こいつとの会話無理っぽいわbyフジミヤ
死神は瞬間移動で俺の隙を突き、ココアを人質に取ってしまった。
「距離を取らせたのが仇になったな。
密着している方がまだ安全だっただろう。
こちらとしてはやり易くて助かる」
「てめぇ!ココアを離せ!」
「ひっ!」
急にココアが悲鳴を上げ、目をギュッとつぶり、口を歪めた。
良く見ると、ナイフの切っ先がココアの首に触れ、
そこから僅かに出血しているのが分かる。
「やめろ!」
「それよりお前、俺が瞬間移動した事が不思議で無いのか?」
「そんなのどうでも良い!ココアを解放しろ!」
「ふん。
つまらないヤツめ」
「なんでココアを付け狙うんだ!
人を殺したいんなら俺にしろ!」
俺、不死身だけどね。
脅しも兼ねてズイッと一歩前に出たが、死神は動じなかった。
「何度も言っている。
俺はこの女にだけ用が有るんだ。
痛い目を見たくなければ失せろ」
「痛いのも死ぬのも怖く無いね。
だが、目の前で誰かが死ぬのは御免だ!」
ココアは体を震わせ、弱々しい目で俺に視線を送る。
「フジミヤ…」
ココア、絶対に助けてやるからな。
「これ以上、ほんの少しでもココアを傷付けてみろ。
死神だろうがなんだろうが、
どこまでも追いかけてぶちのめしてやるからな!」
「随分と威勢が良いな。
どうしても俺の邪魔がしたいのか?
あるいは、女の前で見栄を張っているだけか…。
どちらにしろ愚かだな」
「うるせぇ!」
「ひぃっ」
ココアがまた、小さい悲鳴を上げた。
「傷付けてやったぞ。
さあ、俺をぶちのめすんだろう?
やって見せろ」
「ぐ…」
脅しになればと思ったが、裏目に出ちまったか。
本当にすまん、ココア。
俺は自分の不甲斐なさで意気消沈し、顔を沈めてしまった。
「やはり虚勢だったか」
「…なあ」
「ん?」
「どうしたらココアを解放してくれるんだ?」
「これは人質ではない。
繰り返すが、俺にとってお前は邪魔なだけだ」
代われるもんなら代わってやりたいが、どうも無理そうだ。
「気付いているだろうが、
俺がその気になりさえすれば、この女は既に死んでいるだろう。
そして今、女は生きている。
だがお前が邪魔をすればする程、俺は苛立ち、
勢いでこの女を殺してしまうかも知れんぞ?」
こいつ、逆に俺を脅すつもりか。
しかし、ココアの命が死神の手の中にあるのは事実。
「どの道お前にこの女は助けられない。
生かすも殺すも俺次第だ。
お前が潔く身を引けば、
少しは死期を先延ばしにしてやっても良いぞ」
死神の言葉は否定はできない。
だが、死神が約束を破る事も有り得る。
どうする…?
どうすればココアを救えるんだ?
そもそも、俺に選択肢が与えられているのか?
常人で無い事だけは確かだが、ヤツは本当に…死神だってのか?
「ここで俺の怒りを買い、女を無駄死にさせるか。
この場から立ち去り、俺に女の命を委ねるか。
なあ、選べよ」
死神のナイフが、ココアの首に狙いを定める。
これ以上刺激すると、本当に殺しかねない。
自分が不死身なだけじゃどうにもならないのか?
俺は一縷の望みを賭け、
『分かった』の四文字を口にしようとした。
しかし。
「待って!」
ココアが俺の言葉を遮る。
「フジミヤ…あたしを見捨てるの?」
ココアの目から、ひと粒の涙がこぼれ落ちた。
「もう助けてくれないの?
あたし、こいつに殺されちゃうの?
そんなのヤダよ…助けてよぉ…」
俺は何も言えなかった。
助けたくても助けられないんだ。
「ははは、良いぞ女よ。
絶望を味わえ」
「フジミヤ…」
ココア…。
『ピロロンロンロロロン』
「んっ!?」
唐突に鳴り響く着信音風の音楽に、死神が大きく気を取られる。
俺は、その僅かな隙を見逃さなかった。
すかさず地面を蹴り、死神とココアに突撃する。
死神がナイフを俺に向けた。
襲い来る俺から身を守ろうと、条件反射でそうしたんだろう。
それは非常に好都合だった。
なんせ俺は、不死身だからね。
ナイフが俺の右肩を切り裂くが、なんのその。
そのまま構わず死神に掴みかかった。
俺とココアと死神の三人は、もつれて地面に倒れ込む。
「きゃあ!」
「逃げろ!」
俺はナイフを封じる為、死神の右腕を最優先で狙った。
ココアが逃げるチャンスさえ作れれば、後はどうでも良い。
『ピロロンロンロロロン』
「貴様!」
腕力は勝ってるらしく、俺は死神の右腕を地面に押さえ付ける。
仰向けの死神の上に、俺が覆い被さる形になった。
割とどうでも良いが、さっきから続く着信音は死神から発せられてるらしい。
ココアのスマホが鳴ってるのかと思ってた。
ココアは俺の意図を汲んでくれたらしく、
起き上がってすぐに走り出した。
もつれたせいか、ココアのポケットからスマホが落ちてしまう。
コンクリートの地面に当たり、カッと硬い音を立てる。
「あっ」
ココアの足音が止まる。
「構うな!」
俺が一喝すると、ココアは再度走り出し、俺達から離れて行った。
そりゃあ、現代っ子にスマホは欠かせないアイテムだろうよ。
だがどう考えても、命の方が遥かに大事だろ。
『ピロロンロンロロロン』
「クソ!」
手の塞がった死神が足で暴れ、腹やアソコに膝が刺さるが、
こんなものは俺に通用しない。
実を言うと、ちょっとだけ気持ち悪い感じはするけどね。
…なんで調子こいてたら、死神が両足を揃えて折り曲げ、
俺を思いっ切り蹴り付けた。
不死身でも物理学には逆らえず、俺と死神の間合いが開く。
死神が自由になってしまったが、ココアは逃走に成功した。
『ピロロンロンロロロン』
「んっ!?」
俺を蹴った死神は瞬時に消え、
さっきまで死神の懐で鳴っていた着信音が頭上から聞こえた。
俺が見上げると、この路地裏の壁を成す建物の屋上に、
死神が座っていた。
ただでさえ黒パーカーなのに、月明かりが逆光になって余計黒く見える。
こいつ、また瞬間移動しやがったな。
「なんだ?」
死神が通話を始めた。
ここで、俺はいくつかの疑問を浮かべる。
まず、今死神は瞬間移動してあそこに居るワケだが、
俺が掴みかかったタイミングで迎撃せずに逃げる手も有ったはずだ。
それなのに、死神は俺を蹴り飛ばしてから移動した。
これがひとつ目。
「…なに?わざわざそんな事で電話したのか?」
次に、あれだけココアに執着していた死神が、
自分の携帯(良く見えないが多分スマホだ、畜生どいつもこいつも羨ましい)
が鳴った程度で、隙を作るのはどうなんだ。
これがふたつ目。
「いや、互いのタイミングが悪かっただけだ。
あまり気にしないでくれ」
最後に、これはふたつ目と少し被るんだが、
死神は自由になってもすぐにココアを追いかけようとせず、
手出しされないや高所に居るとは言え、
掴み合いをした俺さえ放置して通話を続けている。
そんなに優先度の高い相手がかけてきたのか?と、これが最後だ。
「…そうだな」
死神の影が動き、俺の方を見下ろしている気がした。
「少し遊んでから行く。
俺からまた連絡するから、どこかで時間を潰してくれ。
じゃあな」
死神が通話を終えたようだ。
知人とか友人と話すようなノリだったが、
イカれてるこいつと意気投合出来る様なやつの事。
もしかすると、ゆくゆくはふたりしてココアを狙ってくるかもな。
「おい、お前」
随分遠くからだが、このお前とは俺を指しているのだろう。
現に死神は、指差しをするようにナイフを俺に向けている。
「…なんだよ」
「お前のお陰で女に逃げられてしまった。
余程死にたいらしいな。
ここまで来ると逆に殺してやりたくなくなったが、
特別に少し遊んでやろう」
言い終わると同時に、死神は俺の目の前に瞬間移動した。
そして、俺の頬をナイフで切り付ける。
俺はすぐに反撃の右フックを放ったが、後ろにかわされた。
「…お前、肩の傷はどうした?」
死神がナイフを俺の肩に向ける。
俺の体質上肉体はとっくに治っていて、
服に切れ目が入り、血が少しついているだけの状態。
「確かに切り裂いたはずだが。
それに、頬の傷も…」
「驚いたか?
お前は瞬間移動出来るみたいだが、
一方の俺はまさかの不死身なんだよ。
切ってもすぐ元通りだ」
「なんだと?」
毎度毎度この瞬間は、まるで手品の種明かしをしているみたいで、
俺にとってはある種の快感を得られる機会だ。
俺もそうだとは知らず、相手が先に超能力を誇示しているとなると、
普段とはまた違った趣が有るな。
「更にこっちは生まれ付きだが、痛みも感じない。
お前のそのナイフなんかまーったく怖くないんだよ」
どうだ、死神さんよ!
「…これは驚いた。
一兎を追っていたら、すぐそばに二兎目が居たとは」
「は?」
死神はナイフを下ろし、俺への警戒を緩めた。
ひとを兎扱いかよ。
…いや、ちょっと待て。
その言い方だとまるで、
俺だけじゃなくココアも超能力を持ってるみたいじゃねえか。
「それ、どういう意味だ?」
「なあ。
お前、俺の仲間にならないか?」
死神が俺に左手を差し出す。
「はあ!?」
「これまでの非礼は詫びよう。
俺はアツシだ。
同じ超能力者同士手を組んで、より良く暮らさないか?」
黒パーカーのフードを自分でめくり、死神が顔を露わにした。
金髪で右が短く左が長めの、左右非対称。
小綺麗な顔で目が鋭い。
若いんだろうとは声で知ってたが、こいつ俺とそんなに変わらなくね?
「ふざけんな!」
高等動物を象徴するその脳味噌の一体どこから、
そんな頓珍漢な勧誘をしようという発想が出てきたのかが俺には不明だが、
とりあえず、死神…アツシの左手をなぎ払っておいた。
「散々ココアを付け狙っておいて仲間だと?」
「あの女にも、超能力者の素質が有るのだ」
こいつ、サラッとデカい事言ったな。
「仮にそうだとして、殺そうとするのは尚更理解できねーな。
何はともあれ、これ以上ココアに関わるな」
「それは出来ん。
全ての才能は開花して然るべきだ。
その為に俺はあの女を脅し、追い詰めなければならない」
あー。
俺、こいつとの会話無理っぽいわ。
代わりと言っちゃあなんだが、拳で語ろうぜ。
「黙れっ!」
渾身の顔面ストレート!
「無駄だ」
俺の拳が見事に空を切る。
こいつ、まさか細かく瞬間移動してるのか?
「この際ハッキリさせておこう。
俺は、超能力者至上主義だ。
俺があの女に危害を加え、超能力に目覚めれば良し。
目覚めなければ所詮それまで。
なんの変哲も無い、ただの人間がひとり死ぬだけの事だ」
「てめえの主義に他人を巻き込むなよ!
第一、どうしてココアが超能力者だって言えるんだ!」
「超能力者を区別できる仲間が、俺には居る」
「知るか!」
多分また避けられるんだろうけども、構わず俺は殴った。
単調だったせいか、今度は瞬間移動じゃなく普通にかわされる。
「回答してやったのにそれか?」
「納得いかなさ過ぎんだよ!」
「ではどうすれば、お前は納得するのだ?」
「とにかくココアから手を引け。
二度と彼女に近付くな」
「…この際、お前やあの女が俺の仲間になるかならないかはどうでも良い。
だが、才能が日の目を見ぬまま没するのを、俺は見過ごせんな。
お前だって、その不死身の超能力で恩恵を得ているはずだ。
もし自分が常人だったら…と考えた事は無いのか?」
「ゴチャゴチャうるせえ…」
有るには有る。
無痛症を抱えて生まれた俺にとって、不死身はとてもありがたい体質だ。
しかし一方で、
即死したヨリコをよそに俺だけ生き残ってしまっている事実は、
未だに俺の心を縛り付けている。
だが、これらはアツシの発言や悪行とは無関係だ。
むしろ、人命を軽視するその信条は、俺と正反対ですらある。
俺とアツシは、絶対に相容れない。
「超能力を得るメリットに比べれば、死の恐怖など軽いものだ。
しかも俺は、死なないようにわざわざ加減してやっている。
それがなぜ悪い?」
「悪いとか正しいとかじゃねぇ。
そもそも気に入らないんだよ」
「そうか。
では、もうお前に用は無い。
俺は俺の成すべき事をするまでだ」
アツシが消えた。
「俺とお前、どちらが先に女を発見できるか…。
最も、俺には理解のある味方が付いている」
消えたアツシはまた、建物の上に。
「俺とていつまでもひとりの女に構ってはいられない。
次辺りで見切りを付けるつもりだ。
不死身!精々愛する女を守れるよう足掻くんだな」
「俺は……」
俺が発言を訂正する前に、アツシは消えた。
取り残された俺は、ココアが落としたスマホを拾い上げ、
速やかにその場を去った。
アツシはまた、ココアを探し出して襲うつもりだろう。
見切りを付けるなんて言ってたから、最悪殺されるかも知れない。
現在、ヤツにも俺にもココアの居場所は分からない状態だ。
もしココアが帰宅しているのなら、同じマンションの俺に有利なんだが。
しかしわざわざ宣言してから消えるなんて、
ココアの命を賭けた人探しゲームでもしようってのか?
アツシの野郎、ふざけやがって。
ヤツをぶちのめして改心させたいのは山々だが、
単純な殴る蹴るでは勝てそうに無いよな。
だったらその心を折ってやる。
ココア、どこだ?




