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幼かった頃の記憶が蘇るbyアツシ

大柄な男に殴りかかられた俺は、瞬間移動でそれを難なく避けるはずだった。

しかし、なぜか瞬間移動の超能力が発動せず、

計算が狂った俺は大柄な男の左ストレートを、顔面の中心へとモロに受けてしまった。


「ぐお!」


大振りなパンチであっただけに、体格で劣る俺はたまらず仰向けで後方へと倒れた。

痛む顔を右手で庇うと、ぬめりの有る鼻血が手のひらを濡らした。

なぜだ、なぜ瞬間移動が発動しなかったのだ!?


「うーわ、いったそぉー」


小柄な女は俺を覗き込みながら移動し、

俺が吹き出してアスファルトのに落ちたキャンディに手を伸ばす。拾い上げたそれを持ち、小柄な女は大柄な男に自分から駆け寄った。


「シゲちゃん、これ!」


この状況、色々と意味不明過ぎる。

勿論最大最優先の問題は瞬間移動の不発だが、

俺が吹き出したキャンディを小柄な女がわざわざ拾ったのも妙だ。


更に、小柄な女は逃げるどころか自分から大柄な男に接近し、

挙げ句の果てにはキャンディを渡そうとしている。

俺が1度口に含んだ上に、

アスファルトに落ちてゴミや小石が付いているであろうキャンディをだ。

自分で舐めるならただのキャンディ狂いでまだ説明可能だが、

なぜ他者に、それもよりによって自分を襲っていた男に渡すのだろうか。


それに、大柄な男は小柄な女をクマ子(アダ名か?)と呼び、

小柄な女は大柄な男をシゲちゃん(これもアダ名だろう)と呼んだ。

ふたりの関係性はどうなっているのだろうか。


俺が体を起こすと、大柄な男の口からキャンディの白い棒が突き出ているのが見えた。

まさか、あれを食べたとでも言うのか。


「ねぇーシゲちゃん、瞬間移動って強い?」


大柄な男、シゲちゃんは右手で棒をつまんで口からキャンディを出し、

壁に向かってぺっとツバを吐き捨てる。

恐らくあれは、キャンディに付着していたゴミだろう。


「それなりだな」


「やったぁー!シゲちゃんが強くなったぁー!」


小柄な女、クマ子は両腕を大きく振り上げ、

ポーンポーンと飛び跳ねながらシゲちゃんの周囲を回っている。

その様子に俺は嫌な予感がしたが、タバコの忌まわしい匂いに気付き、

とっさに両手で口と鼻を覆った。


シゲちゃんを良く見ると、奴の背中に回された左手から、忌々しいタバコの煙が立ち上っていた。


「シゲちゃん、それどうしたのぉー?」


「残りの時間で盗ってきた。

どの道上書きで消えるからな」


「その火を、消せ……」


俺を無視してふたりは続ける。


「でもシゲちゃん、高校生はタバコ吸っちゃ駄目だぞぉー?」


「吸いはしない」


「じゃあいらないじゃん」


「あいつはタバコが苦手だそうだ。

今聞いた」


シゲちゃんが右手のキャンディで自身の右耳を指す。


「ほぇー」


クマ子が首を傾げ、俺を眺めている。


「クマ子に手を出した報いだ」


そう言って、シゲちゃんは左手のタバコを俺の方へ突き出した。


「火を消せ……」


幼なかった頃の記憶が蘇る。

俺の亡き父親が愛煙家で、自宅に大量のタバコをストックしていたが為に、

それらは火事の際に燃え上がり、屋内に匂いを充満させたのだった。

それが蘇る。

火を消さなければ。


俺は緩慢な動作で立ち上がった。


「シゲちゃん、あいつ変だよ」


「心配ない。

返り討ちだ」


シゲちゃんがキャンディを後方へと投げ捨て、空いた右手の指を開閉させる。


「火を消せ……」


「断る」


なら、お前を消す。


「うおおおお!」


俺はアスファルトを蹴り、シゲちゃんに殴りかかった。

しかしシゲちゃんは忽然と姿を消し、俺の右ボディブローは空を切る。

俺は勢い余って左に半回転し、よろけて尻餅をついた。

半回転した先にシゲちゃんが立っている。


「シゲちゃんが瞬間移動したぁー!」


「ゴホッ、ゴホ」


俺はタバコの残り香に咳き込む。


「良い能力だ」


「火を消せぇっ!」


俺は再度シゲちゃんに飛びかかる。


「ぐぶっ」


だがまたしても回避され、俺はアスファルトにうつ伏せになった。


「前と違って連発が利くな」


「おおぉー!」


俺はアスファルトに両手を突いて起き上がり、振り返って再三攻撃。


「火をーーー」


俺の顔に靴がめり込む。

俺はフラフラと後ずさりした。


「シゲちゃん、やり過ぎぃー」


「正当防衛だ」


火を消さなければ。

俺は、何度でも、何度でも、何度でも立ち向かった。


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