全然想像が付かないbyココア
「ぷぁっはっはっは!
こいつ最高のタイミングで激辛引いたぞ!」
フジミヤが苦しむアツシを右手で指差し、左手で文字どおり腹を抱えて大爆笑している。
どうせ平気なんだから、あんたが引けばよかったのに。
「カノジョに冷たくしてっからバチが当たったんだよ。
なーにが確率を考慮しろだ!」
カイリが左手でたこ焼きを持ちつつ、右手でアツシの右肩をペチペチと軽く叩いている。
ヨシトモは顔を背け、右手で自分の口を覆い、左手をパーにしてアツシに向けている。
大人しいヨシトモらしく、笑いをこらえようとしてるのね。
「ごめんアツシくん、これは無理……くくっ」
「んーっ!」
未だ苦しみ続けるアツシが、言葉にならない悲鳴を上げた。
それでも吐き出したりしなかったのは、きっとアツシなりの意地なんでしょう。
「アツシさん大丈夫!?
私のせいで……ほら、紅茶飲んで!」
ウララさんは大慌てで、自分が飲み残していた紅茶をアツシに勧めている。
「激辛を中和するなら甘いのが良いんじゃない?
あっ、このココアなんかどう?」
「そちらにしましょう!」
所でさ、これ多分フジミヤのドリンクよね。
もう1個は明らかにあたしの頼んだ抹茶オレじゃないんだけど、どうなってんの?
ドリンクバーが故障したって言ってたけど、それのせい?
「おい、それ俺が飲んだやつだぞ。
間接キスさせんのかよ」
やっぱこれ、フジミヤのか。
「間接キスくらいで何よ。
童貞丸出しね」
「お、おう……。
そうだよな、間接キスなんてどうって事ないよな」
あたしはフジミヤをスルーし、ウララさんにココアを手渡す。
「ほらっ、アツシさん!」
アツシは震える右手でウララさんからコップを受け取り、
中のココアをイッキに飲み干した。
「しかしこれ、結構ウメえな」
呑気にたこ焼きを食べてるフジミヤを、あたしはパチンとひっぱたいておいた。
「急になんだよ!?」
「フジミヤが激辛引かなかったからこうなってんのよ!」
「理不尽過ぎんだろ!
そんなの俺じゃなくて神様にでも言え!」
「そもそも、このたこ焼きは誰が頼んだんだい?
僕からすれば、いつの間にか注文が済んでて急に持ってこられたんだけど」
ぎくっ。
「私が悪いんですぅー……」
責任を感じたようで、タイミング悪くウララさんが泣き出してしまった。
100歩譲ってあたしとウララさんの共犯だとしても、
計画犯つまり言い出しっぺはあたしなんだけど、
しかしホント、この子可愛いなあ。
アツシにはもったいないわ。
「ウララのせいじゃねぇ。
あんたより、力尽くで食わせた俺様の方がずっとワリいぞ?」
「そもそも、誰かが悪なのかな?
強いて言うならさっきフジミヤくんが言った通り、神様のイタズラごころのせいだよ」
「まあ、火やタバコで発狂するのもこれでマシになるんじゃないの?」
「ふざけるな!」
あたしが半分冗談半分テキトーに言うと、アツシが怒鳴った。
「あ、アツシが喋ったぞ。
たかが辛いもんくらいで大袈裟だな……」
「フジミヤさんっ!」
アツシを見下すフジミヤに、涙目のウララさんが半ギレした。
「ああすまん、言い過ぎた」
「激辛の苦しみ、フジミヤには一生分からないでしょうね」
激辛100倍ラーメンをスルスルと平らげるフジミヤの姿を、あたしは思い出していた。
すると、怒鳴れるまでに回復したアツシが勢い良く立ち上がり、
ドカドカと乱暴に歩いて出入り口へと近付く。
「アツシさん、お手洗いですか?」
ドアノブを握った状態で、アツシが立ち止まった。
「帰る。
これ以上お前達のおふざけに付き合ってはいられない」
「そんな。
せっかく皆さん集まって下さってるのに……」
「知るか」
「アツシさんっ!」
ウララさんが手を伸ばして叫んでも、アツシはそれさえ無視して何も言わず、
サッと扉を開けて出て行ってしまった。
「あーあ、アツシのやつ拗ねちまったよ」
「フジミヤのせいよ」
「あのな……」
「なあ、こんな時でわりいけど俺様気になんだよ。
アツシはなんで火やタバコを見ると暴れやがるんだ?」
「それ、僕もずっと気になっていたんだ。
けど本人の居る時に直接聞くのは、あまり良くないと思って……」
「まあ、ちゃんと知っとかないと今後、お互いに苦労するだろうしな」
「それもそうね。
ウララさん、アツシと付き合いの長いあなたなら知ってるわよね。
今話せそうなら聞かせてくれない?」
あたしが気遣いながらも尋ねると、ウララさんは白いハンカチで目を拭き取り、
スウッと鼻で息を吸う。
その後、少しだけ顔を沈めてから喋り始めた。
「アツシさんがまだ幼い頃、真夜中に家が火事に遭ったんです。
私と会う前で、その時は超能力も持っていません。
ご両親と別の部屋で眠っていたアツシさんは、
火事だとすぐに気付けなかったせいで煙を吸い込んでしまい、
体を上手く動かせない状態で目覚めました」
フジミヤが、静かにカップの中身をすすっている。
「それでもアツシさんは床を這ってその部屋を脱出し、
新鮮な空気を吸おうと、大きな窓の有るリビングへ向かいました。
窓を開けられさえすれば、新鮮な空気がいくらでも吸えますからね。
でも残念な事に、その窓には鍵がかけられていて、
当時のアツシさんの体格だと、立ち上がらない限りは鍵に手が届かなかったんです」
前のめりになって自分の膝に肘を置き、
頬杖をついて話に聞き入るカイリが、一時的に頭を浮かせて左右の腕を入れ替えた。
「煙を吸ったアツシさんに立つチカラは無く、
薄れてゆく意識の中、握りこぶしを作って床を叩いたそうです。
たった1枚のガラスの向こう側に綺麗な空気が有るのに、
煙のせいで体の自由が奪われ、ただ向こう側を見ている事しか出来ない」
あたしはこの部屋の出入り口の扉も透明なのが目に付き、
うつ伏せで倒れるショタアツシを想像しながら、なんとなく外に目をやった。
でも正直、全然想像が付かない。
水に流す理由にはならないけど、アツシがあたしに与えた以上の苦悶や恐怖を、
その時のアツシは味わっていたのかな。
「アツシさんのご両親は生前、教会に務めていらしたそうで、
息子であるアツシさんにも常日頃から、神様について言い聞かせていたそうなんですが、
この時、アツシさんはその神様を呪いました。
自分じゃなくて神様が死ねば良いのに、と」
「生前と言うと、アツシくんのご両親はその火事で……」
ヨシトモは途中で言葉を切ったけど、その切った先を察したウララさんが、
ゆっくりと頭を上下させた。
「はい。
その火事でご両親は亡くなられましたが、アツシさんは生きていたのです。
もうお分りだと思いますが、アツシさんの瞬間移動はこの時開花しました。
恐らくですが、皆さんよりかなり早い時期の開花になりますので、
それだけに超能力への執着が強いんだと思います」
「その時のトラウマが、タバコやボヤ騒ぎで蘇ったってワケだったのね」
「そんな事情が有ったのか。
ケガ人を出さない為とは言え、あの時は何度もタバコを燃やして……。
俺、かなりアツシを苦しめちまったな」
「これでこの話は終わりです。
アツシさんの事、分かっていただけましたか?」
ウララさんはずっと沈めていた顔を上げ、あたし達4人をまんべんなく見渡した。
「ありがとうウララさん、良く分かったよ」
「そんな辛い事が有ったんじゃあ、ああなるのも仕方ねえ」
フジミヤは腕を組み、ウンウンとうなっている。
「それであたしにも、強引に超能力の開花を迫ったって事?」
「あの事について、アツシさんは私にあまり話してくれないので、
断言は出来ませんが、多分そうです」
「よし!」
突然、カイリが馬鹿でかい声を上げた。
ここがカラオケじゃなかったら、飲み物でもぶっかけてやってた所だったわ。
勿論あたしじゃなくてフジミヤがね。
「うっさいわねぇ、何よ!」
「俺様、きょうこの日をもってタバコをやめる!」
そう言ってカイリはズボンのポケットをまさぐり、
中からライターとタバコを取り出すと、テーブルの上にバンと強く叩き付けた。
「カイリくん!
加減しないと、馬鹿ヂカラでテーブルが割れちゃうよ」
「ああ、悪かった。
それも気ぃ付けるわ」
「なんかさ、カイリも随分大人しくなったよな。
こいつが俺に何したか言ってやろうか?」
「フジミヤさん、カイリさんにいったい何をされたんですか?」
「ウララさん、そこスルーで。
フジミヤも余計な事言わないの」
「お前、ホラー映画みたいだって興味持ってただろ」
「アツシの事心配してるよな?ウララ。
俺様、ちょっくら追いかけて謝って来るわ!」
「近くに居るとは限りませんが……」
「なぁに、俺様に任せとけよ。
じゃあな!」
カイリはそう言い残し、駆け足で扉をくぐった。
あたし達超能力者一行は、またひとり減って4人に。
「カイリくん、昔と比べてかなり丸くなったね」
「根っからのワルじゃないってのは、最初から俺も思ってたぞ」
「あ、ライター割れちゃってるみたいですね……」
ウララさんの言葉に釣られて見てみると、確かに透明なライターにはヒビが入ってて、
そこからテーブルの上にガソリンが染み出している。
「ったく、後先考えないんだから。
おしぼりあるからそれで吹きましょ」
「なあ、カイリだけじゃ見付からないだろうから、俺も探してくるよ。
別れっぱなしじゃなくて、もっとちゃんと話し合わないといけないしな」
フジミヤが立ったのを見て、道を空ける為にヨシトモも席を離れた。
「そうだね。
頼むよフジミヤくん」
「行ってらっしゃい、フジミヤさん」
「なるべく早く連れて帰ってよね。
この部屋だってタダじゃないんだから」
ドアノブを握る直前に、フジミヤがあたしへと振り返る。
「分かってるよ。
なんならココアの分、俺が払おうか?」
「ドサクサに紛れて借りを安く返そうとしないの」
「ちぇっ」
扉の向こうでフジミヤがつぶやく。
部屋に残ってるのは、あたしとウララさんとヨシトモの3人になった。
「ヨシトモ、あんたは行かないの?」
ヨシトモは右手を振ってから答える。
「僕はよしておくよ。
4人も出かけたら、店員さんが怪しむかも知れないし」
「しかし、3人になると静かですね。
あっそうだ、ヨシトモさん。
もし良かったら、手相占いしてみませんか?」
ウララさんが右手をパーにし、真ん中を左手で指差している。
「全員戻るまでどうせヒマだし、やってもらいなさいよヨシトモ。
あたしも見てもらったけど、結構当たるわよぉー」
「へえ、じゃあお言葉に甘えてお願いするよ」
ヨシトモはテーブルの上に右手を差し出し、手のひらを上に向けて置いた。
これは、全員が手相を占ってもらう流れね。
ウララさんはヨシトモの右手に自分の両手を添え、真剣な顔つきで観察している。
ウララさん、ガンバ!
馬鹿アツシ、1秒でも早く戻って来なさい!




