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錬金術師の不完全周期表  作者: 秋月 空
錬金術の始まりと終わり
3/7

2. 知識復活

 夢。よく見る夢だ。いつもと同じで、そして、いつもと同じじゃない夢だ。自己の意識がはっきりしていて、明晰夢よりもはるかに明確で、自身が完全に覚醒しているような感じすら覚える。自分はこの空間で何をしているのだろう? 周りに映る景色はいつもと同じ、ビル、ビル、ビル……、待て。なんでこの角ばった建物のことを「ビル」と呼ぶことを知っているんだ? あれは自動車。あれは電車の走る線路。あれは電線を支える電柱。あれは……

見えている物の名称が、精彩を欠いていた色を取り戻すかのように記憶に流れ込む。聞こえていなかった音もいつの間にか聞こえる。空気が肌を撫でる感覚すら戻る。地面に両足で立つ感覚が、自重の感覚が、自分が確かにこの場にいることを主張している。違和感がなさすぎてむしろ違和感が噴き出てくるほどに、現実味を帯びている。


ああそうか、これは確かにあった「世界」だ。こんな世界が、どこかに確かにあった。それをはっきりと確信する。そして、自分がそこに確かに存在していたことも。


それにしても、この世界で、自分は一体何者だったんだ? 他の誰かの記憶はない。出来事、思い出に関わる記憶が欠落している。この中途半端な記憶は、少し気味が悪い。自分の意識はあっても、体はこの世界にはない。誰にも認識してもらえることはない。雑踏の中世界から一人取り残されたような喪失感が、急に体を襲った。怖い。もう見たくない。こんな世界にはいたくない。


そう思って目を閉じ、自分だけの、暗闇の世界に閉じこもった。周囲の景色はなくなり、あたりはすっかり漆黒で塗りつぶされた。


「一気に流し込みすぎてしまったみたいだね。失敬失敬」


声が聞こえた。姿は見えない。しかし、こちらへ歩み寄ってくることはなぜか直感的に理解した。


「君が見た景色は、君がこの世界へ連れて来られるより前に君がいた場所での君の記憶だ。

今君に記憶を流したのは、こちらの大変な世界へ君の承諾なしで連れてきたことに対する一種の埋め合わせ、とでも考えてくれれば良い。

そちらの世界は魔法を行使できるようにしてあるみたいだけど、どうやら君の体質では無理なようだから、代わりと言ってはなんだけど、元いた君の世界での知識を参考に、原子同士の結合を自由に操作できる能力を付加しておいてあるよ。

こちらの方面には疎いから、あとは自分でなんとかしてくれると助かるよ。それじゃあ、倒れた君を心配している人たちのところへ帰ってあげてもらえるかな? それから、また会うこともあるかもしれない。そのときは、よろしく頼むよ」


その存在は、長々としたセリフを突きつけてきたあと、確かにこの場から雲散したことを感じ取った。言われた言葉の意味を咀嚼することが出来ず、呆然とするばかりだ。そもそも、ここは一体どういう場所なのか。夢の中であることは間違いないようだが、覚醒時と同じような確固たる意識はある。


自分がいる場所に、トンネルの向こうからのような、響き渡る声が聞こえた。何を言っているんだろうか。さっきの得体の知れない存在の語りかける声とは違う、実体を持った声だ。何を言っているのかが分からない。――ああそうか、俺は戻るのか。今いるこの世界に。



 目が覚めた俺は、眩しい光に目を慣らしつつ、周りをぼんやり見回してみる。医務室のようなところに運ばれて寝かされたみたいだ。なんでここで寝てるんだっけ? ああ、と思い出す。魔力的な何かが俺の体の中で暴発したんだな。時間の感覚がないので、今がいつかがよく分からない。


寝ようとしてみたものの、目を閉じても眠気は全然なく、むしろ体がこれ以上寝るのを拒否したいと言わんばかりの不快感を発してくるから、体を起こしてベッドの上に座って上半身を壁に寄りかからせ、漠然と夢で見たことを考えていた。

今まで見てきた不可解な夢の謎はある程度解けた。もしこの夢が単なる妄想ではないとしたら、どうやら自分はこことは異なるどこかの世界で暮らしていたらしい。らしいというのは、別に完全に記憶があるわけではないからだ。その世界で誰と、何をしたか、その思い出の部分は大きく削られている。


ただ、知識関連の記憶はかなり、元の世界で持っていた分を完全に復元された。単なる妄想というにはあまりにも理路整然としすぎていて、まるで高度に進んだ文明の知識を無理やり詰め込まれたようで、さっきの夢をただの夢という言葉だけで片付けることはできない。ここらへんの記憶事情は、直感的にはどうもあの夢に現れたあいつが関わっているのかもしれない。


どうこう考えるよりもまず気になるのは、さっき、化学結合を自由にいじる能力を与えたとか言われたことだ。原子同士の結合を自由にいじるなんてことができたら、間違いなくノーベル賞級の代物だろう。これがあれば事実上何でもできるんじゃないか。でも使い方とか制限とかそういった類のことは何も言われていない。説明不足を恨むぞ、全く。


「あ、起きた?」


ん? そういえば、爆発したんだっけ。


「調子はどう? 大丈夫そう?」

「大丈夫そうです。先生、あれは何が起こったんですか?」

「あ、あれはね、石からの魔力があなたの体内に入ったあと、体外に放出されずに中で循環しちゃって外に出られなくなってしまったことで起こった暴走よ。

1〜2割の人が魔法を使うことができないのは、この放出が常時だだ漏れ状態だから起こるもの。体内に溜めることができないと、魔法を具現化することはできない。あとはまあ、あの場にいた人なら、単に魔力の放出の感覚がつかめていなかったからかもしれないわね。

でも、あなたの場合は珍しい。残念だけど、あなたには体外に魔力を効率的に放出する機構が備わっていないと思う。詳しい診断は私にはできないけどね。

体内に魔力を吸収させると、それが外に出られないから、元からあった魂を圧迫して意識を失ってしまうわ。ちょっと言いづらいけど、おそらく、魔力を持った石を使っても魔法は使うことができないと思う。魔力があなたの体には毒になっているのよ」


「あの測定のときにも言ってたと思うんですが、魔法素子とかとはまた違うものなんですか?」


「ああ、よく覚えてるわね。魔力と魔法素子は別物。魔力も魔法素子も魔法を使うためには必要なもの。

魔力は個人が魔法を使うために発する力のこと。その力で魔法素子に干渉することで、実際の魔法が具現化すると考えられているわ。こういう魔法の理論的な部分に関してはよくわかっていないことも多いらしいの。

でも、魔法素子は至るところにあって、体にある魔力とは全くの別よ。例えると、魔力は体力のようなもので、泳ぐのが上手な人は少ない体力で遠くまで行ける。けど、下手な人はあんまり遠くまで行けない。この場合、魔法素子というのは泳ぐために必要な海の水のようなものね。要は、魔法素子は魔法を具現化するもので、魔力は魔法素子を有効化するために必要な体力みたいなもの。

最初にやった計測は魔力を放出する最大量、二番目の計測は魔法素子に干渉するために必要な魔力量を図っていたわけ」


なるほど、魔力を外に出すことができないから、どっちの計測器も何も起きなかったってわけか。前の世界の知識には科学的なものが多いから、科学的な考察を加えてみようと思ったんだが、そういったことはある程度理論的に調べられているのかもしれない。前の世界では魔法なんてものは童話の中にしかなかったから、その仕組みが知りたいような気もする。これで更に自分でも使えたら良かったんだが……。


ここで、俺は外がほんのり暗くなり出していることに気づいた。どのくらい眠っていたんだろう。


「先生、今は何時ですか? というか、外が暗くなりだしてる気がするんですが」

「ああ、学校はもう終わったから、帰れるなら帰ってもいいわよ」


そういうことか。学校生活の一日目は災難な日だった、ということか。俺は肩を落としつつ、荷物を持って、先生の挨拶を身振りで返し、とぼとぼと帰路についた。

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