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匹夫の勇  作者: れんじょう
【本篇】
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第五話

「荒唐無稽の与太話だ!」


 イェルハルドがあまりの馬鹿馬鹿しさに声を大にする。


「怪我を請け負う……? そのような能力が貴女に、いいや貴女の一族にあるなど聞いたこともなければ信じることもできない。貴女のその怪我をありもしない能力のせいで負ったものだというが、誰がそれを信じるというのか。だいたい貴女の怪我も信憑性を持たせるための自作自演か、演技かのどちらかだろう。そこまでしてエディを貶めたいのか」


 イェルハルドは自身の言葉は正当性があるとばかりに強く言い捨てた。

 当事者であるはずのエディエット=マーヤですらエーヴァの話を信用できずに胡散臭げに眉間を顰めているのだ、誰もが嘘だと一蹴するだろう。


「貴方が信じる、信じないなどどうでもいいことなのです。

 この話が真実なのですから。

 そして、私がエディエット=マーヤ様に対して断罪しようと思い立ったきっかけの事件でもありますし」


 断罪、という言葉にイェルハルドは強烈な憤りを感じた。

 なにせ断罪者はイェルハルドであって、罪人であるエーヴァが決して使ってはならない言葉であるのだから。


「エディを断罪だと? 戯言も大概にしろ。

 罪を犯したのは貴女であって決してエディではなく、断罪者は私であって決して貴方ではない。身の程を知れ」

 

 怒りで震える拳を突きつけられれば、以前のエーヴァなら何がそうさせてしまったのかを思慮し、間違いがあればその場で謝罪、なければどうしてそうなったのか膝を突きつけあって最良の解決方法を導きだしただろうが、もうそのこともはるか昔。

 今はただ愚かしいと感じるだけとなった。


「イェルハルド様。貴方はしばらくその口を閉じていてくださいませんか。まあ、今更遅い気も致しますが口を閉じることで多少の恩情をかけることも致しましょう」


「なっ……!」



「それに、わたくしには証拠がございます」



「証拠だと?!」


「ありえませんわ!」


 あらあら、よく似た行動をなさること。


 間髪入れずに反論する二人にエーヴァは思わずくすりと笑った。


「いいえ。確かな証拠がございます。

 あなた方のように本人の言葉や状況のみを証拠として他人を糾弾するのではなく、誰が見ても紛うことなき証拠が。

 わたくしはイェルハルド様がおっしゃるとおりヴァクトマイステル家の者。証拠なしに断罪などという言葉は使いません。イェルハルド様もあの時を一緒に過ごしておきながらそのことに思い至らないとは情けないを通り越して愚かとしか言いようがございませんが、そのことは後からお話いたしましょう。

 さて、今回のこの席を設けるにあたって、大公陛下より特別の計らいを得られ、あなた方に友人を紹介したいと思いますが、よろしいでしょうか?」


「誰を呼んだのかはわからないが陛下の名を騙るとは大きく出たな。 それが致命傷にならないことを祈ろうか。

 呼びたければ呼べばよい」


「そうですか。

 その言葉ははそのまま帰って来るやもしれぬことを先に申しあげておきます。


 ――――――咲綾(さあや)。入ってきてもらえるかしら」


 エーヴァが校長室へと続く扉に向かって名を呼ぶと、長い黒髪の少女が手に見慣れない板のようなものを持ちながら堂々と入ってきた。

 エーヴァは早速椅子を勧めると、緊張する場であるというのに自然な動作で優雅に座る。

 彼女と出会って一年半。

 この世界での振る舞いの仕方など何一つ知らなかった彼女がよくもここまで成長したものね、とまるで我が子の成長を喜ぶ母の様にエーヴァは目を細めた。


「さて、この者は陛下より我がヴァクトマイステル家預かりとなる異界の使者、鈴木 咲綾様ですわ」 


「初めまして……ではありませんが。鈴木 咲綾と申します。お見知りおきを」


 ぺこりと頭を下げるとさらさらと黒髪が流れて美しい情景を作り出す。

 ブリスニステ公国では珍しい黒髪に見惚れないものはいないが、目の前の二人は違ったようだ。

 驚愕と猜疑心に満ちた目を咲綾に向けている。

 突然『異界』などと言われても信じる方が難しいことはわかっているが、ブリスニステ公国の特別召集会議で認定されているのだから認めざるを得ないだろう。


「……異界、だと? 何を言うに事欠いてそのような戯言を!」


「貴女、たしかわたくしと同時期にランデル校に編入してきたサーヤ・ヴァクトストレームでしょう!?

 まあ、いやですわ。どこの馬の骨ともわからないと評判の貴女が、後ろ盾欲しさにエーヴァ様に取り入っていることは誰もが知っていることでしたが……まさか、虚言の片棒を担ぐまでに至るとは。さすが素性がわからない人は何をしでかすかわかったものではありませんのね」


「そこまでにしていただけるかしら、エディエット=マーヤ様。

 陛下より彼女をお預かりしている我がヴァクトマイステル家といたしましてはそれ以上の暴言を無視することはできません」


「まあ、白々しい。前提が虚言なのですから、わたくしが何を言おうが暴言にはなりえないでしょうに」


「たしかにエディの言う通りだ。

 貴女もそろそろ虚言ばかりついるとその虚言を隠すために更なる虚言で塗り固めなければならなくなるぞ。

 いい加減、己の罪を認め、我らに謝罪し、目の前から消え失せてくれれば簡単に済むものを」


「……今、エディエット=マーヤ様がおっしゃった彼女の姓について、思い当たることはございませんか。……ああ、貴方はあの勉強会を修了してから今日まで、わたくしの婚約者としてありながら、我が家のことを何一つお知りになろうとなさらなかった。そのことを今さらながらに実感いたしましたわ」


 すでにわかっていたことだったが、その事実を再確認させられて悲しむ気持ちをまだ持ち合わせていたようで、エーヴァは自分のことながら人の心とは思い通りにはならないものねと自嘲した。


「このランドル校で使われている咲綾様の姓は、我がヴァクトマイステル家の分家の姓ですわ。どこの馬の骨ともわからないとおっしゃいましたわね、エディエット=マーヤ様。わたくしを嵌めようとなさるのなら、せめてわたくしの背景くらいお調べになってい下さいな。

 そしてイェルハルド様も、我が家のことに少しでも関心があれば今回このようなことにはならなかったのです。

 ……話の筋がそれてしまいましたわね。

 それではなぜ国家機密である彼女を陛下の特例をいただいてまで紹介しようとしたのかを説明いたしますわ」


 咲綾様、と声を掛けると絶妙のタイミングで手の内にあるスマフォをエーヴァに手渡してきた。

 本来であれば咲綾以外の何者も手に取ることを許されていないが、今回に限り陛下は特例を出し許されている。

 エーヴァはこの時ほど陛下の信頼を得られている父親を誇りに思ったことはなかった。


「この道具は咲綾様の国では誰もがお持ちだそうですが、この道具を使い、遠くの人と話したり、文字を飛ばしたり、一瞬の風景を切り取ってこの道具の表面に映し出すことも、連続した風景を見ることも可能という万能の魔法の道具です。咲綾様の世界では個人では魔法を使うことができないのだそうですが、道具を用いれば誰もが信じられない魔法を使うことが可能だとか。ちなみに動力源はこちらの道具で、この表面に太陽の精が戯れ、妖精の力が溜って動力となるそうですわ。全世界のどの国にもこのような技術はなく、この道具一つで彼女が他の世界からこの世界にやってきたことが証明されたわけです。

 あら、まだお分かりになりませんか?

 この万能の道具であるスマフォは咲綾様しか取り扱いができないために、そして我が国の技術では解読どころか分解することも不可能のため国に徴収されることなく咲綾様が所持なさっておいでです。もともと咲綾様のものですからこのような言い回しはおかしいことですが。

 そして先ほどからわたくしの話に登場する友人ですが、」


「……咲綾様、ということですか」


 ぴくりと眉を震わせて、いつもの軽やかな声とは全く異なる低く響くような唸り声がエディエット=マーヤの口から漏れた。

 

「ええ、そうですわ。

 彼女がランドル校に編入してからずっと共におりますのはなにも彼女が我が家預かりだからというわけではございません。

 もうお分かりですわね。

 わたくしが不浄場近くにいた理由は先ほど申しました。

 そして不穏な空気を感じた彼女がとった行動といえば……ええ、そうですわ。この便利なスマフォでわたくし達のあの場の行動の一部始終を記録するということでした」


「おかしいですわ!

 不穏な空気を感じてすぐに記録することを選ぶだなんて。

 あなた方は初めからわたくしを嵌めようとなさって、あらかじめ用意されていたに違いありません!」


 イェルハルドには見えないと判断したのだろう、醜悪な形相で叫ぶエディエット=マーヤに咲綾がスマフォを向けて手をかざした。

 カシャ、と軽い音が部屋に響く。

 

「あら、見事なほど正確に記録されましたわね」

「まあ、そういう機能ですし」


 さあ、どうぞと画面をエディエット=マーヤに見せつける。

 必然的に隣に座るイェルハルドも見ることとなった。

 信じられないほど滑らかな表面に現れている醜い姿を見て、イェルハルドが恐る恐る横にいるエディエット=マーヤに振り向いた。

 慌てたのはエディエット=マーヤだ。

 そのような醜悪な姿を味方であるイェルハルドに知られるなどあってはならないことだった。

 必死で取り繕うように言葉をかけるが、イェルハルドが一歩どころか二歩、もしかすると三歩、引いてしまったことを確認するだけとなった。



「では、証拠をご覧いただきましょうか」


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