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錬金術師の不完全周期表  作者: 秋月 空
錬金術の始まりと終わり
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5. 準冒険者

 待合場所には、既にエミックとシルナがいた。一番遅れてきそうだったシルナがこんなにも早く来るとは、案外心外想定外だ。

「なあ、俺は随分軽装で来ちゃったけど、これで大丈夫なのか?」

「うん、今日はそんなに本格的なことをするつもりはないから、防具をつけるとむしろ重くなって危ないかもね……あ、でも確かティール君は体力はあったんだよね。じゃあつけても大丈夫かもしれないけど、素早さがあればむしろないほうがいいかもね」

「この私より長距離走が速いなんて、あのときはびっくりしたぞ」


まあ、いざとなったら逃げ足だけには自信があるし、そんなに問題にもならないか。その日の天気は微妙で、空は一面灰色の雲に覆われている。俺たちはエミックのあとに続いて、フォースバーグの森へと向かった。


 この森は非常に広い。森を直進かつ不眠不休で渡ろうとしても、優に三十日以上かかるとされているほどだ。その上、数え切れないほどの木々とそこに住まう生物たちにより、森に突っ込んで渡るには、そのさらに三倍の時間は要する。加えて今だに踏破されていない部分も数多く存在し、まさに魔窟と呼ぶにふさわしい場所だ。


そんな森で一体冒険者と呼ばれる方々は一体何をしているかというと、エミックから聞いた話を平たくまとめてしまえば、要は開拓に近いことをしているらしい。現在の森は足の踏み場もないほど植物と、枯れた草や落ち葉が堆積した土で覆われている。そこを人の住める環境に変え、土地を活用しようというわけだ。


 森に向かうかと思いきや、エミックはまず俺たちをギルドらしきところへ連れて行った。それは小さな木造の建物で、人が出入りしていなければ、目に留めてもすぐに記憶の彼方へと飛ばされそうな風貌だ。目立つのはむしろ屋台や飲食店、治療のための病院などの家屋で、見た目の点ではギルドは何かの大きめな物置にしか見えない。

扉を開け中に入ると、小綺麗に整えられた机と椅子が手前に置いてあり、奥にある窓口らしきところには作業中の従業員がいた。

エミックがちょっと待ってて、と告げ、奥にいる受付のお姉さんに話をしに行った。始めて来る場所にちょっとワクワクしてきた俺は、キョロキョロ辺りを見回してみた。


「なあ、あそこにある扉はどこに繋がってるんだ?」

「ああ、あれか。あれは、冒険者たちのたむろ場所に近道で行くための通路に繋がっている。有事の時には、あそこから受付の人が走り出して行くのが見れるぞ」


へえ。こっちにもいくつか座るための場所はあるが、ここにはいないのか。というか、なんでシルナはそのことを知ってるんだ?


「ふっふっ。実は私、準冒険者の登録がしてあるからな」


ああ。ここに脳筋野郎、いや、脳筋少女が一体いる。早く倒してギルドに報告しなきゃ。


「今、何か言ったか?」

「いや、うん、わかったからとりあえず柄に手をかけるのやめてくれないかなあ?!」


ふんっ、と鼻をならして目を背けられた。暴力反対だ。全く、こいつを連れてきたのは間違いだったのかもしれない。すがにエミックが紙を手にして戻ってきた。


「じゃ、早くサインして」

「いきなり悪徳業者みたいなこと言うなよ。ちょっと読ませてくれ」

「まあまあ。それより、僕が説明したほうが早いかも」

「お願いする」

「要は、準冒険者の登録用紙だよ。森で色々するための権利を得る代わりに、中で何かが起きても責任は自分で負うってことを確約するためのものさ。まあそんなに大仰なものでもないけどね。あとは怪我をしたときの治療をしてもらう手続きが簡便になることくらい、かな?」


俺は迷わずサインし、その紙をエミックが受付へ持って行った。


「私のときはあんな紙じゃなくて、青い石に手をかざしただけで終わったぞ?」

「うん? 高機能な石と言えば悪い思い出しかない俺からすると、魔法が一切封じられた俺がそんなものを使えるとでも? と言いたいところなんだが」

「ああ、そういえばそうだったな」


 手続きも終わったところで、俺たち一行は森の中へと入って行った。森の入り口付近からは道が見えるものの、人の気配がなく、無限の静謐が体を包む感覚に襲われ、底の見えない谷を覗いている気分になる。

シルナも森の雄大さに圧倒され、上を見上げ息を吐いていた。慣れた様子でエミックは中へ入ろうと促し、それに続いた。

奥へ進むと、徐々に空を覆い隠すように木が増え、地を踏みしめる足の感覚も柔らかいものになり、外との断絶を一層うかがわせる。周りをよく観察してみると、普段の生活している地域では見ることのできない植物がほとんどであることに気づいた。


「おかしいな……静かすぎる気がするんだよね」

「お、おいおい、何かやばいことが起きそうなセリフはやめてくれよ」


急に不安になった俺は、キョロキョロと周りを見渡しながら進んだ。シルナとエミックは全く心配がないのか、ただ前を見据えてひたすら歩き続けている。どうしたらそんな鋼鉄のハートを手に入れられるんだろう。


「おい。お前、随分と挙動不審だな。そんなに奥に入るのが怖いのか?」

「いやいやいや、あんな不穏なことを言われたらこうなるのが普通でしょ!? むしろなんでそんなに落ち着いていられるんだよ」

「見て見て、ここに足跡がある。きっとここを辿れば何かわかるんじゃないかな」


指し示された方を見ると、たしかに土がめり込んでいるようだ。それに、草が踏み潰されてぺしゃんこになった後もところどころ見られる。


「この足跡は僕でも見たことがないな……」

「足跡を見るだけでどの動物かわかるほどここに入り浸ってるのか?」

「うん、まあそうだけど」


なんてこった。しおらしい見た目は全くの罠で、本当は武闘派の魔法使いなのか。人は見た目によらないとはよく言ったもんだぜ。


 その後もしばらく足跡の方向へ向かい、狭い道に突起した大きな岩の後ろ側へエミックが消えていったのを、俺とシルナが急ぎめに追いかけていったところ、エミックが茫然と立ち尽くして上を見上げている様子が見えた。


「おーいエミック、もしもーし?」


何とは無しにエミックの見ている方向へ目を向けた俺は、瞬時にして自我を忘却するに値する理由と光景を、まぶたの裏へ焼き付けることになった。すなわち。


首から先が二つに分かれた狼のような、巨大な肉食獣と目が合っていたのだ。あれだけ冷静頓着だったシルナですら、腰を落とし身構えている。ふと我に帰ったかのごとく、エミックは落ち着いた小さな声でこう切り出した。


「なあ、ティール君、シルナさん。こういうとき、どうしたらいいか、教えておくよ」

「お、おう」

「こういうときはね……」

「「こういうときは?」」

「逃げろおおおおおおおおーーーーーー!!!」


一番に駆け出したエミックに、我先にと俺とシルナは後に続く。残念なことに、今から命をかけた草食動物と肉食獣の追いかけっこがスタートしてしまった!


「お、おい、エミック、お前の魔法でなんとかできないのかよ?」

「ああああ、あんなのに真っ向から勝負を挑むなんて自殺の宣言と同義だよ! 罠にでもかけなきゃ絶対無理だって」

「シルナ、お前、自慢の剣の腕を見せる時が来たぞ、はは早く、なんとかしてこい」

「さすがに私の腕前でも、あんなのは無理だ! あんな大型の獣を倒すのに使えるものではない!」


行きは何度も転びそうになった凹凸と障害物の多い森の中を、凄まじい速度で駆けていった。


「こっち!」


エミックが叫ぶ方へ俺とシルナ、そして捕食者の化け物も続く。エミックに連れられるままに森の中を走っていくと、そこは少し低くなった凹地で、行き止まりだった。


「もう逃げられないじゃないか! もう終わりだ、一巻の終わりだよ!」


ああ。短い人生だったけど楽しかったよ。次もまた人間として生きれるなら、お金持ちの家に生まれて一生不労所得で食っちゃ寝の生活ができますように。


「僕に考えがある」


その言葉は、絶望の淵に立たされた人間にとって、一般の細い希望の光と同じだけ価値のある言葉だった。


「この世で最も軟き水、その形を変え、我が前に姿を現出せよ!」

「って、当てなきゃダメじゃん! 周りに撒き散らしても意味ないって!!」

「いいやそうじゃないよ、ここには締め殺しが生えてるんだ!」


周りからは、木の蔦や蔓といったものがどこからともなく忍び寄ってきた。そして、それらは着実に二頭狼の手足に向かい、それらをがっちりと拘束しようとしていた。


「今のうちに攻撃して、シルナ!」

「了解した」


そう短く言い、シルナは両手に剣を構え、絡みつく木に気を取られたままの獣に向かって走っていった。二頭狼に剣先が当たるか当たらないかの距離まで詰めたと思った瞬間、唐突にシルナは剣を地に投げ捨て徒手空拳で殴り始めた。


「おい! 剣を捨ててどうする!?」

「結局こっちの方が速い!!」


初めはあのバカ、と思ったものの、身動きが取れない二頭狼に的確に拳を入れていく様子が見え、隣ではエミックがすかさず詠唱を始め、炎を当てようとしていた。二頭狼は、締め殺しとシルナの両方の対処に苦難している間に、凄まじい温度の炎に毛並みを焼かれ、その場に倒れた。


「危なかったね……」

「まったく、一時はどうなることかと思ったのだが、なんとかできたようだな」


 命の危険がひとまず去ったことに、安堵のため息がどっと出て、力が一気に抜ける。エミックもまた同じようだった。シルナは殴り捨てた剣を拾いに二頭狼へ背を向けて歩いているところで、俺はそいつが締め殺しを振り切って立ち上がるところを視界の端に捉えた。まだ息があるのか、と思い、二人に声をかけ注意を促そうとした瞬間、二頭狼が後ろからシルナに喰らい付こうとしてきたのだ。


「危ない!!」


考えるより前に体が動き、狂暴な獣に横からタックルを喰らわせた。ほとんど飛ばなかったものの一瞬怯ませるには十分だった。しかしそのせいで標的は俺に移り、左右の頭が同時に噛み付こうとしてきた。

右の頭をなんとか対処したものの、左の方は懐の深くまで侵入することを許してしまい、左肩を深くまでガブリと噛まれた。鋭く刺すような痛み、手先まで痺れるような痛み、全体を押しつぶすような鈍く重い痛みが左腕全体を支配して、左腕がもげるような錯覚を覚えた。


事態に気付いたエミックとシルナがすぐさま反撃してくれたおかげで逃げていったが、深手を負ってしまった。溢れる血を止めるため、右手を強く左腕に押し当てる。左手の指をうまく動かすことが出来ない。エミックが手当てをしてくれたおかげで血は止まったが、これではおそらく治るのに数十日とかかってしまうだろう。


「すまない。私をかばうためにこんな怪我をしてしまって」

「気にすんな。大丈夫だって」

「ならいいんだが」

「それより、お前なんで剣をわざわざ放り捨てたの?」

「それは、結局拳の方が速いからだ」


あー、こりゃダメだ。しかも拳一本であれに実際に相対していたわけだし、剣なんて持たない方が本当に強いのかもしれない。それと、締め殺しがさっきから静かな気がするんだが、これはどういうことだ?


「ああ。締め殺しは晴れの日には水のある方に反応するんだ。さっき僕が出した水を蒸発させたから、もうあんまり動かないはずだよ」


水に反応して動くということは、締め殺しの生えている近くには水たまりとか湧き水とかがあるのか? 調べてみたい気もしたが、さすがに、怪我をした直後にそういったことをするのは気が引けた。


「シルナ、さっきから何をしてるの?」

「ふんっ! ああ、締め殺しがちょうど剣の上で動かなくなってな、抜き取れないんだ」

「そういうことなら、はいっ」


剣を投げ捨てたりするからそうなるんだ。エミックは、軽く石を蹴り飛ばすかのような、何でもないかのような気軽さで指先から火を出し、それを絡みついている木の枝のようなものに近づけて燃やした。


「なあ、魔法で直接枝を燃やすのはできないのか? 何でわざわざ火を出してから近づけるなんてことをしてるんだ?」

「魔法は生きている動物、植物に直接作用して傷つけることはできないからね。面倒だけどこうするしかないんだよ。生けるもの、魂を持つものには魔法は効かないからね」

「ふーん」


確かに言われてみると、俺の力も、生えている植物を炭化することは出来ても、直接動物に作用することはできない。だが、この力は魔法の類ではないことは再確認できた。


「待たせたな」

「うん? その剣の刃先、随分とボロボロだな?」

「ああ。木の枝をこれで何回もぶった切っていれば、こうなってしまうものだ」

「じゃあ俺が直してあげようか?」


左腕を気遣いながら、シルナの剣を渡してもらい、それを地面に置く。手を刀身にかざして、撫でるように全体をくまなく整形していく。今この場で鉄を新調することは叶わないので、欠けているところを刃の他の場所から均一に持ってきて、全体を整える。ほんの一回りだけ小さくなってしまうが、それは仕方ない。代わりに、酸化した部分を還元して、刃をより鋭くしておいた。


「はい、こんなもんでどう?」

「おお! すごいな、新品同然じゃないか!」


まあ、喜んでもらえたら幸いだ。


「この綺麗さ、修復のすごさ、金を払っても良い程の腕前だ!」


あっ…… そういえば、と俺はとある店で働き始めてことを思い出した。


「くそったれがあああああ、金を稼ぐチャンスを自らドブに捨てるとはあああああああ!!!」

「どっ、どうしたの、ティール君?」

「くそっ、稼ぐチャンスが! 稼ぐチャンスが! 稼ぐチャンスが!!」

「とりあえずわかったから、金の亡者みたいな叫び声はわかったから」

「あ、ああ、私は払っても構わないぞ、せっかくこんなに綺麗にしてもらったわけだしな」

「それは違うんだよ、それは!! ダメじゃん、後から金取ったら。それは違うじゃん、なんとなく悪い気がして受け取れないじゃん、最初に言っておかなきゃダメじゃん、こういうのって」

「うん……」


落ち込んだのでその場にうずくまってしばらく後悔の念にうなされることにした。


「まあ、しかたないか」


思い悩んでも仕方がないと勢いよく立ち上がってそう言った瞬間に、ため息が両耳に届いた気がしたのだが、気のせいだと信じさせてもらうことにしよう。


 さて、森の迷宮に捕らわれて帰路を見失ったりといった不幸は降りかかることもなく、無事に森を出る一歩手前まで来たそのときのことだった。


「この地響きは何?」

「もしや、魔族の襲撃か?」

「いや、違う、もっと何か凄まじいものが地面に叩きつけられた感じじゃないかな?」


巨大な地面の縦方向揺れに、轟音、そして風が遅れてやってくる。


慌てて駆け出して、何が起きたのかを把握しようとした。後からすれば、エミックの発言は、まさに的を射た表現だった。


すなわち。かの天空都市国家リュノエルが、天に浮かぶ岩盤の領土が、そのまま平原へ墜落したのである。

ここから先、受験の影響で更新がかなり衰えます。(※ 一月、二月中はほとんど書けません)

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