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匹夫の勇  作者: れんじょう
【本篇】
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第十三話 【エディエット=マーヤ・Ⅱ】

 図書館、テラス、学生食堂に大広間。

 エディエット=マーヤも莫迦ではないから、怒り狂ったエーヴァが手を出した時のために寮では今まで以上に自室に籠り、それ以外では近くに男性がいる場所を選んでエーヴァの訪れを待っていた。

 すると(しもべ)たちが恋人という立場を隠し、単なる友人としてエディエット=マーヤの元にやってきては椅子を引いて話し込んでいくようになった。

 それもなぜか僕全員が示し合わせたようにやってくるのだから、エディエット=マーヤの周りにはいつも何人もの男が、それも学生会上層部の男たちが侍っている状態だ。

 その上、学生会会長という職についているために忙しいイェルハルドも、暇を見つけてはやってきて仲間に入る。

 努力が報われたと飛び上がって喜びそうになるが大勢の自称恋人たちが見守る中、そんな失態は犯せないから自重する。

 エーヴァのことさえなければ、ちやほやと誉めそやしてくれる男たちに囲まれるなんて至福以外何物でもないのだが、

 

 これは望んでいない状態ね。


 頭の上では言葉の中に何本もの棘を仕込んだ会話が飛び交っている。

 誰だって不穏な空気の中に飛び込もうとはしない。


 これではあの無感情のエーヴァですらやってこれないじゃない。


 彼らに見えないようにこっそりとため息をついたエディエット=マーヤの視界の隅に、こちらをじっと窺っている小柄の女性の姿があった。

 目を合わせようと顔を上げた途端に(しもべ)の一人が話しかけてきたのでそちらに意識をやってしまい、思い出したころにもう一度同じ場所を見てみるともうそこには誰もいなかった。


 気のせいだったのかしら。


 どこかで見かけたことのある女性だったような気がしたが、ちらと見た程度では底にある記憶を刺激することはなく誰だか思い出すことができない。

 

 まあ、いいわ。

 そろそろこの場所にも長居をしすぎていたみたいだし。


 愛する僕たちとイェルハルドに囲まれて満悦ではあったものの、やはり当初の目的を果たせないのでは意味がない。 

 急に立ち上がったエディエット=マーヤに驚く(しもべ)たちが口々にどこに行くのかと声を掛けてきたが、俯き加減にあちらの方にと不浄場に続く扉に首をやると誰もが無関心を装ってくれた。





 それにしても、なかなか思い通りに動いてくれないわね。


 自ら動くよりはエーヴァに動いてもらわなければ意味がない。

 そう考えたエディエット=マーヤはそれこそあちこちに姿を見せてエーヴァの声がかりを待っていたが、前に立つ(しもべ)たちの隙間からちらと見かけることはあっても目も合うことなくに直ぐにどこかへ行ってしまう。

 

 早く痺れをきらせなさいよ。

 

 いらいらと指の爪を噛んでいると、(しもべ)の一人が眉を顰めた。


「美しい爪が歪んでしまうのは見逃せない。なにかいら立ちがあるのなら私が解消してあげるから話してごらん」


 無骨な指がエディエット=マーヤのしなやかな指を優しくからめ取って、そのまま唇を落とされた。

 薄い唇は痛んだ爪にあてられたまま、緑柱石色の瞳が上目づかいで問いかける。

 先ほどまでの感情がなんであったか忘れるほどの高揚感に襲われて、ぞくりと体が歓喜に震えた。

 

「……大丈夫ですわ。優しいのですね」


 真白い肌が上気して色気を放つ。

 息をのむ音が全員から発せられたことに満足をして、恥ずかしがる素振りを見せた。


 後で緑柱石の彼を十分に満足させてあげましょう。


 ちらと目くばせをするととろりとした笑みを向けられて、自分がいかに愛されているかを再認識する。


 これはこれでいいのだけれど、この方法では釣れないようね。

 

 場所を替えても、時間をかけても、相変わらずエーヴァは姿を見せようとはしない。

 最近ではエディエット=マーヤの素行が軽く問題視され始めている。

 裏では恋人同士だと僕たちに思わせているものの、表面上は単なる友人同士でしかないし、恋人だというそぶりもない。

 だが見目麗しい男性達が一人の美しい女性を囲うようにしているのだから、僻みややっかみから嘘を交えて学生指導員に報告する馬鹿がでてきたということだ。


 ああ、面倒くさい。

 どうして赤の他人が(ひと)の恋沙汰に口を挟んでくるのかしら。


 悪いことなどしていないが、下手に騒がれても自分の履歴に傷がつく。

 その上、親に連絡を入れられてしまったら、また修道院に逆戻りの可能性もある。

 あの退屈で窮屈な世界に二度と足を踏み入れたくはない。


 しかたがないわ。

 下火になるくらいには行動を慎まないと。


 中庭の陰で二人きりとなった駒の太い首に腕を巻き付けてたわたな胸を押しつけるように体を密着させると、緑柱石の瞳が怪しく煌めいてエディエット=マーヤの細い腰に腕を回した。





 この頃からだ。

 朝、寮の部屋を出ようとすると、扉の下に紙が挟まっていることがあった。

 初めてそれをみたときは、(しもべ)たちの婚約者たちからの脅迫状かなにかかと思って笑いながら紙を拾い上げた。

 ところが紙を広げた途端、その笑みは綺麗に消え失せた。



『  

           ――   注   意   ――


 エディエット・マーヤ殿


 貴女は、当ランドル校校則 第八十七条に抵触する行動を幾度となく行われており、ここに風紀委員会から注意をさせていただきます。

 具体的な内容は以下と通りですので、ご自身の行動と鑑みて改善されることを望みます。



 一、公共の場において複数の男性と常時行動を共にし、始終騒ぐなど、他人に対する配慮に欠ける行動を起こされていること。

 二、故意に男性と二人きりになる時間を作り、使っていない教室等で密会を重ねていること。


     注意対象者名:イェルハルド・シーグバーン

            エドヴァルド・ベンディクス

            オスキャル・アールベック

            ラスムス・タウベ

            ローランド・アベニウス


 なお、異議申し立てがある場合は、風紀委員会室までご足労願います。

 

                   ランドル校 風紀委員会

                   会長 エーヴァ・ヴァストマイステル

                                     』



 ぐしゃ、と耳障りな音を大きく立てて紙を両手で丸めると、部屋の隅にあるゴミ箱に投げ入れた。

 

 馬鹿にして馬鹿にして馬鹿にして!


 個人的な話ですむことを、わざわざ風紀委員会からの注意にするなど、どれほど底意地が悪いのか。

 風紀委員長(けんりょくしゃ)が憎むべきエーヴァであるのなら、文章にあるように改善をしたとしても決して認めてくれはしないだろう。

 そうなら何をどうしても一緒ではないか。


 (けんりょく)のない自分が許せなかった。

 

あともう少しエディ・ターンが続きます。

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