幽鬼凛凛
「ユラちゃんっ!」
俺の叫び声に応じて、ユラちゃん登場。
出来るだけ大きくと念じてた甲斐あって、巨大なユラちゃんが。
やべっ、観客席巻き込んじゃう?
観客席の一番前を巻き込むくらい巨大な生物の登場に観客全員が驚いて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
見渡す限りでは観客には被害はないようだ。
しかし、まあなんだ。
師匠は大丈夫か?
俺が消滅さしちゃったとかオチないよね?
超、巨大なユラちゃんは、ぷよん、ぷよんしていた。
「ユラちゃん、師匠は?」
俺がユラちゃんにそう聞くと。
何かが飛び出してきた。
吐き出したのか?
よくわからんが・・・。
べちょべちょしてる師匠が、俺を恨むように見上げる。
なんか、ばっちいんですけど。
「・・・。」
無言でジーッと俺を見る師匠。
「な、なんですか?」
止めていいって自分で言ってたんだから、文句言われる筋合いはない。
「・・・。」
何も言わない。
それはそれで何か不気味な感じが。
ズボっ!
変な音と共に、頭のおかしい奴が、ユラちゃんから出てきた。
消滅せんかったんか。
「殺すっ!殺すっ!」
なんだ、喋れるんじゃないか。
まだ師匠と戦いたいのか。
さすが戦闘狂。
と、思ってたら、宙に浮いて俺の方へ向かってきた。
なんでやねんっ!
「殺すっ!」
頭のおかしい奴から俺を守ってくれる人影が。
べちょべちょした師匠ではなかった。
いやいや、そこは俺を守れよ。
師匠は動きたくないのか、恨む様な瞳で俺をジーッと見つめてるだけだった。
「駄目ですよ、兄さん。正道さんは僕のですから。」
ちょ、待て。
いつからお前の物に?
文句を言いたがったが、こいつの強さは、シャレにならんので、辞めといた。
「どけっ!」
「消しますよ。」
僕男が出した強い殺気に、兄が怯んだ。
こええええ。
やっぱ、こいつ、こええええ。
よし、ずっと友達で居よう。
俺はそう決めた。
「うぉおおおおおおおおおっ。」
ワーウルフボディは、唸るような叫び声を上げると何処かへと行ってしまった。
普段ならどうか知らないが、ユラちゃんに大幅に力を持っていかれてるからか、現時点で僕男に勝てないと判断してのことだろう。
「見事だ。剣豪の弟子よ。この原初の精霊を石に戻してもらえるか?」
王にそう頼まれた。
あれ、このおっさん、この石の事知ってんのか?
「ユラちゃん。」
俺がそう言うとユラちゃんは、姿を消した。
俺は黒竜の肩から、コロッセオの客席へと降りた。
「なあ王様、あんたこの石の事、知ってるのか?」
俺がそう言って懐から石を取り出すと。
あれ?誰も驚かない。
最初に出会ったオーガボディたちは逃げ出したのに。
「ただの石ですよね?」
僕男がそう言った。
「・・・。」
師匠は何も言わない。恨めしそうに俺を見てるだけ。
こええよ。
「原初の石だな。」
そう答えたのは黒竜だった。
「何それ?凄いのか?」
「見るものが見れば恐怖を感じ、見るものが見ればただの石だ。」
なんじゃそりゃ、意味わからん。
「石という分類にすれば、ただの石に過ぎない。」
王様がそう言った。
結局、ただの石って事か?
「この世界、つまり幽鬼の世界が出来る前から、存在していた石だ。石としては普通の石なので、本当に存在してるか、あやふやなものだがな。」
王が説明したが、存在してるか、あやふやって。
「じゃあ、なんでこれが原初の石って言えるんだ?」
「原初の石は、永い間存在していたからか、精霊を宿している。」
「ユラちゃんが、精霊?幽鬼スライムじゃないのか?」
「スライム型をした幽鬼は存在するが、大きさが違う。」
まあ、確かにサイズは思うがままだけど。
「これどうしたらいいんだ?」
「お前が持っていればいい。」
「いいのか?何か大事そうなものじゃないのか?」
「それを原初の石と認識できる者は居ない。それに保管できる場所もない。原初の精霊が出現しても、どうする事もできんしな。」
「そうでもないぞ。ユラちゃんも切り刻めば最後は消滅するし。」
出会った時と、もう1回ほど、俺はユラちゃんを切り刻んで消滅させていた。
「それは消滅ではない。現にその後も出現しただろう。」
「確かに・・・。」
「それにお前は、原初の精霊を切り札にしているのだろう?持って居ても損はないだろう。」
「そうだな。」
今や、俺の最終兵器ユラちゃん。頼り過ぎなのはどうかと思うが、これ以上頼れるペットは他に居ない。
「なあ、黒竜はユラちゃんが怖くないのか?」
「戦う気は起らんが、怖くは無い。」
あんたの友達、めっちゃビビってたぞ?
「ドラオは怖がってたけどな。」
「それはそうだろう。」
「どういうこと?」
「力なき者が吸われたら、一瞬で消えてしまうからな。ガオのように力を失いつつも脱出なんて出来ないだろう。」
「・・・。」
いや、マジで。
超、やばかったんでないか?
俺は、恐る恐る師匠の方を見た。
べちょべちょの師匠を。
「師匠って力を吸われなかったのか?」
俺は出来るだけ小さい声で、黒竜に聞いた。
まあ筒抜けとは思うけど。
「原初の精霊がお前の仲間と認識したのだろう。推測だがな。力を吸われた形跡はない。」
俺はその言葉に安心した。
「いやあ、無事で何よりです。師匠、三剣人の世界に帰りましょう。」
「・・・。」
何も言わない。
俺を恨めしそうな瞳で見つめるだけ。
「な、何か言いたそうですね。」
「別に何もない。」
ようやく喋った。
べちょべちょの師匠が。
「いや、なんか恨めしそうに見てるじゃないですか?」
「気にするな。何もない。」
気にするっちゅううに!
何なのこの師匠は。
ジメジメしてて、今まで一番嫌だな。
「それなんですが、正道さん。」
僕男改め、親友のレトが話しかけてきた。
親友だよ、親友!
「ん?」
「三剣人の世界へ行く歪みなんですが、今すぐに行くのは無理なんですよ。」
「時期とかそういうものがあるのか?」
「いえ、問題があるのは場所です。」
「場所?」
「天狗山の頂上にその歪みがあるんですが。」
天狗山というだけあって、どうせ天狗ボディが住んでるんだろう?でも、あんたら王族でしょ?
「今、天狗山の奴らとは敵対関係にある。」
そう幽鬼の王が言った。
「いやいや、あんた王様でしょ?この世界の?」
「王だからと言って、何でもまかり通るわけではない。」
そりゃそうだが・・・。
「レト、お前が三剣人の世界に来た時は?」
「敵対していませんでした。」
お約束ってやつか。
しかし、参ったぞ。
「師匠どうしましょう?」
「知らん、お前に従う。」
ま、マジで?
「師匠、おっぱい揉んでいいですか?」
「お前の手を斬り落としていいならな。」
いつもの師匠だ・・・。
べちょべちょしてるけど。
「まあ、ここで話していてもどうにもならん。城へ案内しよう。」
「我は?」
黒竜が聞いた。
「いつもの庭で構わんだろ。」
「まあ、それでいい。なら庭まで我が連れて行こう。」
そう言って、黒竜は、全員を乗せて城の庭まで飛んだ。
「相変わらず乗り心地が悪いな。」
王が言った。
「ほざけ、正道は、まあまあと言ってくれたぞ。」
「うははっは、それはお世辞という奴だ。」
王様、それは言わないが華ですよ・・・。
「剣豪、我の体に、べちょべちょした物をつけるなよ?」
黒竜が心配そうに聞いた。
しかし、師匠は何も答えなかった。
ていうか、もうがっつり座ってるし、ねえ・・・。
「ま、正道、降りるときに剣豪が居た場所を拭いてくれ。」
これだけ巨大な体だと、自分の背中は拭けやしないし、水浴びできるような、大きな湖なんてのも、そうそうはないだろう。
「着いたら、拭いとくよ。」
俺はそう答えた。
師匠の尻拭いってのは、こういうのを言うのか?なんて思ったりした。
王城へ着くと、師匠は直ぐにシャワーを浴びた。ていうか幽鬼の世界にもシャワーあったんだな。
サッパリした師匠の機嫌は、戻っていた。
「さて、問題は天狗山のカラスの女王だが。」
幽鬼の王の言葉に、俺の心は微塵も動かなかった。
この世界に来て、散々、学習しましたから。
カラスの女王っていうことは、カラスボディだろ?あわよくば体だけ人間ボディで、顔がカラスとか、どうせそんなもんだよ。
逆パターンだったら、超怖いな。
俺は、想像して身震いした。
「レト、お前が正道を連れて話し合いをしてこい。」
幽鬼の王が、レトに言った。
「恐らく、正道さんは問題ないと思います。」
レトはそう言って、師匠の方を見た。
「師匠、カラスの女王とも何か因縁が?」
「心配するな、そんなものはない。」
ふう、一安心だ。
好戦的な師匠にしては、珍しい事もあるもんだ。
「ただ仲が悪いだけだ。」
だめだあああああああああ。
駄目だよ、この人・・・。
いや、人じゃないんだけど。
「今の状況は、いいとは言えませんし、仕方ないですね。正道さん、行きますか?」
「そうだな。」
何にせよ、行かないと話にならんらしいから、行くしかない。危険な場所かもしれないが、僕男改めレト君が居れば問題ない。
「父上、僕は前回の話し合いの決裂で、入山を禁止されていますので、正道さん一人で。」
ちょ、待て。
「そうだったな。仕方ない。」
おいっ!
どうすんだ、俺一人で、その天狗山へ行くのか?
師匠の方を見ようとしたが、そもそも仲が悪いって言うんだからダメだろ。
「悪いな正道、一人で行って貰う事になる。なあに、あそこには幽獣は、おらん。カラスどもの巣だからな。」
おい、待ておっさん。
幽獣とカラス、どっちが危険か教えろよっ!
「父上、麓の方は幽獣が居ますよ?」
お、おいっ!
「そうか、しかし、まあ剣豪の弟子なら問題ないだろう?」
幽鬼の王が師匠に向けて聞いていた。
無い訳ないだろう、何言ってんの、このおっさん。
「問題ない。」
・・・。
俺は最後の望みを、友人の友人に託してみた。
「こういう事になったんだけど、天狗山に連れてってくれねえか?」
ダメもとで庭に居た黒竜に頼んでみた。
「ふむ。話し合いに行くのであろう?」
「ああ。」
「我が行けば脅しになるぞ?」
「・・・。」
「カラス達は怯え、カラスの女王も警戒するであろうが、それでも構わぬのか?」
「・・・。」
大問題だろ。
何でかしらんが、揉めてる相手に、戦車で乗り込んで友好的に話そうなんて言って、誰が友好的に迎えてくれるんだ?
最後の望みは絶たれた。
って事は、何か?
俺、一人で乗り込めって事か?
いやいやいや、死ぬよ。マジで?
さすがに、お供とかつけてくれるよね?
「なあ、レト。さすがに俺一人じゃあ無理だと思うんだが?」
「うーん、カラス達は、話が通じますし、幽獣さえ何とかすれば大丈夫ですよ。」
それが何とかならんから、聞いてるんですよ?
「それに、幽鬼を供に付けると、カラス達と戦闘になりかねませんよ?」
「カラスと幽獣、どっちが強い。」
「あはははは。比べものになりませんよ。」
どっちやねん。
「幽獣が麓にしか居ない理由を考えたらわかりますよね?」
なるほど、俺が一人で行って、カラス達に土下座でもして助けてもらえばいいんだな?
「はあ・・・。」
ため息しかでねえ。
「正道。」
俺が城内で愚だ愚だしてると師匠が話しかけてきた。どうせあれだろ?さっさと行けとかいうんだろ。
「お前を今のまま、行かせるわけにはいかない。」
そっちか。
鍛えるんだろ?わかってますよ。
もうこの人に、淡い期待なんてしませんよ。
「この世界にヘグの香料という物がある。」
「???」
何言ってんのこの人?
「それを採ってこい。」
ああ、なるほど、そういう修行か。
アニメや小説で、ネタに困ったときにやるやつね。
もしかしたら、その香料が、カラスの女王への貢物なのだろうか?
マジで心配してくれてるの?
なんだかんだ言っても、俺の事を心配してくれる人だしな。
とりあえず、俺は、修行を兼ねてヘグの香料を手に入れる事にした。
「なあ、ヘグの香料って何処にあるんだ?」
俺はレトに聞いてみた。
「正道さんが摂りに行くんですか?」
「ああ、修行を兼てな。」
「死んじゃいますよ?」
・・・。
あの女、修行のレベルがわかってねえ。
「天狗山よりヤバいのか?」
「いえ、それはないですよ。」
「ちょっと待て、天狗山へは一人で行かせようとしてるだろう?」
「カラス達と戦う気なんですか?」
「そんな気は毛頭ない。」
「じゃあ、大丈夫ですよ。麓の幽獣さえ気を付ければ。」
「ウサギより弱いのか?」
「ウサギより弱い幽獣は居ませんよ?」
「駄目じゃん!俺、ウサギしか狩れねえよ。」
「困りましたねえ。ヘグの香料がある場所は、ネズミが大量に居ますよ。」
「よし、辞めとこう。とりあえず他に手に入れる方法はないか?」
俺は、即座に修行を諦めた。
師匠も採ってこいと言っただけで、自分で採ってこいとは言ってない。
「売ってる町がありますので、そこへ行けば。」
「よし、連れてってくれ。」
「構いませんよ。」
「あ、金は無いからな俺。」
「ええ、わかってます。」
ウサギを狩ってコツコツ貯めた幽鬼の世界の金は、酒場で奢ったんで無くなっていた。
俺とレトは、ヘグの香料が売っている町へと向かった。
黒竜に乗れば、あっという間らしいが、騒ぎになるので結局歩いていくことに。
道中、幾種類もの幽獣に出くわした。
まあ、都へ向かう途中も出くわしたしな。
まるで、虫を払うかのように、幽獣を狩っていくレト。
「なあ、何であいつら襲ってくるの?」
普通、野生の動物なら、自分より遥かに強い相手に向かっていくことは無い。
しかし、幽鬼の世界の幽獣は、誰構わず襲いかかる。
「さあ?僕らにも幽獣の気持ちはわかりません。」
まあ、日本でも虫どころか、犬や猫の気持ちなんてわからなかったしなあ。
幽鬼の世界に来て、思ったのだが、武器を使う幽鬼が少ないって事だ。レトもガオも戦う時は素手だ。枯れ木のじいちゃんも、まあ素手かな。オーガボディ達も殆どが素手だが、何人か武器を使う者たちも居たけど。
「幽鬼って武器を使う者って少ないよな。」
俺はふと、レトに聞いてみた。
「そうですね。多くは無いです。僕も普段は使いません。」
「へ?武器持ってんの?」
「素手では勝てない相手には使いますよ。」
「そんな相手が、幽鬼の世界に居るのか?」
「まあ、幽鬼の世界では黒竜くらいでしょうね。」
「・・・。」
そういや居たわ。
傍若無人な竜が一匹。
俺がたまたまドラオと竜契してたから、問題なく接しているが、暇つぶしで幽鬼を襲う竜だからなあ。
町へ着くと、普通の町のように賑わっていた。俺が持っている石を怖がるものは誰も居ない。
現在、原初の石は、鎮静の布といわれる物で作られた布袋に入れてある。
幽鬼の王に貰った物で、これに入れておくと怯える者も居なくなるようだ。
どうやら、原初の石に怯える者は幽鬼に多いらしく、普通の人間にはただの石としか感じないらしい。
まあ長い事存在してるだけで、ただの石なんだけど。
ヘグの香料は普通の道具屋に普通に売っていた。値段もそれ程高いものでもなかった。
「なあ、何でこんなに安いんだ?危険な場所にあるんだろ?」
「そうですね。ヘグが自生してる場所は、ネズミが大量に居ます。ですが、時期によっては、ネズミも少ないですから。」
「そう言った時に、採取しとくのか?」
「ええ。中にはネズミを狩る幽鬼たちも居ますが、ネズミの肉は、味はイマイチなので。」
オーガボディと旅してる時に俺は食べてみたいと、オーガボディに頼んだことがある。
無理して頼んだので、全部食べる事は食べたが、正直、罰ゲームを受けてる気分になった。
「あれは、イマイチというレベルじゃあないな。」
「食べたことあるんですか?」
「一回ほど・・・。」
「さすが、正道さん。勇気ありますね。」
勇気というより、無謀って気がするけど・・・。
まあ、何はともあれ無事、ヘグの香料を手に入れた俺は、幽鬼の王城へと戻った。
買ったとか言ったら、文句言われそうだなと思いつつ。
「師匠、ヘグの香料です。」
「ふむ、城下町には無かったようだな。」
「ええ、売ってる町に買いに行ってきました。」
嘘ついても、いつかはバレるので、正直に言った。
「そうか。」
何のお咎めもなかった。
もしかして、修行じゃあなかったのか?
師匠は、少し席を外したが、直ぐに戻ってきた。
「これで遠慮なく修行が出来るな。」
「???」
「何だ?」
「ヘグの香料って、何なんですか?」
「香料だが?」
「えっと、修行に何の関係が?」
「何をいっているんだ、正道。」
「・・・。」
あんたが何言ってんだ?
「私とて、性別で言えば女性だ。」
「そうですね。」
「香料を使って何が悪い?」
「えっと・・・。」
何が何だか・・・。
「一緒に旅してた時に、1、2週間、水浴びとかしなかったのは、ザラですよね?」
たまーに、水浴びしてて、目の保養にはなったけど。本当に偶にだった。
「だからこそのヘグの香料だ。これがあれば、1、2か月はもつからな。」
何その、ご都合的な香料・・・。
「闇でしか育たないからな。手に入れるのも苦労する。」
「三剣人の世界に生えてますか?」
「いいや。だが、剣王が栽培しているからな。手に入れる事は、可能だ。」
そういや、あのガチムッチョ。何で、幽鬼の巣があるところに道場なんて作ってるんだと思ったが、ヘグを栽培してやがったのか。
「少しは強くなったようだし、加減も少なめに出来るな。」
いつもの師匠だった。
ちょっと前まで、べちょべちょしてて、だんまりしてたのに。意気揚々としてる。
迷惑この上ない。
逃げ出したいのは山々だが、元の世界っていうか、俺からしたら元じゃねえ。三剣人の世界に戻るには、天狗山に行くしかない。
今のまま行ったら、確実に死ぬしな・・・。
仕方なく、本当に仕方なく。
渋々と俺は修行する事にした。
「防御に集中しろ。」
師匠の容赦ない攻撃。
集中しろとか言われても、防御に徹するしか術がない俺。
「あまいっ!」
防御が追い付かない時は、竜の鱗が発動していた。
「そんなんだから、イプシオンから攻撃を受けるだろう。」
「なんで、あの時、竜の鱗が発動しなかったんですかね?」
イプシオンに刺された時、竜の鱗は発動しなかった。
「発動するのにも時間がある。それより速く刺せばいいだけだ。」
物凄くいい恩恵があると思っていた竜契だが。なんとも・・・。
あんまりいい物じゃあなかった。
と言っても、竜の鱗が発動する前に突ける相手って限られるのだが。
「やってますね、正道さん。」
そう言って、レトが何やら大きな紙を持って来た。
「少し、休憩にするぞ。」
助かった。
今更ながらに思うが、師匠は優しい。
ばあちゃんに比べてだが・・・。
あの人、本当に肉親か?
「これが天狗山の地図です。」
そう言って、レトが紙を広げた。
何やら、グネグネと曲がりくねった道が書いてある。
山を登る道ではなく、麓へ着くまでの道が。
「何だ、この道?真っ直ぐ行けないのか?」
「幽獣たちのテリトリーを避けた道なので、こんなに曲がりくねってます。」
それは大事だ。
真っ直ぐって、アホか俺は。
「この道の通りに行けば、幽獣に出会う事はないんだな?」
「いえ、あくまでテリトリーを避けた道ですので、幽獣には出会うんじゃないかな?」
「・・・。」
「今から、幽獣を倒せるようになるまで修行していたら、私たちは永遠に、三剣人の世界には帰れんな。」
「麓まで送ってもらう事は、出来ないんですかね?」
俺はダメもとで師匠に聞いてみた。
カラス山に入って、カラスに出合えば、土下座すりゃいいだけだし。
もう土下座するの前提だけどね。
「め・・・。」
め?
面倒臭い?
おい、この女いい加減にしろよ。
もちろん、面と向かってそんな事言えないが。
「修行にならんだろう。それに幽獣に出会ったら、お前は逃げることに徹しろ。」
「逃げ切れますかね?」
「大丈夫だ、この私から逃げまくってた、お前なら。」
うああ、根に持ってるよ、この人。
「そうですね。正道さんの逃げ足なら大丈夫ですよ。」
どうせ、俺には逃げ足しかねえよ。
「それには、もう少し防御を鍛える必要があるな。」
それから、暫く俺は防御だけの特訓を受けた。
なんとか、こうにか攻撃を受けれる程度にはなったのだが、大丈夫なのかこれで?と思う俺の心配をよそに、早々に天狗山へと出発する事になった。
地図一枚持たされ、王城を後にするのだが、本当・・・。
誰もついてこねえ。
見送りも城の中だけ。
なんじゃそりゃっ!
せめて、城下町を出るくらいまでは、見送れやっ!
レトくらいはと思ってたが、何やら忙しそうだったので仕方がないが。
暇にしてた師匠まで来ないのは、納得がいかん。
「頑張ってこい。」
そう城の中で言っただけ。
半分、不貞腐れながら俺は旅だったのだが、天狗山が近づくころには、警戒心だけが俺を埋め尽くした。
何度も何度も地図を確認する。
命が掛かってるだけあって、道は完全に覚えた。
幽獣に出会いませんように出会いませんようにと何度も何度も復唱した。
心の準備に手間取ってた俺だが。
ガサガサっ!
草むらから音がっ。
ちょっ、まだ進んでねえよ。
いきなりの幽獣登場に焦る俺。
草むらから飛び出してきたのは。
狼?
いや、ワーウルフ?
なんだ、幽鬼か、ワーウルフボディの幽鬼だった。
幽獣じゃなくて、安心する俺。
・
・
・
って、馬鹿。
コイツ、あれだろっ!
レトの兄ちゃんのガオ。
やばい、やばい、やばいっ!
俺を殺すって言ってたよね?
超、やばいっ!
「お前、何処かで会った?」
ん?
コイツ、アレか?やっぱり、ただの戦闘狂で頭の方は弱いのか?
「気のせいだ、初対面です。」
俺はしらをきった。
「初対面ではない、何を言っているんだ、お前。」
睨まれた。
物すっごい怖い顔で。
「お前、懐かしい匂いがする。」
よかった、おいしそうとか言われないで・・・。
「名は?」
「鈴木正道です。」
鈴木家家訓、名前を聞かれたらフルネームで。
もちろん、ばあちゃんの言いつけだが。
「そうか、剣聖か。」
こいつ、ばあちゃんと知り合いか?
「何処へ行く?」
「天狗山へ。」
「死にたいのか?」
やっぱり、そんなに危険なのか。
「ついてってやる。」
それは、安全なのか?危険なのか?
どうなの・・・。
ガオは、くんくんと俺の体を匂いだした。
何だろ、ついていくって言ったよね?
食わないよね?
「息子か?」
「は?いやいやいや、孫です。」
「そうか。」
なんだ、ばあちゃんの孫だからついてきてくれるのか?きびたんご的なものは要求されないだろうな。
まあいいか。
俺が地図通りに歩き出すと、ガオはついてきた。
「そっち違う。」
「えっ?」
俺は、地図をガオに見せた。
「古い。」
「地図が古いのか?」
「そうだ。幽獣のテリトリーは日に日に変わる。」
なんて迷惑な・・・。
「すまないが先に歩いてくれるか?」
とりあえず頼んでみた。
「わかった。」
なんだろ、単なる戦闘狂かと思ってたが、そうでもないようだ。
何事もなく、天狗山の麓に到着した。
なんなのもう・・・。
あの特訓意味なかったやんけ。
てか、ガオがどんどん進んで行くんだが・・・。
俺はついていきながら、聞いてみた。
「なあ、カラスの女王と仲悪かったりするのか?」
「特に。」
特にって、どうとればいいのやら。
「心配するな、俺は争わない。」
本当に?戦闘狂っぽい人がいうと、信用できないんですが。
天狗山を登る途中、何やら気配をそこら中で、感じた。襲ってくる気配ではない。
遠巻きに観察してるような感じだ。
「カラスがいるのか?」
「天狗山だからな。」
「襲ってこないのか?」
「お前に困惑してるのだろう。」
「俺に?」
てっきり、ガオを警戒してるのかと思ったのだが、違うらしい。
中腹に差し掛かると、1匹のカラスが舞い降りてきた。普通のカラスというよりか、2足歩行?いや、そもそも鳥は2足歩行だ。
人間っぽい立ち方をしたカラスと言うべきか。
言うなれば、ペンギンみたいなカラスな感じ。
結構、可愛いな。
まあ、あれだ、こんなもんだろ?
カラスの女王って言ってたから、夢も希望も最初から持ってない。
キュートな可愛さを持ってるから、まだマシじゃね。
「ガオ、何用だ?」
声は男っぽかった。
「俺は用はない。」
まあ、そうだろうな。
「そっちの者は、剣聖の関係者か?」
なんだろ、ばあちゃんっぽい匂いがすんのか俺?取り合えず、自分で匂ってみたが判らなかった。
「剣聖の孫だ。」
ガオがそう答えると周囲がざわついた。
木々の影に隠れてやがるから、姿は見えんけど。
「私の言葉はわかるか?剣聖の孫。」
「ああ。」
「天狗山に何用だ?」
「この山に、三剣人の世界へ行ける歪みがあると聞いた。それを使って、戻りたいのだが。」
「そうか、ふむ。では女王に直接頼むがいい。謁見を許す。」
あんたが、女王ちゃうんか・・・。
「女王は何処へ居るんだ?」
「頂上におられる。」
まだ、登るのね。
「行くぞ。」
ガオはそう言うと、再び歩き出した。
カラス達と仲が悪い訳ではなさそうだ。
もう一人の戦闘狂とは、違うんだな・・・。
俺は、ガオの後をついていきながら思った。
なんかフサフサしてる?いやもふもふ?
なにせ、ワーウルフボディ。
狼の如く、全身が毛に覆われている。
触ったら怒られるだろうか?
無性に触りたくなってきた。
「なあ、ガオ。ちょっと触らせてくれないか?」
また睨まれるだろうか。
とりあえず聞いてみた。
「人間はおかしい奴が多い。」
ガオはそう言うと俺の方を向き直り、近づいてきた。
恐る恐る触ってみた。
想像以上に、もふもふしていた。
この誘惑は、半端ない。
「お前の手付き、剣聖に似ている。」
なるほど、ばあちゃんも誘惑に耐えれなかったか。
というか、ばあちゃんは、無類の動物好きだったしな。好き過ぎて、別れが辛いからと何も飼っていなかったが。
「もういいか?」
「ああ、悪かったな。」
「気にするな。」
もふもふを十二分に堪能した。
頂上に着いた俺は、発狂した。
というか、女王への謁見だというのに、無礼な発言をしてしまった。
「おかしいだろっ!あんた人間ボディやんけっ!」
おもいっきし突っ込んでしまった。
「ガオ、この無礼者は何者だ?」
師匠に負けず劣らずのナイスボディが言った。
「剣聖の孫だ。」
「なるほど、それでカラス共がザワついていたのだな。私のボディに何か問題でもあるのか?剣聖の孫よ。」
「カラスの女王なんだろ?」
「それがどうした?幽鬼の王には会ったか?」
「ああ。」
「何ボディだったか覚えているか?」
「しいて言えば大鬼だな。」
「では、そこに居るガオは?」
「は?」
「レトはどうであった?」
ようやく俺は気が付いた。
というか深く考えてなかっただけなんだが。
この世界のボディって、血縁関係、全く無視かっ!
「剣聖の孫よ。我ら幽鬼は、どのように産まれるか知っておるか?」
「え?あんなことや、どエロい事をするんじゃないのか?」
「しない。」
俺は絶望のあまり、orzこんな格好になってしまった。
「我ら幽鬼は、ある時、親の体に産まれる。」
「???」
「体の何処かに突然な。」
何その出来物的なものは?
「ある程度、育てばボディを形成して子となって、体から離れるのだ。」
「ぶ、分裂?」
「分裂とは同一個体の生成であろう?それとは違う。完全な別個体だ。ボディを見てもわかるだろう。」
そう言われて、俺はガオの方を見た。
親とも弟も完全に違ったボディ。
「まってくれ、じゃあ。ガオに母親は?」
「そんなものは居ない。」
ガオが答えた。
何とも夢も希望もない世界だ。
まあ人間女ボディが、希少な世界だからな。
しかし、待てよ。
人間女ボディは希少種。
俺の目の前にいるカラスの女王は、師匠に劣らずナイスボディ。
でもね、可能性あるよね?
ついてる可能性が・・・。
「つかぬ事をお尋ねしますが・・・。」
何故か敬語になってしまった俺。
「女王様は、人間女ボディですよね?」
「見て判らぬのか?」
「まあ、レトだって男ですし・・・。」
「あやつには、この豊満な胸がなかろう?」
そう言って、胸を張るカラスの女王。
素晴らしい。
素晴らしい、おっぱいです!
「幽鬼にとって、自分が何ボディであろうが大した問題では無い。」
まあ、そうだろうな。
恋愛もアレもない世界だし。
「ちなみに、周りにいるカラスたちは、女王様のお子さんで?」
「違うな。私は子を生したことは事はない。」
「そうなんですね。」
それにしても、勿体ない。
せっかくエロいボディしてるのに。
ま、まあ、身近に無駄にエロいボディしてるの居るけど。
「それで?剣聖の孫よ。私に何の用だ?」
「俺と付き合ってください!」
「「「???」」」
周囲が唖然とした。
何を口走ってるんだ俺は・・・。
「却下だ。そんな下らん理由で来たのか?」
ハッと我に返る俺。
「えっと・・・。この山にある歪みを使わせてくれませんかね?」
「そんな事なら、好きに使うがいい。」
なんだ、意外と簡単に事は運ぶじゃないか。
「では、改めてまた、剣豪と共に伺いますね。」
いやあ、よかった、よかった。
無事に事が運んで。
「待て。」
「はい?」
「お前が歪みを使うのは構わん。しかし、剣豪の入山は許可しない。」
「・・・。」
そう、いやあ、仲が悪いとか言ってたな。
どうする。
面倒くさいし、一人で帰るって手もなくはないが。
そんな事したら、地獄の底まで追ってきそうだし。
「剣豪の事は、お嫌いで?」
とりあえず、聞いてみた。
「顔も見たくない。」
相当な仲の悪さだな。
「原因を聞いてもいいですか?」
そんなものはないと言われそうだが、ダメ元で聞いてみた。
「少し、長い話になるがいいか?」
あったんかい、原因!
「え、ええ。」
「レトが帰って来た時に、剣豪が一緒にこの世界に来たのは知っているな?」
「もちろん。」
というか、俺も同じ時に、この世界に投げ込まれたんだが。
「目的は、そこのガオと戦う為だ。」
「それも聞いてます。」
「では、剣豪が負けて消滅した場合、どうなるかは知っているか?」
「三剣人の世界が消滅すると聞いてます。」
「その通りだ。だから私は戦いに反対した。しかし、幽鬼の王は、私の言に耳をかさず、レトも同様だ。むしろ、あ奴らは、戦いを祭りのように楽しみにしている節さえあった。」
確かに、闘技場はお祭り騒ぎだったよな・・・。
話してて思ったが、カラスの女王が一番まともじゃねえか。
「もはや、話にならんと思ってレトを入山禁止にした。」
「ガオはいいんですか?」
俺は一緒に入山したガオの方を見た。
「ガオに、何を言っても無駄なのは、昔から知っているからな。戦いこそ我が人生という奴だ。周りが止めないと仕方がなかろう。」
なるほど。
うちの師匠も、似たようなもんだな。本当、戦闘狂って迷惑この上ないな。
「剣豪がこのまま、この世界にいるのは、よくないんじゃないですかね?ガオも居るし。」
流れ的に歪みを使わして貰える方向に持っていってみた。
「幸い、ガオは力を失っているようだ。別に剣豪がこの世界に留まっても不都合はない。」
駄目だった・・・。
「何とかなりませんかね?」
「ならんな。私は、剣聖には返しきれない程の借りがある。だからこそ、三剣人の世界を危険に晒すような軽はずみな行動は、許しておけない。」
正論過ぎて、何んも言い返せねえ・・・。
まったく、あの戦闘狂、エロいボディしか存在価値ないな。
「では、後日、俺だけ使わせてもらっていいですか?」
何とかしようかと考えたが、面倒くさくなったんで、俺一人で帰る事にした。
むしろ、師匠の消滅の危険性がないなら、違う世界に居た方が、俺が伸び伸びできるっ!
「意外にあっさりと引き下がるのだな。まあいいだろう。」
「それでは、一旦、幽鬼の王城へ帰りますね。次回は、黒竜に乗って来てもいいでしょうか?」
「は?何を言っているんだ、お前は・・・。」
「やっぱ、駄目ですかね?」
また歩きか・・・。
「いや、別に構わんが、黒竜がお前の頼みを聞くというのか?」
「いいんですか?いやあ助かります。」
いやあ、助かった。一っ飛びで来れるから、幽獣とかの心配も無用だ。
「黒竜は城にいる。正道の友らしい。」
ガオがボソッと言った。
「こ、黒竜が友だと?さすがは、剣聖の孫と言うべきか。」
多少の予定変更は、あったものの、何とか三剣人の世界に戻れることになった。
まあ、師匠は自分で何とかして貰おう。