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イモータルアライヴ

world:ハッピーエンド

stage:西暦2041年7月 鷹狩学園

personage:楔岩(くさびいわ)(まじり)

image-bgm:Over the clouds(alan)





「委員長、ちょっといいかー?」

「はーい。どうしたの、人守(ひともり)くん」

「WINKでサークル活動の申請書類をダウンロードしてたんだけど、なんかわかんないところがあって」

「そこはね、ここに会長以外のメンバーの名前を入力して、それから全員の学生証のデータを添付してもらって……」

「委員長、それが終わったら私の方も頼む。壊した校舎の修理依頼の書き方なのだが」

迷宮(まよいのみや)くんも了解だよー。すぐに行くから少しだけ待っててね」

「いいんちょー、今日出た物理の宿題手伝ってー」

「そこは自分でやるようにって私言ったよね、双葉(ふたは)?」

「委員長ー、こっちもー!」


 放課後を迎えて担任教師が立ち去った二年一組。

 だいたいいつも通りの風景だが、クラス委員長である“鉄血の委員長(ブラッドホルダー)楔岩(くさびいわ)(まじり)の周りには、大量の級友が各々の雑用を抱えて群がっていた。

 鞄を手に取り帰路に着こうとしていた“攻略順路(フラグライザー)鳴無(おとなし)兄眞(あにま)は、驚くような感心するような目で交のショートカットを見つめる。


「なんだかんだでスゴイね、楔岩さんは。あれだけ皆に頼られて、それでもテキパキ動けるなんて」

「それ、本人には言わない方がいいわよ。『こんなのただの雑用係だよー』ってメチャクチャ気にしてるんだから」


 兄眞と同様に鞄を掴んでいた遠宮(とおみや)美音(みおと)が、嘆息しながら忠告の言葉を挟む。その後ろには宮越(みやこし)(ゆう)と、いつの間にかクラスに侵入していた糸月(いとづき)瀬理奈(せりな)も駆けつけて、こちらもいつも通りの三人組が完成していた。

 『とりあえずビール』のノリで抱きついてこようとする瀬理奈の鳩尾にカウンターの鉄山靠を叩き込んでから、美音は眼鏡を直して振り返る。


「交は昔から頼み事が断れない性質なのよ。去年もそれでクラス委員押し付けられてたわ」

「ぐふぅ、音ちゃんは断り方がいちいち必殺でエゲつなすぎるよぉ……でもそんなとこも好きだったりし――てぶしっ?!」

「あまりにも頼りにされすぎて、最近では頼まれそうなことを事前に予習してるみたいよ。なんて言うか難儀な話よね」


 痙攣しながら頬を赤らめていた瀬理奈の頭蓋を無慈悲に踏み砕きつつ、美音は可哀想にと首を振った。

 たぶん交からしてみれば、美音の置かれている環境の方がよっぽど難儀に思われているのだろうなあと、兄眞は心の中でしめやかに合掌する。


「きっと俺も、こんな力がなかったら楔岩さんに任されてたんだろうね」

「なによ、私じゃご不満?」

「少なくても、ボケた瞬間にいきなり拳が飛んでくることはなさそう」


 それでも、美音は自分に絡んで来てくれていたのだろうが。

 美音が苦笑交じりに放った軽いジャブを避けながら、兄眞はあり得なかった順路(ルート)を夢想する。


「……遠宮にはクラス委員の話は来なかったの? っていうか、楔岩さんが祭られそうになった時点で『あーもー面倒くさいわねえ、だったら私がやってやるわよ!』とか言い出しそうなもんだけど」

「お? 今ナチュラルに喧嘩売りやがったか?」


 茶化して問いかける兄眞に、美音は眼鏡を怒らせながら世紀末覇者のようにゴキゴキと指を鳴らした。

 そして一寸回想を挟んでから、肩を落として深々と嘆息する。


「一応その案も出たのよ。というか皆も楔岩さんの苦労性についてはよく知ってたし、最初はそっちの方が優勢だったんだけど」

「だったんだけど……?」

「フリージングが『いいのか? 遠宮に任せたらおまえらを殴る動機が一つ増えるぞ』って言った瞬間、満場一致で楔岩さんが選ばれたわ」

「……」


 呆れることも慰めることもできずに、兄眞は真顔でレイプ目の美音(真名“拳の調停者(コードフィスト)”)を見つめた。

 美音は荒んだ顔で乾いた笑い声を漏らすと、心配して顔を覗き込んできた優の頬を愛でる。


「いいのよいいのよ。どうせ私なんて、息を吸うより先にデッドリーレイブが出る発生ゼロフレーム女だもの」


 それは呼ばれる方にも問題があるのではないだろうか。

 と呟いた瞬間に空間が暗転するのは解りきっているので、兄眞は何もツッコまない。代わりに交へ目を戻して話題を逸らす。


「ところで楔岩さんってなんか随分物騒なあだ名つけられてたよね? “鉄血の委員長(ブラッドホルダー)”だっけ? 全然イメージが違うんだけど」

「それは中学の時の“鉄血演説”が原因で……まあ、普段大人しい子ほど怒らせちゃダメって話よ」

「なにそれこわい」

「心配せんでも大丈夫。交が本気で怒ったのなんてあの時くらいだし、どんなに頼み事したってせいぜい後でネチネチとグチられる程度だから」

「そう言われてもなぁ」


 視線の先では、後ろから声を掛けられた交が制服を翻して振り返るところで。

 その腰には西部劇で見かけるような弾帯が巻かれており、そこに数本、血液のような赤黒い液体の詰まった採血管がぶら下がっていた。


「……腰に下げてるあの血っぽいのって、いったい何なの?」

「さあ? 本人はお守りとか言ってるけど」


 「あの子は昔からあんなんよ?」と、美音は特に気にした風もなく答えた。

 いや、この学園基準だと気にならないレベルなのかもしれないが、外から来た身としてはとても納得できないくらい異様なアクセサリーなのだが。


「んなの気にしてたら正気度が持たないわよ。だいたい、それを言うならあの子はどうするのよ」


 じゃれつく優を抱き締めながら、美音は呆れた表情で教室の隅へ顔を向けた。

 兄眞がそれを追いかけると、そこではクラスメイトの宵闇(よいやみ)遊佐(ゆさ)が楽しそうに談笑していて。


 ――その首元には、黒光りする革製でゴツイ首輪が、いつものように巻かれいるわけで。


「ちなみに、遊佐さんから首輪を没収しようとした体育教師は鼻骨をへし折られてしばらく入院したというわ」

「だから逸話がいちいちこわいんだよ」

「……?」


 兄眞の青い顔に気づいた遊佐は、何故自分が憂虞の眼差しを向けられているのか理解できずに、可愛らしくポニーテールを揺らしながら疑問符を浮かべた。





 ◇ ◇ ◇





 それは一口に言えば巨大なワニだった。


 いや、もしかしたらトカゲの類に見える人もいるのかもしれないが、楔岩交にとってその生命体はワニにしか見えなかった。


 舞台は夜も更けた鷹狩学園高等部の校舎。

 その中でも特に人気のない校舎裏の、部活動棟のさらに裏。


「……」


 人通りもなく照明も落とされているその空間の中で、制服姿の交は無言でそのワニ型生命体の背中を見下ろしていた。


 ワニは交の存在に気が付いていないのか。それとも気が付いていて、あえて無視しているのだろうか。

 己のすぐ背後に交が立っているというのに別に威嚇する様子もなく、グルグルと喉を鳴らしながらヨダレを垂らし、やけに出っ張った眼球をグリグリと回転させている。


「……」


 今なら。

 自分が“敵”として認識されていない今であれば簡単に。


 交は音を立てないように注意しながら、右手をそっと腰のガンホルスターに回した。

 そして指先にいつもの採血管の感触を感じて、それでもそれを手に取ることが出来ずにためらいを見せる。


 もしかしたら。


 もしかしたらこの化物は、こちらの言葉が通じるのかもしれない。

 もしかしたらこの怪物も、こちらと意思疎通できるのかもしれない。


 脳裏に一瞬赤毛の子供の幻影がチラついて、交は衝動的に採血管から手を離した。

 軽く息を吸って胸に手を当てると、意を決してワニに向かって身を乗り出す。


「あ、あの!」

「……」


 ワニは眼球だけをギュルリと交に向けた。

 その威圧感に交は言葉を飲み込みかけるが、ブンブンと頭を振るとさらに一歩前に踏み出す。


「私、楔岩交と言います。片生ながら“不死者の血液(イモータル・ブラッド)”をやらせていただいてます。……もしよければ少しお話できないでしょうか」

「……」


 ワニはゆっくりとした動きで、全長3メートルはあろうかという巨体を交に向けた。

 多少の警戒心は感じるが、即座に拒絶されなかったことに、交は一筋の希望を感じて緊張を緩める。


「あの、私の言葉が伝わりますか? “同調”してもらえれば解ると思いますが、私には貴方と敵対する意志はなく――」

「グルガァアアアアッ!!」


 交のセリフを遮って、ワニは突如闇夜に響き渡るほどの絶叫を発した。その音圧に、交は思わずビクッと体を震わせ硬直させる。

 その隙に太い尻尾が地面を掴み、ワニというより蛇のような身のこなしで横滑りした。アスファルトに生えた雑草を蹴散らし土煙を上げ、ワニの巨体は瞬きの間に交の背後へと回り込む。


 交はその動きを目で追うことしかできず、そして振り向いたときには、すでにワニの巨大な顎が自分目掛けて大きく開かれた後で。


 ……あ、これは食べられ(即死し)た。


 悲鳴を上げることすら許されなかった交は、どこか他人事にそんな辞世の句を思い浮かべた。





「あっくす!」


 その舌っ足らずな叫びは頭上から聞こえた。

 同時にズドン!と音を立てて、直上から交の眼前へと巨大な赤黒い壁が落下してくる。


「グルゥ?!」


 その壁に顎をぶつける形となったワニは、俊敏な動きで飛び退り交と壁から距離を離した。

 ワニに攻撃された恐怖というよりは、鼻先を掠めるように落下してきた壁に驚いて、交はその場にペタンと腰を落とす。


「どうした、マジリ。もうちょっとで食べられるところだったぞ?」

「……」


 交は呆けた表情で顔を上げる。


 自分の目の前に突き立てられたのは、正確には壁ではなく巨大な両刃斧だった。

 その円形の刃は交とほぼ同程度の直径があり、赤黒い刀身の中央には眼球に似た模様が浮かんでいる。ドクンドクンと心臓のように鳴動しているその刃の上には申し訳程度の細い柄が伸びており――その柄にぶら下がるようにして、赤い幼女がクスクスと笑いながら交を見下ろしていた。


 年の頃は大目に見積もっても今年小学校に入学した程度であろうか。

 見た目相応に子供っぽい薄ピンク色のワンピース。斧と同じ色彩の肌に、血液を思わせる鮮やかな赤のショートヘア。それよりもさらに鮮烈な輝きを放つ紅い瞳に、人を食ったような無邪気で表裏のない満面の笑顔。


「……こころ」

「うんうん、ココロだぞ!」


 交がホッと表情を緩めると、こころと呼ばれたその幼女はニィッと口を開いて白い前歯を見せつけた。

 そして斧の上でクルっと器用に踵を返し、突然の乱入者に警戒しているワニを見据える。


「んー、今日のゴハンはなんだかけっこう大きいぞ。ちゃんと食べきれるか、ココロすこしふあんだ」

「……気をつけて、こころ。こいつ、思った以上に速く動くよ」

「だいじょうぶ、ココロにまかせろ。マジリはそこでまってるといいぞ」


 こころはぴょんと斧から飛び降り、そのまま柄を掴んで自分の前に振りかざした。


 如何なる技術によるものか。巨大な斧の刃がその動作に合わせてキュンと収縮した。

 アスファルトをまき散らしながら地面から引き抜かれると、直径どころか厚みすら中央の目玉に吸われるように薄くなり、こころは最終的に1メートル程度にまで小さくなった両刃斧を構える(それでもこころの身長を考えれば巨大すぎたが)。


「おまえはウロコかな、それともキンニクかな? んー、いったいどのブイだかぜんぜんわからないぞ。……まあ、“食べれば”わかるか」

「グルルルルッ……!」

「ぐるるるるー!」


 威嚇の唸り声を上げたワニに対して、こころは楽しげに笑顔を作って声真似した。そして、ぴょん!という擬音がなりそうな気軽さで数メートル飛び上がると、ワニ目掛けて両手の斧を振り下ろす。

 ズドン!と、先ほど交の前に突き刺さったときと同じように斧が巨大化し、再び地面に食い込んだ。しかしワニもまた蛇のような動きで後退し、圧倒的なスピードでその一撃を回避する。


「あー! こら、にげるなー!」


 ズドン!ズドン!ズドン!と。

 縮小と拡大を繰り返しながら幾度となく斧が振り下ろされ、その度に校舎の地面に亀裂が走る。一方でワニは右に左に前に後ろに巧みに体をくねらせて、その影に掠めることすら許さなかった。

 一見すると体力無尽蔵に見えたこころだったが、十発目が避けられたところでさすがにぜぇぜぇと呼吸を乱し始める。


「……でも、おいつめたぞ」


 ワニが校舎の外壁を背にしたのを見て、こころはニィッと白い歯を覗かせた。

 ワニも己の置かれた状況を察しているのか、ジリジリと下がりながら威嚇するようにゴロゴロ喉を鳴らす。


「ぶれーど!」


 こころは斧を八相に構えながら声を上げた。

 するとその命令に応じて斧の刃が半円二つに展開し、さらにそこからさらに刃が薄く長く広がり融合して、最終的にナックルガードまで刃が伸びた大剣の形に変形する。柄も縮まってちょうどいいサイズに収まると、こころは刀身を返して切っ先をワニへと向けた。


「さあ、いただきますだ!」


 屈託ない笑顔を浮かべると、こころは剣豪のような踏み込みでワニへと肉薄し、その巨大な剣を振り下ろす。


「グルガァア!」


 直前に、ワニの咆哮と共に地面が爆発した。

 カウンター気味にアスファルトや砂利の欠片を顔面に叩き付けられて、こころは思わず剣から左手を離して目元を庇う。


「こころ、上っ!」


 ずっと後方で観戦しているだけだった交が、大慌てで声を上げた。

 目を擦り終えたこころが顔を上げると、遥か頭上に飛び上がったワニが、その巨体を何度も回転させながら尻尾を振り下ろして来るところで。


「しーるど!?」


 こころは本能的に叫びながら右手の剣を空へとかざした。剣はその命令を受けて丸盾状に変形しようとする――が、変形が終わりきる前にワニの尻尾がこころの体を打ち据えた。

 中途半端な形状の盾ごと薙ぎ払われる形で、こころの矮躯が横に吹き飛び、先ほどワニが背にしていた校舎の壁へと叩き付けられる。目を見開いたこころの口から体内の空気が残らず絞り出され、そのまま声を上げることもできずにズルズルと地面へ崩れ落ちた。


 それを好機と見たのか、着地したワニはもう一度尻尾を振り上げ、文字通り爆発的な加速力でこころに向かって飛び掛かる。


「――ダメぇーっ!」


 それを目にした交が声を上げながら、ようやく一歩を踏み出した。

 同時に右手でホルスターの採血管を一本抜き出し、それをこころとワニの間を目掛けて投げつける。


 交の位置は戦場から10メートルは離れており、ワニの機動力を考えれば到底間に合うはずのない行動。


 しかし、採血管が宙に浮いた直後。

 中に詰まっていた赤黒い液体が眩く発光したかと思うと、それは光の矢と化して文字通り光の速さでワニの横っ腹を貫いた。それと共にニトロのような爆発を起こして、ワニの巨体を吹き飛ばす。


 結果を確認しながら、交は右手をホルスターに戻した。

 残りの採血管は3本。


「……っ」


 一瞬でも迷ってしまった自分を叱咤するように奥歯を噛み締めると、交は管を一気に2本引き抜き、再度ワニに向かって投げつける。

 採血管が再び発光し、今度は意思を持つように左右に分かれて、各々がワニへと狙いを定めた。


「いっけぇー!」


 交が指令を下すと、待ちかねたように光の矢がワニに突撃する。


 地面を転がっていたワニは素早く体を起こし、その場で旋回するように尻尾を振り回した。

 光の矢は2本とも尻尾に薙ぎ払われて爆散してしまうが、その間に交がワニの前に辿り着き、こころの壁として立ち塞がる。


「おまえの相手は私だ!」

「グルゥ……」


 最後の採血管を抜いて構える交の姿に、直前まで大した脅威ではないと考えていたワニは戸惑いの唸り声を上げた。


 二対一の状況。一旦引くべきか、それとも今のうちに各個撃破してしまうべきか。

 そう思案してしまった時間が最大の隙で。


「おーい、マジリ。いつまでもそこにいるとあぶないぞー」

「え?」


 舌っ足らずな声に割り込まれて、交とワニは思わず声の方角を確認した。

 見ると、いつの間にか立ち直っていたこころが手に持つ盾をワニへ向けてかざしているところで。


「らんす!」


 ボロボロになりながらも、それでも笑顔を崩さないこころが命じると、盾は巨大な円錐に形を変えてこころの体と一体化する。

 それを確認した交はギョッと体を震わせて急いで横に飛び退き、異様な雰囲気を察したワニも尻尾を叩きつけて大きく後方に飛び退る。


「おそいぞ!!」


 叫ぶのが早いか。


 砲弾の如く飛び出したこころとその突撃槍に腹部の傷を貫かれたワニは、体中からあらゆる体液をまき散らしながら空中で破裂した。





「いただきまーす♪」


 巨大なワニの尻尾部分をずっしりと抱えていたこころは、至上の笑みを浮かべながら小さな口でその肉にかじりついた。

 見るからに固そうな鱗がこころの歯でバキバキと噛み砕かれ、分厚い表皮も筋肉質な皮下もまとめてブチブチ引き千切られる。そして、緑々した血液だか体液だか良く分からない汁で頬を汚しながらも、こころは実に美味しそうにグチャグチャと音を立ててその肉片を咀嚼し嚥下していた。


「……うぇっ」


 ついついその様を直視してしまった交は、吐き気を感じてこころから視線を逸らす。

 そのついでに街路樹の陰から顔を覗かせると、先ほどから回転灯の光を明滅させているパトカーの方へ視線を向けた。


 警備服を着た鷹狩学園の私設警察“鷹狩警備隊(ホーキングポリス)”、通称H.Pは、先ほど交たちが破壊した校舎の状況をカメラで撮影していた。

 すぐに最終防衛システムちゃんを呼び寄せ捜索に当たらせないということは、どうやら自分たちの所業だとバレなかったようだ。


 これから事後処理と校舎の補修にあたるであろうH.Pに心の中で謝罪しながら、交は顔をこころの方に戻す。

 こころは楽しげに体を揺らしながら己と大差ないサイズの尻尾にガジガジ食いついており、すでに三分の一ほども喰らい尽くしていた。


 と、そこで交の視線に気がついて、ニパッと体液雑じりの白い歯を覗かせる。


「どうした、マジリ。やっぱりマジリも食べるか?」

「いいや、私は遠慮しておくよ」

「なんでだ? もったいないぞ、こんなにおいしいのに」

「……私は、“不死者(イモータル)”の力とか、興味ないから」

「ん~?」


 交が困り顔で苦笑すると、こころはそれこそ理解できないとばかりに眉をしかめて首を傾げる。

 しかし結局は目の前の食欲に負けたのか、即座にまた笑みを浮かべて尻尾をかじり始めた。


 交はこころに気づかれないようにそっと溜息を洩らし、そこでこころの額が大きく擦り切れていたことに気づく。


「ちょっとこころ、あなたケガしてるじゃないの」

「うん? ああ、さっきあいつにたたかれたときにできたんだな。だいじょうぶ、これぐらいじゃココロはなかないぞ」

「まったく、そういう問題じゃないでしょ。こころは女の子なんだからさ――」


 肩を落としてしゃがみ込んだ交は、先ほど使い損ねた採血管とハンカチを取り出した。そして管内の液体をハンカチにたっぷりと染み込ませると、消毒薬でも塗るようにこころの額にあてがう。

 ほどなくして液体が淡い光を発し、額の擦過傷が見る見るうちに塞がっていった。


 特に気にせず食事を続行していたこころは、モグモグと口を動かしながら上目遣いに交を見つめる。


「なあマジリ、オンナノコってなんだ? それは食べられるのか?」

「こころはもっと自分の体を大切にしないとダメだよってこと。……傷が痛くなくったって、泣きたいときには泣いていいんだからね?」

「うーん。ココロ、よくわかんない。マジリはときどきすごくムズかしいことをいうぞ」


 こころは拗ねたように頬を膨らませた。

 額の傷がキレイに消えたことを確認しながら、交はその頭を優しく撫でて上げる。


「慌てなくても、少しずつでいいんだよ。少しずつ勉強していってくれれば、それでいいから」

「……?」


 何もわからなかったというのに、交がこうして頭を撫でてくれるのはいったい何故なのだろうか?

 こころは首を傾げて考えるが、その意味すら全く理解できなかった。


 そうこうしているうちに尻尾を最後まで平らげてしまったこころは、考えることを辞めてぴょんと立ち上がる。


 変化はその直後に起こった。こころが着ていたもうズタボロのワンピース。そのお尻部分がモコモコ揺れたかと思うと、中から鱗のついた太い尻尾がデロンと垂れ下がったのだ。

 尻尾はたった今こころが完食したものとほぼ同一の質感をしていて。違うことと言えば、色彩がこころの肌と同じ赤黒く染まっていたことくらいだろうか。


 それを確認したこころは、きゃっきゃと喜びながら腰を振って交に尻尾を見せつける。


「みてみてマジリ、ココロにシッポがはえたぞ! マジリのいうとおり、あいつは“不死者の尻尾(いもーたる・ている)”だったんだな! うわー、なんだか手がもういっぽんふえたキブンだぞ!」

「こらこら、そんなにハシャがないの」

「あ、そうだったな。ごちそうさまでしたー!」


 尻尾一つで自分の体を支えて遊んでいたこころは、その状態で両手を合わせてお行儀よく頭を下げた。


 そうじゃないんだけどなーと眉をハの字にしながら、交は気を取り直して立ち上がる。


「ほら、尻尾は一度しまってね。そろそろアパートに帰るよ」

「うん、オカシのじかんだな! それできょうはどんなオカシを作ったんだ、マジリ?」

「……あんな大きな肉を食べたばかりなのに、まだ食べるつもりなの?」


 踵を返そうとしていた交は、さすがに呆れた顔で振り返った。

 こころはにゅるんと尻尾をワンピースの下へ収納すると、小走りで交の隣に駆け寄ってその手を取る。


「あまいものはな、ベツバラなんだぞ!」

「……どこで覚えたの、そんな言葉」

「マジリがガコウに行ってるあいだにな、ココロもうぃんくでいっぱいベンキョーしてるんだぞ!」

「漫画を読むことはお勉強とは言いません」

「えー。なんでだ、マンガはホンとちがうのか?」


 などと姉妹のように仲良く寄り添いながら、二人は回転灯の瞬く鷹狩学園を後にした。





 ◇ ◇ ◇





 我は滅びぬ。


 この不死の肉体を幾百に砕き幾千に千切ろうとも、我は滅びぬ。


 これこそが不死者(イモータル)の呪い。我が天より授かりし神なる宿命よ。


 覚えておくがいい。そして、せいぜい後世に語り継ぐがよい。我を討ち果たしし愚かなる英雄よ。


 幾万の時を超えても、我は必ずよみがえる。


 この引き裂かれし肉体を一つに繋ぎ合わせて、我は我として再びこの地上に顕現する。


 そのときが貴様ら人類の最後だ。愚かなる者どもの落日だ。


 幾億の時間をかけても、忌まわしき不死の力に誓ってでも、我は貴様らを根絶やしにして見せよう。


 それだけの罪を貴様らは犯したのだ。


 それほどの罰を貴様らは受けなければなぬのだ。


 あえて三度告げよう。


 貴様らが滅びるその日まで、我は決して滅びぬ。


 貴様らが“あの娘”に為した鬼畜の所業。


 我と我の肉体は、永遠に忘れぬぞ。





 ◇ ◇ ◇





「……」


 浅い悪夢から目を覚ました交は、ぼんやりと顔を上げた。

 今いる場所を確認すると、そこは見慣れた二年一組の机で。


 どうやら自分は、午前中最後の古典の時間を完全に居眠りでスルーしてしまったらしかった。


 少し垂れかけた涎を手でこすりながら、交はぼやけた目で体を起こす。


「授業中に居眠りなんて珍しいよ、いいんちょー。疲れてるんじゃないの?」

「……双葉」


 声の方に目を向けると、マフラー姿の八柳(やつなぎ)双葉が心配そうに顔を覗き込んでいた。


「なんか顔色も悪い気がするし……交はきっと毎日頑張りすぎなんだよ。今日はもう早退したら?」

「ありがとう、双葉。でも本当に大丈夫だから。ちょっと寝不足なのと――血が足りないだけで」

「へ? 交って生理はキリ良く月末じゃなかったっけ? 今回は早く来ちゃったの?」


 双葉は瞬きしながら体を起こすと、周囲の男子生徒にまったく配慮しないダイレクトトークを行った。

 親友のお馬鹿加減に「あぅ」と頭を抱えつつ、頬を染めた交は少し大きめの声で否定する。


「色々あって、昨日また採血しなくちゃいけなくなったの。一気に5本分も抜いたからなんか貧血気味で」

「……だったら血を抜かなきゃいいんじゃないかなーとか言っちゃダメっスか?」


 ホルスターから採血管を抜いて見せる交に、双葉は若干引き気味のツッコミを入れた。

 双葉はそれでも一瞬で気持ちを切り替えると、マフラーの隙間から栄養ドリンクを取り出して机の上に置く。


「ほら、皆がいいんちょーのことを頼りにしてるんスから。今日のところはクラス委員はお休みにして、これでも飲んでゆっくり休んでくださいな」

「……ありがと。それじゃあお言葉に甘えて、そうさせてもらおうかな」

「あ、委員長、ちょっといいかー?」

「はーい! ……あっ」


 双葉に微笑み返していた交は、“委員長”の呼び声にほぼ条件反射で手を挙げていた。

 双葉がジト目で睨んでいるが、乾いた笑いで誤魔化しながら自分を呼ぶ保志(ほし)(つかさ)に顔を向ける。


「どうしたの、保志くん?」

「いや、たぶんなんだけど、委員長にお客さんが――」

「あ、マジリだ。やっと見つけたぞ」


 長の言葉を遮って、見慣れた赤い幼女がちょこんと廊下から顔を出した。

 それを発見した交は、眠気も悪夢も全部を吹き飛ばしてガタッと立ち上がる。


「こころ?! なんで学校に来てるのよ、あなたっ!? ……って、しまった」


 叫んでから慌てて口を押えたが時すでに遅く。その場にいた全員が、この特異な色彩の幼女が交の関係者であると認識してしまっていた。


 どう誤魔化したらいいかとグルグル思考を回す交を他所に、こころは交へと駆け寄りその腹部に抱きつく。


「なんかこのガコウってところ、ニオイがごちゃごちゃしててさがすのにジカンがかかったぞ。ココロ、おなかが空いた。ごはんが食べたいぞ」

「ご飯もおやつもちゃんと準備しておいたでしょうが!」

「あれはカチカチのヒヤヒヤでぜんぜんおいしくなかったぞ。ココロ、もっとおいしいのがいいー」

「だからあれはレンジでチンしてから食べなさいってあれほど……ああもう、本当にあなたって子は!」


 交は小声で幼女を叱咤するが、こころは我関せずと頬ずりを繰り返した。

 その間にも双葉と、さらに向こうから驫木(とどろき)明日菜(あすな)が口を挟む。


「いいんちょーって妹とかいたっけか? っていうかアレなの、もしかしておねロリってやつなの?」

「おねロリってなに?」

「違うよ、双葉っち。これはロリおねって言うんどぅえっへっへっおっとこりゃ失敬ゴチソウサマデス」

「ロリおねってなに?! と言うか驫木さんはなんでそんな嬉しそうに会話に参加してくるのっ!?」


 こころの素性については、なんか勢いで誤魔化せた。





/イモータルアライヴ 完

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