してコッペパンか食パンでも買って来なさい。どうせあんた、味なしでも気にしないでしょ?」

「そっちも売り切れちゃったの~! なんか、プレーンなパンの購入が『日常系非対称型バトル同好会』の本日のデイリーミッションになったとかなんとかでぇ~!」

「「 なにその同好会 」」


 美音と兄眞の至極ご尤もなツッコミが交錯した。

 ハッと我に返った兄眞は慌てて口を押さえるが、すでに二人はキョトンとした顔で兄眞に振り向いていて。


「……あ~っと。……宮越さん、コンビニのおにぎりで良ければ食べる?」


 兄眞はとりあえず場を誤魔化すために、己の昼食の半分を優に向かって差し出した。

 それを受けて、眉をハの字に歪めた美音が手と首をプラプラ振る。


「気持ちは嬉しいけどゴメンね、アニマくん。この娘ってば、小麦粉とイースト菌以外受け付けない体なの」

「ようするにパンが好きってこと?」

「というかもはやジャンキーに近いと言うか。毎食摂取しないと様々な精神的疾患を発症して、最悪の場合(主に周囲の人間が)死に至るの」

「ええぇ……」


 美音は聞こえるか聞こえないかの小声で(主に周囲の人間が)と呟いたが、残念ながら兄眞はしっかりと聞き留めてしまった。

 素直にドン引きする兄眞を尻目に、美音はヤレヤレと嘆息しながら自分の学生鞄を取り出す。


「んっとにしょうがないわね。ほら、私の昼ご飯を分けてあげるからこれで我慢――」

「あ~イチゴジャムだ~! いただきま~す♪」


 美音が鞄からパンを取り出すが早いか、優は包装紙ごとその手にしゃぶりついた。そして、さすがにギョッとしている美音を無視してモゴモゴと口を動かし、チュポンと引き抜く。

 美音のパン(実際イチゴジャムだった)は、包装紙と乾燥剤を残して綺麗サッパリ消失していた。


 え? 口のサイズ的にどう考えても今の挙動はありえないのでは?

 兄眞が生命科学に疑問を呈する隣で、美音はちょうど取り出していたハンカチでヨダレだらけの手を拭う。


「まったく、あんたはもうちょっと周りの目ってもんを気にしなさい」

「えへへへへ~。音ちゃん、ごちそうさまでした~」

「お粗末様でした」


 ハンカチをしまった美音は、これ見よがしに嘆息しながら優を見上げた。

 優は心の底から嬉しそうにはにかむと、ぴょんっと身を乗り出してそんな美音の体を机越しに抱き締める。


「みゅ~、音ちゃんありがと~」

「だから! 周りの目ぇーっ!!」


 遠慮なく頬同士を擦りつけてくる親友に対して、美音は眼鏡をズラしながらやけっぱちになって叫んだ。





 きっと、この初恋は実らないのだろう。


 美音は心の中で苦笑する。


 もし自分が正直に告白したとすれば、優は喜んでそれを受け入れてくれることだろう。


 でも、美音が優に感じている感情と優が美音に感じている感情は、きっとまったく同じモノだが、たぶん根底からしてまったく異質なモノで。

 なぜなら、宮越優にとっての“愛情”とは、万物全てに平等に振り撒くべきモノであり、万物全てから平等に分け与えてもらうモノだから。


 美音がどれだけ優を愛したところで、それは優にとってあたり前のことで。

 優にどれだけ愛してもらったところで、それは優にとってあたり前のことで。


 宮越優が宮越優である以上、自分が優の“特別”となることは、おそらく永遠にあり得ないのだと気づいてしまったから。


 だから彼女を縛ってはいけない。

 宮越優が宮越優であることを、彼女を愛している自分が妨げてはいけない。

 だって自分は、宮越優がいつも変わらずそんな人間でいてくれたからこそ、あえて彼女に恋をしたのだから。


 でも。





「音ちゃん、だいだいだ~い好き♪」


 ……これくらいはいいよね?


「ハイハイ、私も大好きよ」





/メガネ色の恋 完

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