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僕しか知らない恋の意味  作者: 久野悠花
2/7

告白


 それ以来、僕らは特別な進展もなく、今まで通り無難な付き合いをしていた。

 変わった事と言えば、放課後に屋上に行って一緒に話すようになったことくらいか。

 雨の日には教室で話しをした。僕が傘を忘れて以来、晴れの日も曇りの日も、途中までは一緒に帰る様になった。

 小さな駄菓子屋を過ぎた田圃道で、僕は山から離れて街の方へ、彼は反対に山の方へ。

 山の方に広がる田畑にある家の内、どれかが彼の家だと思うと、少し違って見える様になった。

 結局僕は彼の事が好きなまま。あの一目惚れは気のせいでも勘違いでも、一時の気の迷いでも何でもなかった。

 想いが強くなることはあれど、弱くなることは無かった。


 彼と知り合った初めての冬。僕等は久しぶりに会った。

 というのも、年明け前一カ月、彼は家の事情で学校に来なかったからだ。

 なので、冬休み明けて一カ月と一週間ぶりに僕は彼にあったことになる。

 晴れ間なのに教室にいた彼は初めて会った時と同じように羽織を肩に掛け、ストーブの前で丸くなっていた。

「おぉい、そこの黒狐。飼い主来たぞぉ」

学級委員の男の子がからかうように言う。

 たしかに、羽織りから頭だけ出した彼は、冬毛の狐みたいに可愛かった。

 学級委員君曰く、今日一日始業式を含め、彼はあそこから動かないのだという。

「来て早々にあそこに陣取って、先生にガン飛ばしてまであそこをキープしてんだよ」

「寒がりなんだね…」

一カ月ぶりの再開が少し面白いことになっていた。

 話しかけると彼は以前より伸びた黒髪を持ち上げ、赤い顔で僕を見上げた。

「吏結君、明けましておめでとう」

「おめでとう」

彼のアクセントをまねてお辞儀をすると、彼も顔だけでお辞儀をした。

 可愛い。

 これは屋上に出たがらないわけだ。なんせ、外は一面雪景色。スキー板で来た方が早い。

 羽織り籠りの狐を立たせ、僕のマフラーと手袋を装着させる。手袋はサイズが違くて着け心地が悪いと突き返されたが、マフラーは気に入ったようだった。

 彼は詰襟を一式着込み、そのうえから黒い羽織を着こんでいる。肩にかけているのも含めると羽織りは二枚だ。

 前々から思ってはいたが、彼の家は旧家なのだろうか。それもなかなかの家だ。だって、中学生の息子に籠手を着けさせているなんて、不思議でしょうがない。普通の旧家はしないだろう。

 何時もどおり、ではなく。弱々しく縮こまって防寒具に身を沈めて隣を歩く彼と、何時もの道を歩いて行く。

 いくらコートを着ていても、曝け出された首は寒かった。

 ふわふわのマフラーに顔を埋める彼はとても何時もの大人びた彼と同一人物には見えなくて、隣にいて自然なくらいには幼く見える。

 可愛い。

 不意に狐を飼ってみたくなった。

 いつもの分かれ道、彼は少し引き返して駄菓子屋に入った。

「どうしたの?」

「んぅ?ああ、暖かい飲み物を買おうと思って」

そういうと、彼はホットの緑茶を二本買った。

 それを詰襟のポケットにしまいこみ、駄菓子屋を出る。夏は此処でアイスを買った。

 分かれ道まで戻ってきて、彼は僕にマフラーを巻いてくれた。

「いいよ、家にもう一つか二つはあるから…」

僕はそう言ったが、彼は無視して手を動かした。

 身体が熱い。なんか恋人同士みたいだ…。

 そう思ったら一気に体温が上がり、少し熱く感じる。

 器用にマフラーを巻いた彼は、寂しそうに微笑んだ。

「もって帰れないんだ、他人の物」

僕は何も言わなかった。

 彼は何時もより小さな素振りで手を振り、僕に背を向けた。

 いつもは僕が先に背を向けるのに、今日は反対だった。

 

 寒がりな彼と過ごした冬。その日はバレンタインデーだった。

 放課後、クラスの面倒見の良い女子数人が、男子全員にお徳用チョコを一粒ずつ配る。僕ももらった。

 そして僕もみんなに配った。

 彼と一緒にいるようになって、僕は虐めに合わなくなり、この学年は表立った問題が無くなった。

 おかげで僕はチョコを貰えたし、突き返される事も嫌がられる事もなかった。

 むしろ、

「やばい、鴻巣の女子力が高い!!」

「みろ、こんなに小さいのに、全員文ラッピングしてあるぞ!!」

女子が悔しそうに騒ぐ。

 昨日夜更かしして作ったトリュフだ、ラッピングも簡単にだがしてある。可愛い柄のキッチンペーパーを捻ってテープで止めただけだが、ずいぶん人気があった。

 男子も嬉しそうで、早速食べる奴もいた。

 勿論、僕の鞄には一つだけ違うチョコが入っている。

 隣のクラスから数人の女子がやってくる。

 女子同士でチョコの交換会。賑やかで華やかだ。

 男子もお徳用チョコ目当てでそれぞれのクラスを行き来する。

 僕は隣のクラスのストーブで丸くなっているであろう彼を思い出して、そそくさと帰り支度をする。

 そんな時、

「鴻巣君」

声をかけたのは同じ班の彼女だった。

 僕等の学校は席替えが無い。だから班もずっと一緒だ。

 なんだかんだと付き合いの長い彼女が、周りを気にしながら僕の引き出しに何かを滑らせた。

「良かったら、食べて…くれる?」

彼女は俯いてそう言った。

 誰も僕らなんて見ていない。なのに、視線を感じる様で頬が熱かった。

 僕は黙って頷き、ホッとした様子の彼女に礼を言う。

 彼女が自分の席に戻ると、僕は引き出しの中の箱をバッグの中にそっと移し入れた。

 自分の箱の隣に、手の平サイズの箱を並べる。

 奇しくも、似たようなサイズだった。

 いつもと同じキャラメルのダッフルコートを腕に掛け、隣のクラスに行く。

 彼の机に荷物を置くと、数人の女子が寄ってきて、僕にチョコをねだった。こちらのクラスようにもあるのできちんと配る。まだ誰も帰っていなかった。

 手ぶらでストーブの前に行くが、彼はいなかった。

「烏哭なら先輩に呼びだされてどっか行ったよ」

野球部の少年がにやにやとそう言った。

 胸が痛い。


 今日はバレンタインデー。女の子が好きな子にチョコを渡す日だ。


 彼の机に座ってぼんやりしていると、誰もいなくなった教室に彼が帰ってきた。

 手には何も持っていない。

 彼は僕に気がつくと前の席に座って話しかけて来た。

「待ってたの?」

僕は頷く。

「待たせてしもうたみたいだね」

僕は首を横に振った。

 ヤバい、泣きそうだ。

 いくら僕の気持ちを知らないとはいえ、あまりにもデリカシーがなさすぎる。他人に告白された後に、なんで何時もどおりなんだ。

 僕は小さく訊いた。

「付き合うの?」

「んぅ?」

彼は首を傾げた。それから納得したように微笑む。

「チョコももらわなかったし、断った」

「何で?」

僕は俯いたまま訊ねた。

 きっと、彼は余裕な表情をしてる。

 きっと、僕はひどい事を訊いてる。

「美人じゃなかったの?それとも歳上だから?」

彼はその両方に首を振った。

「興味が無かったから」

そうか、そもそもそっちか。

 恋愛に興味がなければ、告白なんて時間の無駄。寒がりな彼としてはストーブタイムを削られただけなのだ。

 しんしんと雪が降る窓は、結露して曇っていた。ストーブの切られた教室はまだ温かだが、次第に寒くなるだろうな。

 僕は小さく長く息を吐いて鞄を膝に乗せた。

 何かを感じたのか、彼は椅子の向きを変えて、僕に向き合う。

 僕は自分の作ったチョコレートを出した。

「あげる」

彼は無言で受け取った。

「ここで食べてええ?」

僕は黙って頷いた。

 彼が他人の物を家に持ち帰れないのは聞いた。おそらくもらいものもダメだろうと思っていたから、ちゃんとその場で食べてもらうつもりだった。

 ラッピングは箱を押さえているリボンだけ。そのぶん箱は可愛く、穏やかなワインレッドだ。

 彼は箱を開け、備え付けの得物を取った。

「全部味一緒?」

「うん。キミ甘い物苦手だから、全部ビター」

クラスの人たちに上げたのは全部ミルク。

 トリュフの丸いボディを二又の楊枝で割り、半分だけ口に入れた。まるで和菓子みたいな食べ方をする。

「甘っ」

彼は少し顔をしかめた。

 それでも、もう半分を口に入れ、もう一度悪態を吐く。

「ビターでこの甘さ…、僕の味覚が可笑しいんかな~?」

「さぁ、でも日本人は甘党だと思うな」

「なして?」

僕は顔を上げた。

「だって、和菓子も甘いじゃん。餡子とか」

「餡子はこういう甘さじゃないよ。それに僕は和菓子好きだしね」

それは良い事を聞いた。今度は和菓子を作ろう。

 彼は四つあるうちの二つを食べ終え、三つ目を半分にしながら唐突にこう言った。

「ゲイなんだよね、僕」

半分を口に入れる。僕は何も言わなかった。

「だから断ったんだ。女と付き合うとか、考えた事もなかった」

興味がないのは恋愛じゃなくて、女性にだったのか。

 突然のカミングアウト。僕の心臓は爆発寸前だった。

 正直、告白とか、諦めていた。だって、気持ち悪いじゃん。男が男に、しかも一目惚れ。

 でも、相手がそういう趣向なら……。

 じっと見つめていると、彼は視線をチョコから僕に移した。

 チョコを食べたまま楊枝を唇に乗せている。なかなかあざとい。

 三白眼がゆっくりと瞬いて、僕を上目づかいに見つめた。

 チョコはあと一つしかない。

 僕は彼を見つめた。

「僕、キミの事が好きなんだ」

息の詰まった声で、精一杯そう言った。

 彼の細切れの目が少し丸くなる。

 それから、口角が意地悪く持ち上がる。

「へぇ~。それでこのチョコかぁ」

彼の声が耳を撫で、顔が一瞬で赤くなる。

 視界の端で彼が足を組んだ。

「それで僕が戻って来た時不機嫌だったんね」

全力で俯くけど、彼がどんな顔をしているかは安易に想像できた。

 にやにやと笑ってる。

 狡賢い狐の笑みだ。

「僕が歳上の女性に告白されてむかむかしてたけど、ゲイだって聞いてかえって勇気が出たわけだ」

僕は鞄で顔を隠す。

 相手がゲイじゃなかったら、こんな恋心墓まで死守するよ!

 鞄からそろりと覗くと、彼はトリュフのてっぺんに楊枝を刺して眺めていた。割らないのかな。

 僕と目が合うと、彼はチョコを一口で食べてしまった。

 わざとらしくゆっくり、甘い塊を咀嚼する。

 そして彼は楊枝を置き、備え付けの紙ナプキンで口元を拭った。

「御馳走様、美味しかったよ、吏結君」

語尾にハートでもつきそうだ。

 告白なんてしなければよかった。余計な弱みを握られてしまったらしい。

 彼は真っ赤になって逡巡する僕をじっと眺める。

 穴を掘って埋まりたい。

 ストーブの恩恵が消えかかり、さむくなった教室で彼と二人。

 おまけに告白後だ。

 かなり辛い。今すぐ帰りたい。

 僕は椅子から立ち上がり、慌ててゴミをかたづけ始めた。

「そろそろ帰ろ!!寒くなってきたし、ね!!?」

無駄に声を張って同意を求めると、彼の白い手が僕の手首をつかんだ。

 心臓が大きく跳ねる。

 あまりからかわないでくれ!!

「僕さ」

彼の薄い唇がポツリと動く。

 その視線は真っ直ぐに僕を見ていた。

「正直、キミのこと、好みじゃないんだ」

一瞬、確かに心臓が止まった。

 わざわざそんなこと、言わなくても良いじゃん。

 顔が真っ赤になって、涙が出そうになって。彼の手を振り払おうとしたけど、彼は思いのほか強く僕の手首を握り直した。

「だけどさ」

彼はそう続けた。

「好みの人が好きな人じゃないってよく言うけど、あれ、本当なんだね」

彼はほんのり上気した頬を、ふんわりと緩めた。

 頬に熱が集まる。

 雪の降りつもる真冬なのに、身体は汗が出るほど熱かった。

 彼は僕の腕を引き、反対の手で僕の後頭部を引っ張った。

 耳元で、いつものように彼が囁く。

「僕も好きだよ、吏結」

あまりにもカッコいい声で、そのあと頬に当たった湿った柔らかさを覚えていない。

 彼は狡賢い狐の笑みでこう言った。

「さあ大変。僕達今日から恋人だよ?」

その時、確かに、僕は失神した。

 滅茶苦茶カッコいい僕の恋人は、恐ろしく聡明で、とっても強くて、とてもとても、可愛かった。


 それは中学一年生、十三歳のバレンタインデーの日だった。



 同性相手の初恋を見事成就させてしまった僕は、今日で一年生を終了する。

 強くて賢くて可愛くてかっこいい恋人が出来た僕は、あの日から何かが変わったのだろうか。

 いいや、何一つとして変わらない。

 変わった事と言えば、僕達に日課が出来た事だ。

 それまでは教室で少し話して一緒に下校し、駄菓子屋後の分かれ道で解散。いたって普通の友好関係だ。

 しかし、あれ以来は少し違う。

 晴れた日は二人で屋上の塔屋の上でお昼寝をして、雨の日は教室で他の人がいなくなるまで話す。曇りの日とかあまりにも寒い日とかはすぐに下校して、暖房のほんのり効いた駄菓子屋で何か買って少し駄弁る。

 今日は晴れ晴れとしていて、気温も程良く温かかった。

 誰もいない屋上は昼前という事もあって良い感じに温まっていた。昼になればもっと温かだろう。

 彼が軽い調子で塔屋に上り、僕もゆっくりと梯子を上る。

 既に横になっている彼の隣に腰掛けると、彼は僕を見上げた。

「寝ないの?」

口を開いたわけではないけど、彼の瞳はそう訊いているようだった。 

 今寝るとお昼の時間を過ぎてしまいそうだったから寝ないでいようと思っていたのだけれど、日光をむさぼる狐に誘われ、結局僕も横になる。

 ぴったりと背中を彼の脇にくっつけて、ぼんやりとする。

 背中が温かくて、思わず瞳を閉じてしまう。

 慌てて首を振ったが、何か違和感を覚えた。

 寝息を立てる彼に気をつけてスクールバックに付けたアナログ時計を確認する。

 長い針は98度を指し、短い針は45度近くを指す。

 1時過ぎ。

 一瞬でノンレム睡眠へと移行したのか。

 僕は慌てて身体を起こした。

「わぁあぁ!!!!どうしよう、お母さんに怒られる!!」

「ぅんにゃ?どしたん、吏結君…?」

黒いキタキツネが寝ぼけ眼を擦る。可愛いけど今はそれどころじゃない。

「どうしよう、今日は終業式で早く終わる日なのに、帰るの遅くなったら怒られる」

終業式が終わったのが十一時始まり、きっちり二時間は経っていた。

 慌ててバックを取って塔屋を降りる僕に、先に飛び降りた彼が訊く。

「お昼に遅れただけでなして怒られなきゃいけんの?」

「どうしてって、心配するじゃないか!!」

彼の三白眼が少し大きくなる。

 どうしてそんなに驚いているんだ。

「早く帰るって言ってた息子が二時間も帰って来なかったら普通心配するでしょ!?そんでもって、心配したら怒るでしょ、親ってのは!!」

「……そう、なんだ…」

「そうなんだ、って……」

僕はドアに手をかけたまま、彼を呆然と見つめた。

 前々から気になっていた事だけれども、彼の家庭事情はどうなっているんだろうか。何と無く地雷な気がするのだが。

 驚いてしまった僕の肩を叩いて、彼は先を促す。

「ほらほら、はよう帰らんと、お母さん心配するんでしょ?いそごう」

僕は曖昧に頷いた。

 その日、僕等は無言のまま帰路についた。

 ほんのり微笑んだままの彼が、いったい何を考えているのか、僕には解らなかった。



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