1折目:オーク肩ロース肉のパルーナ焼き弁当 その2
ええい、ままよ。俺はマイ箸でオークのお肉を一切れ掴み、豪快に齧り付いた。
……。
…………。
うっめぇ。
旨いわ。コレ。え?え?何なの?何なのオークさん。オークさんってこんなに美味しかったん!?
まずびっくりしたのが、ロース肉のステーキにしては驚くほど肉の繊維が柔らかい。ただ焼いただけのように見えるし、箸で持ってもしっかりと形を保っている。だが、歯で肉を噛み切ろうとした瞬間に感じたのは、ほろほろ、とろとろのチャーシューを連想させるかのような柔らかさだ。それもただ柔らかいだけではない、肉としての触感は保っているため、ステーキと角煮の良さを双方兼ね備えているのだ。
味についても驚かされた。ジビエしかり、品種改良されていない野生生物の肉というものは、きちんとした処理を施さないとどうしても獣臭さが残ってしまうものだ。ところがどうだ。野生肉特有の臭みは微塵も感じられず、口の中に広がるのは肉本来のうま味と豚に近い脂肪の甘みだ。それをソースが全体の味を引き締めている。スパイシーさのあるソースは今まで食べたことがない風味だった。少なくとも醤油とは全く別の味だ。肉の下味か、あるいはソースか、何らかの香草が用いられているようだが、すさまじく複雑な香り、コクを引き出している。しかしこの香りとコクは、記憶のどこかで引っかかるのだ。どこかで口にしたような……。
……気付いたら、3枚のうちの1枚をあっという間に平らげてしまっていた。
正直、なめていた。
我に返って、ユーノの方を見やれば、俺の方を見てニヨニヨとした表情で見つめていた。
「どうだー!美味しかったんだろー?」と言いたげである。
ムカつくが、実際美味しかったので反撃のしようがなかった。
精々、手が汚れてしまったなどと因縁をつけるくらいしかできそうにない。
「コージさんもわかりましたよね!オークのお肉は美味しいんです!」
「……認めざるを得ない。こりゃあ、旨いわ」
「そーでしょう!そーうでしょう!」
「しかしこのソース、どこかで食べたことがある気がするんだよなあ。ユーノ、このお弁当について他に知っていることはないのかい?」
「フフフ、コージさんもこのお弁当の魅力に取りつかれたようですね!いーでしょう!教えて差し上げましょう!」
完全に調子づいたユーノだが、そもそもの功績はウリエルさんと、オークさんだからな。
ありがとう。ウリエルさん。オークさん。
窓から見える青空の向こうで、ウリエルさんとオークさんがサムズアップしながら皆川フェードしているかのように思えた。
ちなみに実際のオークさんに会った事はないので、俺の中でのオークさんは未だ薄い本のオークさんで固定されたままだ。
「このお弁当はですね!アルデビラーヌの中で一番大きい王国都市“サンクートライン”の中心街にあるテイクアウト専門店“オークは多くを語らない”の一番人気メニュー“オーク肩ロース肉のパルーナ焼き弁当”なんです!」
あ?なんだって?
やめてくれないか。急に異世界の固有名詞を羅列するのは。
さっぱり理解できなかったじゃあないか。
「すまん、もう一度――」
「アルデビラーヌの中で一番大きい王国都市“サンクート――」
「いや!すまん!悪かった!お弁当の名前だけでいい!」
「“オーク肩ロース肉のパルーナ焼き弁当”です!」
「パルーナ焼き?パルーナってのは、調理法を差すのか?」
「いえ、パルーナというのはアルデビラーヌ特有の果実です!といっても、実際食用になるのは中の種子だけなんですよ!」
そう言って、ユーノは俺にスマホのようなものを差しだしてきた。半透明の立体ビジョンがスマホの上に映し出される。なんというSF感。
立体ビジョンには、サクランボのような、赤くて小さい木の実と、その種子らしきものが映し出されていた。
「これが、パルーナ?」
「ハイ!この赤い実は猛毒で、すりつぶして刃先に塗り込むことでオークを狩っているそうです!」
思ったよりもえげつないな、アルデ何たら人の皆さん。
「それでですね!余った種子を乾燥させて、焙煎したものをミルで粉々にすることでアルデビラーヌの皆さんにとって必要不可欠な香辛料となるわけなのです!」
「随分と詳しいね、ユーノ」
「美味しいものには目がないですので!」
しかし、ユーノの説明はわかりやすかった。同時に、記憶の中にある芳ばしい香り、コクについても大体の答えが出た。果実の種子を乾燥させて焙煎と言うと、まんまコーヒーの製法じゃないか。
美味○んぼで見たことある、コーヒーも果物の種子だって。
おそらく、冒険者にとって理にかなった食べ物なのだろう、肉のタンパク質、エネルギーとなる油、パルーナのカフェイン(含まれているかは不明だが)、いずれも冒険中に精をつける意味では間違っていない。夜眠れなくなりそうだがな。
だが、お弁当にしてはいささか食べづらいし、美味しいとはいえ肉の味付けも濃いめだ。
それに俺みたいな典型的な日本人からすれば、コメがないのが問題点だ。 お弁当というより、これだとただのお惣菜にすぎない。
それと、気になったことがある、箸やフォーク、ナイフといったものが付属していないのだ。マイ箸をキッチンから持ってきた俺はともかくとして、ユーノは何も持っていない。割り箸を貸そうとしたが、いらないと断られた。
「なあユーノ。コレ、箸も何もついていないけど、現地の人たちはどうやって食べているんだ?」
俺の質問を受けたユーノは、しばし目をぱちくりさせた。
「もしかして、気付いてないんですか!?」
なんと。
まだこのお弁当には秘密があるというのか。
「あ、ああ。お弁当にしては外で食べづらいし、主食が欲しいかなあって」
「コージさん!」
「な、なんだよ」
ズイと前のめりに顔を突き出したユーノは、すごく満面の笑み。
「私が本当の食べ方というものを伝授いたしましょう!」
ちょっと汚い食べ方ですが……と付け足して、ユーノはティッシュをナプキン代わりにした。
そして、まだ紐をほどいただけのオーク弁当の包みをユーノは両手でわしっと掴み、そのまま包みごと口の中へと頬張った。
まさか。
俺は自分の弁当の包みを指でちぎった。硬くて丈夫かと思われた包みだが、十分指でちぎれる硬さだ。そして、ちぎった包みを恐る恐る口の中へと放り込んだ。
……パンだ。
いや、正確にはナンやチャパティ、あるいはトルティーヤに近いのかもしれない。
そもそも小麦が原料なのか分からない。少なくとも、それに準じたものではあるだろう。
薄くてしっかりとした歯ごたえのある、イースト菌による発酵が行われていない、無発酵のパンが、お弁当の包みの正体だったのだ。
弁当に接する部分、つまり内側には湯気による湿気防止のため、薄く植物性油脂が塗られている。サンドイッチに近い手法だ。
さすが中世風ファンタジー。中世発祥のメニューの技法は取り込まれているようだ。
「んん~!おいひいれふぅ~!」
ユーノはむしゃむしゃとお弁当を頬張っている。確かに室内で食べるには少し汚い食べ方かもしれない。が、幸せそうに食べているユーノの姿を見て、真似してみたくなった。
俺は、開いてしまった包みをもう一度閉じ、ユーノと同様にそのまま齧り付いた。
……おおぅ。
……これは。
なぜ、肉があんなにも柔らかく調理されていたのか。
――それは噛み切りやすくするためなのさ。
なぜ、かかっていたソースの粘性が非常に高かったのか。
――それは食べる時にこぼれないようにするためさ。
なぜ、そのまま食べると少し味が濃かったのか。
――それはパンと一緒に食べる前提の味付けなのさ。
なぜ、箸やフォークが付属していなかったのか。
――さあ、今こそ全力で齧り付けよ。
全ての未知はオークに通ず。
旨いのだ。
ただただ単純に旨いのだ。
肉の味が旨い。脂身の甘みが旨い。スパイシーでコク深いソースが旨い。それらを包み込むパンが旨い。
今にも踊りだしたい気分だった。今にも悶え転げたい気分だった。
今にも高らかに「美味いぞ!」と叫びたい気分だった。
子供の頃、アニメの中で美味しいものを食べた後に過剰なリアクションをとる人たちがいたことを思い出した。彼らの気持ちが、今なら少し分かった気がする。
じっとしていられない美味しさなのだ。
もはや何も言うまい。
やっぱ言う。
「うまっ」
“オークは多くを語らない”
とはいえ、あまりにも貧困な語彙に、俺は少し恥ずかしさを感じた。
向かいの席で、ハムスターのように口いっぱいにオーク肉サンドを頬張るユーノの姿が、なんとも微笑ましく映った。
◇◇◇◇
あれから30分。
俺とユーノは、突如舞い込んできた御馳走の余韻にいまだ浸っていた。
互いに、食後のハーブティーでほっと一息ついているところだ。
実はこのハーブティー、お弁当を縛っていた紐を解いて煎じたものだったりする。
ユーノ曰く、
「これだけ食べた後にすぐ動くと、おなかが痛くなっちゃいますよね!そんな時こそこの常連通称:例の紐!実はコレ、消化を助ける複数のハーブで編まれていますので冒険者たちにとっても実にありがたい代物なのです!」
とのことなのだが、いやはや、よく考えられている。
さすが王都の名店だけの事はあるなと、俺とユーノは二人して唸った。
「どうでした?コージさん」
ユーノはいつもの無駄に元気な声ではなく、優しげに俺に話しかけてきた。
なんだかいつもと雰囲気が別物でドギマギしてしまう。
「どうって……そうだな。正直言って、少しなめてた」
「それはオークのお肉の事についてですか?それとも、異世界の食文化についてですか?」
「どっちもだ。中世風という概念にとらわれて、無意識のうちに下に見ていたらしい」
「仕方のないことなんですよ。逆もまたしかりです。アルデビラーヌの皆さんに地球の名物を持って行ったところで、一度味わってもらうまではきっとゲテモノを見るような顔をされるに違いないです」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんです。同じ地球上でも国が違えば文化が違う。ましてやアルデビラーヌに豚のお肉を持って行った日には、きっとコージさんは魔導火あぶりの刑ですよ?」
「なにそれこわい」
「向こうの世界には、ここの世界と決定的に違う部分が一つあるんです。それは、4足の獣がすべて高い知性を持った幻獣と呼ばれていること。だから4足歩行の豚の説明をしたら、きっと罰当たりだと言われて魔導アイアンメイデンの刑です」
フフッ、と笑うユーノ。つられて俺も笑ってしまう。
そして、ユーノは少し真面目な顔をして話を続けた。
「だから、これだけは覚えておいてください。異世界に転生しても、そこの文化を決して軽んじないで。チートを持つものであれば、文化の一つや二つは簡単に捻り潰すことが可能なのです。だからこそ、力を持つ者は決して独り善がりであってはならないんです。」
それはまさに寝耳に水であった。
チートを持つことは、簡単に食文化や科学技術を塗り替えることを可能とする力だ。だが、それは例外なく善であるとは限らない。簡単な物差しで測ることは決してできないのだ。
「なあ、ユーノ。何で神様は転生者にチートを与えるんだ?」
「分かりません。」
「分かりませんって……」
「少なくとも、世界を混沌にしたいなんてことは、考えていませんよ」
そういってユーノは微笑んだ。
普段どんなにアホであろうと、やっぱり女神。
きっととても敵わないんだろうなと、思った。
「約束するよ。転生した後も、独り善がりな行動は絶対にしない」
異世界転生とチート。与えられるまでは、本の中の世界の話だけだと思っていたけど、思っていた以上に世界は複雑で、思った以上に壮大な使命を持たされているのかもしれない。
だったらせめて。
選ばれた以上は自分の役割を見つけられるようにならなきゃと思った。
「それを聞いて安心しましたー!」
急にへにゃっとした顔になるユーノ。さっきまでの威厳は微塵も感じられない弛緩しきった笑みへと変貌した。
なんだコイツ。
「私としてもですね!いろんな世界のいろんな名産品は、やっぱり下手に手を加えたらだめだと思うのです!」
「いや、ユーノ。急に何の話を……?」
「あれ?違ったんですか!?てっきりコージさんは私と同様、各異世界の食文化の良さを分かっていただけたものかと!」
えええええ。そんな限定的な話だったのコレ!?
「いや、もっとこう広い視野の話じゃなかったの?」
「広い視野?まあ私の異世界食べ歩きスケジュールは常に最先端の情報までアンテナに入っていますがね!さすがコージさん!目の付け所がわかっていますね!」
むふぅと鼻息を荒くして目を輝かせるユーノ。
もしかしてこいつは……いや、もう間違いない。
娯楽と美味しいものに目がないだけの駄女神だコレ!
「ふざけんな!俺の転生を一体何だと思って……」
……いや待て。
今聞き捨てならないことを言ってなかったか?
スケジュール管理している?転生空きをことごとく埋めてしまったコイツが?
「ねえユーノ」
「何ですか!コージさん!」
「その最先端情報っての、興味あるんだけど俺にも見せてくれない?」
「いいですよ!」
ユーノは何の疑いもなく手帳を渡してきた。
手帳といいスマホといい妙に俗っぽいな天界。
ユーノの手帳を開く。
天界語は先日の異世界プラン説明を受けた時に既に理解できていたから、きっと無意識で覚えさせられたのだろう。当然手帳の中身も読み取れた。
○月×日
転生者:○○○ 転生予定
注目→魔法世界キーテルーで新作パフェ販売!
□月☆日
転生者:△△△ 転生予定
注目→鉄世界ガルディヘイムで世界の麺類博開催!
▽月◎日
転生者:■■■ 転生予定
注目→学園都市ペルセギュースで10年に一度の大学園祭!
・
・
・
……。
「ねえユーノ」
「なんでしょーか!」
「この新作パフェってのは美味しかった?」
「そりゃもう、ものすごーく美味しかったです!」
「そりゃあよかった」
「はい!」
「ねえユーノ」
「なんでしょーか!」
「この世界の麺類博ってのは興味深いね」
「そりゃもう!ここでしか食べられない麺類はいっぱいありましたから!」
「それはよかった」
「はい!」
「ねえユーノ」
「なんでしょーか!」
「この大学園祭ってのはすごく楽しそうだね」
「すいません用事を思い出しました!」
振り返り、黒い扉へ駆け出そうとするユーノだが、そうは問屋が卸さない。逃げようとするユーノの頭をがっしりとホールドする。
「ねえユーノ」
「な……なんでしょーか!」
「まさかユーノって転生者の転生先をさ、自分が食べたい物や遊びたいものがあるところになるように誘導していない?」
「し、してないです!」
「じゃあこの手帳、ウリエルさんに見せてもいい?」
「ごめんなさい誘導してました!」
俺は持っていた手帳でユーノの頭を思いっきり引っ叩いた。
とってもよく響くいい音で、スパコーンと鳴り響いた。
女神の頭を叩いてみれば、転生怠惰の音がする。
頭の中が空洞じゃないとここまで良い音は出ないだろうな、と俺は一人うなずいてた。
ちなみに、午後の研究室には大遅刻した。
周りの目がすっごく痛かった。
おわれ。
次回以降は不定期更新なのです。