これってもしかしてbyココア
フードコートは、見晴らしの良い4階にある。
その広さは、喫煙席と禁煙席を合わせ、全部で120席になるらしい。
下界の通行人やクルマがとても小さく見えた。
同じ4階でも、あたしのマンションの4階よりずっと高くて、
ここから落ちたら確実に死ねるんだろうなって、
薄黒い考えがフッとよぎる。
まずしないし、今やろうとしてもフジミヤが止めるだろうけどね。
あたしとフジミヤは窓際の、
すぐ近くに大きな柱の有るテーブルに向かい合って座った。
ふたりで使うには、テーブルの面積がちょっと狭い。
「何にしよっか」
あたしはメニューを手に取り、テーブルの真ん中に広げた。
「俺、味噌汁にハマってるから和食が良いな」
フジミヤがメニューのページをめくり、
焼き鮭やトンカツ、卵焼きや納豆なんかで埋め尽くされた、
和食だらけのページを開く。
「和食ぅ?地味じゃん。
こういうとこではハンバーガーとかでしょ」
あたしも負けじと、ハンバーガー系やフライドチキンなんかの、
ジャンクフード一色のページを開いた。
「お前、
普段からこんなもんばっかり食べてんじゃないだろうな?」
「そうだけど…仕方無いでしょ。
あたしのママは料理なんてしてくんないし」
あたしはやな事を思い出してしまい、
頬杖をつき、気分を紛らわせる為に外を眺めた。
「ああ、そっか。
わりいココア。
余計な事言っちまったな」
「別に…」
他所では毎日母親が料理を作ったり、
掃除したりしてくれるんだろうけどね。
あたしんとこはそんなのほとんど無いから。
「すまん!俺が悪かった」
フジミヤはテーブルに両手を置き、
ゴッと鈍い音を立てて、メニューの上に頭を下ろした。
土下座じゃないけど、かなり近い感じ。
「良いって」
フジミヤは顔を上げ、苦笑いしている。
「俺、生まれた時から痛覚が無くってさ。
だから、他人の心の痛みも分かんねえのかな?
さっきみたいにすぐ怒らせちゃうんだ」
へえ、そんな人間も居るんだ。
特異体質ってやつ?
「だからもし、また俺がココアを怒らせたりしたら、
その時は遠慮なくガツンと叱ってくれ。
なんなら殴っても良いぞ。
どうせ痛くねえけど、ココアの気が済むならそれで良い」
フジミヤは爽やかぁーな表情で、自分の胸の中心をドンと叩いた。
あたしは相変わらず、
どうしてこいつがそこまであたしに構うのかが分からない。
ココロの弱みに付け込んで、童貞卒業したいんだろうか。
ちょっと探りを入れてみよう。
「あんた必死よね。
あたしと遊べて嬉しい?
カノジョとか居た事無いの?」
「カノジョか、それっぽいのは居たぞ」
「カノジョ居ないって言ってたじゃん」
「ああ、死んだからな」
あたしは言葉に詰まった。
結果論とは言え、あたしはフジミヤのデリケートな部分に、
そうと知らずに踏み込んじゃったのかも。
これはやり返しとかじゃなかったんだけど。
「…そうなの」
あたしは平静を装ってなんとか返事したけれど、
正直気まずい。
てかあんたもそんな重い過去明かさないでさ、
黙ってりゃ良かったのに、
何で自分からポロッとカミングアウトしちゃうかなあ。
「そうだ。
だからそれが事故でも自殺でも、
死にそうなやつはほっとけないんだ。
ココア、お前もな。
ちょっとは俺の事、分かってくれたか?」
あたしはどう返したら良いか浮かばなくって、
また外を見て誤魔化していた。
そしたらフジミヤが、
「さ!暗い話題は終わりだ。
さっさと料理決めようぜ。
俺、ココアと同じのにするわ」
と言って、メニューをあたしの方に寄せる。
「味噌汁ブームはどうしたのよ」
あたしがジトッと睨んでツッコむと、フジミヤはニカッと笑った。
「飽きた」
「嘘付け!全く、調子良いんだから…」
特別落ち込んでないみたいで、ちょっと助かった。
あたしはメニューを手に取って目を走らせる。
「飲み物はココアか?」
「名前ネタはやめて。
結構気にしてるから」
「わりいわりい。
そうだ、ここの支払い俺に任せろよ。
少しは男らしいとこ見せないとな」
フジミヤは言い終わるとポケットに手を入れた。
しかし、すぐに表情が青ざめる。
「どしたの?」
「やっべ、財布落とした!」
「ええ!?」
そりゃ大変!
あたしが奢って貰えなくなっちゃうじゃん。
「多分ゲームコーナーだ。
探してくるから、ココアは料理決めといてくれ!」
フジミヤは後ろの席に椅子をぶつけて騒々しく立ち上がり、
エスカレーターの有る方へ走った。
「俺も同じのだからな!」
「はいはい」
フジミヤが下の階に消え、あたしはメニューをパラパラとめくる。
正直、あんまり食欲無い。
でもどうせ奢りなら、高いやつ頼んじゃおっと。
「おお?」
この20センチパフェってやつ。なんか良い。
値段高めだし、それに馬鹿っぽくて良い。
これにしよう。
メニューが決まったあたしは、
テーブルの角に置かれた呼び出しボタンをポチッと押した。
『パンポーン』
ふっふっふ、フジミヤくん。
あたしは安いオンナじゃないぞ、覚悟しときなさい。
和食派なフジミヤが、ランチメニューですら無い、
女々しいデカ盛りパフェを目の当たりにした時のリアクションを想像し、
あたしはひとりでほくそ笑んでいた。
すると、エスカレーターの方から聞き覚えのある声がして、
心臓が一瞬、ドクンっと高鳴った。
まさかの急展開に気が動転したあたしは、
すぐ近くの柱の陰に隠れ、声の主の様子を伺った。
「凄い見晴らしが良いな」
この声、あの顔。
間違い無い。
あたしが片思いしている、愛しの先輩だ。
どうしてここに?
あたしの心臓はバクバク脈動して、
まだギアが上がりそうなくらいだ。
どうしよどうしよ。
これってもしかして…運命?
あたしはとてもじゃないけど、柱の陰から出れなかった。




