開封:手ーをっ!合わせましょう!いただきまーす!その2
「ほんっとうに、申し訳ございませんでした」
俺の目の前で、バーコードヘアー、メガネ、事務員のおっさんが腕につける謎バンドの3点セットを完備した、いかにもな中間管理職の中年男性が平謝りしている。
若干こっちが申し訳なくなるくらい、深々と頭を下げている。
その横には、中年男性にぎりぎりと頭をつかまれ、一緒に頭を下げているユーノの姿があった。
ユーノからは「痛いです!痛いです!」と聞こえてくるが気にしないようにしよう。
「いや、俺もさすがに言いすぎたなーって……」
俺が頭を上げるよう促すと、ようやく中年男性は頭を上げた。
どうにもうだつが上がらないタイプの面構えだが、意外なことに異世界転生の地球支部長らしい。
先ほど俺が上司を呼べと言ったばかりに、ユーノは本当に上司を連れてきてしまったのだ。それも、一番偉いお方を。
確か、ウリエルと言ってた気がする。キラキラネーム感すげえ。
「いえいえ、言い過ぎだなんてとんでもない!うちのユーノが誠にご迷惑をおかけいたしました。本来、転生先となる世界の"空席確認"は女神見習いにとっては初歩中の初歩!」
そういって、ウリエルさんは恨みがましくユーノを睨み付けた。
当のユーノといえば、「えへへ、失敗失敗」と頬を掻いている。
あらかわいい。いやよく見たらクソむかつく。
「え、俺もしかして死ぬ予定では無かったとかそんな感じなの?」
そのことを尋ねると、ウリエルさんは詳しく説明してくれた。
「いえ、そうではありません。本来、転生できる世界自体は無数にあるのです。ただし、魂によって相性というものがありましてですね、ハイ。例えば一般的な地球の方が転生可能な世界になりますとですね、一人頭せいぜい20種類程度なわけです」
「で、転生予定者の転生先が埋まらないよう常に管理するのが女神見習いのお仕事。……と、そういうことですか?」
「ええ、その通りです、ハイ。いやあ、高辻さんは理解が速くて助かります。それに引き換えこの子は……」
「ふぁい?」
ユーノは眠そうにこちらの話に相槌を打つ。今あくびしていたな、コイツ。
当然ウリエルさんも見逃すはずはなく、鋭い手刀をユーノのおでこめがけて放った。
「あいったぁ~」
頭を押さえその場でうずくまるユーノ。自業自得だ。
ウリエルさんは口を酸っぱくしながら説教をつづける。
「ユーノさん、前から言っていたじゃあありませんか。人によって生まれ変われる世界は違うのですから、常に転生予定者の転生先は確保しておきなさいと……」
「ごめんなさい!前の転生者さんたちの希望を全部聞いていたら、いつの間にかコージさんの世界の枠が全部埋まっていました!」
悪気があってやってたわけじゃない、ってのが最高に性質が悪いなあ。
ウリエルさんの頭髪が寂しくなるのもわかるわ。
「……今、不穏なことを考えませんでしたか?」
ウリエルさんのメガネが光る。
見た目に反してすごい怖いオーラが出ている、気がする。
「いえ、何にも考えていません。ウリエルさんが大変そうだなあと」
「……いやね、私も常日頃いつかやらかすのではないかなあと不安に思っていたんですよ。まさか本当にやるとは。」
おい、予想できてたのかよ。
管理者責任じゃないのか?これ。
そんな考えはすぐひっこめた。
人間っぽい見た目でも彼らは人より上の存在だ。下手なことを考えたらここで魂消滅もあり得る。
それは嫌だ。沈黙は金なり。
とはいえ、気になった点はある。ここで話を聞く限りだと、俺は今どこの世界にも行けないようだ。そうなると、俺の魂の所在はどうなるのだろう?
「あの、ウリエルさん。結局俺は、どうなるのでしょうか?」
「あー……、そうですねえ。しばらくは、元の世界で待っていてもらうしかないですねえ」
「元の世界って……、俺死んじゃってるんですけど。まさか、ユーレイになってしばらく地縛ってろってコトですか?」
「いえいえ、今回は完全に我々の落ち度です。高辻さんが望むのでしたら、元の体に戻して差し上げましょう」
え、できるんだ。
ということは、もうしばらくは大学院生として生活することに?それはそれで微妙だなあ。
「ただし、一度死んでしまっている以上、完全に元の肉体というわけではありません。我々の世界からマナを供給いたしますので、半霊体状態になりますねえ」
「半霊体……ですか?」
半人半霊みたいなやつ?人魂まとっちゃうの俺?
「ええ、見た目は普段通りのあなたですが、定期的にここにきてマナを供給していただきます。ユーノさん。例のアレを」
「はい!分かりました!」
そういって、ユーノは超スピードで駆け出していく。
ユーノはあっという間にオーロラの向こうへと消えてしまう。
十数秒ほどしてからだろうか、大きな水瓶を抱えて全速力でこちらへと戻ってきた。
途中、コケて割るんじゃないかと思ったが、何とか無事だったようだ。
「この水瓶がコージさんの補給用マナになります!」
そう言って、ユーノは水瓶を俺の目の前に置いた。
チャプン、と水瓶の中から音がする。なみなみと液体が入っているようだ。
「これをどうするんですか?」
「高辻さんにはこの中に入ってもらいます。まあ物は試し、実践してもらいましょうか」
そういって、ウリエルさんは光の玉となっている俺をわしっと掴み、思いっきり水瓶の中へと突っ込んだ。
「ちょっ!何を―――!?ゴボボッ!ガボォッ!?」
苦しい。水瓶の中で溺れ死んでしまう!いや、もう死んでいるんだけどさ。
何とか抜け出そうと必死にもがく、水瓶のふちに手が届いたので、思いっきり体を引っ張り上げた。
――ザパンッ
そのまま一気に水瓶から脱出した。気管支に水が入ったのか、思いっきり咽る。
「ちょっ、何するんですかウリエルさん!」
「はい、終了です。無事人間の姿に戻れましたね」
「おおー!なかなかイケメ……うーん、つけ麺級ですね!」
……ユーノさんその評価ちょっとひどくない?傷つくんですけどマジ。
とはいえ、本当に元の人間の姿に戻れたようだ。
生前の衣服を身にまとい――まあ、水浸しならぬマナ浸しではあったものの――完全にトラックに轢かれる寸前の俺の姿に戻っている。
裸じゃなくてよかった。
「これが、マナの力……」
「そうです。体が軽くなったでしょう?」
確かに。トラックに轢かれたあの瞬間までの、身体のコリや全身の倦怠感が全く感じられない。
ものすごく健康的だ!
思わず、マッチョポーズをとってしまう。当然、盛り上がる筋肉などない。
「二の腕やわらかいですね!」
ユーノはフニフニとポーズを決めた俺の二の腕を触ってきた。
やめて。なんか恥ずかしい。
「今の高辻さんは半霊体状態です。疲れなどが全部吹き飛んだでしょう?ここでマナを十分に蓄えたからなのです」
「なるほど、ということは切れかけたらまたここに来ればいいわけですか」
「そうなりますね。大体一週間に一度の頻度になります、ハイ」
さらに言うと、半霊体でいるうちは本来致命傷となる衝撃を受けたとしてもかすり傷一つ負うことはなく、疲れを感じることもないらしい。
なにそれすごい。
ただし、それもマナが尽きるまでの話。
一週間に一度ねえ、結構すぐ切れるんだな。
ウリエルさんは、もう一点、と人差し指を立てながら言葉を付け足した。
「絶対に毎週補給に来てもらいますからね。これを怠ると、魂が消滅してしまいます。当然、転生もできません。輪廻の輪から外されますよ」
とウリエルさんが言う。脅しているようだが、ウリエルさんの顔じゃあ正直そんなに怖く聞こえない。
とはいえ、魂が消滅するのは嫌だなあ。これだけはきっちり守っておかないと。
「それでは、私からの説明は終わりです。質問が無ければ、また来週お会いいたしましょう」
「あ、はい。ありがとうございました」
俺はウリエルさんに深々とお辞儀をした。
「いえいえ、こちらの落ち度ですから。ユーノさん、後は頼みました」
ウリエルさんは少し疲れた笑みを浮かべながら、そのまま去っていった。
これから後処理の山なのだそうだ。
管理職も大変だなあ。
後に残された俺とユーノ。
どうしたものかなと俺が思案していると、突然彼女は俺の右手を握ってきた。
右手に彼女の柔らかい手の感触と、温かい体温を感じてしまい、ドギマギしそうになる。
ユーノが俺の顔を覗き込むように、見上げてきた。
はにかんだ様な、はたまた少し悲しそうな、そんな笑顔。
「コージさん、この度は私のせいでご迷惑をおかけしてしまってごめんなさいでした!」
ユーノはそう言って再度頭を下げる。
「いいって。頭を上げなよ、ユーノ」
「でもでも!私の手違いでコージさんはユーレイになってしまいました!」
「むしろ体が軽くなってありがたいくらいさ。ユーノもこうして謝ってくれた事だしさ。大丈夫、許すよ」
「うう、コージさんのやさしさが身に染みます!」
空いている左手をポン、とユーノの頭に手をのせ、撫でる。やわらかい髪がスルリ、スルリと心地いい。
不意に、俺たち二人のいるの白一面の世界がざわざわと揺らぎ始めた。
ユーノも気づいたようで、俺を握った手にギュッと力を込めた。
「コージさん!この空間ももう閉じてしまいます!」
は?閉じる?
「ここ、天界じゃなかったの!?」
「いえ!天界といえば天界の一部なんですけど!1時間当たり日本円に換算しておおよそ4000円の転生スタジオです!」
レンタルスペースかよ!
世知辛いな天界!
「なので、コージさんを一旦元の世界にお返ししますね!」
ユーノは、何か呪文のような言葉を唱えだす。それは俺の聞いたことがない言語だった。
呪文に呼応するかのように、握られていた俺とユーノの手の中から、粒子状の光が溢れる。
溢れた光は、やがて、俺を包み込むように拡散した。
なるほど、こうやって帰還するのか。
なんとなく感覚で理解できた。自分も拡散する粒子と同化していく。完全に粒子化したあと、元の世界へ送られて再構築されるんだろう。
異世界への転生も、こんな感じなんだろうか。
「コージさん!私ちゃんとコージさんのご希望通りの世界をご用意いたします!だからそれまでご迷惑をおかけすることになるかもですが、よろしくお願いします!」
ああ、こちらこそよろしく。
すでに粒子化が進んで声は出せない。でも、ユーノには伝わったようで、彼女はえへぇと笑みを浮かべた。
そして、そのまま俺は完全に光と一体化し、そこで意識が途切れた。
◇◇◇◇
「……っ!」
目が覚めたらすでに外は明るくなっていた。
どうやら寝る寸前の俺は、布団の中に潜り込むのが精一杯だったようで、昨日研究室で着ていた服のままだった。
アイロンかけないとなあ。
変な夢を見た気がした。
あんまりよく思い出せないが、異世界がどーのこーのという夢。
女神見習いが可愛かった、でも思いっきりアホで可哀想だった。
……それくらいしか思い出せないな。
というか、俺昨日の夜どうやって帰ってきたんだっけ?まったく思い出せない。
つーか、今何時だ?
俺は枕元に無造作に放り投げられていたスマホを起動した。
「ゲッ!?8時40分過ぎてる!?」
やばい。完全に遅刻コースだ。
せっかく昨日仕上げたスライドを朝一で確認してもらう予定だったのに……これじゃ教授をいつ捕まえられるやら。
俺は急いで大学へ向かう準備をしようと、ガバッと掛け布団を払いのけて。
そこでようやく気付いた。
夢の内容も全部思い出した。
俺が死んでいることも思い出した。
――ご迷惑をおかけすることになるかもですが、よろしくお願いします!
やたら元気な女神見習いは別れ間際にそう言っていた。
俺はてっきり、一週間に一度のマナ補給の度にお世話になるという意味だと思っていた。
だが、どうやら俺の考えは相当甘かったらしい。
「えっへぇー……もう食べられないですよぅ、コージしゃぁん」
なんかいる。
どうやら俺の隣でぐっすり眠っていたらしい少女は、自称・身長153cmでスリーサイズが82-54-79、体重は企業秘密の“なんか”。
髪の色こそ、この世界で浮かないよう配慮したのか黒髪になってはいるものの、どう見てもさっきまで夢で見ていた“なんか”。
どう見ても駄女神です。本当にありがとうございました。
高辻浩二、23歳。大学近くのアパートの一角に一人暮らし。
まだほかの住人が朝の支度をしているその時間帯、住民の皆さまにできる限りの配慮を込めて。
羞恥とも驚愕ともつかない、声にならない叫びを上げた。