君は、中学生?
若葉が全身を震わせながら目を覚ました。
「···夢?」
辺りを見渡すと、そこには誰もいなかった。――誰もいない。まるでみんな消えたかのようだ。
「そうだ、時計!時間確認しないと···ッ!」
若葉がいま着ている服は南阿事高校の制服だ。登校中だろうか。若葉は数メートル離れた場所に鞄が落ちているのが見えた。近付いて、その鞄を見ると、予想通り若葉の使っている鞄だ。
「···私、どうしちゃったんだろ」
現在地は風未市にある神社の本殿の前だ。なぜここに来たのか、南阿事高校に行くには神社は決して通らない。記憶が曖昧だ。
右手で頭を抱えながら、左手で鞄の中を漁る。
「携帯が···ない···」
いくら鞄の中をかき回して探そうとも、若葉の携帯は見つからない。
「···盗られた?いや、家に忘れただけ?」
寝ている時に右腕を打ったらしく、右肩から肘にかけてジンジンと痛む。――右腕をあげていられない。右手を頭から離す。
「···行かなきゃ···学校···れいちゃんの所へ···」
若葉は立ち上がる。すると貧血なのか目眩がして座り込んでしまった。
「···れいちゃんのとこに行かないと···」
――どこ?辺りを見渡してもれいはいない。探そうとも範囲が広すぎる。
頭が痛い。吐き気がする。指が麻痺して動かない。若葉は動かせる脚と腰の力で再び立ち上がる。さっきの目眩が偶然だったかのように平気に立てた。指の麻痺も退いてきた。
「――夢で出てきたアレは何だったんだろ···」
アレとは、皮膚が爛れており、普通に歩けないのか小股で歩くやつらである。名前も生態も分からない。
神社の階段を降りるとき、見たくなくても見てしまう、場違いなくらい派手なリュックサックが鳥居付近に置かれていた。――いや、落ちていた。ファスナーは開きっぱなし、ペットボトルや財布が出ている。
「···なんでこんなところに···ッ!携帯借りれないかな」
思い付いたらすぐ行動。リュックサックの中に手を突っ込む。
「このリュックサック···見た感じ全然物入らなそうなのに結構入ってる···」
イヤホン、ポーチ、文庫本、ペンケース、ハンカチ、ハンドクリーム、サバイバルナイフ――「え?」思わず声が出てしまった。
「どうしてこんなものが···?」
多分、このリュックサックの持ち主は女子中学生だ。高校生がこんな派手なリュックサックを持っていたらからかわれるだろう。なのに、サバイバルナイフが入っている。
こんなこともあるのだと、若葉は自身に言い聞かせて携帯がないか探す。――携帯はサバイバルナイフの下にあった。
「幾つもの物の下に携帯を置くだなんて···画面も割れてるし」
携帯の画面にヒビが入っており、円形になっていて美しささえ感じた。電源は入るようだ。8時57分。もう入学式が始まっている頃だろうか。
「れいちゃんの電話番号···」
特に急ぐことはないのだが、若葉は慌てた手取りで電話番号を入力する。――···9297。よし、打ち終わった。画面の『静海れい』という名前に安心した。
少しの沈黙。ふと気付くと通話中だった。
「あの···『満井氷菓』···さん?人違いですか?聞こえていたら返事してください」
――満井氷菓?この携帯の持ち主の名前か。
「あ、もしもし。れいちゃん?」
「え、この声って···若葉?ねぇ、若葉なの!?」
れいの鼓膜を突き破るような声で全身の気だるけさがマシになった。
「若葉!心配したんだよ?もしかしたら『あいつら』に殺されたのかと···」
「――え?れいちゃんいま何て言ったの?」
若葉は苦笑混じりで訊ねる。
さっきまで見ていたものは『夢』だ。若葉は自分の記憶がおかしなことに気付く。
「それより若葉、いまどこにいるの?私、戦えるものを探しに行って、見つけたから戻ってきたら若葉がいなくて···どうしたらいいのか···分からなくなって···」
今にも涙が溢れそうなれいの声を聞いて、若葉は心配してくれていたのだと、そう思えた。
「えっと···神社の前。津輕神社ね。れいちゃんは?」
「私は···南阿事高校の前。そこまで結構距離あるね···」
約2100メートルといったところか。自転車がなくて車も運転できる年齢ではない、この距離を歩いていくのは腰が引ける。
「···今は隣にいないけど、少し前に車を運転してる男の人と会ったの。こっちに戻ってくるまで時間がかかるけど···どう?」
どう、と訊かれたところで選択肢が多くなるわけではない。勿論、待つ。それに――この街はもう、歩きたくない。
「···その人はどこに行ったの?」
「食料を採ってくるって言ってた···」
――食料を採ってくる?
どこから?ショッピングモールやスーパーからだろうか?そして、なぜ食料を得る必要があると判断した?まるで、これから自分は立て籠る生活をおくるから――みたいじゃないか。
「それまで若葉はどうしてるの?」
「···あ、ごめん。いま使ってる携帯私のじゃないからさ、持ち主に悪いからそろそろ切るね」
『終了』というボタンをタップする少し前、れいの「待って」という声がした。もう一度かけ直すか、このまま何食わぬ顔をするか――面倒くさいから後者でいいか。
若葉は石段に座り、何ができるか、何をすべきかを考えた。
「あの···」
突然、若葉の後ろから声が聞こえた。最初は幻聴だと思っていたが、違った。若葉が振り向くと、中学生らしき少女が立っていた。
「え、あ、ああ···誰?」
ついさっき寝ていたのではないか、と自分でも疑ってしまうほど、若葉の目が細かった。
少女は制服を着ている。中学生か高校生だと推測できるが、身長的に中学生だろう。4月というのにマフラーを首に巻き、温かそうな手袋までしている。ただ一点、少女の首もとから見えるポロシャツに、通常とは思えない色をした血痕があった。
「私?私は満井氷菓···だけど。あなたは?高校生···だよね」
「私は宇津木若葉。あ、もしかしてこのリュックサックってあなたの?」
「ッ!そのリュック、返してッ!」
胸元に抱えたリュックサックを、氷菓は必死に取ろうとする。
「うわっ!な、何するの!?」
「中···見たの?」
氷菓の眼差しは強く、若葉は一歩足を引いた。
「えっと···ちょっとパニック状態になっててさ···悪いなーと思いつつ···携帯を使っちゃった」
「それ以外には!何か触ったの!?」
なぜ自分は中学生に怒鳴られているのか。訳がわからない。
「えぇ···携帯が1番下にあったから···『全部』出したけど···」
そう言うと、氷菓は下唇噛み締めた。今にも氷菓の歯が下唇に刺さるのではないかと、ハラハラしている。
「じゃあ···見たんだね···『ナイフ』を、見たんだね」
嘘を付けない訳ではないが、その質問の意味が分からないから、若葉は頷いた。
「で、でもこんな変な事態になってるんだし、武器を持ってるのは普通かなーって···」
「今日だけじゃないよ。私はずっと『リュックにナイフを入れてる』のよ」
分からない。分からない。分からない。この事態や、この子の言ってることが理解不能だ。
「私ね、学校にナイフを持っていくんだ。授業で使うんじゃないよ?同級生を、殺すためにね」
強風が吹いた。若葉と氷菓のスカートが、横に靡かれる。
この状況を見て、1つだけ思うことがある。
『どうして私にナイフを向けるの?』
「見られちゃダメなんだ···見たんだったら、私はあなたを殺さなくちゃいけない!」
満井氷菓が肩を震わせながら声を荒げた。声が響き、多分、やつらがくる。




