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宇津木若葉の終わり

 宇津木若葉が初めて静海れいと会話できたのは、それは2人が小学四年生の秋頃、学校で起こった『事件』がきっかけだった。

 学校に不審者が紛れ込み、若葉とれいのクラスの全員を人質にとった日があった。

 不審者が「騒いだら殺す」と予め注意をしていたにも関わらず、数人の生徒は恐怖のあまり叫んでしまった。若葉は目を瞑り、声を圧し殺していた。次の瞬間、数人の生徒の鈍い声が聞こえて目を開けると、若葉の目の前に『幾つもの死体』が転がっていた。数時間前に若葉と笑い合っていた生徒が赤黒い液体を流しながら動かなくなった。

 その光景を見て、若葉を声をあげてしまった。

 不審者と人質、生きている人物全員が若葉を睨む。そこで若葉は『人生の最期』を体感した。

 その時、先生が恐怖のあまり奇声を発した。先生の眼差し、まるで『若葉を助けるために叫んだ』ように、不審者を睨み付けていた。

 ただし、その逞しい眼も、行動も、全てを無にするように不審者は先生の左肩にナイフを刺した。傷口からは噴水のように血が噴き出ていた。

 金属と金属を擦り合わせたような声しか出せず、若葉自身でも声が出ているのか分からない。

 ――そんな地獄のような場面が、ついに終わりを迎えた。

 もう一度不審者が「騒いだら殺す」と注意したとき、れいが不審者の背後を盗んでタックルをかました。

 それを見計らっていたかの様に、数人の生徒が不審者に襲いかかったのを今でもよく覚えている。

 ――その時、不審者がナイフを振り回した。抵抗のためだろう。不審者が乱暴に振り回したナイフは、れいの胸元に軽く擦った。

 その時についた傷は、高校生になった今でも、れいの胸元に、辛かった記憶のように残っている。

 不審者が負けを前に、抵抗をやめた後、救助隊が駆けつけた。

 若葉たち生きていた生徒は救助され、れいは――胸元に傷を負ったまま病院に搬送。れいの両親が言うには『生死をさ迷う程ではない』。

 ――若葉は、みんなを守ろうと、タックルをかましたれいの勇敢さに魅了され、れいが病院のベッドで寝ている間、隣で泣いたり笑ったりを繰り返していた。

 そこで初めて、若葉とれいは会話した。

 その会話に、今でも朦朧(もうろう)と覚えているのか、そうでないのか分からない内容がある。

 それは、『胸に傷のあるれいは、心の広い男性にしか体は任せられない』という、当分先の内容だった···気がする。

 れいが大人になり、好きな男性ができたところで、胸元に傷があるれいを愛してくれるかは分からない。現実的な話をしていると、れいは涙を浮かべながら「大丈夫だよ」と繰り返した。

 若葉は段々と声が掠れるれいの「大丈夫だよ」が、聞いていられなくなり、「私がれいちゃんのお婿さんになる」と言ってしまった。

 その言葉を、今でもれいは覚えているのだろうか。

***

 奈南と別れてから、南阿事高校までの道のりを考えながら走った。

 たまに遠くに見える『やつら』に怯えながら、若葉とれいは隠れるように走る。

「れいちゃん···」

 段々と、現状が把握できてきた。

 ここら一帯は崩壊している。それは道端に散乱している物と、火傷のような傷を負っているのに、のろのろと動く物体を見れば分かる。

「水橋さんは···多分、もう帰ってこない」

 れいの震えた声がそのまま体に伝わる。

「どうして言い切るの?れいちゃん、まだ水橋さんの···『死体』見てないじゃんか」

「言い切れるよ!水橋さん怯えてたもんっ!体、震えてたもんっ!」

 初めてれいの取り乱す姿を見たかもしれない。それはレアなのだけど――いや、レアだからこそ、若葉の身の周りで起きた『事件』に恐怖心が芽生える。

「そんなっ···どうして、そんなに荒っぽいの?」

 それに、さっきから若葉の顔を見向きもしない。

「···あんな大勢、1人で相手できるわけないじゃんか。もう···嫌だ···怖いよ――」

 弱音を吐くれいに、若葉はこの上ない程の苛つきを感じた。若葉は自分の体を抑えられなくなり、れいの左頬を右手で叩いた。

「え?」

 何事かとれいは目を大きく開いた。

「次···弱音(そんなこと)言ったら···私はれいちゃんを『殺す』から···」

 若葉の言葉を理解するなり、震えながら、微かな吐息を漏らしていた。やってしまった。もう取り返しがつかないかもしれない。でも、そうなのに、若葉はれいの言葉を許せなかった。

「私の友達のれいちゃんは···勇敢で、私の目標でもあった···それなのに、私の前で「怖い」とか言わないでよッ!」

 空気が震えた。いや、震えたのは若葉の体だ。次に若葉の犯した失態、それは大声を出してしまったこと。声に反応して、やつらがこちらに歩いてきた。

「やっちゃった···?」

 まだやつらとの距離は結構ある。それでも、四方から押し寄せてくるやつらに敵うわけがない。若葉は後ろに退いた――が、すぐ後ろには壁があった。

 ――終わった。

 若葉は確信した。自分のせいだ。自分が怒らなければ、大声を出さなければ――頭の中が真っ白になり、若葉は座り込んだ。

「ごめん···れいちゃっ、私のっ···せいだ···」

 辛い、怖い、惨めだ、残酷だ、最悪だ、絶望的だ――開いた口が塞がらないとは、呆れ返って物が言えない状態を指す。でも今はどうだろう。開いた口が塞がらない。

(私···後悔してるんだ···)

 何に?

(···怒鳴ったこと···)

 ···違うよね?

(···もとはと言えば、全部れいちゃんが悪いんだよね)

 どうしてそうなるの?

(れいちゃんが···らしくないこと言ったからだよね···)

 『らしくないこと』って?

(私が好きなれいちゃんは···こんな簡単に弱音なんて吐かないよ···)

 若葉が目を開くと、そこにいたハズのれいがいなかった。

「···え?」

 逃げた···?私を置いて?逃げちゃったの?


 ――人生終了。


「あぁ、うぁああ、あぁああああ」

 涙が止まらない。堪えることができない。若葉は泣きながら、腰が引けて立てなくなった体を引き摺った。

「れいちゃん、れい···ちゃん···」

 ――若葉が向かった場所は、行き止まり。ここでいい。若葉は壁にもたれ掛かって、目を閉じた。

「···そっか···私、いま『後悔』してる···」

 いま、やつらとの距離はどれくらいだろう。あぁ···妙な唸り声が聞こえる。だんだん大きく、何十体にも及ぶ足音――怖い。

 いまから若葉は死ぬ。どんな死に方かは分からないけれど、凄く痛いことは分かる気がする。

「···咬まれるのかな」

 こんな何十体のやつらに、全身の肉を噛み千切られ、骨も砕かれるかもしれない。多分、大声を出して死んでいくんだ。

「私、何を間違えたんだろ···」

***

 宇津木若葉は失敗しました。そして、今さっき、大量のやつらに噛み食い殺されました。

 彼女の一生は、残酷なものですね。

 小学校の頃、自分たちを助けてくれた英雄、静海れいに置いて逃げられたのです。

 人間の一生は、如何なる時に何が訪れるか分かりません。いつ、死ぬかも分からないのです。

 「やってしまった」と後悔するのは、いつも失敗の後です。取り返しがつきません。なら、こういう世界はどうでしょう。各地に『セーブポイント』があり、失敗すると『セーブポイントからやり直す』ことができるのです。

 ここから宇津木若葉の人生が始まります。後悔するか、しないかは宇津木若葉の『在り方』が左右します。正しく、正確に生きれば、宇津木若葉は決して後悔しません。

 それでは、宇津木若葉の死闘の始まりです。

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