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匹夫の勇  作者: れんじょう
【本篇】
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第二話 

イェルハルド視点

 エーヴァに対する同級生たちの態度に戸惑いを隠せいないのはイェルハルドとエディエット=マーヤだ。

 自分たちこそ断罪者であるというのに賛同を得られるどころか、罪人であるエーヴァに対して拍手を贈るなど。

 会場にいる誰もがエーヴァに暖かく、イェルハルドたちには視線一つ寄越さない。

 エーヴァは座っていた椅子の横に置かれていた杖を掴むと、二人を先導するように歩き始めた。

 それは視覚として見えてはいたが、イェルハルドの混乱する意識の中では理解することができず、一歩も動くことができない。

 扉の向こうにエーヴァの姿が消えていくと誰一人として元学生会会長であり功労者として卒業式で讃えられたイェルハルドに声を掛けることなく、それどころかイェルハルドとエディエット=マーヤがまるでそこに居ないような振る舞いをされる。

 先ほどのことがなかったかのように楽団が曲を奏ではじめ、会場は二人を取り残したまま華やかさを取り戻そうとしていた。

 エディエット=マーヤがイェルハルドの袖口を引張らなければ、間抜けにもしばらく呆然としていたことだろう。

 正気に戻ったイェルハルドはエディエット=マーヤを労わりながら後味悪く会場を後にした。


 エーヴァめ、いったいどういうつもりだ。


 思い通りにならない現状にいらだちを募らせつつ、先に出ていったエーヴァの姿を探して辺りを見渡した。

 すると会場の講堂と校舎を繋ぐ渡り廊下のその先にゆっくりと不規則に歩む姿が見つけることができた。

 ぶわ、と頭に血が上る。

 エディエット=マーヤが不安げにイェルハルドの服の端をぎゅっと握る姿が一瞬だけイェルハルドの怒りを鎮めたが、それでも目の前にはついさきほどイェルハルドの自尊心を踏みつけた元凶がいる。

 エディエット=マーヤに行ってきた数々の非道を白日の下にさらし糾弾するための場を、まるで取るに足りないことのようにあっさりと治められ、それどころか証人となるべき皆に無関心を通されることで逆に手ひどい嘲笑を浴びせさせられたような不愉快を味あわせさせられるなどとは。

 有罪者であるエーヴァが正統なる断罪者であるイェルハルドにしてよいことでないのだ。

 イェルハルドは意識して微笑みを作り、エディエット=マーヤの手を労わるように解くと、そのまま廊下を駆けていった。


「あれはいったいどういうことだ!」


 エーヴァに追いついたイェルハルドは細うでを強く掴んで強引に振り向かせた。

 突然の暴挙にエーヴァは黒曜石の瞳を大きく開かせつつも、ぐらりと揺らいだ体を立て直すのに必死となった。


 少し強く腕を掴んだくらいでわざとらしい。


 普段のイェルハルドならか弱い女性相手に絶対しないであろう行動だが、先ほど味合わされた屈辱が、彼女のすることすべてが、イェルハルドを馬鹿にするための行為にしか思えなくなっていた。


「己の所業を明らかにすることを恐れ、学生たちを味方につけての逃亡とは恐れ入る。卑怯者は悪知恵も随分と働くようだ」


 顔を怒りで染め上げたイェルハルドだったが、風が一切吹かない湖の水面のように揺れることない透明な瞳を向けられてると喉の奥がきゅうっと詰まり、言葉が続かなかった。


「……お手をお放しいただけますか」


 堪えることの難しい沈黙を破ったのは痛みに顔を顰めているエーヴァだった。

 ぱ、と手を離せば、そこには手の方がくっきりとついた細腕が見える。

 

「す、すまん」


 いくら相手に不満があるとしてもエーヴァは守るべきか弱い女性であることには変わりない。

 男が乱暴にして怪我を負わせるなどしてはならないと教えられてきたイェルハルドは、赤くなった腕をさするエーヴァに素直に謝った。


「わたくしは逃げも隠れもいたしません。ですからこのようになさらなくても結構ですのに」

「……すまん。だが、こちらの返事も待たずにさっさと会場を出ていったのは貴女だ。逃げたと思われても仕方がないのではないか?」

「まさか。わたくしは今、足を悪くしておりますので人より歩みが遅うございます。ですので遅れをとらないように早めに行動を起こしたまで。お疑いですか?」


 左手に持つ杖をかつんと床で鳴らして、その存在を見せつけると、やっとそのことに気付いたイェルハルドはバツが悪くなったのか顔を背けた。

 

「行く先は学生会が用意してくださった校長室の横にある応接室ですわ。鍵はわたくしが持っておりますので先に行かれても結構ですがしばらく廊下でお待ちいただけますか」

「は?なぜ学生会が部屋を用意している?」

「……さて、なぜでしょうか。その答えは応接室でいたします。それで、どうされますか?このままわたくしと同行されるか、先に応接室まで行かれるか」


 誰が罪人と連れ立って歩きたいというのか。

 それも婚約者という立場を与えていたというのに罪人となってイェルハルドの自尊心にナイフを切り入れた女となど。

 イェルハルドは頬が引きつるのを止めることはできなかった。

 

「先に行かせてもらおうか」

「では、後ほど」


 憎らしいほど冷静なエーヴァに対抗するかのように不遜に挨拶をすると、追いついてきたエディエット=マーヤを促して歩き始めた。

 後ろからゆっくりと杖を突く音が聞こえてきたが、イェルハルドは音が聞こえなくなるまで歩みを止めることはなかった。


「イェルハルド様、いったいどうなっているのですか?」


 エディエット=マーヤの疑問に答えることもなく、イェルハルドはただひたすらに応接室を目指した。

 その顔には困惑が強く浮かんでいる。

 パーティ会場ではエーヴァの勝手な口上のせいで出ていかざるを得なくなり、理由を問いただそうとしても今度はなぜか場を設けたと言われ、その通りに動かされている。

 イェルハルドがどれほど怒りを持続させようとしても、エーヴァの静かな物言いが怒りを殺く。

 いいようにあしらわれているような気がして仕方がない。

 だが、感謝もする。

 怒りで我を忘れるような愚は犯さないとは思いたいが、気がそがれたことによって平常心に近しい今こそエーヴァの罪を改めて思い起こすことができるからだ。

 正当性はこちらにある。

 イェルハルドはエーヴァが応接室前にやってくるまでの時間、どのようにしてエーヴァに罪を認めさせ、こちらの要求をのませようかと思案した。




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