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僕しか知らない恋の意味  作者: 久野悠花
6/7

手紙


 今年の体力測定を終え、明日からゴールデンウィークだというこの日の放課後、教室を出た僕を彼が出迎えてくれた。

「どうしたの?」

思わず瞬きを繰り返して僕は訊く。

 何かあった時は勢いよく僕を呼び、勝手に引っ張っていく癖に。

 妙に大人しいくせに、出迎えなんてしてくれるから、寧ろ不安になった。

「ちょっとね」

そう言って彼は僕の手を掴んで歩きだそうとする。

 だけど、一度立ち止まって直ぐに手を離した。

 彼の行動や表情の意味がいまいちよく理解できなくて、僕は彼を見上げてただキョトンとしていた。

 帰ろう。そう言って先導する彼について、僕は昇降口を潜った。

 そして例の如く、誰もいない駄菓子屋で彼と向き合う事になる。

「十戒…?」

 今日の彼は少し変だ。

 向き合って尚何も言わない彼に、僕はどうしようもなく落ち付かなかった。

 しばらくして、外から女子の声が聞こえる。

 駄菓子屋が閉まっていることに不満の声をあげているようだ。

 それに急かされたのか、俯いた彼はそろりと口を開く。

「あと二週間ぐらいで、出来そうなんだ」

僕は鞄を強く握った。

 何のことかはすぐに解る。

 彼は予想通りの言葉を口にした。

「もう少しで、僕はキミを選べる」

 指先がほんのり赤い。

 僕の頬も、朱に染まっているだろう。

 彼は僕の方を見ないまま、感情を殺した声で続けた。

「だから、準備をしておいてくれないかな」

「準備って…」

僕にやれることがあるんだろうか?

 彼は何を思ったのか、勢いよく顔を上げた。

 今までに見たことのないくらい、彼の頬は赤かった。肌が白いから、尚更。

「準備って…、キミは何にも持たずに家を出るつもりだったの?」

彼は驚いたような、恥じたような表情で僕に言う。

 勿論、声は潜めているが。

 そして僕は思い至った。

 準備って、家を出る準備か。そうか、駆落ちってそういう事だ。

「今更なにゆうてん!?」

彼が目をまん丸に開いて詰る(なじる)ように言う。どうやら考えを読まれたらしい。

 僕は目をそむけてポツリと言いわけをする。

「あぁ、えっと…。言い出しっぺのくせに悪いんだけど、ね。スケールが大きすぎて、そこまで頭が回って無かった」

「そんな…」

彼がしぼんだ声を出す。

 いったいどうしてそんなに泣き出しそうな声を出すんだ!?

 真っ赤になって涙をためる彼が可愛すぎて、僕は思わず俯いた。

 先ほどから、彼のこの緊張っぷりが良く解らない。

 ただ、

「そっか、ようやくか…」

 情けないぐらい、僕の顔は緩んでいたと思う。

 彼がコテリと首を傾げる。

 久しぶりに見た狐のような愛らしさだ。

 僕は彼の胸板に額を触れさせ、小さく呟く。

「ようやく、僕たちは一緒にいけるんだ、と思って…」

そう言ったら、僕まで泣けて来た。

 彼の指が小さく僕の肩に触れる。

 彼は、僕の耳元でささやく。何時ものように。

「だから、もう少しだけ待っていて。もうすぐ、僕はキミを選ぶから」

「うん」

 僕は彼のほほに小さく口付をした。

 

 ゴールデンウィークの予定が決まった。



 ゴールデンウィーク明けの朝。僕はベッドの下のバッグを見つめた。

 ワイシャツの襟を正し、ネクタイとブレザーを手に持ち、小さく悩む。

「今日から移行期間…。ブレザー、どうしようかな…」

 この後僕は、結局冬服で行くことにする。

 着替えの途中常に意識にあったのは、ベッド下のバッグ。

 中にはゴールデンウィーク中に揃えた家出グッズが詰まっている。

 そうしないうちに、僕と彼は一緒にいける。そう思うと頬がにやけた。

 部屋の掃除は自分でこまめにしているため、母親はよっぽどの事がないと無断入室しない。ばれる心配は殆どなかった。

 実際、あの日が来るまで、このバッグの存在がばれることは無かった。


 ほんの少し上機嫌な僕に反し、彼の顔色は優れなかった。

「大丈夫?」

と訊いても。

「うん。もう少しだから」

と返ってくるだけ。

 未だに、彼の気持ちは読み取れなかった。

 そして、そんな状態の彼を見続けて約一カ月。

 ドキドキや期待が、そわそわとした不安に変わった頃。

 ある日、彼は突然早退した。授業中だったらしい。

 何でも、家に呼び戻されたという。

 まさか、駆落ちの事がおうちの人に気付かれたのでは、と杞憂する僕は、不安に駆られながら家に帰った。

 しかし、母親は何も言ってこなかった。

 駆落ちがばれたのなら、僕の親にも連絡が入って良いだろうに…。

 すると、今回の事は関係ないのだろうか?

 心配に頭を悩ませながら夜を越えた次の日、彼は家庭の事情で学校を休んだ。

 彼の事で頭がいっぱいで、ロクに授業に身が入らなかった僕は、家に帰って直ぐご飯の準備をした。

 何かやっていないと、頭が彼で埋まりそうだった。

 炊飯器のスイッチを入れ、下準備を終えた僕は、米が炊けるまでの時間、勉強をしようと思い至った。ので、自分の部屋に行ってベッドにダイブする。

 ベッドに投げてあったスクールバッグから理科の教科書を取り出して、ぼんやりと内容を読みだした。

 そんなとき。

 コンコン、コン。

 何かが窓をたたいた。

 野良猫か何かと思って無視を決め込むと、今度はその音が二重に重なった。さらに何かバサバサ聞こえる。

「な、ななな何!!?」

ベッドから跳ね起きて窓を見る。

 そこには黒い塊が二つあった。

 赤い光が四つ、こちらを見つめている。

 なんだ、アレは。

 慄然としていると、その塊の一方が口を開いた。

「ガー、ガー」

 からす?

 ぱちくりと瞬きをしていると、もう一方の鴉がもう一度窓をつついた。

 そのクチバシには紙が挟まっていた。

 そろそろと、四つん這いになって這いより、自分を指さして訊ねてみる。

「僕当て?」

答えるはずないのになにやってんだ、僕………って、ん!!??


 鴉が、頷いた?


「!!!!!???」

思わず跳ねあがって、後ずさりする。

 嘘だろ!?鴉が人間の言葉を理解するなんて、聞いたことないよ!?

 しかし、僕当てと来た。

 それも、その真っ黒さが、どこぞの黒ずくめを連想させた。

 僕は慎重に窓にはいより、手が入るだけの隙間を開けた。

 すると、何も持っていない方の鴉は一目散に飛び去り、もう一方の鴉だけが残った。そして、その鴉は静かに跳ねより、くちばしを突きだす。

 恐る恐る手を伸ばすと、鴉は僕の手に紙を落として数歩、跳ね下がった。そして、大きな黒い翼を広げて飛び去ってしまう。

 しばらく鴉の逝く先を見つめていた僕は、肌寒さに我に帰り、部屋に引っ込んだ。

 手の中の紙を慎重に見つめる。

 指さ気で恐る恐る触れると、それが質の良い和紙だと気が付いた。

 そして、

 そこに書いてあるものが、彼の筆跡だという事にも。

 慌てて紙を開き、気持ちを高ぶらせながら読む。

 そこには、彼らしい丁寧な文字でこう書かれていた。


『明日の放課後、迎えに行きます』




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