Go to sky
軋んだ空の向こう側に闇が見える。
めっちゃ嫌な雰囲気を漂わせてる。
幸い、幽鬼があふれ出すなんて事態は起きてない。
「何かありました?」
ガーディアンがすっとぼけたことを言った。
「いやいや、空が・・・。」
「気のせいです。」
こ、こいつっ!
無かったことにしてやがる。
神柱からは、トコトコと僕男が出てきた。
「正道さん、ありがとうございました。いつでも正道さんの性奴隷になりますので、気が向いたら幽界に来てくださいね。」
「要らんわっ!てか幽界に行く気なんてサラサラないわっ!」
くっそ僕男の奴、最初から性奴隷になる気なかったんじゃねえかっ!もし、女ボディだったら、迷わず飛び込む所だ。
僕男は悠々と空の割れ目へと飛んで帰って行った。
「いいのか、あれは?」
俺はガーディアンに聞いてみた?
「何の事です?」
うあああ、酷いなコイツ。
「幽鬼がこの世界から減るのに何の問題が?」
見えてんじゃねえかっ!
「正道、よくやったな。」
師匠は、そう言って飛び上がった。
「師匠、お元気で。」
エロボディーが見れなくなるのは寂しいが、これで縁が切れたら、俺は心置きなく嫁探しが出来る。
「次に会う事があったら、少しは強くなっておけよ。」
恐らく会う事はないんだろうなあ。
師匠は、最後に笑って幽界へと旅立って行った。
「おい、アレ閉じなくていいのか?」
ガーディアンと二人きりになった俺は、空の割れ目を指差して、聞いてみた。
「ええ、直ぐに閉じますよ。」
見えてないフリは終わったらしい。
「あなたは行かないので?」
「何処へ?」
「幽界ですよ。」
何言ってんだコイツ・・・。
「行くわけないだろ。」
冗談は鎧の体だけにして欲しい。
「この世界は三剣人が創ったことは知ってますよね。」
「当たり前だ。」
子供でも知ってるこの世界の常識。
「もし、誰か一人でも失ったらどうなると思います?」
「ど、どうなるんだ?」
「この世界を保てなくなるでしょうね。」
「マ、マジで?神柱があればいいんじゃないのか?」
「この世界は様々なバランスで出来ています。三剣人しかり三本の神柱しかりね。」
「師匠を幽界へ行かせてよかったのか?」
「滅びなければね。」
「じゃあ問題ないだろ。」
あんな化け物がどうやったら滅びるねん。
「剣豪が探してる男は、幽鬼でも三本の指に入るほどの強さです。」
「ほう。」
幽鬼って言われてもなあ、強そうなの僕男くらいだったし、あれ位なら師匠の敵でもない。
「あなたは勘違いしているようですが、普段、この世界に現れてる幽鬼は、幽界で言うところの微生物のようなものです。」
「・・・。」
どうやら、俺たちは幽界のミジンコやツリガネムシを相手にしてたらしい。
「意思もなく、ただ存在し、動くものを捕食する。ただの微生物です。」
何言ってんの・・・。
ただの微生物に俺たちはビビってたのか?
いやまて、ドラオは、ユラちゃん見た時に、めっちゃビビってたけど・・・。
「しかし、幽界に行けば、本当の幽鬼に出会うでしょう。わかりますか?」
「師匠でも、危ない可能性があると言いたいのか?」
「いえ、危ないとかではなく。剣豪は既に力を失ってます。」
あれでか?
あれで失ってんのか?
「恐らく剣豪は負けて消滅するかと。」
「ということは?」
「この世界も消滅するかと。」
「ちょっ!あんたなんで見てぬふりしたの?」
「め・・・強情な剣豪を説得できるとでも?」
こいつ!
面倒臭いって言いそうになりやがった。
最悪だな。
「ということで、あなたも幽界へ行ってきなさい。」
ということじゃねえっ!
馬鹿か?コイツ。
「俺が行ってもどうしようもねえだろ。」
「だからといって、私はココを離れませんし。ヨイショっと。」
ガーディアンは軽々と俺を持ち上げた。
「ちょ、ま、待て。早まるな。」
「では、行ってらっしゃい。」
「いやああああああああああっ!」
俺は、空の軋みに向けて、飛んで行った。
幽界、そこは闇の世界。
普通の人間じゃあ何も見えない世界。
異世界に来てから、闇に慣れた俺は。
慣れたくないけど。
慣れちゃったから・・・。
闇の中でも目が見える。
いやだ、ここ。
どんよりしてる。
体感的に幽鬼の巣の10倍くらい。
さっさと帰りたい。
しばらく当てもなく歩いてると、建物があった。
というか村?町?
集落があった。
こええええっ。
幽鬼がウジャウジャいるんじゃね?
俺が集落に入ると・・・。
誰も居ない。
いや、建物に隠れているというか籠ってるのか?
誰一人寄ってこない。
餌が来たと群がられるよりはいいけど。
「貴様、何者だ?」
三匹の幽鬼が近寄ってきた。
まあ僕男と意思が通じたので、しゃべれるのはわかってた。便利だな意思伝達言語。
俺の行く手を阻む三匹の幽鬼。
一匹一匹は、大したことは無い。
恐らく俺の数十倍の強さだろう。
・
・
・
やべえよ、幽界、めっちゃやべえよ。
「実は迷い込んでしまいまして、元の世界へ帰りたいんですけど・・・。」
迷い込んだというよりは、投げ込まれたんだけど。
「に、人間か?」
「人間です。」
なんだろ、相手の方が数十倍も強いのに何怯えてるんだ?
「人間の癖に、お前からは変な気配を感じる。」
もしかして、石のせいか?
俺は懐に大事にしまっていた石を取り出した。
「これですかね?」
「「「うあっ・・・。」」」
三匹の幽鬼がのけ反った。
幽鬼の巣に行っても幽鬼が出ないのは、石のせいかなあと思ってはいたが、間違いねえな。
「あ、あぶねえだろ、仕舞え。」
ふーん。
幽鬼にとっては危ないものなのか。
ちょっと3匹に、石を近づけてみた。
飛び退くように俺から離れる3匹。
更に俺は3匹に近づこうとしたが、3匹が走って逃げ出した。
追いかける俺、逃げる3匹。
何これ、超、面白い。
「追いかけてくんじゃねえっ!」
「いやあ聞きたいことあって。」
「とりあえず、それ仕舞えっ!」
暫く鬼ごっこを続けていたのだが、飽きたのと疲れたので、俺は石を仕舞った。
「ぜえぜえっ、馬鹿かお前は・・・。」
疲れ切ったように、幽鬼が言った。
正直、俺も追いかけすぎて疲れて後悔してる。
「元の世界へ戻りたいなら、歪みを探すんだな。」
「そこへ、飛び込めば元に戻れるのか?」
「運がよければな。」
「・・・。」
「どの歪みが何処へ繋がってるかなんて、判るわけないだろう。」
そりゃあ、そうだが・・・。
そう言えば、僕男はこっちから来たんだったな。僕男に聞けばわかるかも?
「なあ、人間の男ボディで、僕男ってやつなんだが。」
そういや、あいつ名前なんていうんだ?
聞いとけばよかった。
でもまあ、人間のボディしてる奴なんてそうそういないだろ。現に俺の目の前にいる幽鬼たちは、オーガみたいなボディだし。
「僕男なんて、聞いたことねえ。」
そりゃあ、そうか。
「だが人間の男ボディなら。」
ビンゴっ!
俺の想像通り。
「数えきれないほどいる。」
「・・・。」
何で、俺は名前聞いてないのよ・・・。
「とりあえず、その石は、我々には危険なものだ。だからお前は、不用意に街に近づくな。」
どうやら、俺は幽界に来ても野宿決定らしい。
「街にこないと情報収集できねえじゃねえか。」
「知り合いを紹介してやる。それでいいだろ。」
何とも話がわかるじゃねえか。
「人間の女ボディでお願いします。」
「そんな奴、この世界にめったにおらんわっ!」
「さっき数えきれない程いる言うたやんけえっ!」
あまりの理不尽なことに、俺は即座に突っ込んだ。
「それは人間の男ボディの事だろうっ!」
なんなの?幽界って?
馬鹿なの?
夢も希望もねえじゃねえかっ!
3匹の親切(?)な幽鬼に紹介してもらった幽鬼は、よぼよぼの爺さんだった。
といっても、人間のボディではなく。
植物っぽい?枯れ木のボディをした幽鬼。
この近辺じゃあ、一番の物知りらしく。
人里(幽鬼里?)離れた所へ住んでいた。
「で、お前さんは誰じゃったかの?」
さっき、3匹の幽鬼に連れてきてもらった俺は、3匹から、この世界に迷い込んだ人間と紹介があった。
二人きりになったら、いきなりこれだ。
幽鬼も年とると・・・・。
「この世界に迷い込んだ人間ですよ。」
お年寄りには、優しく接しないとな。
俺、ばあちゃん子だし。
「そんなことは、さっき聞いとるっ!」
枯れ木が怒った。
呆けてるわけじゃあないのか・・・。
「名を聞いとるんじゃっ!」
それならそうと、先に言え・・・。
「鈴木正道です。」
何か久々に鈴木の名を名乗った気がする。
「なっ、す、鈴木じゃとっ!」
枯れ木が驚いたように言った。
あれかな?
ばあちゃんがどっかで名乗ってたのかな?
鈴木姓には並みならぬ誇りを持ってるんで・・・。
「珍しい名前じゃのう。」
「・・・。」
なんなんだこの枯れ木。
疲れる。
「どうやって、ここに来たんじゃ?」
3匹の幽鬼に連れてきてもらった何て言ったら、怒るんだろうな。
「迷い込んで来ました。」
「年寄りと思って、馬鹿にしとるんかっ!」
結局、怒るんかいっ!
「迷い込んで幽界に来れる訳なかろうがっ!」
「そうなんですか?」
「大方、天使にブン投げられて、来たとか、そういう事じゃろっ!」
すげええええっ!
この枯れ木、あれだ、千里眼の持ち主かっ!
「冗談じゃ、そんな奴おらんわい。」
そう言って枯れ木は笑った。
いや、おるって、目の前に・・・。
「それで、元の世界に帰りたいとかか?」
「はい、その通りです。」
「無理じゃ。」
お、おい・・・。
「歪みとかで、行けるって聞きましたが?」
「何処へ繋がってるか、わからんのにか?」
「・・・。」
僕男を探すしかねえな。
「人間男ボディの奴が、人間の世界に来てたんですが。」
「なるほどのう。その者を探せば、戻れる歪みがわかるかもしれんのう。」
ちょっとだけ光が見えた。
「しかし、人間男ボディの奴なんで、死ぬほど居る。名前くらいわからんのか?」
あっさりと光が消えた。
まてよ?
「人間女ボディは少ないと聞きましたが。」
「希少種じゃな。」
「見た感じ人間女ボディみたいな人間男ボディなんですよ。俺らの世界じゃあ中性的って言ってたんですが。」
きたっ!
これなら、見つかるのも時間の問題だ。
「そんな奴、死ぬほど居るわ。」
もう嫌だ。
この世界。
「じゃあ、どうすりゃいいんですかね?」
「都に行けば、また違った情報を得ることも可能じゃ。」
ほう、幽界の都かあ。
「じゃが、そなたのような弱き者は辿り着けん。」
「この石がありますよ?」
枯れ木がビックリしたら、いけないので、チラッとだけ見せた。
「ほう、これまた恐ろしい物を持ってるな。」
「都へ行けますかね?」
「無理じゃ。」
なんでやねんっ!
思わず突っ込みそうになった。
「そんなもの、幽獣には効きはせん。」
何か聞いたこともない新たな言葉が出てきた。
「幽鬼とは違うんですか?」
「根本的に違う。この世界に住む獣の事じゃ。」
なんか凄く厄介なことになってきた。
あのガーディアン、戻ったらぶっ壊してやる。
無理だけど・・・。
「護衛を雇うとか?」
「お主、この世界の通貨を持っておるのか?」
「持ってません・・・。」
「人間が、この世界で金を稼ぐには、幽獣を駆除するしかない。」
都へ行くには幽獣が邪魔、護衛を雇うには金が要る。金を稼ぐには幽獣を駆除。
堂々巡りとはこのことか・・・。
「ということは・・・。」
「強くなるしかないのう。」
異世界に来てから、こればっかり・・・。
何なんだよ、この世界は。
「幽獣って、どれくらい強いんでしょうか?」
とりあえず聞いてみた。
相手の強さが判らんことには。
私より強くなればと言われて、その強さがどんな強さかも判らず、ガムシャラに馬鹿だった俺。
若かったなあ俺・・・。
俺は異世界に来て、相手の強さを知るという重要性を学んだ。
「ふむ。百聞は一見にしかずじゃ。」
枯れ木のじいちゃんに、そう言われ、近くの森みたいなところに連れて行かれた。
「あれがこの辺で一番弱い幽獣だ。」
ウサギだ。
どうっからどう見てもウサギだ。
言うなれば黒ウサギだろうか。
黒一色のこの世界だから、色なんてないんだけどね。
中学校の頃、色は光が反射されたものとか、よくわからんことを習った気がするが、この際置いといてだ。
あれなら、俺でも倒せそう?
少しだけ近づくと。
ひょこっと顔をあげた。
可愛いじゃねえか。
「がおおおおっ!」
大きい口を開けて吠えた。
ウサギじゃねえっ!
全然違うし。
いきなり、襲いかかってきた。
は、速すぎて見えねえ。
次の瞬間。
串刺しにされた。
植物の枝?根?のようなもので。
黒ウサギが。
「どうじゃ?最弱の幽獣なのだがの?」
枯れ木のじいちゃんに言われて、愕然となった。
幽鬼とはレベルが違う。
まあ今まで、俺らが幽鬼だと思っていたのはミジンコレベルなのだが。
無理ゲーだ。
元から、この世界に来る気もなかったのに。
舐めてんのか、あの天使は。
よし、もし無事帰ることが出来たら、ばあちゃんに言いつけてやる!
俺は、そう誓った。
でもまあ、帰れないだろうなあ・・・。
「細々と生きていく方法ってありますか?」
「ふむ、わしの家でよければ、構わんが?」
おし、とりあえず家確保っ!
後は、食か。
「この世界って、食べ物はあるんですかね?」
「もちろん、あるぞい。人の口に合うかはわからんが。」
まあ、そうだろう。
人が居るような世界じゃないし。
「今日は、この幽獣を食べるとしよう。」
「・・・。」
食べるのか、それ・・・。
ウサギの形をした幽獣。
焼いただけのシンプルな料理だったが。
旨かった。
とりあえず、食もなんとかなるのがわかった。
ずっと世話になりっぱなしになるってのも、不可能だろう。年とってないし・・・俺。
といことは、最低限生きていくとしたら、ウサギを狩れるくらい強くなる必要がある。
問題は、速さだ。
あの速さを見れる目、あの速さに対応できる体。
異世界に来て思ったのは、強さ=速さだった。
でもまあ、ぶっちゃけ、日本でも一緒だよね。
銃弾が見えて、躱せるんなら強いでしょ。
無茶な例えだが、あの黒ウサギは、銃弾みたいなもん。
異世界に来て直ぐに出会っていたら、速攻で諦めてただろうが、今の俺は、弓矢レベルなら避けるどころか、斬り落とすことも出来る。
頑張ればいけるんじゃね?
幸い、枯れ木のじいちゃんが鍛えてくれることになった。
異世界に来てからの特訓は、碌に手加減も出来ない連中との立ち合いがメイン。死にかけても治療魔法があると安易に考えてる輩との特訓は、俺にとって地獄でしかない。昔、映画で見たような特訓なんて、とうに諦めていたのだが・・・。
「まずは目が慣れないと話にならん。」
そう言って枯れ木のじいちゃんが用意したのは1本の木だった。木と言っても、普通の木ではなく、歪むことなく真っ直ぐに伸びていた。
「これが見えるか?」
「は?」
意味がわからん。
「見えない様じゃの。上の方が回転しておる。」
扇風機のように回っているんだろうか?
風も吹かないし、音もしない。
「見ておれ。」
そう言って、枯れ木のじいちゃんは何かしだしたのだが、見えないから、わからない。
「せめて、これくらい、あっ・・・。」
コトっ。
地面に何か落ちた。
枯れ木の様な木だ。
つまり、枯れ木のじいちゃんの体の部分。
「き、切れてますよ・・・。」
「気にするな、また生えてくる。」
「あ、あの、人間は生えてきませんよ・・・。」
「そうなのか?人間ボディでも、生えてくるものだが。」
幽鬼と一緒にされたら、たまったもんじゃない。
「まあ、いきなりこれをやれとは言わんよ。見えるようになるまでは、毎日、見ておくことじゃ。」
それから、俺は、何日も棒を見続けた。
正直、傍から見ると変な人に見えるだろう。
精神でも病んだような・・・。
何日か、棒だけ見続けた結果。
ああ、何か回転してる。
あまりの高速で回転していたから、全然見えてなかったのだが、ようやく、回転してるように見えた。
枯れ木のじいちゃんに聞いたところ、一本の棒が折れ曲がって、扇風機のように回転してるとの事。
その回転部分に当たらないように、パンチを繰り出すんだそうだが、俺なら一瞬で、手がなくなるだろう。
まだ、回転してるってのがわかるだけだし。
それからも毎日、毎日、正座して棒を見続けた。
本来、俺はこういった地味~な事が、あまり好きではない。だって、座って見続けるだけって、苦行でしょ?
しかし、今の俺は、楽しかった。
これだよ、これこそ修行だよっ!
毎回、登れないような壁を用意されて、死にかけるのが修行か?無謀だろ、それ。
更に、何日か経った日、俺は棒が回転しているのが見えるようになった。
てか、この植物って、なんで回転してるの?
なんらかの理由があるんだろうが、日本でさえ、不思議な生物は多々いたので、これ以上は考えまい。
「ふむ、目はいいようじゃの。」
元々、弓矢程度なら、見えてたので。
もちろん、漫画や小説のように生まれつき動体視力がいいって事はない。
異世界に来てから、嫌でも鍛えられた結果だ。
恐らく、この棒の回転が見えるって事は、今なら銃弾も見える気がする。
今の状態で、日本に帰ったら、俺、超強くね?
強いとモテるよね?
ケンカ強い奴って、大概、彼女持ちだし。
今だ、今だよ。
俺の影っ!
心の中で強く叫んでみたが、何の反応もなかった。
「次は体の鍛錬じゃな。」
「・・・。」
こればっかりは、覚悟するしかない。
ただジッとしてるだけで、強くなれるほど異世界は甘くない。
覚悟は、していたが実際の鍛錬は地味だった。地味だが筋力は悲鳴を上げるレベル。
ギリギリの加減で一日の鍛錬は終わる。
「中々、鍛えられてるようじゃな。」
「毎日死にかけてたから・・・。」
「どんな修行をしてたんじゃ?筋肉が切れたら鍛えても意味がないであろう?」
そう、筋肉というのは、切れるのだ。
切れて、再生し太くなる。
再生には時間がかかる。
が、異世界には便利な?治療魔法が存在する。
異世界の治療魔法は、元に戻すのではなく、再生の促進。ゼロタイムで再生させるものだ。
つまり、必然と筋肉がつくという。鬼のようなシステムで、修行に休憩の必要がない。
「治療魔法で・・・。」
「なるほどのう。人には寿命がある、それ故、時間を効率に運用する傾向にあるからのう。しかし、正道、お主は見るからに、寿命が無いように見えるぞ?」
「異世界に来てから、歳はとってないと思う。」
「そうじゃろう?修行を急ぐ理由もないであろう。」
ですよねえ。
まあ師匠にしろ、ばあちゃんにしろ、急いでる訳でなく加減が下手なだけだ。
それから3カ月後、俺は、黒ウサギ程度なら狩れるレベルに到達した。
「今日は、俺のおごりだっ!」
「「「いええええええええええいっ。」」」
俺は、最初に来た村の酒場で、完全に馴染んでいた。
枯れ木のじいちゃんも酒を飲んで楽しんでいた。
「正道よ。都へ行くとか言ってなかったかの?」
「何言ってんだ、枯れ木のじいちゃん。言ってねえよ。」
俺は決めていた。
もう無理はせず、ここでのんびり暮らそうと。
もういいよ、卒業なんて。
今まで無理だったんだからさ。
ここで面白、おかしく暮らすさ。
「なあ、正道。俺の知り合いが都へ行くんだが?」
オーガボディの奴が酒飲みながら話しかけてきた。
「何しに行くんだ、物好きな奴も居たもんだ。」
「魔族が来てるんだってよ。」
「・・・。」
「王族と戦うらしい。それを見に行くんだってよ。」
「・・・。」
俺に、魔族の知り合いは・・・。
一人居る。
とんでもない、エロいボディをしたのが一人。
「都へ行きたがってたんだろ?頼めば連れてってもらえるぞ。」
幽界に来て思ったことが一つ。
この世界、世話好きが多すぎる。
しかも、余計なお世話が・・・。
はっきり、断りたかった。
のんびりウサギを狩りながら、偶に酒場で奢ってワイワイやる。
それでいいじゃねえか。
そう思い込みたかったが。
あのエロいボディがチラつく。
あのエロいボディが、消滅するのは非常にマズイ。
正直、三剣人の世界が消滅しようと俺の知ったことではない。知ったことではないのだが、あそこには、ばあちゃんがいる。ドラオも・・・。
ドラオなんて、どうでもいいんだが、死んだらマズイ。俺に漏れなく痛みが伝わってくる。嫌なシステムだ・・・。
「その知り合いに、連れてってくれるように頼んでくれ・・・。」
俺は苦渋の決断をした。
「枯れ木のじいちゃん、めっちゃ世話になったな。」
「気にするな。わしも楽しかったわい。」
やべっ、涙が出てきた。
俺は気の合う幽鬼たちと別れ、都へと向かった。
紹介してもらった幽鬼たちも、オーガボディだった。正直見分けつかんわ・・・。
「おい、人間。あんたの強さはどれくらい弱いんだ?」
ちょっ、そりゃあ弱いけど。
そこは強いんだって聞くべきじゃねえの?
「まあウサギクラスかな。」
「了解。まあ身を守ることだけ、気を付けてくれ。時間稼げば俺たちが何とかする。」
すげえ、めっちゃカッコいい。
「ただし、全力で逃げなきゃあいけない相手もいるんで、それだけは用心してくれ。」
「そんな凄いのがいるのか?」
「まあ、一匹だけだし、会う事は無いと思う。」
「どんな幽獣なんだ?」
「ドラゴンだな。」
ここもか・・・。
ここでもか。
あれ?まてよ?
確か、ドラオは幽鬼を怖がってたよな?
「ドラゴンも幽獣の仲間なのか?」
幽獣は幽鬼を恐れない。
というか、恐れ知らずだ。
相手が強かろうが、関係なしに襲いかかってくる。
だから、俺が持ってる石も通用しないんだが。
「違うな。ドラゴンはドラゴンだ。」
ますます、訳が判らん。
「ドラゴンなら、話せるんじゃないのか?」
意思伝達言語は、言語を持つ者なら誰でも通じるという便利なもの。こうして幽鬼たちと話せるのも、この素敵言語のお蔭だ。
「話せないな。」
「ドラゴンなのに?」
「みたいだな。何せ会った奴は、皆殺しだからな。もしかしたら、話せるのかもしれんが。」
「会いたくないな、それは。」
「そうだな。まあ、相手は巨大なドラゴンだから、影でも見えたら、逃げればいい。」
「なるほど。」
なんかフラグがたった気もせんでもないが、逃げるのは得意だ。大丈夫だろう。多分・・・。
道中、熊が出たり、オオカミが出たり、様々な凶悪な幽獣が出現した。
何、この幽界。
超、怖いんですが?
俺が、オーガボディから少し離れて、お花摘みをしていると、手のひらサイズのネズミが顔を出した。
ウサギ程度なら狩れる俺だし、ネズミなんて余裕だろ。そう決めつけ、剣を抜いたのだが・・・。
み、見えねえ。
あまりの速さに驚いて、俺は走って逃げた。
俺が必死に逃げているのがオーガボディに見えたようで、難を逃れることが出来た。
「危なかったな、正道。」
「なあ、ネズミって超早くね?」
「この辺の幽獣じゃあ、一番強いからな。」
「・・・。」
熊やオオカミより強いのかよっ!
せめて見た目は、反映して欲しいもんだ。
「おいっ!逃げろ、ドラゴンだっ!」
斥候に出ていた一人が遠くから叫んだ。
「逃げるぞ。」
傍にいたオーガボディが俺に告げた。
「あいつは?」
俺は斥候に出ていたオーガボディを指差した。
「これは役割だ。」
斥候は、3人が交代で行っていた。
ドラゴンに出会う可能性は低い。
それでもゼロではない。
そんな危険を冒しても、都に戦いを見物に行く。
俺には理解できない。
そう言えば、日本に居た時も川が増水し危険な時に限って、米軍の若者がボートで繰り出し、毎年のように被害出てたなあ。
あんな感じなのだろうか?
3人のオーガボディには、旅する中で数えきれない位、助けられてきた。
見捨てれるわけがない。
「都で会おう。」
俺は傍にいたオーガボディに告げた。
何か言いたそうだったが、事態は急を要する。
「わかった。」
そう言って、二人のオーガボディは逃げて行った。俺は、走って斥候に出ていたオーガボディの元へ向かった。
「馬鹿かお前は、何をしてるっ。」
オーガボディが怒鳴った。
「先に行け、都で会おう。」
俺はそう告げた。
オーガボディは止まることなく、逃げて行った。
そりゃそうだ、黒竜が俺の眼前に迫っているのだ。
誰でも逃げる。
俺は直立不動でドラゴンに対峙した。
犠牲になるつもりは更々ない。
ドラゴンは高位の知的生命体。
話が通じない相手じゃない。
ぶっちゃけ話が通じなくても関係ない。
たかが、ドラゴン。
俺が本気を出せば。
ここは幽界。
24時間いつでも、ユラちゃんを呼び出せるっ!
ドラゴン恐るるに足りず!
「ほう、竜契をした人間か。」
それにしても、ドラゴンの大きさには、ちょっとだけ引く。炎竜の時にも思ったが、日本のビルよりも大きい。身長57mのアレより大きいんじゃねえの?
って、喋ったあああああ。
ドラゴンが喋りおった。
「言葉が通じるんだな。」
「お前が竜契をしているからだ。」
「どういうことだ?」
「我らが使う言語は、古代言語。意思伝達言語が生まれる前の言語だ。それ故、意思伝達言語では通じない。」
万能と思ってた言語も、万能じゃあないんだな。
「なんで、幽鬼を襲うんだ?」
「逆に聞こう。何故幽鬼を庇う?」
「さっきの幽鬼は知り合いだからな。」
「おかしい事を言う人間だな。我とて、理由もなく幽鬼は襲わない。警告はしている。」
「警告って、言葉も通じないのにか?」
「そうだな。」
そう言って、笑いやがった。
あれだ、やっぱり黒竜だけあって、悪い系だな。
って、待てよ、光がないんだから、黒いのは当たり前か。実際、何竜なんだろ。
「ちょっと、聞くんだが、あんた何竜なんだ?」
「見てわからんのか?」
幽界で色がわかるかっ!
突っ込みたかったが、突っ込まない。
「見ての通り、黒竜だ。」
はい、悪者でした・・・。
とりあえず、いつでもユラちゃんを呼び出せるように、心構えだけはしとこう。
「そう、身構えるな。我が友と竜契を交わしたものに害は与えん。」
「我が友?」
「○△□×の事だ。」
相変わらずなんて名前なのか理解できん。
「ドラオの事か。」
「今は、そう名乗っているのか?」
「フェアリードラゴンの事なら、名前は俺がつけた。」
俺がそう言うと、黒竜は大笑いした。
「な、何が可笑しい?」
「お前が、居もしない架空の生物を言うからだ。」
俺からしたら、ドラゴン自体架空の生物なんですが。
「じゃあ、ドラゴン違いだろ。ドラオは肩に乗るくらいのれっきとしたフェアリードラゴンだ。」
「ぶははっは。」
更に大笑いされた。
「いいか?我が友が小さいのには理由がある。」
「もしかして、フェアリードラゴンではないのか?」
「当り前だろう。元のサイズは我と変わらん。」
「・・・。」
俺は思った。
架空の生物なら、嫁探し無理やん。
やはり、炎竜で?
「なあ、聞いてみるんだが、あんたは雌か?」
「何ゆえ、性別を聞く?」
「ドラオが嫁が欲しいと。」
「ぶははははは。」
更に更に大笑いされた。
おいおい、俺、ドラゴン相手なら、お笑い芸人になれるんじゃね?
「面白い事を言う人間だ。我は雄だ、期待にそえず悪いな。しかし、我が雌でも我が友は、我を嫁にはせんと思うぞ?何か要望があっただろう?」
「出来るだけ小さいドラゴンって言ってたな。」
「そうか、随分と無理難題だな。」
もういいや。諦めよう。
フェアリードラゴンが架空の生物って、わかった今、嫁探しは無理だ。機会があれば、炎竜の性別だけは、ドラオの為に確認くらいはしてやろうかな。
「なあ、ドラオは何故小さくなったんだ?」
「我が友に聞くがいい。恐らく言わないと思うがな。」
「・・・。」
「お前が三剣人に会う機会があれば問うてみるんだな。」
「三剣人にか?」
「そうだ。まあ、普通の人間が会える相手ではないが、竜契をしているお前なら、もしかしたらな。」
いやあ・・・、一人は身内だし。ばあちゃんに聞こう。
「しかし、まあ機会はないだろう。」
「元の世界に戻れないってことか?」
「そうだな。」
「歪みに入れば、戻れるって聞いたが?」
「戻る世界が無くなるのにか?」
「は?」
「三剣人の一人がこの世界に来ている。」
「ああ、そういう事か。」
来るのに手を貸した、いや無理矢理協力されたから、知ってますが。
「理解が早いな。我は今から古い知り合い、剣豪に会いに行く。」
「戦いを止めてくれるのか?」
「会うのも最後になるだろうから、冷やかしに。」
「・・・。」
「我が友と竜契をした人間よ。」
「何だ?」
「剣豪に会いたいなら、連れて行ってやっても構わんぞ?」
「随分と親切なんだな?」
「一人で見物しても、つまらんだろ?」
「そういうことか・・・。」
「お前なら、会話もできるしな。」
「いいのか?俺を連れてっても?」
「どういう事だ?」
「俺は戦いを止めるぞ?」
「ぶはははっははははー。」
今までで、一番大笑いされた。
「是非止めてみてくれ、それもまた面白い。」
くそっ、無理だと思ってるんだろうな。
「では、行くぞ。そう言えば名は何という?」
「鈴木正道だ。」
「鈴木?どこかで聞いた事があるような?まあ気のせいだろう。」
ドラゴンが前足を差し出したので、俺は恐る恐る前足にのった。
そうすると無造作に背中に放り投げた。
「しっかり、掴まっておれ。」
「いてっ、あぶねっ。」
痛いし、危ないし散々だ。
岩のようにゴツゴツしてて、乗り心地も最悪だ。
「道中暇だし、幽鬼でも狩りながら行くか?」
「や、やめてくれ・・・。」
とんでもないドラゴンだ、まったく・・・。
俺はドラゴンの背に乗り、大空へと飛び立った。