1. 才能皆無
「魔法科……」
「そうだ、まずは教科書を受け取ってもらいます」
ん? 40人分の教科書となると随分な量になるな。どこに受け取りに行くんだろう。すると、先生が微笑んだ表情になった。
「どこに教科書があるんだろう、って顔をしてますね。ふっふっふ。よく見ていてください」
まさか、魔法で教科書を出すんじゃないだろうな。それはそれで便利そうではあるな。
「はい!」
……。指を鳴らしたけど何も起きないのだが、これはいわゆる恥ずかしい失敗というやつか。
「あ、あれ? い、いやそんなはずはっ」
あからさまにテンパっているが、二日酔いなら仕方ない。認めてしまったらどうだ。
「えい!」
泡の抜けたビールのような掛け声と一緒に、目の前に急に本の束が現れ、ドンッという大きな鈍い音とともに教室が揺れた。自分の目の前には視界を覆い尽くす……にはギリギリ至らないほどの教科書の山。そして周りの生徒の机にも同じものが乗っていた。どうやら、全員の分を一斉に出して、それが同時に机にぶつかったために相応の衝撃が教室に響いたらしい。なかなかに派手なことをやってくれる先生だ。即座に教室の至るところから感嘆の声が上がった。やけに嬉しそうだな。先生。子供か。
その後、可もなく不可もない、普通に普通な自己紹介を終えた自分は半分他の人の自己紹介を聞きつつ、もう半分では魔法について考えていた。健全な精神を備えた男の子ならば誰でも一度は魔法に憧れたことがあると言っても過言ではない。いやだってほら、分かるだろ?
真似事で遊びのときにそれらしくやってみたことは誰でもあるはずだが、所詮は子供のおままごとだし、日常的に魔法が使われる場面に立ち会っているわけでもない。せいぜい水を作ったりする程度が限界だ。それに、そもそも魔法が一切使えない人もそれなりにいるわけだし、魔法科の授業は評価が割れそうだな。できない人はひたすら退屈だろうに。願わくば、使えない人じゃないことを神様に祈ろう。困ったときは神頼みだ。とはいえ、仮に魔法への適性がなかったとして、それはそれで授業時間が睡眠時間に変わるというだけであり、睡眠は大の得意であるので、むしろそっちの方が自分の本領を発揮できるかもしれない。
そんなようなことを頭の中に思い浮かべながら、瞑想のように自らの世界に没頭していたため、メールに声をかけられてこの世界に意識が戻ってくるまでは、先生とクラスメイトが外へ出ていることには全く気が付くことはなかった。教室を出た自分たちは、どうやら先生の趣味で、まずは魔法科の授業の導入から始めるらしい。急だ。
「はーい皆さん、自分の番号が奇数の人は一つ後ろの番号の人と、偶数の人は一つ前の番号の人とふたり組を組んでくださーい」
と先生に言われ、28番の人を探した。名前は確か……エミックだっけか。なぜか顔と名前を一致させることに関しては一切苦労しなかったので、割合速く見つけることができた。思わぬ使えない才能を発見したな。
ともかく、エミックは自分を探してキョロキョロとしているので、自分から声をかけることにした。
「28番のエミック、だよね。俺は27番」
「あ、よろしく!」
うーん、なんとも爽やかな美少年だ。ただ身長が美少年の割には高めだな。
「二人揃ったところから先生のところに計測器を取りに来てくださーい」
「よし、じゃあ取ってくるよ」
「本当? ありがとう、27番!」
「あ、えっと……その、ティールっていう名前なんだけど……」
「え? ごめんごめん、人の名前覚えるのって苦手で……えへへ」
ちょっと番号扱いされて心が傷ついたとか、そんなことは全然ない。全然ない。
計測器は何やら中心に鉱石のようなものがきれいに削られていて、上から下に突き通された細い棒に周りの円盤が固定されている代物だ。円盤の一端には針がついていて、これが振れることで何かを測るのだろうか。
「じゃー、計測方法を説明するわねー。まず、真ん中にある赤晶石を貫いている棒があるでしょ? それの上下を左右の手ではさんでください。そして、体の中にある魂の一番外側の層を水に溶かすように体外に放出するイメージで、魔力を赤晶石に流し込みます。そうすると自然と針が振れるはずです!」
「あ! 針が振れてる!」
晩ご飯が自分の好物だったときの子供のような無邪気さで、28番は喜んだ。もとい、エミックは喜んだ。というか、いつの間に計測器を自分から奪い去ったんだろう。
「はーい、じゃあそのまま自分の持てる最大限の力で、針を行けるところまで持ってっちゃってください。その間に、ペアの人は、針の数字を見て覚えておいてくださいね〜」
ふーむ。なるほど。全然わからん。えーと。最高で100のうち、71か。そもそも何を測っているのかすらわからんので、高いか低いかすごいか普通かよくわからない。さて、次は自分の番か。
……。あ、あれ? 振れないぞ?
「うーんおかしいね。さっき僕がやったときは振れたのに……」
ふん! 体中のありったけの力を込めて、動け! ……、ダメでした。
「いや、体に力を込めるんじゃないよ、体の中に意識を込めて、魂の周りを囲ってる魔法素子を外ににじませるようにして、手から石に向かって出すような感じだよ」
なるほど、どこかの二日酔いポンコツ先生とは違ってわかりやすいね。こんな感じか? 目を閉じて全身全霊自分の体に集中してみる。
「……どう? 振れたか?」
「……全然」
うん、わかった。これは、あれだ。さよなら、魔法人生。楽しかったよ、君をバンバン使って活躍できる頭の中の自分。今生の別れだ。
「じゃあ、計測が終わったところから先生のところに来て結果を教えに来てくださ〜い」
「僕が行くよ、気にしないで、他の人には聞こえないようにするから」
わかりやすく気を遣われてしまった。針がまるで大地に深く根を生やした大樹のようにびくともしなかったのは、確かに気にしていないことはないけど。
エミックは別の計測器を持って帰ってきた。今度は何を測るんだろう。
「次も同じようにして計測器を持ってください。そしてさっきと同じ要領で針を振れさせます。今度は全力を出さなくてもいいので、できるだけ少ない力で中心にある石を光らせてください」
この黄色の石ねえ。ほんとに光るのだろうか。さっきの不甲斐ない結果により若干の不信に陥ってしまった。もちろん先手は彼に譲ろう。うん。結果はどうせ見えてる。エミックは普通に黄色の石を光らせた。針の振れは……最大値100のうち5、6といったところか? やけに小さいな。どれだけ少ない力で光らせられるかを測っているんだから、小さいほうが良いのか。わからん。
計測結果だって? そんなもんわかりきってるじゃないか、ちっとも光らなかったね。ああ。これが人生だ。
計測が終わった自分たちは、外から教室へ戻るはずだった、のだが。先生の一言が、自分が帰ることを許さなかった。にしても、教室の外で計測をやる意味とは一体何だったんだろう。まああの先生なら意味なんてないかもしれないけどね。
「ここに残ってもらった皆さんは、計測の結果針が振れなかったり、逆に振り切れてしまった人たちを集めています。じゃあまず二番目の黄光石のアレで振り切れちゃった人、おいで」
該当しないのでパス。ここに集まってる10人(自分を含む)は災難だな。いざ睡眠に入らん。
「次は、最初の計測器では針が振れなかったけど、二番目では振れた人。その人たちは、赤晶石が合わなかったのかもしれないから、別の測り方にするわね」
ふーん、石にも合う合わないがあるものなのだろうか。と、睡眠中の夢うつつとした感覚でボーッととりとめもないことを考えていると、チュドーンという音と共に衝撃波的な何かが肌を撫でるように通り過ぎていった。慌てて目を覚ますと、なにやら焦げ臭い匂いと煙が五感を通じて頭に入ってきた。なんだなんだ?
「こうやって使うのよ。どう? 私の魔法の威力? じゃなくって、使い方、大体わかった?」
あ、わかったぞ。この先生は、多分見せびらかしたいんだろう。自分の魔法を。子供だな。
「子供の心を大人の今でも持ってるんですー」
はいはいそうですか。まあ悪い人ではないことは確かにわかるし、別に気にしないね。自分がやったときには、どっちの計測器も死んだ魚のように動かなかったのでこれも関係ない。あと、外でやる理由はわかったが、全員外に出す必要はなかったんじゃ? この件については、深く考えないことにしたい。
「最後に、どっちの計測器もびくともしなかった人。その人たちは、魔力の外への出し方がわかっていない可能性があるから、外から強制的に魔力を内部へ入れてそれを外に排出させる方法で、魔法への適性があるかどうかを検査しますね。適性がない人は、ちょっと苦しいかも」
外部から強制的に……適性がない人は苦しいかも……って、それ、酒に弱い人が無理やり飲まされてる場面のことを言ってるのか? どうもこの人が魔法について何か言っても、全て酒のことに変換される翻訳機が既に頭の中に構築されたみたいだ。
「じゃあまずは君からいってみようか」
早速目をつけられてしまったようだ。ついてない。渡された石らしい何かを手に持っているように言われた。早く終わらせたいので大人しく従うことにしよう。
「じゃあ始めるわね」
どうせさっきと同じように何も起きないのだろう。無駄な期待をして後で落胆するのはごめんだ。しかし、さっきから手に持ってるものが光りだしているような気がするんだが……
「じゃあ行くわよーー!! あっ」
――急に強い光と一番嫌なセリフ「あっ」を最後に、意識と記憶はそこで途絶えた。