ばあちゃん、僕っ娘と男の娘は、性別違うからね
「ば、ばあちゃんなのか?」
そんなはずはない。
俺の祖母は、俺が10歳の時に死んでいた。
そもそも姿が全然違う。
姿というか年が。
こんなに若くない。
「久しぶりの再会なのよ。さっさと来なさい。」
この問答言わさぬ口ぶり・・・。
ばあちゃん以外居ない。
俺は素直に従った。
ギュっと抱きしめられた。
正直、嬉しくない。
師匠にもよく抱きしめられたりしてたが、あのラッキースケベとこれは質が違う。
肩に居たドラオがビビッて俺から離れていた。
「お、おい正道。お、お前。」
ドラオの言いたいことはわかるが。
それは違う。
俺は、ばあちゃんの孫であって、剣聖の孫ではない。
そりゃそうだろ。
日本じゃあ、ばあちゃんは剣道の鬼ではあったけど。
そもそもこの世界は、何千年前にできたと聞いたことがある。5,6年前に死んだ、ばあちゃんじゃあ辻褄があわんだろう。
「正道、もしかして、あなたがバジリスクを退治してくれたの?」
「えっ?う、うん。」
「じゃあ、誰かしら?」
駄目だ、嘘つけねえ・・・。
「今のあなたじゃあ相手にも出来ないし。」
そう言いながら、ばあちゃんはドラオを見た。
「まあいいわ、せっかくの再開ですものね。」
そう言って、ばあちゃんは俺を離すとドラオを持ち上げた。
「今日は、ドラゴン料理にしましょう。」
「ま、待ってばあちゃん。」
ドラオを真っ二つにしようとしたのを俺は必死になって止めた。体真っ二つの痛みなんて食らったら、確実に俺は発狂死する。
「何を慌てているの正道。」
「い、いやあ。ドラオは一緒に冒険してきた仲間だし。」
そんなに対して長く冒険したわけではないが。
「そう、竜契を交わしたのね。」
駄目だあああ。
この人、正真正銘、ばあちゃんだよ。
5歳までしか一緒に暮らしてないのに、全部お見通しだよ。
「どういうつもり、ドラオ。」
ばあちゃんは、右手に持った、だらーんとしたドラオに聞いた。
傍から見ると大きいナマコを持った主婦のようだ。
どんな主婦だっ。
「な、成り行きだ。昔馴染みを簡単に殺そうとするな。」
ドラオは抗議していた。
そりゃそうだろ、晩のおかずにされかけていたんだからな。
「まあいいわ、ここでは何だし、私の家に行きましょう。」
バジリスクが退治されたことに、トカゲ達は喜んでいた。
俺は肩にドラオを乗せ、ばあちゃんの後をついて行った。
「最悪だな、剣聖の孫とは。」
ドラオはばあちゃんに聞こえないように言ったんだろうが、聞こえたようで。
「ドラオ、何が最悪なのかしら?」
にっこりと笑ってるが、正直、肉親の俺でも怖い。
「な、何でもない・・・。」
しかし、これで事は簡単に運びそうだ。
何せ肉親なんだし、弟子入りなんて簡単だろう。
ふふふ、これで俺にも性奴隷が、ぐふふふ・・・。
いかん、涎が出てきた。
それに5歳までは、ばあちゃんに剣道を習ってたんだし。
あれ?
何か忘れてるような?
記憶に靄がかかったような感じがするが。
まあいいか。
中央地区の町の中心に和風の屋敷があった。
いかにも、ばあちゃん好みの屋敷だ。
「ばあちゃん、ちょっと立派すぎないか?」
屋敷には使用人までいた。
「もっとこじんまりした方がいいんだけど。周りがね。」
ふむ、ばあちゃんにも色々立場ってもんがあるんだろう。
俺たちは、茶室に案内され、ばあちゃんの点てた抹茶のようなものをいただいた。
ばあちゃんの抹茶は5歳の時まで飲んでいた。
子供でも飲める抹茶だ。
お茶の香りが強く、甘みがあり、苦みや渋みが感じられない。
「ふふふ、正道も抹茶が飲めるようになったのね。」
抹茶を美味しく味わっていると笑われた。
「何言ってるんだ、一緒に住んでた頃、飲んでたろ?」
「あれは、グラニュー糖を混ぜた子供向けのものよ。」
なっ、今更ながらに衝撃の事実だった。
小学生の頃、俺、抹茶が飲めるんだぜって、周りに得意げに話してたんだが、恥ずかしい・・・。
「それで、正道。あなたはどうやって、この世界に来たの?」
いきなり核心を聞いてきた。
「知らないよ。気が付いたら、この世界に居たんだし。」
「そう、佐藤家の陰謀ね。」
「違うから・・・。」
ばあちゃんは、昔から佐藤という苗字に対抗意識を燃やしていた。
親父から聞いた話だが、佐藤さんが次々と殺戮されていく映画を見て、高らかに笑ってたそうだ。
「それで、今の日本のランキングはどうなの?」
「佐藤さん、圧勝だよ。」
「何とも腹立たしい。」
ぶっちゃけ、鈴木家の人間で、佐藤に対抗意識を燃やしてたのは、ばあちゃんだけだった。鈴木姓の者が佐藤家に入ることは許されず、逆に佐藤家の者を嫁にもらうとよくやったと褒められたそうだ。
いや、ほんとクズでゲスな佐藤さん、この世界に転生しなくて本当によかったなと思う。
ばあちゃんに、速攻で斬られて、物語は終わってたぞ。
「田布施システムの見直しは?」
「そのまんまだよ。」
「情けないっ!鈴木家の者は何してるの。」
田布施システムとは、日本に実在する制度の事で。
例えば、全生活史健忘の人が、発見されたとする。身元も判らず、家族も見つからなかった場合、仮の名前が裁判所から与えられる。
見つかった場所に由来する名前、その地域で多い名前、そして佐藤さん。この3つから選ぶシステムを田布施システムと呼んでいる。(鈴木家の一部のものが。)鈴木家の調べでは、ここから派生した佐藤さんが実に数十万人を超えてるそうだ。そりゃあ1/3で佐藤さんになった人が結婚して子供を産んでいって時間が経てば、増えていっても不思議じゃない。
が、正直どうでもいい。
鈴木姓の俺ですら、どうでもいいと思うこのシステム。一般の人からしてもどうでもいいことだろう。
「ばあちゃんは、何でこの世界に?ここは死後の世界なのか?」
俺は一番、気になっていたことを聞いてみた。
正直、ここが死後の世界という可能性は、常に頭のどこかにあったからだ。
大体、異世界へ行けるジャージを着てないのに異世界に来てる訳がない。
「私は、日本で死んだのよ。お葬式は?」
「出たよ。」
「そう。私は転生してこの世界に来たのよ。いえ、この世界を創ったと言った方がいいかしら。」
さすが、創造主の一人。スケールが違う。
「じゃあ、やっぱ俺も死んだのかな?」
現実世界の日本の俺は、死んでいるんでは?
まあ、もし死んでいたとしても驚かんけど。
「いえ、あなたは死んでないわ。安心しなさい。」
「そうなのか。」
しかし、転移であっても、転生であっても、現状、何が変わるということは無い。
「俺って、元の世界に戻ったりするのかな?」
「それは、私にもわからないわ。」
創造主の一人でも判らないのか。
まあ、どっちでもいいんだけど。
この世界で夢のような生活してる訳でもないし。
元の世界で、人が羨むような高校生ライフを満喫してたわけでもないし。
「いずれにしても、正道。鍛錬しなさい。いつの日か、その命を賭して戦う時が来てもいいように。」
子供時分によく聞かされた言葉だ。
もし日本で聞いてたなら、そんな時来ねえよっ!
宝くじに当たる確率より低いわっ!
って思うだろうが、ここは死と隣り合わせの異世界。ばあちゃんの言葉が重く心に圧し掛かる。
「そうだね。」
俺はポツリとそう呟いた。
「暫くは、ここに居なさい。私が直々に鍛えてあげわ。」
あっさりと主目的が達成された。
凄く嫌な予感がする。
あの僕っ娘の最終目的が何なのか知らんけど。
最終目的が達成され、いざ性奴隷を手に入れた暁に元の世界へ戻るとかいうパターンじゃねえの?
ばあちゃんに、死んでないと言われて、真っ先にこのオチが頭に浮かんだ。
よし、途中で何かご褒美を貰おう。
そう決めた。
俺のエロい心が。
「正道、死ぬなよ。」
俺の隣で、本来の姿、小さいドラゴンに戻り、抹茶をすすりながら、ドラオが言った。
両手で、いや、前足?
不器用に茶碗を持つ姿は何ともラブリーだった。
死ぬなよって、師匠じゃあるまいし。
剣聖と言えど、ばあちゃんだ。
孫は死ぬほど可愛いっていうしな。
お茶が終わると俺たちは道場へ案内された。
そこには会いたくない女と僕っ娘がいた。
「どういうつもりだ、剣聖。」
凄い剣幕で、師匠が怒っていた。
俺は師匠の怒りより、左肩の重さが気になった。
「おい、ドラオ。トカゲに戻れよ。」
「トカゲではないっ!」
左肩に乗ってるドラオは、フェアリードラゴンの元の姿になっており、トカゲの何倍も重い。
そんな俺たちのやり取りをよそに、師匠とばあちゃんの言い合いが始まった。
「何のことかしら?」
「正道の事だ。聞けば、この幽鬼に騙されて剣聖に弟子入り志願したとか。」
あの僕っ娘め、師匠に捕まりやがったな。まあ、消滅されられずに何よりだ。
「あら?正道、私に弟子入りしたかったの?」
「そんなつもりは毛頭ない。」
俺はきっぱり言ってやった。
弟子入りせんでも、ばあちゃんなら嫌でも鍛えてくれるし・・・。
「「えっ。」」
師匠と僕っ娘が、驚きの声を上げる。
いやいや、そんなに驚かれても。
「正道さんは、剣聖の弟子になってくれる約束では?」
僕っ娘が訴えてきた。
「弟子になる必要性がなくなった。」
「・・・。」
不満そうな僕っ娘。
不満そうな顔も可愛いなあ。
「そうか。ならば私の弟子を返してもらえるか?」
師匠が、ばあちゃんに訴えた。
「正道が、あたなの弟子ですって?」
「そうだ。正道がこの世界に来てから、ずっと私が面倒を見てきた。」
「正道、あんな破廉恥な格好をした女に騙されたのね。」
「破廉恥とは何だ。それに騙してなどいないっ!」
「じゃあ唆したのね。」
「失礼な事を言うなっ!」
めっちゃ険悪な雰囲気で、口を挟めるような空気じゃあない。まあ、口を挟む気なんて、毛頭ないけど。
「正道、あの女はね。剣豪なのよ。関わっちゃあだめでしょ?」
ばあちゃんにそう諭されたが、あんたも剣聖だろって突っ込みたかったがやめといた。
「正道、お前、剣豪の弟子だったのか?」
左肩で重いドラオが聞いてきた。
「剣豪って知らなかっただけだ。」
師匠が、この世界の創造主の一人、剣豪だと知った時は既に手遅れだった。がっつりと弟子にされていたので。
それでも、最初は優しかった気がする。
いつまでもお前と一緒に旅は出来ない。強くなって独り立ちしないとなとか言ってたような・・・。
その強くなれが、自分(剣豪)より強くなれって意味なら、無理だろ。永遠に独り立ちできねえよ。
「まあいいわ、剣豪。孫がお世話になったようで。」
「な、何を言っている。」
師匠がめっちゃ動揺してる。あんな師匠見たことなかったなあ。
「孫の面倒は、今後、私が見ます。」
「おい、ちょっと待て剣聖。孫だと?そんなことあり得るはずないだろう。」
「あり得ないって言われてもねえ。正道は、正真正銘、私の孫です。」
「ふざけるなっ!我らが子を生せるわけないだろっ!」
「私が転生したのは、あなたも知ってるでしょ?」
「いつの話だ。大昔の話だろ、それは。」
俺が聞いた話だと、この世界が出来たのは数千年前とか・・・。
「私が転生する前の孫よ。ちなみに名付け親は、私。いい名前でしょう?」
勝ち誇ったように言う、ばあちゃん。
「正道、お前は剣聖の孫なのか?」
師匠が聞いてきた。
「まあ、そういうことらしいですよ、師匠。」
とりあえず、答えてみた。
それを聞いて気落ちする師匠。
「何故、最初に言わなかった。」
「いやいや、師匠。ばあちゃんが剣聖だなんて、さっき知ったばかりですよ?」
「正道さん、どうして剣豪の弟子って教えてくれなかったんですか?わざわざ僕がバジリスク倒さなくても、よかったじゃないですか?」
師匠の元に帰りたくなかったからに決まってるだろ。というか今の状況で、そんなこと口に出来ん。
「そう、幽鬼のあなたが、バジリスクを退治してくれたのね。礼を言うべきかしら。」
ばあちゃんから殺気が放たれた。
師匠との言い合いで、僕っ娘の事を忘れていたようだ。
あまりにも険悪な雰囲気で、僕っ娘が、今にも斬られそうだった。
これはまずい。
そして、二人の間に割って入った。
師匠が・・・。
「剣豪、どういうつもり?」
「利害の一致という奴だ。」
「あなた、まだ諦めてないの?」
「悪いか?」
「まあいいわ。幽鬼と共に去りなさい。ここは私のテリトリーよ。」
「弟子は、私が連れて行く。」
「させないわ。」
「まずい、まずい、まずい。」
俺の左肩の上で、ドラオが騒ぎ出す。
「あの二人が戦うのはまずい。何とかしろ。」
「出来ると思うのか?」
「・・・。」
創造主達の戦いですよ?
俺が何とか出来るはずもない。
「正道、私と共にこい。」
そう師匠が言って、両手を広げた。
そこに見えるは、魅惑のおっぱい!
フラフラとおっぱいに引き寄せられそうになる俺。
辛い修行の日々が頭の思い浮かび、何とか踏みとどまった。
あ、あぶねえええええっ!
魔性のおっぱいだろ、あれは。
「正道、剣豪はね男に会う為に、あなたを利用しようとしてるのよ。」
ばあちゃんが、衝撃の告白を言った。
「ま、マジで?」
師匠は何も言わない。
そ、そりゃあ、絶世の美女だし、男が居るとは思ったけどさ。でもさ、でもさ。
「強くなったら俺の性奴隷になってくれるって言っただろうっ!」
「死にたいのか、正道。」
俺の怒りも、師匠の殺気に一瞬で消された。
思わず本音が出ちゃった・・・。
「破廉恥な体で孫を誑かすなんて、随分ね、剣豪。」
「体で誑かしてなど、いない。」
「正道さん、剣豪とは話がついてます。一緒に行きましょう。僕のお願いを聞いてくれれば、性奴隷でも何にでもなりますんで。」
僕っ娘きたああああ。
男には引くに引けない時が必ず来る。
俺にはそれが今だ。
「すまん、ばあちゃん。俺は師匠たちと行くよ。」
「そういう趣味があったのね。」
ばあちゃんが呆れたように言う。
言いたいことはわかる、しかし。
「愛の前に種族の違いなんて些細な事なんだよ。」
ばあちゃんに性欲なんて言える訳もなく、愛って言っちゃった。
「日本でも、そういうジャンルがあったけど。あなたもそうだったとは知らなかったわ。」
僕っ娘のジャンルを知ってるとは、さすが俺のばあちゃん。
「男の娘だったかしら?」
「ちげえよ。それじゃあ男だろ?僕っ娘だよ。」
俺は、ばあちゃんの間違いを即座に訂正した。
「あら?正道。その幽鬼は、男性よ?」
「は???」
一瞬、頭がパニックになった。
「おい、僕っ娘。女の子だよね?女性だよね?ね?」
「僕たちに性別はありません。」
さすが異世界っ!!
性別は関係ないよ。全然。
オッケー、オッケー。
「一応、ヒューマンタイプなのでベースはありますけど。」
ベースは大事だ。大事だよね。
「ヒューマンでいうところの男性タイプです。」
とんでもない事を言い放ちやがった。
「つ、ついてるのか?」
「え?」
「だから、ついてるのかと言ってるんだ。」
これ、超重要だろ。
「ああ、男性器というやつですか?それならついてますよ。」
・
・
・
・・・。
「師匠、すまないが、俺は、ばあちゃんと暮らすよ。」
夢も希望もなくした俺。
最後に頼れるのは肉親のみか。
「そうか、わかった。」
えっ?
あの唯我独尊の師匠が、あっさり?
やっぱ、男が居るからか?
なんだよ、ふざけんなよ。
僕っ娘が、何か言いたそうだったが師匠に止められていた。
「正道、剣聖の所まで逃げ出すようなら、両足を斬り落とす。覚悟しておけ。」
こ、こわっ!
この人、冗談言わないから、余計に怖いわっ!
「そんなこと私が許しませんよ、剣豪。」
さすが肉親!
頼りになる。
「片足だけで勘弁してあげて。」
・・・。
「わかった。」
・・・。
俺の片足、斬られるらしいよ?
何これ?
これが異世界か?
「逃げなければ、問題ないだろ?」
そう肩に乗ってるドラオが言ってくれた。
そうだな。
師匠の元ならともかく、ばあちゃんの所だしな。
俺は、可愛い孫だし。
甘かった。
考えが甘かった。
師匠と僕っ娘改め、僕男が去った後。
「とりあえず、あなたの現状を把握したいと思うの。」
ばあちゃんがそう言って、そのまま立ち合う事になったのだが。
俺は道場の壁に叩きつけられ、血反吐を吐いた。
まずい、死ぬ。
マジで死ぬ。
「剣豪ともあろう者が、随分と甘やかしていたようね。」
「お、おい剣聖。正道が死んでしまう。」
離れてみていた、ドラオが抗議してくれた。
「私の孫がこれ位で死ぬわけないでしょ?」
なんだろう、デジャブという奴か。
俺はこのセリフを何処かで聞いていた。
何処かで。
薄れゆく意識の中で、俺は5歳の時の記憶を呼び覚ましていた。
ばあちゃんの子供は、伸び伸びと育てたいという、じいちゃんの要望で、誰一人として剣道をしなかった。俺が生まれる頃には、じいちゃんは死んでいて、ばあちゃんと同居していた俺は、剣道を強いられた。
あれは5歳の時だったろうか?
剣道着を着たまま、俺は道場の冷たい板間の上に俯せに倒れていた。
俺の目に映っていたのは、真っ赤な板間。
自らが吐いた血によって染められた。
薄れゆく意識の中で、聞こえたのは母親の声だった。
「お、お義母さん。やめてください。これ以上は、正道が死んでしまいます。」
「私の孫がこれ位で死ぬわけないでしょ?」
俺の父親は、俺から見れば、どうしようもない父親だった。と言っても、ちゃんと働いてから、無職のおっちゃんよりマシだが。
俺が5歳の頃、勤めていた大きな会社を辞めて引っ越した為、小さな工場で少ない月給で働いていた。それだけでは、俺の学費がまかなえないので、母親も働いていた。
まあ共働きの家は、どこにでもあり珍しくもない。
唯一の救い?というか俺からすれば、ウザいほどだが、夫婦仲は良好だった。
小さいころ親父に聞いたことがあった。
「父ちゃん、父ちゃんは何で大きい会社辞めちゃったの?」
子供心に、素朴な疑問だった。
「ん?飽きた。」
「・・・。」
駄目だ、こんな大人になっちゃあ駄目だ。
幸い俺の周りには反面教師となる大人が沢山いた。母ちゃんの実兄の無職のおっちゃんとか・・・。
以来、親父やおっちゃんを駄目な大人と認識して、今日まで生きてきたわけだが。
今ならわかる。
親父は俺を守るために、仕事を辞めて引っ越したのだ。
ばあちゃんから守るために。
すまん、親父。駄目な大人扱いして。
もし、元の世界に戻る事があったら、親父には優しく接しよう。
まあ無職のおっちゃんは、今まで通りで。
俺が意識を取り戻したのは、布団の上だった。こういう布団って何年ぶりだろ?
「大丈夫、正道。」
心配そうに、ばあちゃんが覗き込む。
あんたがやったんだろ、あんたが・・・。
呆れて何も言えない。
竹刀を持つと人が変わるというか鬼になるのは、転生しても健在らしい。
「異世界でよかったわ、治療魔法あるし。」
この世界には治療魔法が存在する。
そのお蔭で、俺は綺麗な体のままだ。
何せ、この世界にきてから、師匠に刺された数は数えきれない。熟睡したら刺されるんだから、たまったもんじゃない。それでも傷だらけの体じゃなく綺麗な体なのは治療魔法のお蔭だった。
「これが日本だったら、死んでたところよ?」
ところよ?じゃねえよっ。
日本だったら大ニュースになってんだろ。
「大丈夫か?正道。だから三剣人には関わらない方がいいと。」
アホか。
生まれた時から決まっていたような運命なのに、関わるなってのが無理だろ。
「しかし、困ったわねえ。ここまで弱いとなると私が鍛えたんじゃあ、こわ・・・。コホンっ。鍛え方を考えないといけないわね。」
あんた、壊すって言いそうになっただろ。
可愛くないのか?孫は?
師匠の方へ行ってた方が、何十倍もマシだった。
というか、幼少の頃、ばあちゃんに酷い目にあわされてるのに、忘れてた俺って、なんて馬鹿なの?
自分で自分に腹が立つ。
「剣豪に預けたらどうだ?」
ドラオがばあちゃんに提案した。
それは、それで嫌だ。
「却下よ。」
助かった・・・のか?
「こういう鍛え方は、気乗りしないのだけど。正道、幽鬼の巣に入りなさい。」
はい、命令来た。
鈴木家家訓、ばあちゃんの命令は絶対。
俺って親父に愛されてたんだなあ。
俺の為に、仕事を辞めて引っ越した親父が、今は誇らしい。
まあ、しかし。
幽鬼の巣なんて、師匠にも放り込まれてたし。
1日24時間とか、あの女加減しらねえのかよ。まったく、ナイスボディーじゃなかったら、許さないところだぞ。
「三日間籠りなさい。」
更なる鬼が居た。
24時間経ったら心配して迎えに来てくれた師匠。
ああ、俺、甘やかされてたんだなあ?
「正気じゃない。俺様は行かないぞ。」
「あなたは、ここで私と待てばいいわ。」
「なら、いい。」
ならいいじゃねえよっ。
俺が死んだら、お前にも痛みが行くんだろうがっ。
「ばあちゃん、人が飲まず食わず三日間も過ごすなんて、無理だろ?」
「私の孫なら問題ありません。」
ちょっ!
俺は剣聖の孫じゃないからね。剣聖の転生前の孫でしょ?
「人の救助限界時間は、72時間と言われてます。問題ありません。」
大ありだろ。
飲まず食わず幽鬼を相手するんだぞ?
まあ、相手する気はないが。
幸い、ばあちゃんには俺の切り札がバレてない。
俺が死んだら困るドラオも言わないだろう。
何にせよ、ばあちゃんの命令は絶対なので、俺は一人、幽鬼の巣へと向かった。
というか、この世界、幽鬼の巣、多すぎっ。
コンビニじゃあないんだからさ。
ばあちゃんから指定された幽鬼の巣に入る俺。
真っ暗だ。
勝手知ったる幽鬼の巣とはいえ、入りたくねえ。
しかし・・・。
幽鬼が出てこない。
切り札は、出してないんだけどな。
とりあえず、調子に乗って、どんどん奥へ。
明かりひとつない闇だけど。
何とかなってる。
いざとなったら、ユラちゃんに頼ればいいんだけど。
幽鬼が居ない。
肩すかし。
まあいいや、もっと奥へ行って三日間寝るか。
どんどんと奥へ行ったら、影が生意気に寝っ転がっていた。暗闇なのに人の形をした影というのがわかる。
幽鬼の気配は一切ない。
「よう、兄弟元気か?」
人の形をした影が話しかけてきた。
おいおいおい、童貞の俺に兄弟がいるわけないだろ。
「穴兄弟って意味じゃあないんだがな。」
コ、コイツっ、人の心が読めるのか?
「ああ。読めるぜ。お前の限定だけどな。」
なにそれ、怖い。
「まあ怖がるな、兄弟。」
「お前は何者だ?」
「俺か?俺は影だ。」
「そんなもん、見りゃあわかる。」
「お前の影だよ。」
「は?」
そう言われて、思い浮かべてみる。
そう言えば、この世界に来てから・・・。
俺の影は・・・。
普通にあったわい!
「ナイス、自分突っ込み。」
や、やめてー、心を読まないで。
「お前が、この世界に来た時に、俺は誕生した。」
何、その俺の子みたいなの。
童貞なのに。
俺、童貞なのに・・・もう子供が。
「お前の子とちゃうわっ!」
さすが俺の影。
ナイス、関西弁の突っ込み。
「ほ、褒めるんじゃねえ。」
めっちゃ嫌がってるのがわかる。
「俺はな、この世界ともう一つの世界を繋ぐ為に存在している。」
繋ぐな、そんなもんっ!
「お前がこの世界に居れるのは俺のお蔭だ。」
「って事は、元の世界に戻れるのか?」
「戻りたいのか?」
「微妙・・・。」
「元の世界でやることもないし、この世界には夢も希望もないものな。」
そう言って、笑う影。
何か腹立つな。
「まあ、卒業したいなら元の世界の方が確率は高いかもな。」
「ほ、本当か?」
「お前、この世界で相手になりそうな女に出会ったか?」
出会ってねえ・・・。
いい女だと思ったら、恐ろしい女だったり。
可憐な少女と思ったら、男だったり。
「碌な思いしてないだろう?」
「そうだな。じゃあ、元の世界に返してくれるのか?」
「まだ、その時じゃない。」
「なんじゃそりゃっ。期待させるだけさせといて。」
「まあ、そう言うな。俺が居る限り、幽鬼は出ない。三日間ゆっくり休むんだな。」
「お前が居なくても、俺にはユラちゃんが居る。大きなお世話だ。」
「そりゃそうか。まあ少しは力にならせてくれ。ゆっくり休め。」
言われなくてもそうするわいっ!
それから俺は眠った。
深く、深く、深く。
目が覚めると三日経っていた。
いや、経っているかどうかなんてわからんのだけど。
影が三日経ったぞと教えてくれて消えた。
影が消えた後も、幽鬼が出てくることはなかった。
ふざけんなよ、あの野郎!
関係ねえじゃねえか。
怒り心頭で、幽鬼の巣から出てくると、ばあちゃんがいた。
「まったくの無駄だったようね。」
酷くね?それが可愛い孫に言う事か?
そりゃあ、ずっと寝てたけど。
「ちょうど剣術大会が開かれるからエントリーしたというのに、これでは先が思いやられるわ。」
なに勝手にエントリーしてんの、この人・・・。
「行くわよ。」
「何処で開かれるの?」
「西地区よ。」
剣王のテリトリーじゃないか・・・。
三剣人、剣王には会ったことない。
もちろん、どんな人かも知らない。
そもそも、冒険者は、三剣人を避ける傾向にある。
三剣人に関わるな。冒険者の鉄則だ。
師匠が剣豪で、ばあちゃんが剣聖と関わりまくりの俺だけど、出来るなら、剣王とは関わりたくない。
不幸のコンプリートなんて御免だ。
まあいいか、そうそう会うもんじゃないし、剣術大会なんて1回戦で負けりゃあいいしな。
剣王のテリトリーだし、ばあちゃんはついてこないだろう。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ?私も付き添うから。」
「いやいやいや、剣王のテリトリーだろ?」
「そんなの気にしてないし、そんなテリトリーなんて区分は無いのよ。周りが勝手に言ってるだけで。」
あんた、師匠に私のテリトリーとか言ってなかったか?
もちろん、突っ込まないけど。
しかし、ばあちゃん付いてきたら、わざと負けれんやん。
困ったことになった。
剣術大会なんて、普通、冒険者は出ない。
優勝賞金とか賞品がしょぼいからだ。
普通に依頼こなした方がよっぽど儲かる。
やべ、俺、優勝しちゃうんじゃね?
全然、乗り気じゃないんだが。
西地区に向かった俺たちだが、ドラオはずっとフェアリードラゴンの姿のままで、ばあちゃんの左肩にとまってた。本来なら大騒ぎなると思うのだが。
剣聖なら、何でもありとでも思われたのだろう。
誰一人騒ぐものなどいなかった。
中央地区では、ばあちゃんを見ると必ず挨拶してきたのだが、西地区に入ると目を伏せたり、逃げ出したりと。
まあ、気持ちはわかるよ・・・。
剣術大会は、西地区の小さな領の領主が主催したもので、規模もそれ程大きくない。6回勝てば優勝らしい。
チョロいな。
開会式で、簡単な説明が行われたのだが。
「優勝者には我が娘との結婚を。」
「「「おおおーっ!」」」
参加者たちが盛り上がる。
領民たちだろう。
しかし、俺は、そんなこと聞いてない。
領主の娘なんて、ブスに決まってる。
冗談じゃないっ!
ばあちゃんに言って、準優勝で許してもらおうと思った時、領主の娘が挨拶にたった。
「み、皆さん、頑張ってくださいね。」
「「「「おおおおおおおー!!!」」」」
参加者たちが最高潮に盛り上がる。(俺を含む)
「ば、ばあちゃん、一つ聞きたいんだが?」
「何かしら?」
「あの娘は、ちゃんとした娘さんだよね?」
俺の人間(?)不信というか、性別不信は、まだ尾を引いていた。
「安心しなさい、ちゃんとした女性よ。」
ばあちゃんが言うんだから、間違いない。
全然、乗り気じゃなかったんだけど、乗り気じゃなかったんだけど。
「ばあちゃん、俺、優勝するよ。」
やっと、卒業の道筋が見えてきた。
「そうね。難しいとは思うけど。優勝すれば一人前と認めてあげてもいいわ。」
なんと!
卒業どころか、ばあちゃんの呪縛からも逃れられるという。
まじかっ!
よし、決めた。
あの娘とこの地で、幸せに暮らそう。
平凡が一番。
無職のおっちゃんみたいに勇者希望なんて、サラサラないし。
一回戦。
俺の予想違わぬ弱い相手。
言うなら、村人Aという感じか。
あっさり、勝ってしまい。
ちょっとした噂まで。
「ぼ、冒険者が出場してるのか?」
「なんで、こんな小さな大会に・・・。」
何とでもいえ。
男には、戦わなければならない時が、あるんだよ。
二回戦。
弱そうな相手ではあるが。
村人Bじゃあない。
こいつ冒険者だな。
「なんでこんな大会に出てるんだよっ!」
相手から苦情がきた。
「そっちこそ冒険者だろ?」
多分、会ったことがあるんだと思うが名前すら思い出せない。
「くそっ!童貞が出てるって知ってたら、出場しなかったのに。」
こいつ、肉親の前で童貞とか言いやがって。
「あれが、童貞か?」
「何で、童貞がこんな小さな大会に?」
ちょっ、観客も童貞を連呼すんじゃねえ。
「まあ、あの子ったら童貞なの?」
ばあちゃんがドラオに聞いていた。
やめてーーー。
俺に隙があるのかと勘違いしたのか、冒険者Aが斬りかかってきた。
しょせん、名前も思い出せない冒険者なんて、俺の相手じゃあない。
あっさりと片づけて終了。
もう優勝決まっただろ。
「正道、あなた童貞だったのね?」
試合が終わった後、ばあちゃんが聞いてきた。
肉親に聞かれたくない質問No1の性的な事を・・・。
「こ、高校生なら普通だろ?」
「私が読んだ週刊誌には、6割強の男子高校生が卒業って書いてたわ。」
何処の出版社だよ。
まったく、取材もせずにいい加減な事を。
この世界だったら、殴りこんでやるところだが。
「週刊誌なんて、8割嘘だよ。」
「そうなのかしら?」
「そうだよ。」
「それにしても、正道。この世界に来て何年経ってるの?」
「まんまり、気にしてないから、わかんね。」
「そう。」
この世界には、カレンダーみたいなものがない。四季もはちゃめちゃで、季節感もない。
まあ、夜はあるので、日数数えてればいいのだが、そう思った時には、結構、日数が経ってたので、諦めた。
この世界は、結構便利に出来ていると思う。
何せ、髪が伸びないのだから、散髪しなくていい。
師匠と旅をしていた頃。
「正道、お前、髪は切ってるのか?」
「いえ、全然伸びないんですよ。師匠だって伸びてないじゃないですか?」
まあ、師匠は髪長いから、伸びてるかよくわからんけど。
「そうだな。」
思えば、これ以降、師匠が独り立ちという言葉を使わなくなった気がするが・・・。
「まあ、剣豪と一緒だったのだから、そういう機会もなかったんでしょうね。」
ばあちゃんが、勝手に納得してくれた。
結構、一人旅してたんだけどね・・・。
次の3回戦が、終われば、本日の戦いは、終了する。
4回戦から決勝までは、翌日開催だ。
「ばあちゃん、今日は、何処に泊まるんだ?」
ミスター野宿と言われてる俺は、宿なんて必要ないけど。
「今日の試合が終われば帰ります。」
「え?俺の優勝見ていかないの?」
「何言ってるの、あなたも帰りますよ。」
ふざけんなよ!
人がせっかくやる気になったのに。
そういう事かよっ!
俺の卒業の道への道筋がもろくも崩れ去っていく。
ばあちゃんの言う事は絶対。
それが鈴木家家訓・・・。
ん?
「ちょっと、ばあちゃん。俺が優勝したら一人前って?」
「あら、あなた三回戦も勝つつもりなの?」
「勝つよ。余裕だよ!」
「相手も知らずに?」
こんな小さな大会、いちいち出場者メンバーなんて見てない。殆どが領民だろ。たまにさっきの奴みたいな雑魚も混じってるけど。
俺は三回戦の相手の名前を見て、固まった。
フェイサー。
俺の知り合いにフェイサーという男がいる。
キングオブ冒険者。
キングオブ人類(三剣人除く)
冒険者のNO1だ。
中ら辺の俺なんかとは、とても知り合うような人間じゃないのだが。
イケメンが大嫌いな俺が、唯一背中を任せられる男と言っても過言じゃないくらい性格がいい。
とても冒険者とは思えないような男だ。
よく一緒に冒険をしていた。
尊敬もしてるのだが・・・。
妙に密着してくるのが、ちょっと。
ホモなんじゃね?とちょっとだけ思うところもあり。
よっぽど過酷な依頼じゃない限り、一緒することは無くなった。
そう言えば、フェイサーは西地区出身って言ってたような。
でも、まあ。
たまたまだろ?
冒険者No1だぜ?
こんな小さな大会出る訳がない。
三回戦。
「久しぶりだね。正道。」
よし、帰り支度をするか。
「ビックリしたよ。君が出場してるなんて。」
こっちがビックリだ。
「元々、出る気は無かったんだけどね。君の名前を見て出場しちゃった。」
しちゃったじゃあねえよ。
何してくれてんのコイツ。
俺の卒業返せよ!
「優勝する気は、ないんだろ?」
「もちろん、ないよ?」
「じゃあ、俺を勝たせてくれね?」
コイツは、ゴミとかの他の冒険者と違って、話が判る男だ。何とか話し合いで。
「何故だい?君は、何故優勝したいんだい?」
「卒業したいんだよ。」
とりあえず切実に訴えてみた。
男なら判ってくれるはず・・・。
「まだ卒業してなかったんだね?」
「機会がなくてな。」
「それを聞いたら、ますます負けたくなくなったよ。」
やっぱり、間違いない。
コイツはホモだ。
「君の処女は僕のもんだからね。」
「そっちは、卒業する気ねえわっ!一生守るっつうの。」
フェイサーは問答無用で斬りかかってきた。
ひいいいっ。
守るだけで精一杯。
どうせ、本気じゃないんだろうが。
洒落にならん。
「全然、強くなってないんだね。正道。」
手前が強すぎるんだろ・・・。
白旗をあげたいところだが、ばあちゃんが許してくれるかな?
ふと、ばあちゃんの顔を見るとニッコリしていた。
肉親の俺だから判る。
行けっ!のサインだ・・・。
行ける訳ねえだろっ!
「正道、斬られるなら何処がいい?」
フェイサーがそんなことを言ってきた。
剣術大会は、一応殺しは駄目なんだが、斬るのはオッケー。治療魔法士が控えてるから傷も残らない。
嫌な世界だな、まったく。
「痛くないところでお願いします。」
「大丈夫だよ。優しくするから。」
フェイサーが恍惚の表情を浮かべた。
マジ、勘弁。
「それにしても、何故、降参しないんだい?」
「やむにやまれぬ事情があるんだよ。」
「そんなに卒業したいのか?」
「今は、そんな気は失せた。痛くないように負けたい。」
「難しい事を言うねえ。じゃあ頸動脈なんてどうだい?」
「死んじゃうだろ!」
「大丈夫だよ。多分。」
ヤバい、本気で頸動脈狙ってきてる。
痛くないかもしれないが、逝っちゃう可能性大。
恍惚な表情してから、完全に酔ってやがる。
ふ、防ぎきれねえ。
キンっ!
フェイサーの攻撃を俺の首が防いだ。
何これ?
「そうかい、そう来たか。」
フェイサーが、ばあちゃんの肩にとまってるドラオの方を見た。
「本気を出そうか?」
「ま、まてフェイサー。お前が本気だしたら俺が死んじゃうだろ?」
「大丈夫だよ、多分ね。」
多分って、そんなあやふやな表現するんじゃねえ。
フェイサーの攻撃を全て防ぐのは不可能で。
致命傷になる攻撃だけ防ごうとしたのだけど・・・。
コイツの攻撃は、全て致命傷になる。
2割程度の攻撃は、防げてないのだが、不思議現象で傷一つついていない。
それが余計に、フェイサーを苛立たせている。
「まったく、やっかいなものだね。竜契ってのは。」
「何か役に立ってんのか?それ?」
フェイサーの攻撃を必死で避けながら聞いてみた。
「致命傷の攻撃を竜の鱗が防いでるんだよ。」
「なるほど。」
なんとまあ。
迷惑極まりないと思ってた竜契も、役には立つんだな。
となれば。
俺が残された道は特攻あるのみ。
防御は竜の鱗が何とかしてくれるはず。
俺は破れかぶれの特攻をかました。
捨て身の攻撃に、フェイサーは、焦っていたようだが、俺の意識は、ここで途切れた。
再び意識を取り戻した俺が居たのは、会場に設置された医療用テントの中だった。
「俺は負けたのか?」
傍に居た、ばあちゃんに聞いたら、ばあちゃんが頷いた。
そうか、負けたのか。
俺の要望通り痛みがないようにしてるのが、また余計に歯がゆい。
何なのあのイケメンは・・・。
「剣聖、正道は?」
イケメンがテントに入ってきた。
「今、目覚めたところよ。」
「大丈夫か?正道?」
おめえがやったんだろ。
何で、この世界の奴はこんな奴が多いの?
「それにしても、竜契なんて、驚いたよ。軽率にもほどがあるよ?」
フェイサーが呆れ顔で言ってきた。
軽率に関しては、何も言えない。
竜契なんて、知らなかったし。
俺は、ばあちゃんの肩にとまってるドラオを見たが、目を逸らしやがった。
「まあ、今日は宿を用意しておいたから、泊まっていくといいよ。」
「俺たちは、もう帰るぜ。なあ、ばあちゃん。ばあちゃん?」
「せっかくだから泊まっていきましょう。」
ちょっ、年寄りの気まぐれは本当に勘弁してほしい。
「なあ、正道。剣聖が、ばあちゃんって、どういうことだい?」
フェイサーが聞いてきた。
「どうも、こうもない。俺のばあちゃんだ。」
「フェイサーと正道が知り合いなんてね。驚きだわ。」
ばあちゃんが言った。
「本当だな。」
ドラオまで言った。
そりゃあ、冒険者の頂点と中級じゃあ、月とすっぽん以上の差があるけど。
「もしかして、剣聖が転生する前の?」
フェイサーが、ばあちゃんに聞いた。
「その通りよ。」
「しかし、剣聖の孫にしては、弱すぎる。」
大きなお世話だっ!
それに剣聖の孫じゃなくて、転生する前のばあちゃんの孫だっつうの。
「甘やかされてたのよ、剣豪にね。」
あれが、甘やかされてたのか?
まあ、ばあちゃんからすりゃあ、そうだろう。
てか、今後、俺、ばあちゃんに殺されるんじゃ?
「剣豪だって?そう言えば、正道は師匠が居たよね?まさか師匠って言ってたのは、剣豪のことだったのかい?」
「ま、まあそうなるかな。」
「あり得ない、あり得ないほどの弱さだ。」
や、やめてーーー。
俺の弱さを抉るのは、もうやめてっ!
マジ、泣きそうになる。
「弱すぎて、困っているところよ。」
あんたも孫を抉るんじゃないっ!
少しは、フォローしなさいよっ!
「僕が預かってもいい。」
「断る!」
俺は即、断った。
コイツは信頼が出来る。
性格もいい、顔もいい(腹立つ!)
そして強い。
だがっ!俺の貞操が危ないっ!
「フェイサー、あなたに迷惑をかけるのも悪いわ。」
ばあちゃんが、やんわり断ってくれた。
これは、救われたのだろうか?
死が近づいた気がしないでもない。
翌日、フェイサーはサクッと決勝まで進出した。
何この空気を読まない奴は?
お前、男好きなんじゃないのか?
どういこと?
冒険者No1は、実質、人類No1(三剣人除く)。
領民に勝てる訳がない。
決勝は、若い兄ちゃんとの戦いだが。
とんだ茶番だった。
フェイサーがあっさり負けた。
そりゃあ、優勝する気がないって言ってたけどさ。何で決勝まで行くの?
KYにも程があるぞ、フェイサー。
観客も盛り上がるに盛り上がれず、不満とうっぷんがたまってはいたが、誰もフェイサーに文句をいう奴はいない。
そりゃそうだろ。
が、一人居た。
「認めんぞっ!こんな結末は!!」
領主のおっさんだった。
領主の娘と領民の若者の二人を見て分かったが、どうやら惚れあってるらしい。
とんだ茶番だ。
更に領主のおっさんは、何か言おうとしたが、ばあちゃんが睨んだら、黙り込んだ。
結局、愛し合う二人が結婚って事で幕を閉じたんだが。
リア充ちねっ!!
まったく腹立たしい。
面白くない。
ばあちゃんとフェイサーが居なかったら、領主のおっさんの味方をしたかったくらいだ。
「悪かったな、ばあちゃん、優勝できずに。」
大会からの帰り際、ばあちゃんに謝った。
「元から優勝できるとは思ってませんでしたよ。」
ばあちゃんは、最初からフェイサーが出場するのを知っていたようだ。
「せっかく、ばあちゃんにひ孫を見せてやれると思ったのになあ。」
俺は卒業できなかった思いを、肉親用のオブラートに包んで呟いた。
「ひ、ひ孫でっすって!!」
何気ない一言だったんだが。
「俺の子だったら、ひ孫だよね?」
「正道、あなたの今後の事だけど。」
おいおい、いきなり死刑宣告か?
「旅に出なさい。」
「???」
マジで?
「一人で旅に出れば、成長するでしょう。」
正直、全然成長しませんでしたが・・・。
「そして、パートナーを見つけて戻ってきなさい。」
何、言ってんだ、この人。
「別にひ孫が抱きたくて言ってるんじゃないのよ。あなたの成長の為に言ってるんです。」
ひ孫が抱きたいだけらしい。
日本じゃあ、ひ孫とか縁がなかったもんなあ。
まあ、結果オーライ?
また一人旅できると思うと嬉しさがこみ上げる。
「また、幼体に擬態しないといけないのか。」
全然嫌そうじゃないドラオ。
まあコイツは嫁が探したいんだから、旅はしたいだろうな。
「ドラオ、あなたは私と一緒に残るのです。」
「・・・。」
絶望の顔で、ドラオは沈黙した。
「何かに頼るのは、よくありません。」
あくまで、一人旅って事ね。
「もし、可愛いドラゴン見つけたら、連れて帰ってやるよ。」
俺はドラオを慰めた。
「炎竜とか大きいのを連れて帰るんじゃないぞ。」
「お願いされても連れて帰れんわっ!」
俺は、ばあちゃんとドラオと別れ、そのまま旅立った。
こうして、俺の異世界での嫁探しの旅が、今始まった。