通学路の道、まさに地獄!
誰もいない。静かで寂しい、周りの生物が『消えた』かのようだ。
「フフッ···君たち、よく生きてたね」
何がそんなに面白い。若葉の目の前で起こったこと、あれは軽いものではない。
「そんなに珍しいの?」
「珍しいもなにも、僕みたいに拳銃を持ってる訳じゃないからね。それに、宇津木さんなんて見るからに無能そうじゃん」
「ッ!」
奈南の若葉を馬鹿にする発言が頭にきたのか、れいはポケットからナイフを取り出した。
「あれ、そんなもの持ってたんだ?なら僕の元までこれたことにも納得がいくか」
れいは右手で握りしめたナイフを奈南に向けた。
その光景を見て、若葉は掠れた声をあげる。
「やっ、やめっ、て!」
れいはナイフを突き付けておくべきか下ろすべきか悩み、少しだけ足を退いた。
「···この距離だと銃は無理かな。フッ、降参。僕の負けだよ」
奈南は笑いながら両手をあげた。そのときに見せた笑み、この暴動が『遊び』と思っているかのようだ。
「――案内を続けて」
「仰せのままに――と言いたいところだけど···ここ、ちょっと変じゃない?」
ここは若葉がついさっき通った公園の近くだ。
瀕死状態の男性に遇い、恐怖で救急車を呼ぶことを良いことにその場を去った――それでも事態は悪い方になったのだろう。
「はい?」
れいの気の抜けた声、若葉もそれに釣られて声にならない声を出した。
「あー、あのさ、あそこに落ちてるランドセル。妙じゃない?」
奈南が指差した先に転げ落ちているランドセル。特におかしな点はなく、2人は首を傾げた。
「···落ちてるランドセルがさ、真っ直ぐ並んでるように見えるんだ」
考えて見ればそうかも知れない。真っ直ぐというわけではないが、二列に並んでいるようにも見えなくはない。
「小学生で列ってことはさ、地域の小学生が集まって登校する集団登校をしてたってことと思う」
「それがどうかしたの?」
「うん。こんな『騒動』が起きたというのに、ランドセルが無茶苦茶に落ちていないのは『不自然』だなーとね」
奈南の言っていることは、慌ててランドセルをおろしたハズなのに、まるで誰かが整えたように並んでいるのがおかしいということだ。
「···そしてもう1つ、この車だよ」
奈南が次に指差したのは、エンジンが掛かりっぱなしの自動車だった。
「エンジンがかかってる···ッ!シートベルトが付きっぱなしだ···」
「フフッ、そうだよ。2人は車を出るとき、シートベルトを外してから降りるよね。でも、この車の持ち主は違うみたい。いくら焦っていたとしても不自然だよ」
奈南の言っていることに間違いや見落としはなかった。慌てていたとしてもシートベルトを外さず出ることは難しい。
「体を面白い体型に捻ったりしたのかな。でもおかしい。肘掛けに珈琲の入ったカップが置いてあるでしょ、車の中で暴れていたならカップを倒すんじゃないかな」
運転席からシートベルトを外さず体を捻って脱出するには、肘掛け辺りまでに体を持っていかなくてはならない。それなのに珈琲が溢れていないのは確かに不自然だ。
「これらを見て僕の推測だけど···周りの人は逃げたのではなくて『消えた』んじゃないかな」
消えた――不思議な響きだ。
それでもよく分からない。『消えた』が指している意味、分かっているけど非科学的すぎる。
「···正気?」
「んー、どうだろ。ちょっと混乱してるかな――それでも僕の推測は間違っているとは思えない。そもそもおかしいでしょ、こんなこと」
奈南の言葉には確かに説得力がある。それでも『信じれない気持ち』と『信じたくない気持ち』が混じり合い、若葉とれいを不安にさせる。
「信じれないよ、そんなのおかしいよね?れいちゃん、水橋さんは間違ってるよね···?」
若葉の反論に、れいは目を反らすことしかできなかった。
「···ごめんね、おかしな話しちゃって――信じれないのは僕も同じなんだ。人が消えるなんて、科学で証明できない。だからより怖くなるんだよ」
奈南はそう言ったきり口を開かなくなった。それから数秒の沈黙のあと、奈南は歩き出した。
「どこ行くの?」
「――駅だよ。南阿事高校に行かないといけないからね」
ついてきてと言わんばかりにこちらを見ながら立ち止まっている。若葉とれいは顔を見合せ、平気を確認してから歩きだした。
***
15分ほど歩いてから、建物と建物の間から駅が見えた。
「あとはここを左に曲がれば――って、多すぎないかな···?」
奈南が曲がり角で急に立ち止まる。何を見ているのか気になり、若葉は奈南の後ろから覗き込む。
そこにいた『物』、それは若葉が公園で見たような傷を負いながら駅の周りを徘徊している人たちだった。
「は···ぁ···ウグッ!?」
若葉が驚きのあまり声を挙げようとしたとき、れいが若葉の口を塞いだ。
「若葉、静かにした方がいい。死にたくないならね···」
「え···?」
れいの声で咄嗟に動いたのは奈南だった。
険しい表情で『やつら』を睨み、小刻みに震えている手で拳銃を握る。
「あんな大勢、やれるの?」
奈南の後ろでれいが小さな声で問いかける。まだ奈南に向かって話すのは抵抗があるのだろうか。
「···どうだろうね。でも言えることは1つ――拳銃1つで3体以上の処理は無理ってことかな」
奈南の額には汗が滴っていた。緊張しているのだろうか。
「私も加勢した方がいい?」
「いや、静海さんは宇津木さんを連れて学校まで行ってほしい」
れいは若葉と学校に向かうべきか奈南と一緒に『やつら』を倒すべきか悩んだ。
いま若葉と学校に向かうと、それは逃げているのかもしれない、そう思った。
「ここからなら学校までの道のりは分かるよね?」
たしかに、ここからなら学校に向かえる。
それは奈南を置いて、または『犠牲』にしてまで行くべきなのか。
どちらを選ぶべきか迷ったれいは、軽く頷いた。
「···ありがとう、静海さん」
れいに向けて奈南が見せた笑顔、それが奈南の最期の前触れだったのかもしれない。
「どうして笑うの?」
「「どうして」と言われても困るよ。生き物が笑顔になるのに理由なんていらないでしょ」
そう言って奈南が走ってやつらの元へ行こうとしたとき、れいが奈南の右腕を強く掴んだ。
「おっとと···え?」
「···どうして『もう会えなくなる』かのように言うの?水橋さんは『死にたい』の?それともこの訳の分からない現実から『逃げる』の?――答えてよ···」
れいの真剣な眼差しに奈南は目を丸くした。
奈南は躊躇ったあと、軽い口調で言った。
「···質問は1つずつ言ってくれた方が答えやすいんだけど――まぁいいか。別に減るものじゃないからね。答えるよ」
奈南は軽く呼吸をしてかられいの目を強い眼差しで見る。
「僕はね、ここで別れたとしても、必ずどこかで再会できると思う。いや、そう願っている」
「···どうして?」
「え、いやまぁ···根拠とかはないんだけどね、ハハッ」
微笑みを見せる奈南の目線はれいから若葉へ、若葉かられいへと何度も往復している。
「――死にたいとは思わない。人生で一度や二度自殺を考えたことはあるけれど、最近は自殺するんなんてバカ気ているのだと思うようになったからね」
苦笑している奈南の心の奥底には、微かではない大きすぎる『不安』があった。
「――逃げると言われるとそうかもしれない。君たちは僕を面倒くさい人とでも思っているんじゃないかな。でもね、違うよ。僕だってこの状況が怖いよ。そう、逃げ出したいぐらいにね」
唾を呑み込むペースが早くなっていく奈南の握る拳銃は、当たり前のように小刻みに震えていた。




