情はないのか
ギッシュ・アベルトル。
彼はこの一帯の地域では名を知らない有名な冒険者である。
詳しい話は知らないが、僕の知っている話では、彼は飛竜を一人で倒せるくらいに強いらしい。
ちなみに飛竜はその種類にもよるが、普通は五十人ぐらいのレイドを組んで倒すようなモンスターだ。
つまりギッシュさん超強い! である。
そんな彼がギルドの依頼を受け――といってもほぼ強制的なようなものらしいが、こうしてこの街のギルドに来たというわけだ。
そして彼は、僕がミュールさんから聞いた話と同じ内容を口頭で説明し、事実上の試験官が現れたことで、ギルド内が騒がしくなる。
「ホントに選定するんだな……」
僕もそうつぶやく。
「こんなの横暴よ! アタシみたいな強い冒険者に今更資質を確かめるですって⁈ なめてんの⁈ やめさせるんならシンリみたいなのをさっさとやめさせればいいじゃない!」
「おいマフラ、聞き捨てならないなあ! 僕だって冒険者資格はく奪されたら、事実上の無職になるから困るんだけど!」
「何よ? アンタがのたれ死のうがどうでもいいんですけどー! はいはい、ここに雑魚がいまーす! この人でーす!」
「ちょっ! 何その申告制⁈」
僕たちみたいにあいつが雑魚だ、やめさせるならあいつだと、ギルドを喧噪が包む。
しかしそんな僕たち冒険者の話など聞いてないかのごとく、ギッシュはパンパンと強く手を叩く。
「はいはいうるさいうるさい! とりあえずさっさと、誰とでもいいからペアを組め!」
その言葉に少しずつあたりの騒がしさも小さくなるが、僕たちは意図がわからず首をかしげる。
「何のためのペアだ?」
誰かがそう質問するも、
「いいから別れろ。話はそれからだ」
そういって早くしろと言わんばかりに、ギッシュは顎でクイクイと促す。
さすがに冒険者選定に関係あるのだろうが、意図がわからない以上簡単に組むわけにもいかない。
ほかの冒険者もそう思っているのか、周りを伺うばかりでなかなかペアを組まない。
そんな風にお互い牽制するような雰囲気の中、隣にいたマフラが口を開いた。
「アタシわかったわ……。分かっちゃったわ!」
「なにが?」
とりあえずそう聞いてみた。
「人ってペアを組めって言われたら仲のいい奴でペアを組むじゃない? で、この場合はその二人で共闘して何かを成し遂げさせるってのがベターでしょ?」
「うん、そうだね」
「でもね、ギルドは今回の話を唐突に今日発表して、その日に選定しようとするような性格の悪い奴らよ? なら『ペアを組め』っていう言葉から簡単に連想されることは絶対やらないわ」
そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
「だから、これは仲のいい奴で組ませて『じゃあ今からその二人で模擬戦して負けた方は脱落』とかいう最低な発想から来る友情ぶっ壊しゲームなのよ! きっと!」
彼女の話は別にあり得ない話ではなく、別れてから詳細を話すというギッシュの言葉からも全然一考の余地がある。
であれば元仲間の彼女たちと組むのはよくないと、僕が他の冒険者を探そうと周りに目を向けようとしたその時。
僕の右腕に絡み、左袖を引っ張り、後ろ首を掴む者たちがいた。
「「「確保」」」
「今のタイミングで確保って、お前らには元仲間に向ける情はないのか?!」
もちろん、僕を確保したのは元パーティーメンバーの三人だった。