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錬金術師の不完全周期表  作者: 秋月 空
錬金術の始まりと終わり
4/7

3. 才能らしきもの

 ちょうど家に帰ったときには、既に食卓は料理を並べられていた。今日一日ほとんど動いていない、というより、昏睡していたにもかかわらずお腹が空いている身としてはかなり嬉しい。珍しいことにケンザス、この家の家主も帰ってきていた。


「なあケンザス」

「どうした?」

「ちょっと学府の図書館を使いたいんだけど、入館証をもらえないかと思って」

「ああ良いが、何を調べる気だい?」

「錬金術」

「ほう。それに興味が湧いたのか。先生の差し金か? とりあえず後で渡すよ」


本当は錬金術に興味はあまりない。というのも、錬金術は『これとこれを混ぜたら良い感じに何か起こるんじゃね?』といった軽いノリで人の尿を濃縮してリンを発見したりした、いわば化学の前身だということを知っているからだ。

化学に関する知識を十全に手にした今ではそういったことはあまり興味がない。せいぜい、科学者にとっての科学史程度の価値しかない。


食事を終えた俺は、自分に宿ったらしい能力を試してみることにした。これで何も起きなかったら恥ずかしいのでもちろん一人だ。まず手始めに思いついたことと言えば、炭の塊を燃やすこと。そんな訳で、炭の塊を直に持って燃やしてしまった俺の手がどうなってしまったかは言うまでもない。

だが、手を水で冷やしつつ遠くから燃やしてみようとしても無理だった。どうも近づかないと効果が薄いようだ。距離の二乗に反比例というあれなのだろう。

その場にない原子を新しく作ったりということは無理らしい。つまり、この状態で使える元素は、水素、酸素、窒素、炭素、あとタンパク質からちょっと取れる硫黄くらいということになる。金属を扱いたくなった俺は、自由に金属を手に入れられる場所を思いつき、翌日そこを訪ねようと決めた。



 翌日の学校で受ける授業のうち、算数や理科は全く聞く必要がないじゃん! ということに気付いてしまった俺は、授業中ボーッとして過ごしていた。学校が終わって早速目的の場所に向かった。すると道中で後ろからメールに話しかけられた。思えば彼女、東の方に住んでいるという話だった。

「それじゃ、私はこっちだから。また明日ね」

「おう」

メールと適当に話をした後、別れてから少し歩いて探し回ったところ、目的の店は見つかった。普段こっちにほとんど来ないし、来るときもただ他の人について歩いていくだけだったので、当然道など覚えているはずもなく、迷路を思わせる複雑に入り乱れた道路と賑わう人のせいで時間を食ってしまった。


店内は少し薄暗く、色んなものが所狭しと並んでいた。


「すいませーん」


奥からガサゴソと音がして、店の人が姿を見せる。こういった店では店主は体がゴツいのが相場みたいなものだ。


「小僧、うちの金物屋に何の用だい?」

「ここで働かせてくれませんか?」

「……」


さすがに急すぎて驚かれてしまったか。だが他にどうやってきり出せと言うんだ? 仕方ない。


「見たところ、あんたはまだ子供だろ。親御さんには言ってあるのかい?」

「いえ、まだですけど」

「なら言ってから来なさんな。そしたらここで色々教えてやるよ」

「そうですか、ありがとうございます」



 翌日、二人に金物屋で働きたいと言ったときには驚かれたが、すんなり許可をもらった俺は、とりあえず学府の図書館へ向かうことにした。ここに来るのは初めてではないが、それでも、静寂とした空間、年代物と思われる本の何とも言えない微妙な匂い、そして本が整然と配置されている様子にはいつも圧倒される。


記憶が正しければ、錬金術は名前の通り金を作ろうとしたことから始まったはずだ。そしてその方法はもちろん世に明かしたいと思うはずもなく、一人で行う禁術のような、一種の秘密主義的な意味合いが大きい行為だった。だが、金を作ることができた人はもちろん今のところいるはずもなく、失敗から生まれた発見を共有する動きがここ数十年で見られるようになってきたらしい。


とはいえ、情報共有が行われてからまだ歴史の浅い学問ということになっているため、失われた発見というのも多いだろう。この図書館でもそんなに情報は見つからないと予想している。もちろん化学の知識をフルに入れた頭からすれば錬金術など子どものお遊びに過ぎないが、それでも単純な好奇心から調べて見たくなった。


錬金術関連の本棚には、ちゃんとした本は少なく、論文が書かれた紙をまとめた束がたくさん並んでいた。それらを適当に読み漁ろうとしたが、最初の四五刷目で心が折れかけた。漠然と何かと何かを混ぜたら何かが起きた程度のことしか書いていないものばかりで読む気になれない。


適当に表紙だけパラパラと流して見ていると、ある論文に目が止まった。その論文の内容は金属の精錬。さらには電気で精錬を行っているらしい。錬金術の情報共有が始まったばかりの先駆期であることを考えると、この発見は随分とすごいな。


気になった俺はもうちょっとその論文を見てみることにした。見たところアルミニウムらしき金属を鉱石から取り出すことに成功しているらしい。だが、いくら何でもこの発見は先見の明があるというレベルではないような気もするが……

驚くべきことに、鉱石の融点を下げるための方法まであった。違和感を覚えつつも、まあこういうことを発見する人はするんだろうと思って、深く考えずに棚に戻した。


もう他には目ぼしいものもなさそうだし、せっかくだがここらへんで切り上げることにしよう。と思ったがわざわざ学府の図書館にまで潜り込んでいるわけだから、他の本棚も明後日見ることにした俺は、数学や物理の本棚を片っ端から舐めるように制覇し、気が付くと日がそろそろ沈む頃だった。

図書館を出ようとした俺は、再びここでもメールに遭遇した。


「よ、メール。ここで何したんの?」

「え? ああ、ティール。ちょっと、調べたいことがあって」


そう言って、彼女は奥へ消えていった。こんな時間にまでやってきて調べたいことってのは一体なんだろう。ここのところメールにはよく遭遇するなと思いつつ、今度来るときは魔法関連の本も見てみようと思って、日が沈んだ直後の淡い色の空の下、図書館を後にした。



 次の日、金物屋の店主に話をつけに行ったら店主に驚かれたが、正式に働くことを認めてもらった。店内をよく見てみると、商品がおいてあるというよりは、部品がたくさんおいてある作業部屋に近い、といったところだろうか。となると注文を受けてから作っているんだろう。


「そういやまだお前の名前を聞いてなかったな」

「ティールです」

「おうわかった。じゃあ早速だが、まずは剣の研磨から見てけ」


やっぱりそういう感じの仕事が多いんだろう。店主の後に続いて奥の部屋へ入ると、そこは表よりさらにエントロピーの高い乱雑な作業部屋だった。奥には溶接に使うであろうものが見える。


「もうほとんど俺がやっちまったから分かんねえかもしれねえが、この剣は依頼主から受け取ったときには錆びていてな、それを落とすために磨いたってわけよ。まあ、普通にヤスリでガシガシ磨いちまったら剣が一回り細くなっちまうが、それをなるべく抑えるためにサビの部分だけを丁寧に落としていくのはなかなか難しいもんだ」

「あ、でもまだ柄の近くにちょっと残ってますね」

「おう。上からやっていったからな。じゃあ俺が今からやるから」

「それ、やらせてもらえませんか?」

「……それはちっと困るな。やる気があるのはいいことだが、お客さんのものをいきなりいじらせるのはできねえ。これが終わったら他のボロっちいやつで試させてやるよ」


そう言って店主はわずかしかないサビを丁寧に落とし始めた。力仕事を連想させる太い指はその見た目に反した繊細さで、刀をきれいに磨き上げていく。最後に何やらクリーム状のものを塗ったかと思うと、またたく間に刃こぼれもなく鏡と謙遜のないほどきれいな姿になった。


「まあこんなもんよ。ここだけの話だがな、この剣の持ち主はおそらく王族の近衛騎士団の一人だ。だがあんまり客の素性とかそういう話は外にするなよ? 何かに巻き込まれてもおかしくねえ。この秘密はお前がうちのところで働くのを認めた証として飲み込んでくれ」

「わかりました」


その後ひとしきりの説明を受け、道具の使い方を教えてもらった俺は、ようやく金属を扱わせてもらえることになった。


「じゃあ今日の最後の仕上げとして、さっきお前が言ってたサビ落とし、これをやってみろ。本物、とはいってもちゃちなやつだが、この剣で試してみな」


単純に金属を扱いたいという本来の方向性とは大きく外れてしまったが、普段の生活では触れる機会がないものを色々見ることができたので結構楽しかった俺は、ここに来てようやく元々の目的を思い出した。


「よし、じゃあ始めます」


剣に手を近づけて、とりあえずサビを取ることから始めてみた。ゴシゴシこするのもいいが、ここはせっかくなので酸化した金属を還元することで純度を高めようとしてみた。


「ん? お前、何をしたら一瞬でそんなにきれいになるんだ?」


一瞬できれいになった剣を後ろから覗き込んだ店主は、怪訝な顔をして立っていた。

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