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匹夫の勇  作者: れんじょう
【本篇】
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第八話

「貴女方のいわれる”わたくしの罪”が嘘であるとお認めいただいて何よりですが、貴方方はことの本質を何も理解されないようですわね」


 あからさまな軽蔑の言葉に腰を浮かせるほどの憤りは感じているようだが、だからといって言葉を差し込む隙を与えてやるほどの情はすでにない。

 エーヴァは口を開くことも莫迦らしいと、手を前にかざして牽制をする。

 喉に息を詰まらせたような音が双方から聞こえてきたようだが、きっとこれから始まる断罪の時の鐘の音だろう。

 

「これで貴方方が先ほど言われたことに対してわたくしが謝る必要などないということがご理解いただけたと思われますが、ではここからはわたくしが先ほど申しましたエディエット=マーヤ様に対してそれに見合う制裁を受けていただこうと思い立った”きっかけ”について話をさせていただきたいと思います」


 よろしいでしょうかと問いながらも答えは一つしか受け取ることはないですがとほほ笑みながら強い視線を向けるエーヴァの気迫に、二人は頷くほかなかった。


「わたくしは―――――、この時までエディエット=マーヤ様に対して何の感情もありませんでした。

 それこそイェルハルド様が彼女に惹かれていく姿を見ていたとしても、貴女が婚約者がいると知りながら堂々とイェルハルド様に媚を売っていようとも、です。

 そんな馬鹿な、ですか?

 もともとわたくしとイエルハルド様は家同士が結びつくための道具ですから、その道具に感情など必要がありますか?

 イェルハルド様にしてもわたくしに対して友情を感じてはいても愛情などまったくなかったと思われますが、いかがでしたでしょうか。

 もちろん結婚すれば夫婦となり人生を共に歩むのですから、多少なりとも愛情は必要になるとは思いますが、今はまだ婚約という段階です。

 道具とはいえお互いを知り、絆を深めていくための期間のはずでしたが、その時間を無意味とばかりに撥ねつけていらしたのは他ならぬイェルハルド様でした。

 婚約したことに満足されたのか、わたくしがいくら話しかけても二言目が返ってこないのでは、わたくしが自身を道具だと思っても致し方ないとは思いませんか」


 そこまでを一気に話すと、ちょうどタイミングよくお茶が目の前に差し出されてきた。

 淹れてきたのは横に座っていたはずの咲綾で、彼女は苦笑しながら横目にちらと動かしてイェルハルドを指すと紅茶を机の上に並べ始めた。


 イェルハルド様がどうしたというの。


 丁度喉が渇いた頃だったのでありがたく紅茶のカップを持ち上げると、ついでに正面に座るイェルハルドを観察する。

 そこには湯気越しでもわかる蒼白の顔が浮かび上がっていた。

 

 今までの会話の中で、蒼白になるほどの内容のものなどないはずですのに、いったいどうされたのかしら。

 パーティに出るくらいだから体調は悪くはないはずでしょうし。


 エーヴァは自分のことを棚に上げ、このまま放っておけば突っ伏してしまうか倒れてしまうかのどちらかに思われるイェルハルドに首を傾げながら訊ねてみた。


「どうなさいました、イェルハルド様。

 お顔の色が冴えませんわ」


「……大丈夫だ。なんでもない」


 なんでもないことがない人に限ってどうしてこう強がるのかしら。


 ますます首を傾げたくなったが、同じことを聞いても得られた答えは一緒なのでなるようになるでしょうと放っておくことにした。

 すると驚いたことにぼそぼそと聞きづらいほどの小さな声でイェルハルドがエーヴァに話しかけてきたのだ。

 罵倒する以外の言葉を今日初めて聞いたエーヴァは目を大きく開くほど驚いてしまったが、それよりもさらに驚かされのはその話の内容だった。


「……その、なんだ。エーヴァは私のことをそのように思っていたのか」


「まあ! イェルハルド様!!

 当然ではありませんか。

 あれほどあからさまでしたのに、まさかわたくしが気づかなかったとでも?

 それこそありえませんわ」


 至極当然のことを言ったまでというのに青白い顔をさらに蒼白にさせて椅子の背もたれに倒れ掛かるイェルハルドに、咲綾は笑いをかみ殺していた。

 エディエット=マーヤといえばそんなイェルハルドの横で愛らしいといわれる顔を苦虫を噛み潰したように歪ませている。

 これでは話を進めることも難しいかしら、と紅茶を配り終えて席に着いた咲綾を見ると大丈夫とばかりにウインクをされた。

 相変わらずのお茶目ぶりに目を見張りながらもエーヴァも最近習得したばかりのウィンクを返して、なぜか力尽きているイェルハルドを睨みつけているエディエット=マーヤに話を向けた。

 

「……とまあ、そんな状況でしたので愛情など一片も持ち合わすことなく今に至るわけですから、貴女方がわたくしの目の届く範囲で逢引をしていても心を動かされることはございませんでした。

 ですので、わたくしはエディエット=マーヤ様がイェルハルド様に訴えられたような、そしてその言葉と自身の愛されているという勝手な思い込みによってわたくしがエディエット=マーヤ様に対して嫉妬にかられるというありえない行動を起こし、貴女に軽犯罪紛いの行為をするなどありえません。

 なにしろ何度も言いますが、わたくしはイェルハルド様に愛情など一片も感じていません。

 そしてわたくしは貴女がどれほどわたくしにイェルハルド様について訴えてこられても、その訴えがイェルハルド様からのものでないかぎり受け取ることも考えることもしないのです。

 正直にいいますと、どうでもよかった、ということですわね」


 にっこりとほほ笑みながら言われた無意識の辛辣な言葉に、イェルハルドは唸りながら胸に手を当てる。

 当然、咲綾からは押し殺した笑い声が聞こえてくるし、エディエット=マーヤからは正気なのといわんばかりの疑いのまなざしを向けられる。

 どうして咲綾が笑っているのか、イェルハルドが胸を苦しそうに抑えているのかいまだにわからないエーヴァだったが、エディエット=マーヤの視線だけはどうにも不愉快に感じていた。

 ともすれば不愉快な感情が膨れ上がりそれに流されてしまいそうだったが、すぅっと背筋を伸ばしたことで澱みそうな意識が払拭され澄んでいった。


 感情に流されることなく、彼女の罪を明らかにしなければならない。

 わたくしはヴァクトマイステル家の娘なのだから。


 エーヴァはことさら微笑んだ。

 東の国では言葉には魂が宿り強い力で人を縛るのだという。

 だからこそ微笑んでエーヴァは彼女に告げたのだ。



「エディエット=マーヤ様。

 貴女はやりすぎてしまわれたのですわ」

 

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