高校一年生ですよ!
桜が満開に咲き誇り、カメラに納めるなら今だけだ、という春。新しい世界に飛び込むと考えると、複雑な気持ちになる。宇津木若葉は明日から高校生だ。
「れいちゃん、明日一緒に登校しない?」
若葉の電話相手の静海れいと若葉は同じ高校に通う。高校の名は南阿事高校。
高校なんて別にどこでもよかった、若葉の学力ならもっと上の高校に行けていただろう。ただ高校で知っている人がいなかったらを考えると、どうしても誰か知人のいる高校を希望してしまう。
「いいよ。どこ集合?」
電話越しでも伝わる優しい声、れいと同じ高校を選んで良かった。改めてそう思った。
「えっと···れいちゃんはどこがいい?」
「振られると答えづらいな···風未駅はどう?」
風未駅とは、若葉の家から徒歩15分ほどの場所にある駅だ。福根市や柚子東に行く際はいつも乗っている、若葉の一番馴染みのある駅だろう。
「風未ね、うん、そうしよう」
若葉は紙に《 明日は風未駅集合←れいちゃんと。 》と書く。忘れっぽい性格だから紙に書いたんじゃない、第一明日のことを一晩寝て忘れるわけがない。なんだか特別のような気がしたからだ。
「じゃあ電話切るね」
「うん、また明日」
若葉から切ったのか、れいから切ったのか分からないが、風未駅集合、そう頭の中で繰り返し唱えた。
「明日はなんとなーく、良い日でありますように」
若葉は何かに祈りながら布団に潜る。そのまま眠りについた。
***
時刻は深夜の2時頃だろうか、若葉がすっかり寝込んでいるとき、若葉の携帯が鳴った。
若葉は嫌々携帯を見ると、れいから電話がきていた。
「もしもし、れいちゃん?どうしたの?」
眠たいけど、れいからの電話なら無視するわけにもいかない。若葉は寝起きとは悟られないような口調で話す。
「···あれ?」
れいからの返事がこない。
「わか、ば、ごめ···、こんな、か、に、電話して」
電波が悪いのかれいの声がハッキリ聴こえない。若葉は不思議がりながら携帯に耳をかす。
「あ、ね···い、いたい···ことが、ある、だ。べ、にど···て、こ、はないん、けど」
何を言ってるのか分からない、ただ分かるのは何かを伝えたいということだ。
「好きだよってこと、言い忘れてた」
急に電波が良くなったのかれいの声がハッキリ聴こえる。内容は好きだよ、という突然の告白だった。
「え、れいちゃんどうしたの?」
「別に深い意味はないんだ、私たち明日から高校生でしょ?見たこともない人に会って、話して、友達になるでしょ?」
「うん···」
れいが何を考えているのかは分からなかったが、れいの言っていることはたしかだ。新入とは未体験の小さな世界に飛び込むのと同じこと、成功はするけど失敗もついてくる、そんな立場に若葉とれいは立っている。
「新しく友達ができても、私たちは友達でいようね」
突然の電話は意味不明で、いつものれいとは違うれいだ。深夜テンション、というものだろうか。
「···私たちは何があっても、絶対に友達だよ」
若葉は電話越し笑う。れいにこの笑顔は届かないけど、それでもいい。自分が友達の通う高校を選んだのだから、れいとはずっと友達だ。
「···そっか。ありがと、若葉」
れいが感謝の気持ちを伝え終わると、通話が終了した。
何だったのだろう、そうベッドの上で考えていると、いつのかにか若葉は眠りについていた。
***
朝になり、新しい世界が近づいているのだと考えると息苦しくなる。高鳴る鼓動は喜びか、それとも緊張か。
「大丈夫、きっと大丈夫だよね」
何を根拠に言っているのか分からない、ただ自分を変えるのは自分の思考、若葉はそう信じているからだ。自分を騙し感情を書き変えること、それが大切なのだと。
「···ふぅ······」
若葉は初めてではないか、というぐらいに深く深呼吸をして覚悟を決める。
「れいちゃんもいるからね。私、がんばるよ!」
若葉が意気込んだ瞬間、曲がり角からパトカーが飛び出してきた。飛び出した、といっても、何だか急いでいるようだった。若葉は頭を下げると、仕切り直しに深呼吸をする。
「風未駅~、風未駅~、れ~いちゃんは、きてるかな~···お?」
即興で考えた曲を少しも恥じずに歌っていると、風未駅の階段下にセーラー服姿のれいがいた。
若葉とほど変わらない身長、ツインテールで髪の長さは肩より下、ちょっとだけモジモジしている姿が可愛い。
「れいちゃんおはよー!」
走りながられいに手を振る。れいが若葉に手を振り返し、遠い距離で手を振っていることを実感した。
数メートル走るとれいの元に着いた。おはよう、という軽い挨拶をしてから階段を上る。
「ごめんね、ちょっと緊張して遅くなっちゃった」
喋りながら定期券を使い改札を通る。
「――でね、お母さんが···れいちゃん?」
若葉が改札を通ったというのに、れいは若葉見て物悲しい表情浮かべる。
「どうしたの?」
「若葉···特に意味はないんだけど、改札を通ったらさ、私と手繋いでくれる?」
れいの言っていることが理解できない。中学の頃のれいは若葉に優しく、笑顔が可愛くて、でもどこか冷めた表情だった、そんなれいが高校生になってから別人のようになっている。
「良い···けど?」
よく分からなかったから、了承するしかなかったのかもしれない。
その言葉を聞くとれいは微笑んだ。
「ありがと、若葉」
そう言いれいは改札を通る。約束通り手を繋ぎ、ホームへの階段を降りた。
***
ホームで2分ほど待っていると電車がきた。れいは――まだ手を繋いでいる。歩き辛いのを口に出さず電車に乗る。
「ねぇ若葉···今日、人少なすぎない?」
右から聞こえた気のない声に、背筋が凍った。
れいが乗客が少ないと言うのだ。若葉が辺りを見回すと、そこにいたのは若葉とれいの他に高校生1人と、老婆が1人だった。たしかに、数週間前この時間帯に同じ電車に乗ったときは、社会人がいっぱいで満員寸前だった。そう考えると奇妙だ。
「···偶然じゃない?」
若葉は言い訳を考えた。『偶然』、ホントにそうなのか?
「···そっか」
若葉とれいは互いに納得のいかないまま、その話題を切った。電車越しで聞こえるパトカーのサイレン音に耳を取られながら。
***
藤生間駅、電車から降りて階段を上る。改札を通り駅から出ると、辺りには誰もいなかった。
「なんで、人いないんだろ?」
若葉は昔見たホラー映画のような光景を目の当たりにする。誰もいなくて、自分だけ取り残された状態、登場人物が不思議がっていると、背後から襲われる。
若葉が咄嗟に後ろを振り返ると――誰もいなかった。
「れいちゃん、何かあったのかな?」
「静かにして!」
若葉が困惑していると、れいが痛い言葉を発した。
「ねぇ若葉···サイレン音、聞こえない?」
れいの言葉で戸惑いながらも耳を澄ます。遠いのか近いのか分からない、どこかでパトカーや救急車のサイレンが聞こえる。
「若葉こっち!」
「ふぇぁ!?」
れいが何かに気付いたのか若葉の左手を強く掴み引っ張る。それに流されるように若葉は引きずられる。
立つことで必死になり、どの道を通ったのか分からなかいが、れいは宛があり走っているのはたしかだ。若葉はれいについて行くしかなかった。
どれぐらい走っただろう、いきなりれいが止まり、遠くを指差す。その指に流されるように目線を指先の向く場所にやる。
「なに···これ···?」
建物が火を吹き、窓ガラスが割れ、まるで団体による暴動があったかのように荒れていた。