表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

高校一年生ですよ!

 桜が満開に咲き誇り、カメラに納めるなら今だけだ、という春。新しい世界に飛び込むと考えると、複雑な気持ちになる。宇津木(うつぎ)若葉(わかば)は明日から高校生だ。

「れいちゃん、明日一緒に登校しない?」

 若葉の電話相手の静海(しずみ)れいと若葉は同じ高校に通う。高校の名は南阿事(みなみあず)高校。

 高校なんて別にどこでもよかった、若葉の学力ならもっと上の高校に行けていただろう。ただ高校で知っている人がいなかったらを考えると、どうしても誰か知人のいる高校を希望してしまう。

「いいよ。どこ集合?」

 電話越しでも伝わる優しい声、れいと同じ高校を選んで良かった。改めてそう思った。

「えっと···れいちゃんはどこがいい?」

「振られると答えづらいな···風未(かぜのみ)駅はどう?」

 風未駅とは、若葉の家から徒歩15分ほどの場所にある駅だ。福根市や柚子東に行く際はいつも乗っている、若葉の一番馴染みのある駅だろう。

「風未ね、うん、そうしよう」

 若葉は紙に《 明日は風未駅集合←れいちゃんと。 》と書く。忘れっぽい性格だから紙に書いたんじゃない、第一明日のことを一晩寝て忘れるわけがない。なんだか特別のような気がしたからだ。

「じゃあ電話切るね」

「うん、また明日」

 若葉から切ったのか、れいから切ったのか分からないが、風未駅集合、そう頭の中で繰り返し唱えた。

「明日はなんとなーく、良い日でありますように」

 若葉は何かに祈りながら布団に潜る。そのまま眠りについた。

***

 時刻は深夜の2時頃だろうか、若葉がすっかり寝込んでいるとき、若葉の携帯が鳴った。

 若葉は嫌々携帯を見ると、れいから電話がきていた。

「もしもし、れいちゃん?どうしたの?」

 眠たいけど、れいからの電話なら無視するわけにもいかない。若葉は寝起きとは悟られないような口調で話す。

「···あれ?」

 れいからの返事がこない。

「わか、ば、ごめ···、こんな、か、に、電話して」

 電波が悪いのかれいの声がハッキリ聴こえない。若葉は不思議がりながら携帯に耳をかす。

「あ、ね···い、いたい···ことが、ある、だ。べ、にど···て、こ、はないん、けど」

 何を言ってるのか分からない、ただ分かるのは何かを伝えたいということだ。

「好きだよってこと、言い忘れてた」

 急に電波が良くなったのかれいの声がハッキリ聴こえる。内容は好きだよ、という突然の告白だった。

「え、れいちゃんどうしたの?」

「別に深い意味はないんだ、私たち明日から高校生でしょ?見たこともない人に会って、話して、友達になるでしょ?」

「うん···」

 れいが何を考えているのかは分からなかったが、れいの言っていることはたしかだ。新入とは未体験の小さな世界に飛び込むのと同じこと、成功はするけど失敗もついてくる、そんな立場に若葉とれいは立っている。

「新しく友達ができても、私たちは友達でいようね」

 突然の電話は意味不明で、いつものれいとは違うれいだ。深夜テンション、というものだろうか。

「···私たちは何があっても、絶対に友達だよ」

 若葉は電話越し笑う。れいにこの笑顔は届かないけど、それでもいい。自分が友達(れい)の通う高校を選んだのだから、れいとはずっと友達だ。

「···そっか。ありがと、若葉」

 れいが感謝の気持ちを伝え終わると、通話が終了した。

 何だったのだろう、そうベッドの上で考えていると、いつのかにか若葉は眠りについていた。

***

 朝になり、新しい世界が近づいているのだと考えると息苦しくなる。高鳴る鼓動は喜びか、それとも緊張か。

「大丈夫、きっと大丈夫だよね」

 何を根拠に言っているのか分からない、ただ自分を変えるのは自分の思考、若葉はそう信じているからだ。自分を騙し感情を書き変えること、それが大切なのだと。

「···ふぅ······」

 若葉は初めてではないか、というぐらいに深く深呼吸をして覚悟を決める。

「れいちゃんもいるからね。私、がんばるよ!」

 若葉が意気込んだ瞬間、曲がり角からパトカーが飛び出してきた。飛び出した、といっても、何だか急いでいるようだった。若葉は頭を下げると、仕切り直しに深呼吸をする。

「風未駅~、風未駅~、れ~いちゃんは、きてるかな~···お?」

 即興で考えた曲を少しも恥じずに歌っていると、風未駅の階段下にセーラー服姿のれいがいた。

 若葉とほど変わらない身長、ツインテールで髪の長さは肩より下、ちょっとだけモジモジしている姿が可愛い。

「れいちゃんおはよー!」

 走りながられいに手を振る。れいが若葉に手を振り返し、遠い距離で手を振っていることを実感した。

 数メートル走るとれいの元に着いた。おはよう、という軽い挨拶をしてから階段を上る。

「ごめんね、ちょっと緊張して遅くなっちゃった」

 喋りながら定期券を使い改札を通る。

「――でね、お母さんが···れいちゃん?」

 若葉が改札を通ったというのに、れいは若葉見て物悲しい表情浮かべる。

「どうしたの?」

「若葉···特に意味はないんだけど、改札を通ったらさ、私と手繋いでくれる?」

 れいの言っていることが理解できない。中学の頃のれいは若葉に優しく、笑顔が可愛くて、でもどこか冷めた表情だった、そんなれいが高校生になってから別人のようになっている。

「良い···けど?」

 よく分からなかったから、了承するしかなかったのかもしれない。

 その言葉を聞くとれいは微笑んだ。

「ありがと、若葉」

 そう言いれいは改札を通る。約束通り手を繋ぎ、ホームへの階段を降りた。

***

 ホームで2分ほど待っていると電車がきた。れいは――まだ手を繋いでいる。歩き辛いのを口に出さず電車に乗る。

「ねぇ若葉···今日、人少なすぎない?」

 右から聞こえた気のない声に、背筋が凍った。

 れいが乗客が少ないと言うのだ。若葉が辺りを見回すと、そこにいたのは若葉とれいの他に高校生1人と、老婆が1人だった。たしかに、数週間前この時間帯に同じ電車に乗ったときは、社会人がいっぱいで満員寸前だった。そう考えると奇妙だ。

「···偶然じゃない?」

 若葉は言い訳を考えた。『偶然』、ホントにそうなのか?

「···そっか」

 若葉とれいは互いに納得のいかないまま、その話題を切った。電車越しで聞こえるパトカーのサイレン音に耳を取られながら。

***

 藤生間(ふじぬま)駅、電車から降りて階段を上る。改札を通り駅から出ると、辺りには誰もいなかった。

「なんで、人いないんだろ?」

 若葉は昔見たホラー映画のような光景を目の当たりにする。誰もいなくて、自分だけ取り残された状態、登場人物が不思議がっていると、背後から襲われる。

 若葉が咄嗟に後ろを振り返ると――誰もいなかった。

「れいちゃん、何かあったのかな?」

「静かにして!」

 若葉が困惑していると、れいが痛い言葉を発した。

「ねぇ若葉···サイレン音、聞こえない?」

 れいの言葉で戸惑いながらも耳を澄ます。遠いのか近いのか分からない、どこかでパトカーや救急車のサイレンが聞こえる。

「若葉こっち!」

「ふぇぁ!?」

 れいが何かに気付いたのか若葉の左手を強く掴み引っ張る。それに流されるように若葉は引きずられる。

 立つことで必死になり、どの道を通ったのか分からなかいが、れいは宛があり走っているのはたしかだ。若葉はれいについて行くしかなかった。

 どれぐらい走っただろう、いきなりれいが止まり、遠くを指差す。その指に流されるように目線を指先の向く場所にやる。

「なに···これ···?」

 建物が火を吹き、窓ガラスが割れ、まるで団体による暴動があったかのように荒れていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ