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僕しか知らない恋の意味  作者: 久野悠花
3/7

恋人


 僕等の学校は三年間同じクラス同じ席順で過ごす。

 よって学年が上がっても彼とは違うクラスのまま。それでも、僕等はとても仲が良いままだった。

 ただ、ちょっと都合が違う。

「吏結~」

放課後、塔屋の上で日向ぼっこをする僕に、彼は容赦なく抱きついて来る。

 ここのところ毎日で、あまえたがりなのか、事あるごとに抱きついて来るようになった。

 首に頬擦りされた時には鳥肌が立った。なかなかしつこいスキンシップなのだ。

 今日も日向ぼっこをしながら彼は僕に抱きついて来る。

「ねぇ、十戒」

そのころには僕も、彼を呼び捨てにしていた。

 彼は擦りつくのをやめて肩越しに僕を見上げる。

 コトンと小首が傾ぐ。

 クソ、可愛いじゃないか!

 頬を赤くしながら、僕は彼に訊いた。

「最近スキンシップ激しいけど、何かあったの?」

彼は驚いて目を瞬いた。

 それから不思議そうに眉根を顰める。

「触りたいだけだけど?男子としてはとうぜんやろ?」

僕は思わず石化した。

 男が男を触りたがるって、ありなのか?

 それを言ってしまえば、僕たちは男同士の恋人なのだから今更か。

 しかし、僕は改めて思った。

 恋人になるとはそういう事だ。

 今は中学もまだ折り返しにならないような青二才だから無いだろうが、このまま大きくなるまで付き合うのだとしたら、いずれはそっちの関係を持つことになるのだ。

 好きな人に触れたいのは、男の子として当然で、言われてしまえば何も返せなかった。

 彼は僕を抱きかかえる腕を一度緩め、少し組みかえて優しく抱き寄せる。

「吏結に触れていたい、そう思う事って、やっぱり変かな?」

僕は首を横に振る。

 僕だって、彼にこうされるのが好きなのだから。

 意識してしまえば恥ずかしくて、それから僕はしばらく顔を赤くしたままだった。

 後日も、彼が触れる度に熱が増して、その内溶けてしまうのではないかと、いらぬ心配をしていた。

 でも本当に、彼に触れられたところが熱いんだ、気持ちいいんだ。

結局僕も、彼に触れたいと思っていた。



 彼の何ともいえぬカミングアウトから数カ月。すっかり梅雨の時期に入った頃だった。

 誰もいなくなった教室で、僕は彼の黒髪を見つめていた。

 僕の視線を感じたのか、彼はコテンと首を傾げる。

「どうかした?」

「ううん、ただ、髪の毛がちょっと」

僕がそう言うと、彼は心当たりなさ気に髪をひっぱった。

 目に掛からない程度の前髪は、以前は綺麗なストレートだったのに、何時の間にか少し跳ねた癖がついていた。後ろ髪も、寝癖のように所々跳ねている。

「あぁ、ホントだ。癖がついてる」

「御家族に癖毛の人がいるの?」

僕は慎重にそう訊いた。彼は黙って髪を弄る。

 ここのところ、僕はずっとチャンスを窺っていた。

 地雷かもしれない、家族の事を聞くチャンスを。

 僕は言ってしまってから、少し後悔した。

 長い間が辛い。

 たっぷり分単位で黙り込んだ後、ようやく口を開く。

「僕の記憶ではいないな…」

彼がポツリと言う。

「おとんは角刈りだし、家の者は皆髪を生やしとらんに。血族はおろか、近しい物にも癖毛がいるかどうか…」

おとん、言い方がちょっと可愛い。

 いつもの彼よりも大人びた低めの声。やはり、家族の話はしてはいけなかったのだろうか。

 僕が座るとなりの机にお尻を降ろし、後ろに着いた手に体重をかけて彼は言う。

「別に、家族が嫌いとか、そういうんは無いよ」

まるで僕の心の内を読んだように彼は言う。

「ただし、好きでもない」

彼はほんのりと微笑んだ。

 彼とこういう話しをするのは初めてで、少し困惑する。

 いつもの大人びていても陽気で軽い口調と、今の低めで腰に来る大人びた口調。

 どちらも彼の上面の様で、どちらも彼の本来の姿にも見えた。

 彼はクスリと笑う。

「キミは本当に表情がころころ変わる」

「当たり前だろ、まだ子供だ」

「うん、僕等はまだ、子供なんよ」

彼は確かめるように呟いた。

 僕等はまだ子供だ。

 なら、どうしてキミはそんなに作り物のように嗤うの?

 僕はどんな表情をしているのだろう。

 彼は優しい声で言う。

「僕は家族が好きではなく、嫌いでもない」

なら、どうして家に帰るの?

 口に出さない疑問に彼は微笑んで返した。

「ただ、あそこにいなくちゃいけないから、僕は帰るんだ」


 そんなの、哀しいよ。


 僕は俯いて訊ねる。

「やっぱり、僕との関係、家の人にばれたらヤバい?」

彼はコクリと頷いた。

「でも、僕はキミが好きだ」

真っ直ぐな言葉が胸にいたい。

 僕の事を好きだと言った彼は、今、どんな表情をしているのだろうか。

 顔が赤くなる。

 涙が、出そうになる。

 彼は僕の様子に気がつかず、こんな風に言葉を続ける。

「この関係を知られたら学校にすら行かせてくれんやろうから、絶対に言わない。でも、吏結が待ってくれるのなら―――――」

「じゃあ」

僕は彼の言葉を遮った。

 目を丸くする彼の膝に僕は手を着いて、涙ぐんだまま彼の顔を覗き込んだ。

「駆落ちでもする?」

彼の瞳が見開かれる。

 さすがの彼もドン引きだろう。

 でも構わない、だって僕はそれぐらい彼が好きだ。

 彼の反応が怖くて、縮こまって震える。

 しかと俯いて、彼のズボンを強く握った。

 そして、

「ごめん、吏結」

彼は僕の背中に腕を回した。

 ヤメテ

 謝る位なら優しくしないで。

 きっと僕は勘違いするから。

 きっとキミを、忘れられなくなるから。

 彼の腕が力を増す。

 僕は無気力に彼の胸に顔を沈めた。

 そして、彼が小さく息を吸い込んだ。

「ごめん、吏結。いますぐには無理だ」

へ?

「でも、もし、キミが待ってくれるっていうのなら…。準備が整ったときに、また君が僕を選んでくれるのなら」

 顔を上げた僕に、彼は泣きそうな笑顔を浮かべた。

「僕は、キミといきたい」


 僕は彼の腕の中にいる。

 目の前で彼は微笑んでいて、僕の事を優しく抱きしめていた。

 もう、雨の音も聞こえない。



 

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