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錬金術師の不完全周期表  作者: 秋月 空
錬金術の始まりと終わり
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6. 前兆のない遷移

 突然の衝撃と轟音の原因を確認するため視界の悪い森を出ると、少し暗くなりかけている空に、巨大な岩の塊の組み合わせが目に飛び込んできた。日常では決して見ないその巨大さから、遠近法までも無視して、すぐ近くに岩があるようにも見える、なんとも不思議な感覚だった。


そもそも、天空都市リュノエルは、時々空に見えるのだが、それがどれほど遠くにあるのか、そしてどれほどの大きさのものなのか、その実感は全然持っていなかった。どのような形をしているのかすらもちゃんと見たことはなく、はじめ、自分の目に何が映っているかを正しく認識することすらままならなかった。


動揺を隠せないでいる人々のざわめきが騒々しい。そもそも、あの天空都市はなんで空に浮かんでいられるんだ?


「あの天空都市の中核には巨大な飛翔石があると言われている。リュノエルの住人がここへ下りてくるときには、その石のかけらを入れたペンダントをつけているのだぞ」


へえ。それがなぜ墜落したんだろうか?


「とりあえず、近くに行って見てみようぜ」

「うん、そうだね」


墜落したリュノエルを改めて間近で見ると、その神秘さには、感嘆の声を隠すのも難しいほどだった。えぐられた地面とあたりに散らばる黒色の土が、天空都市の雄大さを静かに物語っている。近くにはリュノエルの住民がたむろしていた。一体どこからどのようにして下りてきたのか、見当もつかなかった。


「色々見てみたいと思ったけど、こんな状態じゃあ、無理かもしれないね」

「ああ、そうだな。また明日明後日にでも出直してくるか」

「そう言えば、さっきからシルナの姿が見えないけど」


本当だ。ちょっと周囲を見回して見ると、シルナはいつの間にかリュノエルの人たちの輪の中に溶け込んで、ひとりの女の子と話をしていた。


「おいシルナ、急に姿を消すなよ」

「ああ、すまない。久しぶりに友人と会ったものでね」

「友人?」

「ああそうだ。紹介しよう、彼女はリュノエルの住人のシェーネットだ」


よろしくお願いします、と言って、その女の子は一礼した。胸につけたペンダントはリュノエルの住民の証のようなものなのだろうか。


「俺はティール。こっちがエミック」

「よろしくね」

「それで、二人はどういう関係? どうやって出会ったんだ?」

「昔、シェーネットがここの町で迷子になっていたところを引き取って、しばらくの間世話をしていたことがあったな。あれはずいぶんと楽しかったものだな」

「ええ、そうですね」


思慮深そうで、落ち着いた控えめさを感じさせるシェーネットという女の子と、間違っても喧嘩を売ってはいけないシルナ。この二人は性格はちょうど真反対と思えるが、そんな二人の気が合っているのを見て、俺はそこになんとも言えない微笑ましさを覚えた。


「その左腕の怪我は、どうしたのですか?」

「ん? これか。ちょっと噛まれちゃってな……」


「もう、いけませんよ、シルナ。いくら頭に血が上ったからと言って、人に噛み付くのは」

「ああ。シルナの奴、急に噛み付いてくるもんだからびっくりしたよ」

「お前たちは私をなんだと思っている!?」


「肉食獣」

「肉食獣、ですか?」


「全くもう!」


つ釣られて俺も冗談に乗ってしまったが、シルナとこんな風に戯れ合える人がいるとは、全くの驚きだ。


「それにしても、随分と久しいな。一年半ぶりくらいになるか?この様子だと、リュノエルの中もかなり悲惨な状態になっているだろう。またうちに預かってもいいぞ?」

「お気持ちは嬉しいです。でも、町の復旧とかを手伝わなくてはならないので、また今度」

「——そうか。」

「へいへいシルナさん、泊まって欲しそうな気持ちが隠しきれてないぞ?」

「左腕だけでは物足りないようだな」

「謝るから抜刀するそぶりを見せないでくれよなぁ?!」


くすくすと、シェーネットからこぼれ笑い。この人は場を和らげる雰囲気を醸し出す天性の才能が備わっている人だ。その後も俺たちは他愛のない話を続け、日も暮れ出して、その場にいても特に何もできないということで、その日は解散となった。



 翌日のクラスで持ちきりの話題がなんだったかは、もう説明の必要すらない。天空都市リュノエルの言葉がそこかしこで飛び交った。リュノエルはさらに浮かび、誰もが知るところであると同時に、誰も詳しくは知らないところだ。そのせいで、なぜ落ちたかの議論は不毛だと感じざるを得ない。


「昨日はすごかったわね」

「ああ、そうだな」

「なんであれが落ちたのかしら?」

「うーん、飛翔石で浮いてるらしいんだが、飛翔石の仕組みがわからないとなんとも言えない節はあるな」

「そうよね」

「メールはリュノエルに入ったこと、あるか?」

「いや、ないわ。せっかく落ちてきたんだし、っていうのも変な言い方だけど、近々見に行きたいなーとは」

「そうか。なら、今日一緒に行かないか? シルナがリュノエルの住民と知り合いらしい、頼めば行けるかも」

「本当? じゃあ特に予定もないし、行こうかしら」


メールはその青碧の瞳をきらきら輝かせ、期待と興奮を抑えきれずにいた。実のところ、俺もリュノエルに行ったことなどないので、非常に楽しみなところでもある。そもそもリュノエルに行ったことがある人の話はほぼ聞いたことがないし、というかどう行くんだろう。


その日のアーツ先生の授業は、リュノエルの歴史や文化、その他交流など、全く魔法に関係ないことが9割以上を占めた。誰一人として私語はなく、皆彼女の話に聴き入っていた。



 リュノエルの前に佇むと、神秘さを改めて感じるものだ。アーツ先生によると、空に浮かんでいるのは魔法によるものではなく、独自の技術であるらしい。それを知っているのは住民の中でもごく限られた人だけの、門外不出の極秘だったらしく、それを記した書がかつて存在したが、今では失われ、どこにあるのかがわかっていないのだという。その結果、今のように、誰もなぜ浮かんでいるのかわからない、不思議島になった。

だが、これもまた噂話の一つに過ぎず、確固たる根拠はない。だが、リュノエルの飛行技術が他所に使われている事例はないことからかなり信憑性が高い、というのが先生の意見で、俺もそれに賛同している。


今日のリュノエル訪問で、飛行の謎を調べてみるというのもいいんだろうが……


「リュノエルっていろんなところに面白いものがあるのね! これはなに? これこれ!」

「これは浮遊物の残骸ですね。墜落する前は、街の中の至るところにこれが浮いていたんですが、墜落した後、みんな地面に落ちてしまって」

「ていうことは、家の屋根とかも、全部宙に浮いてるだけで柱とかで支えてたわけじゃない、ってこと?」

「そうですね。家の中に家具としても使われていましたので、上にある家はみんな酷い有様です。大丈夫なんでしょうか……」


「ん? ということは、地上だけじゃなく地下にも家がある、ってことか?」

「あ、そうですそうです。リュノエルは四層構造になっていて、今私たちのいるところが最上層で、街のいろんなところに、島の内部に通じる穴が空いているんです」

「シェーネットの家は、確か第二層にあるのだったな」

「はい。初めてシルナが来た時ときのこと、今でも鮮明に思い出しますねぇ」

「第三層と第四層には、何があるわけ?」

「第三層は、第二層と同じく居住地区です。第四層にはこの島を支える巨大な飛翔石があるんです。誰でも気軽に立ち入れるわけじゃないので、私も詳しくは知りませんが……」


メールからの容赦ない質問攻めと、それに応えるシェーネット、シルナとの思い出話、そして今まで見たことのない建物や、道路が無秩序に広がる街並みと幻想的な景色。それらを堪能することに忙しく、すっかりリュノエルが墜落したばかりだということを忘れてしまう。足元には様々なものが散乱しているが、それが俺にはかえって無造作で乱雑としたこの都市を引き立てているようにも感じられた。


「エミック、さっきから何を見てるんだ?」

「ああ、ティール。ここらへん、見たこともない木や草がたくさんあるなあ、と思って」

「確かにそうだな。リュノエルに雨って降るのか?」

「いえ、ほとんど降りませんが、おそらく植物はこの島の水脈から水をもらっているんだと思います」


どうもリュノエルは雨雲に近づいて行って水を供給しているらしい、とシェーネットは付け加えた。水脈は地下だけではなく、地上にも流れており、ところどころ小さな川のごとく水路が見える。水路を渡るための橋、足場は浮遊させていたらしく、みなことごとく崩れていた。


「ねえねえ、あの建物は何、何? 家にしてはけっこう大きめだけど?」

「あれはリュノエルの図書館です。おそらく中はすごいことになっていると思いますが……」

「じゃあじゃあみんな、入ってみようよ!」


この活動的で好奇心旺盛なメールは、いつしかこの集団を率いる立場を受け持っていた。みんなもなんとなくそれが一番ふさわしいと感じているためか、入ること既に決定したようだった。


図書館の中は酷い有様だった。空中に浮遊する物体を本棚として使っていたらしいこの図書館が、例に漏れずその機能を失ったとしたら、なるほど、シェーネットの予想も尤もだ。それにしても、地面に乱雑にばらまかれた本は、見ていて気分の良いものではないもので、メールは、


「ちょっと、片付けていくの、手伝って行こっか?」


と提案した。特に反対する理由もない俺たちは手伝うことにした。


「司書さんって、どこにいるのかな?」

「さあ? この状況で家に帰らず図書館にいたら、それはずいぶんと筋金入りだろ」


とりあえず、足元に散らばってる本は拾うとするか。


しばらくの間、開いたまま紙面を床に向けている本たちを拾い上げて積み重ねることをしていると、シェーネットはどこからともなく司書を連れてきて、その人の指示のもと、俺たちは片付けを終わらせた。


「皆さんありがとうございます、お陰でずいぶんと早く終わりました」

「いえいえ、とんでもない」

「そういえば、メールはどこに行っちゃったのかな?」

「確かに先程から姿が見えないようだ」

「ちょっと俺、探してくるよ」


本の山とそれによって作られた狭い道をかいくぐり、名を呼んで探してみる。


「お、メール、ここにいたのか。探したぞ」

「あれ? もしかして、もう終わっちゃった?」

「うん、終わってるぞ。何読んでるんだ?」

「神龍の伝説」

「なんでそれを読んでるんだ? どこでも似たようなもんじゃないのか?」

「ううん、そうでもないわ。ほら、私たちの住んでるところだと、神と龍が争いを始めた理由がはっきり書かれていないわけじゃない?」

「そうだったっけ? 俺の記憶だとたしか、龍の持つ知識を勝手に神々が奪い取って悪用していたのがバレたのがきっかけだったような」

「あれ? あっ、これは別のところだったかしら。とにかく、ここリュノエルでは、人間が大戦の発端になったように描かれているわ」


そんなことを話しつつ戻ると、次はシェーネットがこの町を回りたいということで、明日どこをどう回るかの会議が進んでいた。早速メールは彼女の住んでいる地域を案内するのがとても楽しみなようで、こんなものがあるとか、あんな物が見れるとか、熱く語っていた。俺の住むところは一面の畑であまり面白くないので、少し残念な気がする。


メールがシェーネットの家に興味を持ったが、家の中が大変な状態だということで行くのはやめにして、その日は早めの解散ということになった。



 家に帰っても特にやることのない俺は、勤め先の店へ出勤してみることにした。あれからというもの、数日おきに出たい入ったりしているが、店主が全部一人でやってしまうので特にする仕事もなく、何かやらせて欲しいと頼んでも「お前に一回頼るとどこまでも堕落していきそうで怖いからダメ」などと言われてしまう。


まあ、初日にあったことを考えれば、仕方ないといえばそうかもしれない。何も仕事をしていないのに賃金をもらうのも良心が痛むので、いらないと店主に伝えたところ、お前がいるの俺の作業が捗るからというよくわからない理由で渡してくれたので、半分だけもらうことにした。

文字通り何もしないのも悪いので、作業部屋の掃除と、店先の物の配置の研究をもっぱらしている。おかげで薄暗い部屋から、光が程よく入る良い空間になったとは思っている。


「リュノエルが墜落したときは結構大騒ぎになっていましたが、その混乱も思ったより早く収まりましたね」

「そうだな。落ちたところが何もない荒地だったし、それにあれがあるからっつっても、変わるのは景色ぐらいだからなあ。結局普段の生活は何も変わらんのよ」


「店主は、リュノエルに行ったことはあるんですか?」

「いや、ないな。だけど、あそこに住んでる人に会ったことならある」

「疑問なんですけど、リュノエルの人はどうやってあそこからここへ下りて来るんですかね?」

「それか。それはな、リュノエルの住民の証、ペンダントにあるんだよ。あれは飛翔石の一部らしくてな、それを身につけていると飛ぶことができるらしいんだとよ」

「ふーん……」


なぜ飛ぶのかもよく知らないのに、己の命を預けることができるとは、勇敢なのか無謀なのか、それともリュノエルが当たり前に空に浮かんでいたから、それが普通だと思っているのか。ちなみに俺が今使ってるのは、知恵の輪。余った材料で作っている。知恵の輪は解くよりも作る方が結構難しいものだ。いや、知恵の輪を解くのは俺の場合、ただ形を変形して後で戻すだけだから、そうでもないかもしれない。


「なあ知ってるかティール、あのリュノエルはな、かなり強くて巨大な磁石になってるんだよ」

「え? どういうことです?」

「リュノエルに鉄を持ってくだろ? するとあら大変、全部地面に引き寄せられっちまう、ってわけよ」


なるほど、それだと鳥がほとんどリュノエルに近寄らないことの説明も付くな。方向感覚を地磁気に頼っている鳥なんかからしたら、あの天空都市は大分ヤバそうだからな。


ということは、超電導物質なんかを持っていくと、宙に浮いてくれるって寸法か。ひょっとしたら、リュノエルに数多ある浮遊物も、もとは超電導物質だった、なんてこともありえるかもしれない。さすがにリュノエル全体が超電導物質で、地磁気を利用して宙に浮遊しているとは考えにくいけど。


「まあ、今度検証してみるか」

「お前の作ってるそれ、本当に外れるのか? 今日までに作った二百個くらいのうち、まだ十個も外れてねえんだが、このままだとこの部屋がそれで埋まっちまうわ」

「じゃあ、これを売ればいいんじゃないですか? 十個セットとかで、暇つぶし用、みたいな」

「いや売れるかそんなもん、解けなくてイライラするだけだわ」

「そうですか…… じゃあ、万能包丁みたいなもの作ってみますね、なんか爪切りから栓開けまで揃ってるやつ」

「包丁とは違う気もするんだが……まあいい、頼むからもうちっとばかしは役に立つものを作ってくれよな……お前は金属加工に関しては世界一つっていいくらいなんだからよ」



 ところがこの万能包丁を作って見ると、存外に楽しい。あの機能を持つやつ、この機能を持つやつと、使っていくうちにあれもこれも全部いっぺんにぶち込みたくなってしまうのが人間の(さが)というものである。

店仕舞いになっても全然完成しなかったので、家に持ち帰ることにした。そのときに、店主が安心した顔から一転して戦慄の表情を浮かべたのは、何かの見間違えだろうか?

まあそんなことはどうでもいいんだ。どれだけの機能を一箇所にまとめられるかを検証しないと。


そんな風に我を忘れて夜になってもまだ熱中していると、庭の方から、ガシャンと物が崩れる音がした。たまたま通りかかった小動物にしては規模が大きいので、何事か、と思い、様子を見に行った。


「おい、誰だ?」


そこには人がいた。暗闇に紛れて、何かから身を隠すように体を小さくすくめている。一体どこのコソ泥だ?



—————— お前は、



「シェーネッ、ト……?」

センター4日前。

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