勝負事はどうも苦手なんですbyウララ
私はココアさんに連れられてカイリさんの病院を後にし、ドーナツショップへ来ました。
それぞれが思い思いのドーナツを選び、ドリンクと共に購入します。
そして、適当なテーブルに腰を下ろしました。
「いただきまーす!」
席に着くなり、ココアさんはドーナツにかじり付いてしまいます。
有る程度は仕方無い事ですが、
ドーナツにまぶされたカラフルなチョコスプレーの粒がポロポロとはがれ落ち、
ココアさんのトレイを彩っていきます。
「うんうん、これよ」
ココアさんは両方の頬一杯に、ドーナツを頬張っています。
なんだかハムスターさんみたいですね。
「私も……いただきます」
私は球形を連ねた輪っか状のドーナツを取り上げ、そこから1個の球をちぎりました。
「ウララさん上品よねぇ。
あたしは大好物を目の前にして、そんな大人しくしてらんないわ」
「でもココアさん、とっても美味しそうに食べられてますよね」
「そりゃまあ……」
ココアさんが紙コップに手を伸ばします。
「あ、そう言えばウララさん、あの後アツシとはどうなの?」
「アツシさん、相変わらず連絡が一度きりなんです。
超能力を消されたのが、よほどショックだったんでしょうね」
「超能力者バンザイな奴だったもんね。
でもさ、カレシが塞ぎ込んでるのにほっといて良いのかなぁ?
誰かに取られちゃうかもよ?」
ココアさんがニヤニヤしながら、紙コップのストローを咥えました。
「そっ、そんな事アツシさんがするワケ有りません!」
あ……。
つい興奮して席から立ち、声がかなり大きくなってしまいました。
「あはは、ごめんごめん」
「うう……」
お客さんの注目を集めてしまい、
気恥ずかしくなった私はキュッと縮こまるような姿勢を取り、ゆっくり椅子に戻ります。
「ウララさん、そのリングのドーナツ美味しそうね。
あたしのと少し交換しない?」
「良いですよ」
私はもう1回ドーナツ球を作り、ココアさんのドーナツ皿に入れました。
「ありがと。
ウララさんはどっちにする?」
ココアさんのドーナツは、チョコスプレーがかかっているものと、
抹茶チョコでコーティングされているドーナツのふたつ。
まだクチを付けていませんし、ここは抹茶チョコの方を頂きましょうか。
「抹茶チョコの方で……」
「はい、あーん」
ココアさんは抹茶チョコドーナツを手に取り、私の口元に突き付けてきました。
「ココアさんっ……」
私は、
昨日のカラオケでアツシさんに激辛タコ焼きを食べさてしまった事件を思い出し、
少し嫌な気分になりました。
「大丈夫よ。
トウガラシなんて入ってないから」
「それ、その言い方、ココアさん分かってて……」
私はまたココアさんが意地悪して来たのかと構えましたが、
今のココアさんは小悪魔の笑みではなく、
懺悔をするシスターのようなブルーの顔でした。
「思い出して欲しかったの。
あたしが良かれと思って提案したのに、大失敗しちゃったわよね。
フジミヤが食べて何ともなくて、
ハズレなしだったからタダにしろーとか言えてたらね……」
「ヨシトモさんも言ってましたけど、あれは誰のせいでもありませんよ。
神様のイタズラです」
私に突き付けられたままの抹茶チョコドーナツが、
ココアさんの右手と共にカクッと下がりました。
「神様ねえ。
ホントに居んのかな?そんな存在。
ウララさんなら見た事有ったりする?神様」
「流石にそこまでは……」
「まっ、オカルトそのもののあたし達が神様を疑うのも変だけどね。
ココアさん、あたし手ぇ疲れちゃった。
早く食べてよ」
「あっ、はい……」
私はついつい流されて、目の前の抹茶チョコドーナツに口を付けました。
私の噛み付きは浅く、ドーナツを完全には千切れません。
ベタリとした甘さの中に、穏やかな緑の風味が混ざっていて美味しいです。
「これで交換成立ね」
ココアさんは、ご自身も続けて抹茶チョコドーナツを食べます。
持ち替えるのを面倒くさがったのでしょうか、
ココアさんは私がかじった部分を躊躇せずに口に含んでいます。
「ココアさん、間接キスになっちゃいますよ」
「女同士だし良いじゃん。
そんな事言ったらさ、アツシのファーストキス取られたのなんてどうなるのよ」
「はい?」
どうして急に、アツシさんのお名前が出て来たのでしょう?
「いやさ、相手にキスして超能力を無効でしょ?
しゃあアツシもそれされたんじゃん」
「……あっ!?」
私は事の重大さに気付き、左手で口を押さえました。
私の中の何かに、ピキッとヒビが入ったような気がしました。
ファーストキス、まだだったのに……。
「ウララさん、色々と急ぐべきじゃないかなぁ?」
「色々って何ですか?」
ココアさんが小悪魔モードに。
「聞きたい?
1から100まで、親切丁寧に説明してあげるわよ?」
「いっ、良いです!」
私は照れ隠しをしようと、自分の紙コップを持ちました。
「へっへぇーん、ホントウブなんだから」
「そう言うココアさん自身はどうなんですか!?
経験豊富なんですか?」
「あたし?
そうねぇ、ヤリ逃げされた事なら有るけど」
「えっ……?」
私が苦し紛れに投げ付けた質問が、重い答えを引きずり出してしまったようです。
「ヤリ逃げの意味くらい分かるわよね」
ココアさんは服に付いたゴミを取る時のような、
話題の割には平然とした顔で紙コップを持ちました。
「はい。
そんな酷い事が有ったんですか?」
「実際もっと酷かったけどね。
遊びに行った先で偶然出会ったと思ったら、
目の前で別のオンナに告白されて、
しかも寝るとこまで行ったあたしが、
一方的にまとわり付いて来てるだけだってさ。
もうオトコなんて信用出来ないわ」
ココアさんはひと通り言い終わると、
ストローからズズーッとドリンクをすすりました。
「それは、とてもつらかったですね」
「だからさ、ウララさんももっと積極的に攻めて惚れさせないとさ。
幼馴染みだからって余裕ぶってちゃダメよ」
「うーん、そう言うものなんでしょうか……」
「ウララさん、王様ゲームしない?」
「えっ?」
ココアさんがまたまた小悪魔になっています。
ひょっとしたらココアさんって、多重人格なんじゃないでしょうか?
「ルール知ってる?」
「知ってますけど、私とココアさんだけでやるんですか?」
「今から誰か呼ぶ?ヨシトモが来るか来ないかになりそうだけど」
ココアさんがスマートフォンを握ります。
「てかやる?やらない?
強制はするけど」
「するんですか!?」
うーん、勝負事はどうも苦手なんですが。
でも、ココアさんの提案を無下にするのも良くないですし、
あのような悲しい体験を暴露された後ですから、やってあげたい。
私は上下に頭を動かしました。
「よっし、じゃあストローの袋使いましょ」
ココアさんはテーブルの上にふたつ有る、細長いストロー袋を両方共手に取りました。
更に、汚れを拭くために置かれている手のひら大の紙も1枚。
「ちょっと待っててね……」
ココアさんは私に背を向け、カバンからペンを取り出してマークを付けています。
これなら、私からはどちらが王様の袋なのかは分かりません。
「出来た!」
ココアさんはこちらに向き直り、
2本のストロー袋を挟んだ紙をテーブルにドンと置きました。
「先っちょを塗りつぶしてあるのが王様。
2人だけだから番号は省略したわ」
「小さくて書き込めませんしね」
「あたしはどっちが王様か知ってるから、ウララさんが引いて!」
ココアさんは紙に指先を添え、私の方にスライドさせます。
「じゃあ、選びますね」
私はまず、紙から出ている部分が短い方を触りました。
「おっ?」
当事者なのに、ココアさんが野次馬のような声を上げました。
次に私は、長く出っ張っている方を触ります。
「おおっ!?」
ココアさんが紙に顔をグイッと寄せました。
私は……長い方を選択。
「あっ……」
引っ張り出したストロー袋の先端が、黒く塗り潰されていました。
「私が王様ですね」
ココアさんがテーブルの上に身を乗り出し、ベタッと崩れ落ちます。
「ああー、ぐやじー。
不幸話暴露したら不幸ブーストかかると思ったのにぃー……」
「不幸ブースト……?」
ココアさんの悔しそうな言動からしても、私が王様なのは明白ですが、
それでもココアさんは残りの1本を引きました。
「はい、1番ココア平民でーす」
まるで降参の白旗みたいに、ココアさんがストロー袋を振っています。
「王様の命令は絶対、ですよね?」
「その通りでございまぁーす」
「じゃあココアさん、フジミヤさんに告白して来て下さい」
テーブルにうつ伏せて嘘泣きしていたココアさんが、カッと両眼を開きました。
「ウララさん!?」
私の名前に疑問を乗せつつ、上半身を起こします。
「カイリさんも言っていましたよ。
ココアさんとフジミヤさんは、ほとんどカップルだって。
私もそう思います。
そう思っていないのは、当事者のおふたりだけですよ」
「でも……」
親にやりたくない事をさせられる、またはやりたい事をとがめられた子供のような、
やや重い複雑な表情をココアさんが作っています。
「王様の命令は絶対ですよ、ココアさん。
フジミヤさんにハッキリと告白して下さい。
正直に」
ココアさんはうつむき、黙り込んでしまいました。
「連絡は付かないそうですが、お家は近いんですよね?
ご本人が居ないなら、ご両親を捕まえてでも居場所を聞いて下さい。
そして告白。
良いですね?」
私は、眉にチカラを込めて言いました。
「……分かった。
これ食べ終わったら、フジミヤんちに行く。
それくらい良いでしょ?」
ココアさんはうつむいたまま、ドーナツに手を伸ばしました。
「はい、そうしましょう」
私も、自分がまだ食べていなかった、きな粉入りのドーナツを持ちました。
「えっ!?」
私は声を上げましたが、ココアさんは私を無視してドーナツを咀嚼。
私はそのままドーナツを口元へ運びました。
そして、ワザとよろめいたフリをして、きな粉ドーナツを床に落としました。
ワザとです。
「あっ、うっかり落としちゃいました。
残念ですが、これはもう食べられませんね」
私はきな粉ドーナツを拾い上げ、トレイの上に戻しました。
このきな粉ドーナツ、異物が入っています。
ガラス片が何かでしょうね。
まだ誰にも、アツシさんにさえ明かしていませんが、
実は私の超能力は霊能だけではないのです。
アツシさんご本人が、
安易に手の内を晒すべきでは無い……と過去に言ったものですから。
霊能と少し似たものですが、ちょっとした透視が使えます。
手に取った物体の全体像が『視える』んです。
手相占いと言っているのも、超能力者を区別出来るのも、この透視能力の応用。
ロシアンタコ焼きの時は、直接触れたのがつまようじなので視えませんでしたが、
王様ゲームなんかだと視えちゃうんですよね。
つまり、ココアさんは私に王様ゲームを持ちかけた時点で、私に負けていたのです。
最も、本来ならハッキリとした勝ち負けの有るゲームではありませんが。
こうなりがちだから、勝負事はどうも苦手なんです。
私とココアさんは、黙々と食事を続けました。
先に食べ終わったココアさんが席を立ちます。
「じゃあウララさん、行ってくる。
ウララさんはどうするの?」
「私はもう少しここに居ます。
良いお知らせを期待してますよ、ココアさん」
「ハハハ、ありがと……」
ココアさんは脱力した笑顔を最後に、ドーナツショップを出て行きました。
ココアさんのお姿が見えなくなった後、
私はココアさんの恋が成就するよう祈りました。
ココアさん、ガンバです。




