お月様までぶん投げてやるってくらいbyココア
あたしは今、自宅であるマンションの廊下を歩いている。
とは言っても、行き先はその自宅じゃなくてフジミヤが住んでいる8階の部屋だ。
ウララさんとの王様ゲームに負けたあたしは、
フジミヤに告白するよう命令されてここに来た。
ちなみにあたしが勝っていたら、アツシとチューするよう命令してたから、
どっちもどっちと言うか、似たような事考えてたんだね。
窓から見える空は快晴。
もしこの告白が通れば、時間の関係でお昼ゴハンに参加する展開が待ってるかも知れない。
ドーナツ食べてるからあんまり入らないけどね。
もしそうなったらウララさんにさせたみたいに、
フジミヤにあーんしてあげよっかな。
あたしは妄想を先走らせながら、フジミヤの部屋の前に着いた。
これから告るんだと思うと、心臓がドクンドクンと騒ぎ出す。
これまで散々フジミヤに抱き付いたり、口喧嘩したりしてたのに今更だよね。
今更の……はずなんだけどね。
ノックしようと右手を伸ばしたけど、一旦踏み留まる。
なんて言ったら良いんだろ。
直球で良いのかな。
引き返して、簡単なラブレターでも用意する?
うーん……。
あたしが時間を食っていると、
ドアのずっと向こうから床を揺らす足音が僅かに聞こえた。
フジミヤ……じゃないかもだけど、確実に誰か居るんだね。
あたしは大きくゆっくりと深呼吸をした。
現在にしがみ付こうとする依存心を古い空気と共と吐き出し、
前進するのに必要な新しい空気と入れ替える。
「よし!」
あたしは覚悟を決め、コンコンとドアをノックする。
すぐにバタバタと落ち着きの無い足音が迫り、ドアノブが内側から回転した。
来る。
『ガチャ』
ドアを開けてあたしの前に出てきたのは、
フジミヤ本人でもフジミヤのママっぽい人物でもなく、ちっこい女子だった。
キャンディの棒を口から突き出し、
薄茶色いドルマンをブカッと着こなした黒髪ショートのちっこい女子が、空いた手であたしを指差す。
「キミぃ、誰ぇーっ?」
「あたしが聞きたいわよっ!」
あたしが脊髄反射で吠えると、部屋の奥から「ココアか?」と、
フジミヤの声が飛んで来た。
「どいて!」
「おおっとっと」
あたしはちっこい女子の横を無理矢理くぐり抜け、速攻で靴を脱ぎ捨てると、
あいさつも無しにズカズカとフジミヤの家に上がる。
フジミヤの部屋は奥の方みたいだ。
背中からの「ちょっとちょっとぉ」という声を無視してあたしは突き進んだ。
フジミヤが居るらしい部屋のドアは半開きになっている。
ドアノブじゃなくてドアそのものに手をかけ、勢い良く開け放つ。
フジミヤはドア、つまりあたしに背を向けてコントローラーを握り、
テレビゲームをしていた。
いつもと違い、なぜか黒い大きなニット帽を被っている。
「うわっ!」
フジミヤはあたしの強襲に大分驚いたみたいで、
全身を震わせてからあたしに振り向く。
コントローラーを離さないのがまたイラっと来た。
「フジミヤ!あのチビ誰なの!?」
兄弟姉妹は居ないって聞いてるんだけど。
あたしは適当に玄関の方へと指を伸ばした。
「落ち着けよ!」
「フジミヤぁ、この子誰ぇー?」
追い付いて来たチビの間延びした声。
「うっさい!今大事なとこなのよ!消えて!」
「ええーっ!?」
あたしはチビを半ば無視して部屋に入り、後ろ手でドアをバタンと閉じた。
興奮したせいもあって、息が上がっちゃっている。
強引だけどとりあえず一対一に持ち込んだあたしは、肩を上下させて呼吸を整えた。
フジミヤは宇宙人でも見てるような驚きの顔を、ずっとあたしに向けている。
「ココア、一体どうしたってんだよ……」
「フジミヤ、あのちっこい女子はあんたの何?」
『ゲームセッ!』
「あっ!」
フジミヤがあたしに注意を向けてる間に、テレビゲームが終わってしまったらしい。
フジミヤは声を上げ、モニターの方を見た。
「そんなの後!」
閉じたドアの向こうから「セフレだぞぉー」と声がした。
あたしはサッと振り向き、表情を凍らせる。
「はあ?」
「おいクマ子!あれは無しって言ったろ!」
「男の子が一度決めた約束を破っちゃいけないんだぞぉー。
シゲちゃんも言ってたぞぉー」
フジミヤとチビが、ドアとあたし越しにやり取りを続ける。
「代わりに泊めてくれって言ったのお前だろ!」
「んん?そおだっけぇ?」
「そうだよっ!」
「じゃあぁ、泊めるのを無しにしてクマ子の体で払うってのはどうおー?」
「何に対して何を払うんだよ!?」
「ちょっとぉ、あんまりナニナニって言っちゃ駄目だぞぉ。
キミぃ、もしかして溜まってんのぉー?」
「曲解すんな!」
「一晩かけてあれだけヌいてあげたのになぁー。
おっかしいなぁー」
「はあ!?」
フジミヤとあたしは、今完全にシンクロした。
チビの足音が遠ざかって行き、会話は終了する。
「フージーミーヤーくーんー!?」
ずっとドアの方を振り向いていたあたしは、
伸ばしたクレッシェンド(だんだん強く)な声と合わせてゆっくりと首を戻し、
フジミヤの方に向き直った。
フジミヤはコントローラーを放り投げ、座ったままあたしから身を引く。
「なんだよその演出……。
俺に演技力無いって言われたのが嫌で練習したのか?」
「ねえフジミヤくん?あの子と一晩ナニをしたのかなあ?
ココアちゃんに教えてくれない?」
あたしは両手を後ろに回し、あえてニッコリと笑顔を作ってフジミヤに迫った。
フジミヤは更に後退し、背後の薄型モニターに後頭部をぶつけ、
黒いニット帽がこすれて少しだけズレた。
「どうして君付けなんだ?」
「質問にはちゃあーんと答えようねぇ?」
あたしはフジミヤを逃げづらくさせる為に、
モニターの上部にに手をかけて壁ドンっぽい体勢に持ち込んだ。
壁じゃなくてモニターだから、モニタードンとかモニドンとかタードンになるのかな。
今それどころじゃなかった。
「俺は本当の本当に何もしてないぞ。
これはマジで真実だと約束する」
フジミヤは時に抵抗せず、あたしを見上げている。
「ふぅーん、へぇー」
「クマ子の口癖うつってないか?」
「泊めたのはホントなんだ?
家出少女って奴?
ロリコンって奴?」
あたしにロリコン疑惑をかけられ、フジミヤが手を振る。
「待て待て。
泊めたのはホントだ。
だがこれにはちゃんとした事情が有る。
あとクマ子はああ見えて俺らと同いだぞ」
「ホントかなぁ?」
「ホントだって!
ココア、そろそろ俺からも質問させろよ」
「何?」
あたしは軽く舌打ちをし、ギロッとフジミヤを睨む。
「ココアは、俺になんか用なのか?」
フジミヤの質問で、あたしは真顔に戻った。
そうだった、あたしはこいつに、フジミヤに告白しに来たんだった。
ひとが告ろうとした矢先にオンナの影(実体だけど)をチラつかされ、
まだ付き合ってもいないのに、浮気されたような気分で怒り狂ってしまっていた。
怒りが抜けフラットになったあたしは、
モニドン(これに決めた。理由は語呂が良いから)してるのが恥ずかしく思えてきて、
パッと後退しフジミヤを自由にさせる。
「あのね、フジミヤ。
確かにあたしは用が有って来たの。
勿論あんたにね」
「そうか」
あたしのモニドンから解放されたのに、フジミヤはモニター前に座ったまま。
ドアをノックする前は意気込んでたのに、いざ対峙すると言葉がノドに引っかかり、
中々出て来てくれない。
付き合お、の4文字で済むのにね。
なんでだろ。
やっぱり、断られるのが怖いんだろうな。
そうだよね、もうあんな辛い思いはヤダもんね。
でも王様の命令は絶対。
ウララ女王は、あたしにこう命令したのだ。
『連絡は付かないそうですが、お家は近いんですよね?
ご本人が居ないなら、ご両親を捕まえてでも居場所を聞いて下さい。
そして告白。
良いですね?』
良いですよ?
「フジミヤっ!」
「おう」
「フジミヤ、そのさ、ねえ……」
また詰まった。
フジミヤは黙って見ている。
『ガチャ』
ドアノブを回す音だ。
あたしは振り向いた。
「邪魔しないでよ!」
「クマ子は健康優良児だから、割と空気読めるよぉー。
はいこれ、ペロンチョキャンディ」
チビ……いやクマ子は、あたしに棒付きキャンディを差し出した。
白く細い棒の先端に、ピンクメインのカラフルな紙に包まれた飴玉が付いている。
「へ?ありがと……」
クチでは戸惑っているけど、
甘味センサーが瞬時に視覚情報を処理し、条件反射で受け取る。
「フジミヤのは結構苦いからぁ、おクチ直しにどうぞぉ。
ごゆっくりぃー」
そう言い残して、クマ子はドアを閉め、も一度開けた。
「ゴックンすると美肌に良いらしいよぉー」
今度こそクマ子はドアを閉めた。
3度目は無かった。
あたしは振り返り、棒付きキャンディをフジミヤに向けて全力で投げ付けた。
その本気度と来たら、お月様までぶん投げてやるってくらい。
「ちょっ!」
フジミヤは背後のモニターを守りたかったのか、ワザと顔面で受け止めた。
「フジミヤの……馬鹿ぁーっ!」
あたしの全開ボイスが、フジミヤの部屋に響き渡る。
はあ、あたしってホント男運無いわ。




