彼が『センパイ』というやつですね!
目の前で起こっているこの暴動は夢でした。そんな甘い言葉が聞こえたらどれほど嬉しいものか。これは現実だ。
そこで私は考えた、どこまでが夢なら良いんだろうか。この暴動が起きる前、今日の6時頃――もしかしたら、私が生まれるずっと前、なのかもしれない。
「若葉!逃げよ、ねえ!」
誰かが私の名前を呼んでいる、行かなくちゃ――どこに?こんなことになっているいま、私に何ができる?そんなネガティブ思考はダメだ。自分を変えるものは自分自身の思い込みなのだから
「あ、ごめっ、寝てた···気がする」
寝てたのは嘘だ、意識が飛んでいた――こんな状況になったからだろう。
「若葉···。行こ!」
れいは若葉の返事を待たずに若葉の右腕を掴み走った。
走っているとき、様々な光景が見えた。こんな場所にあってはならない炎、その炎で負傷した人、人々の悲鳴――走るのが嫌になった。
「若葉···ごめん、迷った」
唾を呑みながら話すれいは意外と冷静で、これが全部夢なのではないかと思わせてくる。そんなに世界は甘くない、世界は人々を『幸福側の人間』と『不幸側の人間』に別けたのだから。この状況で若葉はどちらだろうか、幸福と不幸は物事の捉え方によって変わる。
「誰か人に訊けばいいんじゃない?駅まで行けたらいいことだし」
「うん、ちょっと『生きてる人』を探してくる」
「え?」
そう言いれいは人を探しに走っていった。
若葉は気がついた、れいの言葉の穴に。『生きてる人』――誰か死んでいるのか?
「どうしよ、1人になっちゃった」
ホラー映画だと1人になった人は死ぬのが醍醐味、ではないか。若葉の耳に聴こえてくるのは何もなく、見えるのはどこかの建物が燃えて出ている黒い煙だ。
若葉は気力のない脚で荒れた街を歩くことにした。
「何が起こってるの···?意味分からないよ···」
どこに行っても、人なんてどこにもいない。まるで自分だけがいまここに生きているようだ。
「誰かー、いませんかー?」
怖くなって、若葉は叫んだ。誰か気づいてくれるハズ。だっておかしいじゃん、こんな朝っぱらに、人一人いないなんて。全員が寝てるわけないんだから。
「誰か、ねぇ、誰か!いないの?ねぇってば!」
その場から逃げたくなった。れいがそばにいてくれたら、逃げることは可能だっただろう。いまは若葉1人、何をするべきか分からない。
どれ程歩いただろう、公園のベンチに、崩れるように座っている男性がいた。
「すみませーん、そこの人ー?」
反応がない。
「···寝てるのかな」
若葉は公園に入り、ベンチに座る男性のそばへ駆け寄る。
「あの、起きてください」
若葉が男性の体を揺する。すると男性の体は転がるように倒れ、男性の顔が露になった。
「ひィッ!?」
男性の皮膚はボロボロで、火傷のような痕がある。眼は潰れていて、それでも口が微かに動いている。
「だっ、大丈夫···ですか?」
この世のものではない、生命を感じられない男性。若葉は足を退きながら問いかける。
「ぉ···ぉお···」
男性の口が小さく動き、唸り声のような声を発している。
「救急車、呼ばなきゃ···携帯どこ、だっけ」
男性から離れたところまで走り、カバンの中の携帯がないか探す。カバンの中に携帯はなかった、朝急いでいたせいで携帯を家に置き忘れたのだろう。
「えっと···あ、少し待っててください!」
若葉は近くに公衆電話がないか探す。度々後ろを確認すると、その男性はゆっくりと動いていることが分かった。
「公民館の前なら···あるよね」
ここのことはまだしっかりと理解できていない、公民館の場所は分からない。ただ大きな建物がそうだろうと小走りを続ける。
「えーっと、地図とかないのかな···」
公衆電話を探して走り回っている最中、人一人遭わないことがおかしい。車は道路にあるけど人が乗っていない、歩道にはいくつものランドセルが転がっている、ここで何が起こったのか知りたくなってきた。
「――あ、公民館ってここかも···」
回りとは少し違う雰囲気の建物があった。建物のすぐ右には公衆電話がある。
「119、警察も···って、パトカーがあったからいいのかな···?」
れいと離れる前、荒れた建物があった付近にパトカーが停まっていたのを思い出す。いま思うと警察官はどこにいったのかも疑問だ。
「今は救急車、呼ばなきゃ」
電話ボックスに入ると同時にカバンから財布を取り出す。その時、電話ボックスのガラスに写ったものは、若葉と――公園で倒れていた男性だった。
「ぇ···?」
気の抜けた声を発したあと、後ろを振り向くと顔中に火傷のような痕がある男性がいた。
「ッ!ぁ、や、いま救急車呼びますから、安静にして、いてください···」
怪我人には優しくおもてなしを、そんなことを考えていられる状況ではなかった。恐怖と不安で若葉は足があがらなかった。
若葉は動かない体を強引に動かそうと横へ勢いよく倒れる。
「グッ!」
近くの木に気づかず、若葉は頭を軽く打ってしまった。
痛みを我慢し目を開ける。
男性は若葉の前で倒れていた。
「え?」
頭が潰れたのかさっきよりも顔の傷が酷く、一向に動く様子がなかった。
「若葉っ!」
聞き馴染んだ声に反応して左を向く。そこにいたのはれい――と拳銃を持った高校生だった。
「れい、ちゃん···これどうなってるの?」
涙が止まらない。この涙は若葉の心の奥底からだろうか。
「君が静海さんの友人の···えっと、誰?」
「う、うつ、宇津木、若、ば···若葉です」
「えー、宇津木さん?でいいかな。僕の名前は水橋奈南···女々しい名前だけど性別は男だから――って、そんなこと言ってる場合じゃないか」
若葉が泣き止まない。それもそのハズ、こんな事態になっているのだから。
「···場所を変えよう。水橋さん、どこか休める場所ってある?」
れいは近くにある男性の死体を見たあと、奈南に訊いた。
奈南は顎に手を当てて考えたあと、思い出したかのように笑顔になった。
「そうだねぇ、休める場所はないけど『安全な場所』ならあるかもしれない」
安全な場所とはどういう意味か、そのままの意味である。ここにいると『危険』だ。
「どこ?」
「南阿事高校だよ。建物の中が一番安全だし、逃げ込んだ人も少なくないと思う」
若葉とれいが出た駅から徒歩15分ほどで南阿事高校に着く。
だがその計算は狂ってしまった。若葉とれいはここがどこで、どの道を行けば南阿事高校に着くのか分からない。
「案内してくれるの?」
「案内?それはその···すまない、僕はここに詳しくなくてね。交番は無人だろうから――駅からの道のりなら分かるけど」
ここがどこでどこに何があるのか分からないのは奈南も同じ。
ただ一点、違うものをあげるなら、ここから駅へ戻る道を知っている。
「ここで悩んでるより、いま自分にできることを精一杯やろう」
奈南は一呼吸置いたあと、若葉に手を差し伸べた。
「行こう。3人だけでここらを歩くのは気が退けるけどね」
「ムゥ、若葉のことは私がやるから水橋さんは案内だけをして」
れいが奈南の手を平手で打った。加減を忘れていたいたのか、奈南は打たれた手を片手で撫でる。
「案内だけというのはもの寂しいかな。僕の精密な狙撃を見たでしょ、『やつら』と戦えるのはこの中で僕だけだよ」
「···勝手にすればいい。でも、若葉は私に任せて」
「フフッ、仰せのままに」
奈南は右手に持った拳銃をスラックスの右ポケットにしまう。
「じゃ、行こうか。こっちだよ」
奈南はれいに若葉を任せ、2人の先を下らない話をしながら歩いた。




