第七話
しんと静まった部屋は重苦しい空気が漂い、息をすることも辛い。
エーヴァはエディエット=マーヤとイェルハルドの出方を待っていたのだが、二人とも放心しているようにぴくりとも動かない。
ころ合いを見計ろうにも二人とも咲綾の手の中にある、もうなにも映し出していないスマフォから視線を外そうとしなかった。
まあ、確かに衝撃的ではあるけれど。
咲綾から初めてスマフォの機能を見せられた時は、エーヴァも今目の前にいる二人と似たような反応をかえしたかもしれない。
いや、二人よりも酷かった。
あの時は不意に写真を撮られて、一部の狂いもなく再現される絵にぞっとした。
さきほど同じことを彼女たちにしたというのに、見せつけられた絵のエディエット=マーヤの醜い姿には驚いていたものの、髪の毛一筋、皺ひとつ狂いなく記録された絵については感情を動かされたわけではない。
そう考えるとエディエット=マーヤもイェルハルドも未知のものに対しての恐怖よりも興味のほうが勝っている時点でエーヴァよりはよほど豪胆といえるだろう。
その二人がぴくりとも動かずにスマフォを見つめているのだから、受けた衝撃のほどがわかるというものだ。
まさかこんな形で嘘を見破られるとは思わなかったでしょうし。
でもいつまでも無意味な時間を取られるのも、ね。
こほん、と控えめは咳払いをして、いまだに呆然としている二人に注意を促した。
小さなはずの咳払いは大きな効果を生んだようで、二人はびくっと体を揺らせてると少し間抜けた顔をエーヴァに向けてきた。
エーヴァは大いに満足して、二人の頭に言葉が染み込むようにとことさらゆっくりと話し出した。
「これでわたくしがエディエット=マーヤ様を階段の上から突き落としたといわれている件が虚言であると理解していただけたかと思いますが、いかがでしょうか」
はっと顔を上げたのはイェルハルドだった。
衝撃の記録を見せられたばかりで、なぜスマフォを持ち出したのかという本来の理由をすっかりと失念していたのだから。
そのことに遅まきながら気が付くと眉を顰めて、イェルハルドは言葉を選びながら反論した。
「……たしかに。これを見る限りではエディは足を縺れさせたようだ。
だがなぜ階段間際であのような行動に出る必要がある? 崖のすぐ際にいる人間に不用意な行動をとらせるようなことは誰もしないことと同じで、階段近くにいるとわかっているのならば不意の行動は慎むべきだ。そこに貴女のそこはかとない悪意を感じるが」
すると今度はここぞとばかりに嘘をついていた本人の援護射撃が始まる。
「そうですわ。わたくしが貴女に突き落とされたと表現したことに対しては訂正を致しますが、その実、エーヴァ様があのような場所で急に私に詰め寄ってこられたのですから、何をされるかわからないと思えば逃げようとすることは至極当然の行動です。
この魔法で見せさせられたものでも十分分かるように、貴女は初めからわたくしに対して攻撃的ではありませんか。
悪意があっての行動にわたくしが過剰反応してしまい足を踏み外したのですから、貴女が突き落としたと表現したくなるのも道理ですわ」
エディエット=マーヤがイェルハルドを見ると、その通りだと頷くイェルハルドがいる。
その頷きに力を得て、どうだとばかりにエディエット=マーヤが見下してくる。
もののみごとに論点をすり替えて自分たちの虚言の必要性を主張してくる二人の姿に呆れるしかなかった。
「どこをどうとれば貴女に対して悪意があるととられるのかさっぱりと解りかねますが、とりあえずわたくしがエディエット=マーヤ様を突き落した事実はないとご理解いただけたようですわね」
エーヴァは目の前の二人にまっすぐ目を合わせ、不本意ながらもわずかに首を縦に振る二人を確認すると、前のめりだった体を立て直した。
そして息を深く吸い込むと、見せつけるようにゆっくりと吐き出した。
その間、二人はエーヴァを見ているだけで何もしようともしない。
わかってはいたけれど。
エーヴァは待っていたのだ。
それは与えられた時間が少なすぎると非難されるほど、当人たちからしてみればあっという間だったのかもしれないが。
だが、卒業パーティという学生としては最後の、多くの友人たちとは最後となる大切な時間を侮辱という名で汚されたのだ。
人前でのいわれのない罵倒を受け、その上、罵倒している相手は信じるべき婚約者だ。
その婚約者を当然のように寄り添って援護してもらうと計ったエディエット=マーヤの策略にも反吐がでそうだった。
簡単になど、謝ることはないだろう。
だが二人には一言でもいい、謝罪をしてほしかった。
その時間を設けたつもりだったが、二人は気づきもしない。
それどころか嘘をついたことすらエーヴァに悪意があるという勝手な憶測のもとに正当性を主張してなし崩しにしようとする。
たった一言。
申し訳ないと、たった一言謝るだけであの場のことを許すとまではいかないまでもこちらの気も少しはおさまるというのに、この人は――――――。
もう、いいわよね?
ちらと横目で咲綾を見ると、咲綾の赤い唇がにぃと新月のごとく弧を描き、目を細めた。
膝の上のスマフォが赤い点滅を放っている。
こんな茶番劇に付き合わしているというのに自分の役割を忘れることなくきちんとこなしてくれている咲綾にエーヴァは深く感謝した。
さっさとこの茶番を終わらせましょう。
エーヴァは親友に頷くと、勝ち誇っている二人に晴れやかな笑顔を見せた。




