大振りな攻撃の一切は俺に通用しないbyアツシ
激辛たこ焼きを半強制的に食わされ、怒りに任せてカラオケから出た俺は、
未だにハラワタの沸騰が収まらず、拳を強く握っていた。
ウララの感情に配慮してみればこのザマだ。
奴等のなかでも、ココアの発言は特に俺を怒らせた。
料理の辛味と俺の火へのトラウマが、いったいどう繋がると言うのだ。
普段脳味噌をロクに使っていないのが露呈したな。
全くもって付き合いきれん。
兎にも角にも、俺は今大きなストレスを抱えている。
どうにかならないものか。
俺はカラオケを出てすぐの所にある、下り階段の最下段に座った。
「少しくらい良いだろ」
「ヤダぁー!離してぇー」
近くの裏路地が有る方向から、男女の会話が聞こえる。
どちらも若いようだが、男の方は声が低く女の方は声が高い。
俺は少しでも気を紛らわそうと、その会話に聞き耳をたてる。
「俺じゃ駄目か?」
「だってぇー!」
「大人しくしろ」
「でもぉー!」
「騒ぐな 」
「だってぇー!」
女の方の語彙がかなり乏しいが、
どうやら男女関係での諍いを起こしているようだ。
男が無理矢理女に交際を迫っているのだろうか。
俺はフジミヤと違い、断じて正義の味方などではないのだが、
あくまでも憂さ晴らしの為に、この俺が介入してやるとしよう。
俺は階段から立ち上がり、ふたりの声がする方へ足を運んだ。
このカラオケは裏路地に面していて、そちらには滅多に人が通らない。
壁には崩した文字のアートが描かれていて、
車輪の外された自転車が打ち捨てられ、壁にもたれかかっている。
悪事を働くにはなかなか向いた環境と言うワケだ。
「静かにしろ」
「でもぉー!」
女だけでなく、男のセリフも怪しくなりつつある。
カドをひとつ曲がると、壁際に追い詰められた小柄な女と、
自身と壁で女を挟み逃げられなくしている、大柄な男の姿が見えた。
「おい、そこの男」
男がこちらに顔を向けると、丸いメガネをかけているのが分かった。
男の体格はカイリに勝るとも劣らず、肩幅に限ればこの男が明らかに勝っている。
「邪魔するな」
「俺の意思ではない。
この国の法律に、お前は触れている」
「きゃーカッコイぃー!」
小柄な女が黄色い声で言う。
ウララ以外の女が俺に媚びてくると寒気がするな。
「消えろ」
「ほう、楯突く気か。
ならば本当に消えてやろう」
俺は瞬間移動を使い、こちらを見ていた大柄な男の背後を取る。
そして小柄な女の手を引き、大柄な男の両腕から解放する。
「ふぇー?」
「なんだと!?」
ふたりが反応する頃、俺は既に目的を終えていた。
大柄な男が驚いている隙に、俺は掴み合いを避ける為、小柄な女を連れて数メートル程度の距離を離す。
「どうした?お前が言った通り、俺は消えてみせたぞ。
次はお前が消える番だ、この木偶の坊めが」
「何をした?」
「教える義務は無い」
俺と大柄な男がしばしの間膠着していると、突然俺の口に何かが突っ込まれた。
球状のそれからはブドウに近い、ほろ酔いしそうな甘酸っぱい香りがする。
少し遅れて、僅かな酸味の混じった強い甘味が溶け出してくる。
小柄な女が、俺の口に棒突きキャンディを咥えさせたのだった。
「助けてくれてありがとぉー、これお礼だぞ」
小柄な女は無邪気に笑い、キャンディの棒から手を引く。
「ペッ!」
直後に俺は、壁の方に向かってキャンディを吹き出した。
もしこれが毒や睡眠剤入りなら、俺はやられていただろう。
「あー!ペロンチョキャンディが!キミ甘いの嫌いぃー?」
「ふざけるな」
「じゃあこっちはどう?」
「なんのーーー」
なんの事だ、と言う予定だったのだがそれは潰れた。
小柄な女が俺に抱き付き、つま先立ちで身長差をカバーし、
俺に接吻を行なって口が塞がれたからだ。
突然の出来事に俺は呆然とし、その間にも小柄な女は接吻をやめず、
あまつさえ舌をねじ込もうとしてくる。
俺は小柄な女を右手で払いのけた。
「きゃー!」
俺は軽く薙ぎ払っただけだったのだが、
小柄な女は俺の想像以上に虚弱なようで、アスファルトの上に倒れ込む。
俺が左腕で口を拭っていると、大柄な男が広い歩幅で1歩ずつ近寄って来た。
「クマ子に手を上げたな……」
「正当防衛だ。
それに、お前がそれを言える立場なのか?」
「許さん」
大柄な男は俺に手が届く距離まで接近すると、左拳を後方へ大きく振りかぶった。
「フン……」
馬鹿ヂカラのカイリと衝突した際もそうだが、大振りな攻撃の一切は俺に通用しない。
1度で学習出来ない哀れな無能力者め、木偶の坊は言い得て妙だったな。
俺はカイリに対してそうしたように、大柄な男の放つ見え見えの左ストレートを、
かわせなかった。
アツシは瞬間移動に失敗し、拳を受けて負傷する。
彼はなぜ、突然超能力を使えなくなったのか……?




