第1部 12芒星魔方陣 編 4章 不吉な予兆 1話
シルビア編はここから本格的な本編に入ります。
まだ序盤は退屈なシーンが続きますが、12芒星魔方陣は、このシルビア編でのみ核心部に迫って行きます。
学研都市に戻ってきたのは翌4月8日土曜日の夜7時30分頃、およそ12時間半のフライトで大阪国際空港へ到着した。時差の事まで考慮するとほぼ丸1日掛かる事になる。
「お疲れさま」
公安6課事務所に入った私とジュリアンは最初にマリアは祖父エドワードから預かったメモリを成田課長に渡し言った。
「イギリス本国では国戦力アップの為、古代魔術を禁輸の指定を始めました。おそらくデジタル魔法もその例外で無くなる可能性が有ります」
成田はメモリをノートパソコンに入れファイルを開いた。ファイルデータにはイギリス諜報部が発注した武器のリスト、NATOが発注した武器の闇リストが載っている。
それ以外にもイギリス聖教の要人リスト、魔術の名門家リストが載っている。その中にボールドマン家も入っている。
「有り難うジュリアン、この事は会長にお話したの?」
成田のパソコンを覗いていたマリアが訪ねた。
「ええ、ただお爺さまの話ですと設備は大きすぎて移送するには諜報部に気付かれてしまうと言っています」
「じゃあ、どうするつもり」
「そこは、自社の通信衛星システムを使って、データのみをこの学研都市へ移送する為の候補地を探しています」
「そんな話、聞いた無かったわよ」
私の訴えをよそに話は進む。
「そうなると立地が良いのは第2ジオフロントかな、規模は小さいけど計画が一番進んでいる所でも有るしね」
「確かに、もうキングローズ日本支社も第2ジオフロントに有るのだから都合が良いだろうな」
「私もそこが良いと思っています」
「だが衛星を当局に掌握される可能性は無いのか」
「キングローズ社のセキュリティーなら問題無いと思います」
「分かったわ、ジュリアンはキングローズ社とのパイプ役をお願い」
「あの、私は?」
マリアは椅子から立ち上がって2・3歩歩いた。
「貴方にはやって貰いたい事が有るの」
「やって欲しい事、ですか?何でしょう」
突然の話しに私は首を傾げた。
「最近、不良集団の暴行事件が起こっている事は知っているわよね」
「ええ、幾つかの不良集団の抗争みたいのが起きている事は聞いてます。でもそれなら学研警備隊の範疇では」
学研警備隊は別名「シティーホーク」と呼ばれこの学研都市を中心に警備する民間の警備会社の事である。戦後の混乱も有って急増する犯罪に警察組織だけでは対応出来なくなり、条例で現行犯事件やテロ抑止活動、捜査権など警察と同じ権限が与えられている。
「それが最近、能力者やデジタル魔法を使う者が現れ重傷者が出る程になっているの、そして、ここからが本題、そのデジタル魔法で通常より威力の強い魔術を使う者が現れて来てるみたいなの」
「その魔術の出所を調べるのですか、ですが、デジタル魔法は魔法開発ツールを公開しているのである程度は仕方無いのでは」
「そういえば3年前にキングローズ社のサーバーからデジタル魔法の基幹プログラムのハッキングが起きていたわね?それと何か関係有るのかしら」
ジュリアンが割って入る。マリアはまた椅子に座り言った。
「その可能性はゼロでは無いわ、もしかするとそれ以外にプログラムの脆弱性を突いたものかも知れない。プログラムである以上、何らかのバグが有る可能性は常に考えなければいけないし不正プログラムによるものかも知れない」
「分かりました。まずはその辺りから調べてみます」
「お願いね」
私はマリアとジュリアンを置いて先に部屋を出た。
翌日、ここ数日は東京やイギリスに居たためマリアが言っていた事件の詳細を調べる所から始まった。
公安6課は人数は10人、公安5課、7課と共に2年前に設立された。
しかし、人民解放軍が治安維持と言う名目で実質占領下にある九州北部では、排除使用とする反社会組織を押さえ込みと、過剰な取り締まりを行う人民解放軍の監視を目的に、国会で公安5課の設立が承認され潤沢な予算が組まれている。
「シルビアおかえりー」
「お早うございます。夏菜さん」
この人は先輩で小河夏菜、レベル4の透視能力で複数の物をを同時に透視できその奥行きも確実に把握できるという。
「朝早くからどうしたんですか?」
小河は先にフロアに居る私に声を掛けた。
「時差惚けで早く目が覚めたから、静かな今のうちに仕事片付けようと思って」
「昨日の飛行機だったんですね、紅茶入れましょうか?」
「いえ、それは私がやります」
私は給湯室で紅茶とクッキーを用意し部屋に戻った。
「今、何を調べてるの」
「昨日までの活動日報を今まとめて、これからチーフからの依頼の仕事を始める所よ」
「それは最近頻発しているデジタル魔法の事ですか」
「まずはマスコミの情報を集めた所よ、もう事件の概要は分かったわ」
「それで、これからどうするつもり」
「シティー・フォークと南署に行って捜査資料を集めて来る」
「それなら私も行くよ」
「うん、私も別件で捜査資料を集めに行くつもりだから」
小河はそう言うとクッキーを一口食べ紅茶を飲みきった。
「捜査資料はこれで全部です」
朝9時過ぎ警察の資料室で渡された資料は家宅捜索分も含め段ボール箱81箱分になった。
「凄い量だね、これ全部読み上げるの?」
「これ位なら1日で終わるわよ」
「ひえー」
小河は悲鳴を上げた。
「さあ先輩、やってしまいましょ」
捜査資料を調べ始めて3時間が過ぎた。
「そろそろお昼ですがお食事はどうしますか?」
資料室を提供してくれた竹村巡査と3人で近くのレストランに入った。
「大変でしょーあれだけの資料を調べるのは」
「私は慣れてるので良いのですけど、シルビアは始めてだから慣れないのかも知れないね」
「そうですよねー最初に段ボールの山を見ると。これいつまで掛かるんだーって発狂したくなるのですね」
「そうですよね」
テーブルに並ぶパスタに手を付ける私は小河と竹村は一緒に笑った。
「さて、さっさと終わらせましょ」
私は段ボール箱の蓋を開けた。
「私はシルビアと違って脳髄膜コンピュータを移植してないのよ、貴方と同じペースでは処理できないよ」
「でも先輩、どうして透視能力使わないのですか?」
「それは既にやって事あるよ。とっても疲れるのよ」
「そうなんですか、能力を使うのも大変なんですね」
午後7時半、捜査資料の段ボール箱を41箱分の資料を確認した。このペースは異常なハイペースでもある。
「さて、今日はこれで終わりにしましょう」
小河の締めで今日の作業は終わった。
「お疲れさまでした」
竹村は資料室を出る私達を出迎えた。
「どうです?食事でも行きませんか?」
「先輩、どうします?」
「それでは、ご一緒しましょう」
「有り難うございます」
竹村とコンビを組んでいると言う沢田警部補に連れられ居酒屋に行った。
「悪いねえ、色々うるさいでしょ?こいつ」
酒の入った沢田は竹村を嘲た。
「いえ、色々面倒見て貰って助かります」
そこは小河、こういう場にも慣れている様だ。そうしているうちに沢田の嫁の話になって、さらに「お前達も早く結婚しろよー」という話題で固定化した。
「うー先輩、こういう時ってどうすれば・・・」
「この時は場の空気に合わせていれば良いのよ」
小河はにっこり笑い小さな声で言った。しかし、赤毛だし青目の私にはこの下町の居酒屋に居るのは場違いな感じがする。
「なんだね?女同士で内緒話か」
「女子の会話に聞き耳立てるなんていけないのよー」
小河は上機嫌な沢田は詮索を交わした。
「所で最近、放火事件が頻発してるじゃないですかぁ、アレって今どうなんの?」
「あれかーマッジクアローが関係しているらしい事は分かっているんだが」
「ちょっと沢田さん」
小河はあえて軽い感覚で聞きだそうとしていると竹村が征した。
「そそ、これはまだ捜査中でな、ここではまだ言えないのだ。また仕事中になら説明するから」
「あらー以外と口が固いわね」
小河は苦笑いした。それを見て竹村が同じように苦笑いする。
「沢田さんが刑事をやってて大変だった事件って有るのですか?」
「事件なんてどれも大変だよー」
私の質問に沢田が得意そうに胸を張って言った。
「その中でも特に印象に残った事件とか有るでしょ?教えて欲しいので」
「えーっとな、それなら・・・」
3人で適当に相づちを入れながら30分程、沢田の武勇伝を聞いた。