4. ものは試し
「つか、何をどうしたらサビをそのまんまの形で金属に戻すことができるんだ?」
俺はただ金属をそのままの形で還元しただけなので、サビでボロボロになった状態のまま形だけを保って刀身が姿を現した。金属結合自体を自由にいじることができるのか? もしできたらこれを刀の形に整形することもできるかもしれない。そうすれば店主さんももう一回驚くだろう。
試しにやってみると割合とすんなり出来た。店主は目を見開いて丸にしたまま、口を開けて絶句している。生まれたての赤ん坊が逆立ちしながら走り出したのを見たときにもこんな顔をしそうだ。
「お前……それは魔法の一種か?」
「違いますけど」
「は?」
「僕は魔法が使えないので」
こう答えると、店主は状況を飲み込むのに必死そうな顔をして、しばらく無言で突っ立ったままになってしまった。さすがにちょっとやりすぎたか。楽しかったけど。
「こんなこと聞いても何にもならない気がしてやまねえんだが、お前、どうやってやった?」
「一応説明はできますけど……」
「いいから言ってみろ」
「サビを還元して、酸素を空気中に分子として戻しただけです」
「おう分かった。要は、なにもわからねえってこった」
店主は何かを考えるような顔をして、腕を組み手を顎に当てた。なんだか話しかけてはいけない雰囲気だったのでしばらく黙っていると、
「じゃあ俺は、こいつに使う必要もない道具の説明を延々してたってことになるのか?」
あっ、まあ確かにそうはなるが。なんだがすごく申し訳ないことをしてしまった気がする。これじゃまるで、海辺で作った砂の城を軽々踏み潰してしまうような苦労の無駄に仕方だ。
「お、俺の独自の技術……長年培ってきた技術をこんなにもあっさりと……」
謝らないといけなそうな気がした俺は、呆然とする店主に深々と頭を下げた。店主は俺に頭を上げさせると、取り敢えず体裁を整えようと言い出した。
「よ、よし、じゃあ次は、金属の種類についてだ、これは」
「銅」
「お、おう、速いな。じゃあ、こ」
「左手が白金、右手が銀」
「なっ…」
さっきから化学結合を操作しているときに感じていたのだが、元素によって受け取る感覚が違う。それによって元素を見分けることができるのではないかと思い、ほんの一部を結合を一度切って直後に戻すことをしたところ、どの元素であるか直感的にわかったのだ。
先程から店主は何やら探してガサゴソしているようだ。銀と白金と同じく、光る灰色の金属を奥から出してきて、俺に聞いた。
「じゃあ、これはなんだかわかるか? これはなかなか手に入らない金属だからなあ、なにせ、金属とは思えないほどのこの軽さが」
「アルミニウム……ですか?」
「……」
その反応からするに、正解ということでいいのだろう。試しに軽く結合を操作してみると、確かにアルミニウムっぽい手応えが帰ってくる。だが、アルミニウムを金属の形として取り出すなんて、かなりの技術力を持っているな。相当の電気力が必要なはずだ。先日学府図書館で見たアルミニウムの電解精錬の論文は、もう既に実用段階まで行っているというのか?
「そのアルミニウムはどこから手に入れたものなんですか?」
「ああこれか。これは知り合いの人からもらったやつだ。鉱石から金属を取り出す仕事をしてる人でな。この金属は何でも取り出すのが難しいらしくてな、なんでも炉に入れて溶かすだけじゃあダメで、なにやら特殊な装置を組んでやらないといけないらしい。
希少性が金と同じくらいなもんで、一部は熟練の職人に加工されて、王族に献上されてるんだ。ま、俺もそん中の一人に選ばれてるってもんよ。これはそんときの余りの部分だ」
材料の余りの部分にしては大きすぎる気もするが、まあツッコムことはやめておこう。
「まあ、この程度の量じゃあ何かを作るには半端だし、かと言って捨てちまうのもちっと勿体無い大きさをしているからな。ずっとこのまま取ってあるってわけよ。
にしてもお前、よくこんなのがわかったな。正直言ってこればっかしは絶対に知らねえと思ってたのに、なにせ一般には出回ってるものじゃかねえからな。お前さん、どこでこれのことを知っていた?」
別の世界の知識で知っていました、なんて答えても頭の中がお花畑だと思われてしまいそうだったので、適当にかわして答えた。
ともあれ、これで金属はいくらか自由に使えそうだ。そこら辺に転がっているものを適当に使えばいい。あるのは鉄、銅、それから使うことにちょっと抵抗がある貴金属の金、銀、白金、それからスズや鉛、亜鉛なんかもある。アルミニウムはごく少量あるが、店主が大事そうに取っておいてあるのを考えるに、使うのはやめておいたほうが良さそうだな。今度鉱山に掘りにでも行くか。
その日の学校では体力測定があった。昔から体力だけには自信があり、筋力はそこそこで人並み、もしくは人並み未満だが、走り続けることに関しては得意で、友達との遊びではほぼ負け知らずだった。おかげでクラス内では、長距離走を先頭で駆け抜けることができた。
「さすがだね、ティール君」
「昔から体力だけには自信があったんだよ」
エミックにはようやく名前を覚えてもらえたみたいだ。
「君の場合、多分だけど魔力を体外に出すことができないから、他の形、つまり体力として消費しているんじゃないかな。だから常人と比べて高い体力を持っているのかも」
「へえ。詳しいんだな」
「まあね。親がどっちも魔法に関連した職業だからなのかも」
「どういう仕事?」
「父さんは冒険者で、母さんは理論研究家、かな」
ふーむ。道理で魔法の授業では、うちのぽんこつ魔導士アーツ先生より説明が上手なわけだ。しかも実技もかなりのやり手だったし。きっと、お前は子供のときからそういった技術をバンバン叩き込まれたんだろ?
「その通り、だよ」
エミックは少し目をそらし、力なく寂しそうな微笑みを浮かべだように見えた。
「まあ、僕なんかよりよっぽどすごい人はたくさんいるけどね」
「ああ、うちの先生も腕前に関してはすごいってのが素人目の俺にもわかるよ」
「そうだね。あの人はああ見えてかなりすごい人だよ。魔法の発動から具現化まで全部手動でやってるんだから」
「手動? 手動っていうのはどういうことだ?」
「ああ。例えば火を出すとき、火の強さ、位置、大きさ、その他の色々なものを頭の中で想像して詠唱をすることで、魔法素子へ干渉して魔法が実現するんだ。
詠唱っていうのは、既に身についている魔法素子への確立された干渉、操作、構成方法を無意識的に自動で行うための、いわゆる一種の合図みたいなものだね。
だけど、あの先生は教えるとき以外は、各段階での魔法素子への干渉と操作を毎回毎回頭の中で組み立ててやっているんだ。火を操る魔法で言うなら、発火させたり、火を移動させたり、強さを変えたり、っていうのを細かく操ってるってことになるよ」
「なら、毎回全部手動でやればめちゃくちゃ強いんじゃないのか?」
「そうでもない。そもそもの話として、手動で干渉、操作するのは難しい上に手間がかかって、集中力を要するんだ。確かに自由度は上がるけど、戦いの中で使うなら、常に精神を平坦に保って、すごく集中しなきゃ、まず無理。
それに、手順を間違えたりとかしたら、魔法はうまく発動しない上に魔力を無駄に食っちゃうんだ。自動化するのは、操作をミスって魔力を大量に失ったりしないようにするためっていうのも大きいね。
手動を使いこなせるなら、自動化した詠唱より若干強いだろうけど、発動にかかる時間はどうしても詠唱より長くなりがちなんだ」
「ふーん。まあ、確かにあの先生、入学初日に教科書を机に出そうとして失敗してたもんな」
「そういえばそんなこともあったね。まああれは、空間転移してたんじゃなくて、教科書をみんなの目に見えなくして、全部を机の上に移動させてただけなんだけどね」
「え!? そうだったの? 騙されたわ!」
「あのときの先生の魔法素子への干渉の仕方は、明らかに空間転移のものじゃなかったからね」
「そうなのか…… っていうか、魔法素子への干渉の仕方って、わかるもんなのか?」
「うん。大体はわかるよ」
やっぱり、こいつは相当すごいやつだということを改めて感じた。かなり理論に詳しいらしい。これもきっと母親譲りなんだろう。
魔法の一切使えないこの俺でも、魔法素子への干渉があったかどうかは、おぼろげながらもなんとなくわかるものだ。だが、さすがにどんな干渉を受けたかを感じて情報拾い集め、どんな魔法になっているかを頭の中で組み立てるなんてことはできそうにない。
「ああそうだ、もし良かったら、明日モンスターをハントしに行くから、一緒に来る?」
「え? まあ空いてるし、行こうかな。そうとなると、ちょっと誘いたい人がいるんだけど、いいか?」
「うん、もちろん」
誘うとなれば、あいつだ。
「なあシルナ?」
「なんだ、ティール?」
「明日エミックとモンスターを倒しに行くんだが、お前も来るか?」
「なるほど、このシルナさんの剣の腕前がほしいってことだな? もちろん行くさ! この私の剣技を見せてあげよう!」
この男勝りな女は、うちのポンコツ担任の授業に剣を持ってきて、竹刀に術式を刻印してもらって光の斬撃(仮称)を放とうとした、いわゆる一種のバカだ。まあ、それに悪ノリしてやった結果、物置小屋の屋根を危うく吹っ飛ばしそうになるという状況を作ったこと自体、うちの担任もおかしいと言えばおかしいんだが。……ん? というかそもそも大体の原因はあの人にあるんじゃないのか?
まさにこの瞬間、何かしらの重要な真理に気付いてしまった気がしたが、まあとにかく。そのおかげで、今では怖そうな外見とは全然そぐわない性格がみんなに知れ渡っている。ちなみに俺の中ではポンコツ二号と呼んでいる。
こいつが戦闘に役立つのかどうかは……、うん、結果にはあまり期待しないでおこう。