それらはなんだか悲しくて冷たいbyヨリコ
折角生きた体を手に入れたんだから、私はナリツグと2人だけで遊んで回りたい。
なのにアツシって人が邪魔をしてくるし、ナリツグもあんまり乗り気じゃないみたい。
グダグダしてたら銃声が聞こえて、私はアツシに引っ張られて茂みの中に連れ込まれた。
フジミヤは私達みたいにクマ子とか言う丸くなってた子を引っ張って、
ヨシトモとか言う人は自分だけで隠れた。
ねえナリツグ、私とその子交換しようよ。
それで茂みの中なら誰にも見られないから、2人でキスしよ。
あの時の続きしようよ。
ねえ、ナリツグ。
「ヨリコ、大人しくしていろよ」
「分かってるから離してよお兄さん。
痛いよ」
アツシは私の左手首を強く握ってる。
何が何でも私を離さないつもりだ。
「たとえ分かっていようとも、俺はこの手を離さない。
ウララの肉体に万一の事があってはならないからな」
……このお兄さん、まだウララと再会するつもりでいるんだ。
ウララの魂はこの私、世理子お手製の迷宮に閉じ込めてあるのにね。
ウララもアツシも私より年上なのに、似た者同士でお馬鹿さん。
「ヨリコ、何をニヤついている。
今は非常事態なんだぞ」
あ、顔に出ちゃってたみたい。
気をつけないとバレちゃうよ。
「非常事態?
私には関係ないよ。
だって幽霊だもん」
アツシが目を細くして、歯を私に見せている。
怒ってるのかな?
「なら、今すぐにでもウララの体から出ていく事だな」
「それは出来ないよ。
だってウララさんと約束したもん。
ナリツグに会って成仏するまでって。
ホントだよ?」
嘘だよ?
「ならまず、この事態を解決しなければならない。
下手に動くとそいつが撃たれるばかりか、犯人を刺激してしまいかねない。
フジミヤの為にも今は大人しくしていろ」
「うーん……」
お馬鹿さんの癖に難しい話が得意なんだね。
お馬鹿だからこそ難しくしちゃうのかな。
私良く分かんないけど、ナリツグの為になるなら我慢しよ。
『パァン』
また銃声だ。
ゲームや映画で聴いた事はあるけど、生で聴くのは今日が初めて。
強くて怖ーい印象の割に、音そのものは何だかあっけないね。
私が幽霊だからかな?
「いった!」
左手首に強い痛み。
アツシの握力が増してるんだ。
「絶対に動くなよ」
「もう!分かってるってば!」
「だがこれは好都合だ。
犯人がどうやって銃を入手したかは知る由も無いが、
この国で銃や銃弾は一般的に販売されていない。
盗品であれば、一度に撃てる数には限りが有る筈だ。
消費してくれれば、それだけ俺達が撃たれる危険が減る」
「それ私に言ってるの?」
隣のアツシに目をやると、アツシも私を見てきた。
「半々だな」
「ふーん」
「なっ、何だ!?」
ナリツグの声だ。
しかも大っきい!
わーい!
「フジミヤの奴、何を騒いでいる?」
「あれっ、お兄さんなんか変だよ?」
「……何だと」
あれだけ危険危険、大人しく大人しくって言ってたアツシが、
私の左手首を握ったままガサガサと立ち上がった。
「あっ」
私も仕方なく立ってみたら……火、火、火。
公園のあちこちから火が上がってる。
火って熱くて物を焦がしちゃう激しいイメージなのに、それらは何だか冷たくて悲しい。
これ、超能力者が起こしたのかな。
「……お兄さん?」
左手首の締め付けが消えた。
アツシを見てみてたら、肩が外れたみたいにダランと腕を垂らして、
口もポカーンと開けて、怯えた目がまん丸ギョロリ。
私はナリツグ一筋だからどうでも良いんだけど、イケメンが台無しだね。
「……消さなければ」
「お兄さん?」
アツシは突然、ダムが崩壊したみたいに「ぐおおおおおー!」と吼えて仰け反り、
両手で頭を抱えた。
「火を!火を消さなければ!」
「そうだね」
「火を!火を消せ!火を、ひっ、ひっ、ひぃぃぃぃ!」
アツシは仰け反り過ぎて後ろに倒れちゃった。
茂みの中に立ってたからガサガサパキパキと、葉っぱの音や小枝が折れる音がした。
「良く分かんないけど、私ナリツグのとこ行っちゃうよ?」
「ぐおおおおお!」
「うるさっ」
私は耳を手で塞ぎながら、私達とは別の茂みの近くに居るフジミヤの方へ走った。
私の最期の記憶より背が伸びてるナリツグの背中は、頼もしさが5割増し。
黒ニットなんて被るキャラじゃなかったけど、ナリツグなりのおしゃれかな。
「ナリツグうっ!」
私は勢い余って、ナリツグの背中に抱き付いた。
でもナリツグは全然反応してくれない。
うんともすんとも。
「ナリツグ、ねえナリツグ」
私がナリツグの横顔を覗き込むと、
ナリツグはさっきアツシがしてた残念顔に近い感じの顔で、前をまっすぐ見てる。
ほっぺたを突っついてみても、相変わらず私に反応してくれない。
「ヨシトモ……何だよそれ」
ナリツグは震える右手で前の何かを指差した。
その先を目で追ってみると、ヨシトモが立っていた。
そしてそのヨシトモの右手に、血の付いた小さな包丁が握られている。
バーベキューの下ごしらえ……じゃないよね。
「包丁だよ。
どこの家庭にも有る、何の変哲も無いただの小さい包丁。
高校生まで生きて来たのに知らないのかい?フジミヤくん。
調理実習の日は病欠でもしていたの?」
「そんな事を聞いてんじゃねえよ!
その血!包丁に付いてる血は誰のだ!?」
「消去方って知ってる?」
「ゴチャゴチャうるせえぞ……」
2人が話してる間にも、火事はどんどん激しくなっている。
それこそ逃げ場がないくらい。
私はいつでも肉体を抜け出せるから平気だけど、ナリツグが心配。
私がオサムから離れてるせいで、ナリツグは今不死身じゃないからね。
あーあ、オサムが飛んで来たりしないかなあ。
「まあそれはじきに分かるよ。
それよりも先に話しておきたい事が有るんだ」
「ヨシトモ、その続きはここを逃げてからにしようぜ」
ヨシトモが腕を広げて周りを見渡す。
「もう逃げられないよ。
僕もフジミヤくんもココアさんも、
あそこでトラウマにのたうち回っているアツシくんも。
この大公園は絶妙な配置の炎に包まれている。
ハツカくんの悲しく冷たい、憎悪に満ち溢れた炎にね」
アツシの変な悲鳴が、後ろの方から上がった。
「……ハツカって、赤ニットの名前か?
なんで知ってんだよ」
「知っているともさ。
僕はこの時間を何周も繰り返しているからね。
思い出したと言うべきかな」
「繰り返し……?
ヨシトモの超能力は危険予知だろ?」
ヨシトモは私達を中心に、円を描くようにして歩き出した。
「違うね。
僕の真なる超能力は時間の巻き戻し……いわゆるタイムリープさ。
予知夢は副産物に過ぎない」
ヨシトモは右手の包丁を顔の前に持ってきて、そこに映る自分を見てる。
なんだかナルシストっぽい。
ナリツグは黙ってるから、ヨシトモが更に続けた。
「僕の危険予知としての超能力はね、フジミヤくん……それにヨリコちゃん、
君達が交通事故に遭う前日に最初の予知夢を見せたんだ」
「おい、なんでそれを「だから!」
ヨシトモが怒った。
「だから一度言っただろう。
僕は何周もタイムリープを経験しているんだ」
「だったらどうして今まで黙ってたんだ。
冥土の土産ってか?」
私達の周りを歩いて黙ってたんだヨシトモが立ち止まり、右手の包丁をこっちに向けた。
向けただけで、投げたり突撃してきたりはしないみたい。
「それは良い質問だよフジミヤくん。
だから答えてあげよう。
幾度となくタイムリープを繰り返して膨張した僕の記憶に、
脳や精神が耐え切れなくなった。
こうして話している間にも気が狂いそうなんだよ。
ああ、僕は君達には危害を加えたりしないからね。
この包丁は気にしないで」
「俺達には、か……」
「にわか?」
ヨシトモは包丁を下ろし、また歩き出した。
「……結果、僕の記憶は外部に封印され、
必要に応じて予知夢の形で小出しされるようになったんだよ。
だから僕自身も自分の超能力をタイムリープではなく、
危険予知だと思い込んでいたのさ。
どうだいフジミヤくん、分かったかな?」
やっぱりナリツグはうんともすんとも言わない。
私はナリツグの両眼を覆って「だーれだ?」と言い、生存確認をした。
……無言で振り払われちゃった。
「話を戻そう。
当時の予知夢のままなら、僕はその交通事故で死ぬ筈だった。
家族でのドライブだった。
だけど当然、僕はそのドライブを辞めさせたんだ。
そうしたら僕の代わりに君達が交通事故に遭い、結果ヨリコちゃんは即死。
偶然にも幽霊になり、超能力操作を得たヨリコちゃんはフジミヤくんを助ける為、
引きこもりのオサムくんに取り憑いて、フジミヤくんに不死身をシフトさせた。
正確には不死身じゃあなくて、超再生能力なんだけどね」
やっと、やっとナリツグが私を見てくれた!
そして「そうなのか?ヨリコ」って言うから、
私は嬉しくなって「うん!」と笑顔で返事した!
うふふ。
「簡単に言おう。
僕が事故死から逃れた結果、君達が事故に遭った。
分かるかなフジミヤくん、僕が死んでいれば君はヨリコちゃんと添い遂げられたんだよ。
つまり、間接的に僕はヨリコちゃんを殺した」
「飛躍してるぞヨシトモ。
ヨリコを殺したのは交通事故そのものだろ。
お前じゃない」
「じゃあこうしようか。
僕が死ねばヨリコちゃんは助かる。
ヨリコちゃんが死ねば僕は助かる。
どっちが良い?
選べるならどっちにする?」
「飛躍してるっつったろ!」
「まあ、どの道フジミヤくんは不死身になっておかないと、後々苦労するからね。
そもそも君達にとってこれ以外の選択肢が無いと言っても良い」
「大体分かった。
じゃあ良い加減、俺が今現在最も気になっている質問をするぞ。
ヨシトモ、その包丁で誰を刺した」
「分かっている癖に。
ほら、そろそろシゲゾウくんが来るよ」
「クマ子ぉっ!」
突然、私達とヨシトモの間に丸眼鏡をかけた大きなお兄さんが現れた。
ついさっきまで居なかったのに、どこから?
瞬間移動でもしたのかな?
「……ほらね?」
ヨシトモが少しだけ微笑みを作った。
幽霊の私が言うのもなんだけど、命を感じさせない枯れた感じの顔。
まるで自分の死期を悟ってるみたい。