さっさとこうなれば良かったんだbyココア
ハツカがパシリに行って独りになったあたしは、
エメラルドグリーンのジャージを来た、ガラの悪い自称超能力者テイゴに絡まれる。
思い出したけど、色があんな感じのゴキブリがどっかの国の森に居るらしい。
そいつが拳銃であたしを脅して好き勝手しようとしたとこに、ハツカが戻って来た。
あたし自身はもうどうにでもなれだけど、
拳銃に気付いてないハツカをなんか巻き込みたくなかったから、
あたしは有る事無い事言って帰らせようとしたのに、向こうも意地を張ってくる。
何よあんた、死にたいの?
……あんた、も。
「ハツカ逃げて!こいつ銃持ってるのよ!」
あたしがバラすのと同時で、
テイゴはあたしを捕まえてこめかみに銃口を当てた。
硬くて冷たい感触。
次の瞬間には撃ち殺されてるかも知れないってのに、不思議と怖くない。
アツシに鍛えられたかしら、なんてね。
あはは。
「今すぐ消えろっつってんだろうが今すぐ!
でねえとバンだぞバン!」
「……オモチャだろ?」
これでオモチャだったら、あたし転げ回って笑い死にする自信有るよ。
「じゃあてめーの体で試してみようぜ体で」
『パァン』
テイゴはハツカ目掛けて適当に発砲した。
あと何発残ってんのかな。
「ぐっ!」
撃たれる寸前、ハツカは咄嗟に缶ジュースでガードしたけど、
あんまり意味無かったみたいで、右脇腹を押さえて仰向けに倒れた。
残念、あんたの推理に反してオモチャじゃなかったわね。
てかガードするなら、オモチャだろとか言ってないでサッサと逃げなさいよ。
馬鹿なんだから。
「ハツカ!」
あたしはハツカに駆け寄った。
テイゴの拘束が緩かったのも有るけど、それ以前にどうしてあたしは駆け寄ったんだろ。
なんか、考えてる事と行動がズレちゃってる。
「ココア、ちゃん……」
あたしはハツカの頭の左横にしゃがんだ。
ハツカが押さえてる右脇腹から血が流れ、公園の土に広がっていく。
胸が激しく上下、ハアハアと息が荒い。
ほっそいキツネ目だけど、そのまぶたの隙間からあたしを見てくる。
「馬鹿!だから言ったじゃない!消えてって!」
「ココアちゃん……」
激しい呼吸の合間を縫うように、ハツカが早口であたしの名を呼んだ。
「何よ!」
「どうして、ヒョウ柄パンツなんか、履いてるのさ」
あたしは反射的にハツカの左頬を下段ビンタした。
当然本気じゃないけど。
フジミヤにも言われたけどヒョウ柄パンツってそんなに変かな。
強いて言うならこれに限らず、あたしは毎日勝負下着のつもりだけど。
いのち短し恋せよ少女……ってね。
ダメダメだったな。
「それが遺言だったらどうすんのよ馬鹿!」
「いや、まだ大丈夫さ。
ココアちゃんの、為に買った、ぜんざいの、お陰さ……」
ハツカが言ったように、
すぐ近くに銃弾の入り口と出口、二つの穴が空いたぜんざいの缶が転がっている。
水やスポドリよりかは粘度が高くて威力軽減出来そうだけど、そんなもんなんだろうか。
「おいてめえらおい!」
ドーナツベンチの方で、何故か大人しくしてたテイゴが叫ぶ。
キッと睨むと、テイゴは両手で構えた拳銃を左右に細かく振り、
あたしとハツカを交互に狙っている。
どっちにしようかな、天の神様の……ってやつ?
「どっちの超能力だどっちの!?」
「何言って「オイラさ」
「この火事を起こしてんのはどっちの超能力だどっちの!」
この火事と聞いて周囲を見渡すと、確かにあちこちで火が上がってる。
そしてこれはハツカの超能力らしい。
じゃあ、あの時あたしが発狂アツシに襲われたのもこいつのせいか。
今更どーでも良いけど。
「オイラさ……」
「答えろよおい答えろよ!」
ハツカは2回も答えてるのに、声が小さいせいでテイゴには聞こえていない。
「やっぱココアちゃん嘘付いてたのかよ嘘!」
「あたしはクソザコ縁結びだって言ってんでしょ!」
「ってこたぁその赤ニットが火事起こしてんだな!?
トドメ刺して鎮火してやっからどきなぁココアちゃんどきなぁ!
そしたら俺の1週間モノのチンカス食わせてやんよチンカス!」
単細胞化してるあたしが言い返そうと立ち上がる寸前、ハツカがあたしの左手を握った。
握ったと言ってもかろうじてレベルの力で、しかもブルブルと震えている。
「ココアちゃん、オイラが、撃たれるから」
「その間に逃げろって?」
逃げ場無いでしょ。
どうせ行き場も無いし。
「俺ココアちゃん殺すの惜しいんだわ殺すの!
だから俺の逃亡計画の邪魔すんな逃亡計画の!」
あたしはハツカの手をバッと振り払って立ち上がり、テイゴと堂々向かい合った。
「あんた超能力者なんでしょ?
それで逃げたら良いじゃん。
あっ、もしかしてそっちが嘘だったりしちゃう?
悪口って自分が言われたくない事を他人に言うのよね?
あはは」
あはは。
どうしちゃったんだろあたし。
心に愛が足りなさ過ぎて壊れちゃったのかな。
「もう試したよもう!
でも無理だでも!
時間停止しても火はアチい時間停止しても!
無駄に使ってらんねえしよ無駄に!」
「へえ、時間停止。
時間制限あんの?」
「るっせぇどきやがれココアちゃんどきやがれ!
俺ぁ死姦はノーサンキューなんだよ死姦はぁ!」
「脳味噌の代わりに腐る程キンタマ入ってるあんたなら、
少なく見積もってもその鉛玉1発分くらいの価値は有ると思うけど?」
「ココアちゃん!」
挑発すんなって?
あたしの好意を突っぱねたあんたに言われたくないから。
「時間停止も銃弾も無駄にしたくねえんだよ無駄に!
つべこべ言ってねえでどきやがれココアちゃんどきやがれ!
死にたくねえだろうが死にたく!」
「死にたくない?
ハッ、あたしもう死んでるから」
「はぁぁ!?」
「考えてもみなさいよ。
この自他共に認めるナイスバディなあたしがガチで告っても、
とっくの昔に死んだ幽霊にさえ競り負けちゃったのよ?
幽霊に負けたら幽霊以下。
幽霊未満。
死んだようなもんじゃない」
「ココアちゃん、そこまで、気にしてたの?」
ずっとテイゴと向かい合ってたあたしは、堂々と背中を向けてハツカを見下ろした。
撃ちたきゃ撃てば良い。
どの道あたしに決定権は無い。
衝動に任せる。
「意外だった?
あたしがこんなにボロッカスになってるのが。
あんたみたいなナンパ男じゃ手が負えないくらいの闇抱えてんのよ」
「オイラじゃ、照らせない?」
ハツカがなんか言ったけど無視して、あたしはテイゴの方に向き直った。
テイゴは拳銃こそ構えてるけど、足を見ると震えてるのが分かる。
あたしは眉無しテイゴの顔面を指差した。
「あんた達オスは適当に出せりゃ満足なんでしょうけどね、
オンナは違うのよ!ずっと一緒に居たいの!
毎日毎日ずっと!飽きるまでずっと!
何なら墓まででも!」
「お前幽霊なのか幽霊?
嘘だよな嘘?」
「は?まさかあんた幽霊が怖いの?
ガキ!?」
「怖くねえ!」
「怖いの?」
「怖くねえっつってんだろココアちゃんよぉつってんだろ!」
「あっ、だからあたしを撃たない訳?
女の念は深いって言うもんね。
幽霊って大体女の子だしね」
「こ、わ、く、ね、え、こ、わ、く!」
「あははは、あは、あはははは……」
駄目だ駄目だ、ホントに笑い死にそう。
「なあ、マジでどいてくれよマジで。
ぶっちゃけ俺ココアちゃんに恋してんだわココアちゃんに。
その茶髪の先っちょから心の闇の底まで全部に惚れたからよ全部に。
チンカスもちゃんと洗うからさちゃんと。
だから赤ニットから離れてくれよ赤ニットから」
「はあ!?こんな状況で告る!?
てかチンカス洗うってそんな宣言要らないし何のピーアールにもならないし、
洗ったから何ねえ洗ったから何!?
あたしがあんたとラブホしたげると思ってんの!?
マジウケる!
あはっ!あはははは!」
あたしは自分のお腹を叩いたり、両手を叩き合わせたりした。
壊れるのって悪くないんだね。
さっさとこうなれば良かったんだ。
「ラブホ嫌いかよ!」
「そこじゃないそこじゃない!」
笑いのツボはそこだけど。
「なあココアちゃんなあ!
マジで惚れちまったんだよマジで!
だからどいて安全確保して、そこの赤ニット撃ち殺して、
俺と生きてくれ!」
「あはははははっ!」
ああおかしい。
何もかも。
「あ……ココアちゃん」
「なにぃハツカちゃん?」
ちゃん付けされたからこっちもちゃん付けで返す。
ハツカは震える左腕をもたげ、空を指差している。
「あれ見て……」
「あれってどれよ?」
あたしが適当に見上げると、
星々が瞬き、暗く染まりつつある空をバックに炎が上がり、
更には星やハートや丸三角四角なんかの色んな形が浮かんでいた。
壊れちゃって笑い過ぎちゃって、とうとう幻覚まで見えてきたのかと思ったけど、
そうじゃないみたい。
「噴水さ……」
普段燃え上がるとかどうとか言ってるハツカがこぼした水系の単語は、
何だか凄く印象的だった。