なんであたしまでbyココア
約束の放課後、あたしとフジミヤはヨシトモと合流し、ヨシトモの後に付いて行った。
お目当ては珍しいお菓子!じゃなくて、
ヨシトモがフジミヤにあげたお守りの中のメッセージについてだ。
十中八九ヨシトモが仕込んだんだろーし、
ヨシトモも超能力が使えるのかな?
これだけ超能力者に囲まれてると、あたしにもなんか無いの!?って思っちゃう。
てか、あたしにも超能力有るんだよね?
だからこそ死神はあたしをストーカーしてたワケだし。
でも全く何も使えない。
くそー。
あたしの超能力ってどんなだろ。
か弱いあたしは誰かとバトる気なんてこれっぽっちも無いから、
なんかお金になる超能力が良いな。
それかオトコを惚れさせる超能力とか!
良いね、これ欲しい!
なんて妄想してたら、ヨシトモの家に着いた。
木造2階建ての一軒家。
瓦の屋根に白い壁、角っこに金の飾り。
見るからに昭和チックな外観。
ドアも昔ながらの引き戸みたいだ。
先頭のヨシトモがガラガラガラと音を立てて、引き戸を開け中に入った。
「母さん、友達を連れて来たよ!」
あたしより、フジミヤが先に中へ。
「お邪魔しまーす」
玄関は広々で、座れるようになってる。
あたしはカバンを下ろし、超適当に靴を脱ぎ捨てた。
「ヨシトモ、例のお菓子どこ?
あたし今日のお昼抜いててさぁ、早くお菓子食べないと死んじゃいそう」
あたしは大袈裟にも、ヘソの上に手を当てた。
「おいココア、失礼だぞ!」
フジミヤにヒソヒソ声で叱られるあたし。
「後で出すから、とりあえず僕の部屋に来てよ」
「無くなってましたー、なんて言ったらパシらせるからね」
「大丈夫大丈夫」
「慌てない慌てない」
ヨシトモに続いて、フジミヤも言葉を繰り返す。
「フジミヤくん、慌てないが先じゃなかったかな?」
「そういやそうだったな」
ふたりがなんの話をしてるのか、あたしには分からなかった。
ヨシトモの案内で、あたし達はある部屋に通される。
玄関は引き戸だったけど、その部屋は開き戸みたいだ。
部屋の中にはベッドと茶色い勉強机があり、
時計柄の掛け布団がロールケーキみたいに巻かれ、ベッドの奥の方に置かれている。
ベッドをソファー代わりにしないと、3人じゃ狭そうね。
掛け布団をどけてあるのはその為かな?
「ヨシトモ、本好きなんだな……」
フジミヤの言う通り、勉強机の上には本が沢山並んでいる。
超能力とか奇跡とか魔法とかの胡散臭いタイトルが多いけど、
奇跡も超能力もあるんだって事は、うんざりなくらい身に染みて知っている。
魔法は……分かんないけどね。
なし崩し的に、あたしとフジミヤはベッドのフチに座った。
「狭くて御免ね。
じゃあ、すぐお菓子持って来るから」
「ヨシトモ、ダッシュよ!」
「ココア!」
ヨシトモは苦笑いしながら部屋を出て行った。
あたしはお菓子が来るまでの暇つぶしにフジミヤをからかおうと、
フジミヤにピッタリくっ付き、あたしの右手をフジミヤの左手に重ねた。
「フジミヤ、やっとふたりっきりになれたね?」
「ひとんちで恋愛漫画ごっこすんな」
フジミヤはそっぽを向いてしまった。
「あっ、駄目だよフジミヤくぅん。
ヨシトモに見られちゃうよ……っ」
あたしはフジミヤに体重を預け、それっぽい声を作ってみたが、
フジミヤの反応は冷たい。
「普段どっちも呼び捨ての癖して、俺はくん付けでヨシトモだけ呼び捨てか。
お前芝居の才能ゼロだな」
別に演劇部やったりとか、将来そっち系になろうとか考えてないけど、
ディスられたら腹が立つ。
あたしは腕組みをした。
「うっさい。
空腹のせいよ。
全く、ノリが悪いわね」
「俺に夫婦漫才でもしろってのか」
「めおと!?
あんたそこまであたしの事を……!?」
「揚げ足とんな!」
「お待たせー」
「お菓子!」
お菓子がヨシトモによって運ばれて来たので、
あたしはフジミヤなんかほっといてヨシトモに飛び付いた。
「わわわっ!ココアさん!?」
ヨシトモは円形で黒いお盆を持っていて、
そのお盆の上には、透明の個包装がされたクッキーみたいなのが山盛りになっている。
あたしが飛び付いた弾みで、その内のひとつがお盆からこぼれ落ちた。
あたしはそれをパシッと素早くキャッチ!
……した衝撃で、中のクッキーを砕いてしまった。
「あ」
「ココア、全部食うんだよな?
ひとかけらも残さずにな?」
ベッドの方を振り向くと、フジミヤがほんのりとニヤついている。
ウザい。
「何よ。
お腹に入れば一緒でしょ!」
あたしはその場に座り込み、かけらを落とさないよう慎重に個包装を開けた。
「ココアさん、それはもう良いから綺麗なのを食べてよ」
「あたしは全部食べるの!」
「あはは……ココアさんってお菓子が好きなんだね」
「好きじゃなくて大好きよ」
あたしは砕けたクッキーの1番大きなかけらをつまみ、口の中に入れた。
まったりとした甘みと、焼きたてでも無いのに優しく香ばしい香り。
おまけにこのサクサク感と来たら、
あたしがこれまでの16年で食べたどのクッキーよりも勝るくらい。
1個辺りいくらするのか知らないけど、この食感だけでも値段分の価値が有ると思う。
「うまぁー!」
あたしは両方のほっぺたを押さえた。
「喜んでもらえて何よりだよ」
「ヨシトモ、あれはほっといて本題に移ろうぜ」
「あれ扱いはどうかと思うけど……」
ヨシトモはお盆をあたしの近くの床に置き、勉強机の椅子に座った。
どの道あたしは真面目な話なんか聞けないから、
そっちは基本フジミヤに任せて、
あたしはふたりに背を向けクッキーを堪能することにした。
「ヨシトモ。
嘘無しで正直に頼むぜ」
「うん。
僕もそのつもり。
まず今更言うのもなんだけど、僕もフジミヤくん同様に超能力を持っている」
「だろうな。
でなきゃ説明が付かない」
「僕は予知夢を見れるんだ。
自分や自分の身の回りに起こる、命に関わる出来事を中心にね。
あのお守りのメッセージは、フジミヤくんとココアさんふたりの危機を予知したから、
それを回避する助けとして僕が仕込んだ」
あたしはふたりが見てないのを良い事に、上を向いて大きく口を開け、
個包装をひっくり返して中身を一気に食べた。
「それは分かるが、なら直接言ってくれても良かったんじゃないのか?」
「それなんだけど、僕は予知に関してポリシーを持っていてね。
なるべく予知夢の内容を他人に知られないようにしたいんだ。
必ず予知夢の通りになるとは限らないしね」
「そうなのか?」
「そうなんだ。
だからキミに渡したあのお守りは、最悪のケースに備えた保険のような物だった。
君が胸を切り裂かれるビジョンが見えたから、それに合わせてね」
「そこまで明確に予知出来るのか。
ヨシトモ、お前凄いな」
「キミの不死身の方がずっと凄いよ」
「謙遜すんなって!」
おっとこれは?
薔薇の花の香り?
なワケ無いか。
クッキーの香りしかしないや。
いや、これまで散々あたしの色仕掛けをかわして来たフジミヤの事だから、
案外ガチな方だったりして。
ヨシトモもヨシトモでフジミヤに親切過ぎるらしいし、有り得なくはない。
あたし自身は守備範囲外だけど、クラスで話したら盛り上がりそうだ。
「もしかして、カイリと俺が喧嘩した時の味噌汁も予知してたのか?」
「バレちゃった?」
「ひとり分の昼メシとしてはやたら量が多かったから、変だなとは思ってたよ」
「もしあれが無かったら、フジミヤくんはちょっとまずかったかも知れないね」
「まさかあれ、ヨシトモが自分で作ったのか?」
「それは……母さんが味噌汁を僕に渡すのは本当だけど、足りない分は僕がね?」
おっとっと。
男子が男子の為に味噌汁を作るとは。
あたしなんか自分用に作った事すら無いのに。
ヨシトモって、オトコだけどあたしより良い奥さんになれちゃうんじゃないの?
「そう言えば、カイリのあれも超能力だよな?」
「そうだろうね。
僕は彼と殆ど面識が無いし、正直言って怖いから、
本当の所は確かめられないけど」
「あいつは根っからのワルじゃ無さそうだが、
ほっとくのは良くないよな」
「そうだね。
あれから僕の夢にカイリくんは出て来てないけど、
彼には超能力者の自覚を持ってほしいね」
キミの夢にはなんとかさんよりも、
フジミヤが出てくる可能性の方が高いんじゃないの?
色んな意味で。
「今はカイリよりアツシの方がずっと脅威だな」
「アツシ?」
思い出したくない奴の名前。
「知らないのか?
ココアを追いかけ回して、俺をお守りごと切り付けた奴の名前だよ」
「あのひと、アツシって言うんだ。
どうして知ってるの?」
「向こうから勝手に名乗って来やがった。
本名かどうかは分かんねえけどな」
「アツシくんの事、他にも教えて欲しいな。
昨日は上手く行ったけど、僕も毎回予知出来る保証は無いからね。
少しでも知っておいた方が良い」
このひと達、さっきからオトコの話しかしないんですけど。
「その前にひとつ良いか?」
「なんだい?」
「ココアについてなんだが……」
「はいっ!?」
オトコ、オトコと続いてオンナのあたしの名前が出るとは予想してなかったので、
ちょっと驚きつつ振り向いた。
「ココアうるせえぞ。
大人しくクッキー食ってデブっとけ」
「残念。
あたしは胸に行くタイプですから」
「あんまりデカいとババアになった時垂れるぞ」
「あんたこそハゲないようにね」
「フジミヤくん、ココアさんがどうしたんだい?」
あたしとフジミヤの罵り合いを、ヨシトモが遮った。
「アツシが言うには、ココアは超能力を秘めているらしいんだ。
その才能を開花させるとかどうのこうのってな。
俺にはあれが、どうも嘘とは思えねえ」
「どうしてアツシくんは、ココアさんが超能力者だって言えるのかな?」
「アツシには仲間が居て、そいつが常人と超能力者を区別出来るらしい」
「えっ?」
「それどころかアツシは俺が不死身だと分かった途端、
俺に向かって仲間にならないかとか言い出しやがった」
「それで、フジミヤくんはどう答えたの?」
「わざわざ言うまでもないだろ。
で、その後は俺は超能力者至上主義で、凡人が何人死のうが構わないとかほざいてたよ」
「うーん。
カイリくんとは比較にならないくらいの危険思想だね。
ココアさんが無事で、本当に良かったよ」
無事でってのは、ちょっと聞き捨てならない。
「無事じゃないわよ。
散々な目に遭ったんだから」
「そうだね、御免。
ココアさん」
「俺、ココアの身代わりで切られたんですけど」
「不死身なんだから気にしないの」
「なあヨシトモ、今の態度は命の恩人に対するそれじゃないよな?
ヨシトモ?ヨシトモ!」
あたしはほぼずっとふたりに背を向けてるから、
フジミヤがどうしてヨシトモの名を叫んだのか、すぐには分からなかった。
フジミヤの尋常じゃない様子に振り向くと、
ヨシトモが椅子の肘掛けにもたれかかって目も閉じていて、まるで眠ってるみたいだった。
「すー……すー……」
みたいじゃなくて、ヨシトモは寝息を立てている。
「どうしたのよ」
「知らねえよ。
ヨシトモが急に……」
「寝不足だったんじゃないの?」
「だからって急に寝る奴があるかよ」
「はっ!」
ヨシトモが目を覚まし、勢い良く体を起こした。
ヨシトモを心配してすぐ近くに居たフジミヤの顔面に、
ヨシトモの左肘が不意打ちをかます。
フジミヤは痛みを感じないから。声ひとつ上げなかったけどね。
「ヨシトモ、大丈夫か?
眠いならベッドで……」
ヨシトモはこれまた激しく、椅子から立ち上がった。
「フジミヤくん、急いで僕に付いて来て!」
「なんだ!?」
ヨシトモがフジミヤの目を見て叫んだ。
「予知夢が来たんだ。
カイリくんが危ない!」
「はあ!?」
「カイリってワルなんでしょ?
そんなのほっときゃ良いじゃない」
ヨシトモがあたしを見た。
眉間にしわを寄せたその顔には、やけにチカラがこもってるように見える。
「ココアさんも来て!」
「ええーっ!?あたしも!?」
「早く!」
ヨシトモは左手でフジミヤの右手を握り、フジミヤを引っ張りながらあたしの右の二の腕を右手で握った。
「なんであたしまで!?」
「落ち着けヨシトモ!」
「説明は後でするから、今は急いで!」
ヨシトモはあたしの不満やフジミヤの宥めを一切受け付けず、
あたし達をグイグイ引っ張って部屋を出た。
「もう!どうしたってのよ!」
まだクッキー残ってるのに!




